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11 突然の尋問~俺は上げて落とされる

 「なぁ、突然体育祭の練習をすることになっちゃったけどさ、相沢は大丈夫なのか?」


 放課後、クラスメイトがグラウンドに集合するのを待つ間、当たり前のように練習に参加する為にグラウンドに来ていた相沢に尋ねてみた。何故かというと、弥生日和でバイトをしているわけだし、今日だってシフトが入っていてもおかしくはないと思ったからだ。


 「去年もこの時期くらいから練習が始まったからよ、今日からあらかじめシフトに入るにしても普段より二時間遅らせてあるから大丈夫だよ」

 「へー、そうだったのか。なら安心だ。春田もそうなのか?」

 「おー、弥生も同じだから大丈夫だ」


 ……へ? 今なんて言った?

 いや、春田も放課後時間を作ってあるのは理解できたんだけど――。


 「ごめん、もう一回言って?」

 「はぁ? だから、弥生も放課後は空けてあるから――」

 「――相沢って春田のこと名前で呼んでたっけ?!」


 聞き間違えではなかった。今確実に、相沢は春田のことを名前で呼んでいた。

 別に名前で呼ぶのが変だと言いたいわけではない。だが、以前から相沢は春田を名字で呼んでいたはずだ。

 突然名前呼びに変わるなんてことがそう簡単にあるのだろうか。


 「知らなかったのか? 俺と弥生、付き合い始めたって」

 「――はあああっ?! 知らない知らない……! え、いつから……?」


 衝撃の事実。俺の知らないところで一つのカップルが爆誕していた。


 「林間学校から帰ってきた日、バイトもなかったし二人で遊びに行ってその日から」


 こいつら、俺は単純にお疲れだから休みだと思ってたのに、まさかのデートしてたんですか……。


 「ち、ちなみにどちらから……?」

 「そんなの俺からに決まってんだろ」


 と、相沢はちょっと照れたのか視線を逸らしつつそう言った。


 え、なにそれめっちゃ勇気がいるじゃん。カ、カッコいい……。今なら相沢が二岡よりイケメンに見えてしまう。

 こ、今後の人生の参考に聞いてみよ……。


 「ちなみに、告白を決意した理由はなんなのです?」


 エアマイクを相沢の口元に作り取材する。


 「はぁ? なんつーか、目の前で涌井が臼井に告って成功してるのを見せられて、勇気をもらったっていうか」

 「――はあああっ?! え、なに?! まさか涌井まで彼女持ち……? 振られた? 振られたよね?」

 「いや、振られてなかったが……。なんだ知らなかったのか? 普通に知ってると思ってたわ。林間学校二日目の夜によ、涌井がいきなり俺と弥生と杠葉の前で臼井に告りやがってさ」


 圧倒的衝撃の事実。俺の知らないところで一つどころか、二つのカップルが爆誕していた……。


 敗北感を感じ膝から崩れ落ち地面に手をついてしまう。


 「ちくしょう……! なんだってんだよホントによ……。しかもなんだ? 涌井に至っては俺がストーカーと対峙してる間に好きな子と乳繰り合ってたってのか……? こんちくしょう……!」


 自然に涙があふれ、握り拳を作り地面を叩いてしまう。

 い、痛い……。


 「いや、俺たちもいたからその時は乳繰り合ってたわけじゃないが……」

 「じゃあその後はそうゆうことだよな……?! それに相沢だって春田と――。やっぱり俺だけ完敗じゃねぇか……!」


 再び敗北感から地面を叩いてしまう。

 い、痛い……。


 学習能力のかけらもない自分にちょっと腹が立った。


 「な、なにやってんのあんた……」

 「佑くん……、ドMが暴走して遂に自分で自分を――」

 「――ちがーうっ! 変な勘違いしないでもらえる?」


 いつの間にグラウンドに来ていたのか、有紗と陽歌が俺を冷ややかな目で見ている。そんな中、杠葉さんだけが心配そうにしてくれている。やはり天使だ。

 ついでに春田と曽根もいるが、二人とも何が楽しいのか知らないけどニヤニヤと俺を見ている。


 「何か辛いことがありましたか……? 良かったら――」

 「――椎名くん! これで涙拭きなよ!」


 杠葉さんが(しゃが)み込んで、他の人には聞こえないくらいの小さな声で俺に何かを言いかけていた気がするが、曽根がそれを阻害するように俺にハンカチを差し出してきた。

 するとすぐに杠葉さんは立ち上がってしまう。


 曽根に阻害したつもりがあるのかは定かではないが、俺にとっては妨害された気にしかなれなかった。


 「いい。いらない。こんなの体操服で充分なんで」


 曽根の厚意を拒否し、体操服の裾でテキトーに涙を拭いた。

 だが、この状況をこのまま放置するのもまずい。


 「おい……! 曽根、言っとくけど泣いてたわけじゃないぞ? いや、なんか涙は出てきたけどそうゆうの恥ずかしいからマジやめて。はははっ……!」


 険悪なムードにならないようにする為に、すかさず冗談っぽく笑ってみせる。


 ふと流し目でみんなの表情を見てみたが、陽歌だけがちょっとだけ不快感の入り混じったような顔をしていた。それには俺以外の誰も気付いている様子はない。

 恐らくそれは、俺に向けられたものではなく曽根に向けられたものだ。というか、そうでなくては困る。

 もし俺に向けてるなら理解できるように説明してね? その理由を。


 「もぉー、お騒がせさんなんだね椎名くんって。――じゃあみんな集まったっぽいしそろそろ始めよっか」


 曽根は立ち上がり、ニコッと笑みを作りそう言った。


 とりあえず、嫌悪な空気が流れなくて安堵する。

 まぁ、約一名陽歌だけは俺以外の他の誰にも気付かれてはいないとはいえ、怖いオーラを放ってたわけだけど。もはや長いこと一緒にいた俺だけにしか判別できないものなのかもしれないな、陽歌の怒りというものは。


 逆に、他の誰にも気付かれないように発せられるなんてある意味凄いよホントに。普通は誰かしら気づくものだしな。

 例えば、有紗が仮に怒ってたら誰だって気づくしな。あ、機嫌悪そーって……。

 陽歌は一体、どこでそんな能力を習得してしまったのやら……。


 俺が原因ではないことを切に願う。


 「はい! 皆さん聞いてください! 今日は長縄の練習をやるんで、とりあえず男女別に背の順で二列に並んでください! 状況に応じて並びを変えていきますんで、よろしくです!」


 気を取り直して、俺は練習開始の合図をとった。


 こんな、大勢の前で声を張り上げて指示を出すなんていつぶりだろうか。普通にそんな過去はない。


 緊張でもしてしまったのか、生まれて初めて取るリーダーシップというものに、少しばかり心臓の鼓動が速くなった。



※※※※※


 

 「あぁ……、疲れた」


 本日の練習が終わり、着替え終わりいざ帰宅するのだが、大きなため息が出てしまう。


 なんで俺はこんな大変な役目を担ってしまったのだろう。

 練習開始から十分ほど、最高で二回しか跳べずにクラスメイトはだれ始め、二岡の助けをもらいながらクラスメイトを励まし士気を高め、また十分ほど経てばだれ始める。そして再び励ましの繰り返しで一時間。


 本日の長縄、跳べた最高回数六回……。あれだけ苦労して六回……。

 俺は責めたりはしないよ、有紗さん……。

 今から残って曽根と縄跳び使って練習するんだってね。頑張って……。


そんなわけでクラスメイトたちは部活なり帰宅なりそれぞれの放課後に向かっていった。


 さて……、帰ろ。


 「相沢っち! 早く行くよ!」


 教室で着替え終わった俺たちの元に、どこにそんな体力が有り余っているのか元気よく春田が訪ねてきた。


 「おー。じゃあな、椎名」

 「……おう、じゃあな」


 はぁ……。相沢は仲良く彼女と弥生日和に向かいましたとさ。


 またもや大きなため息が出てしまう。


 「そんなに私と帰るのが嫌なわけ?」


 春田と一緒にやって来ていたのか、ジトッと俺を睨みつつ陽歌が教室に入ってきた。


 「一言もそんなこと言ってないんだけど」

 「じゃあ今のため息は何かなぁ?」


 そう、これも怒りの一種だ。表情こそ満面の笑みだが確実に怒っている。

 まぁ、これに関しては言葉からも怒ってるのはわかるんだけど……。


 「相沢は……、彼女と楽しく帰宅かぁーと思いまして」

 「そんな彼女がいない可哀想な佑くんの為に、こんなに可愛い私が一緒に帰ってあげるのに何か不満でも?」

 「いえ……、不満などあるはずもありません」


 一瞬、お前は方向が一緒どころか家が斜向かいだからな、と言いそうになったが、後々が怖くて言えなかった。


 「じゃあさっさと帰ろっか。渚沙の様子も気になるし」

 「あー、そういやそうだったわ。んじゃ帰るか」


 何のことかというと、渚沙は本日から中学校に転入し登校している。陽歌も、渚沙の久々の日本の中学での感想とかが気になるのだろう。

 まぁ、感想って言っても、そんな大層な事は聞けないだろうけど。感動もクソもなく、気怠げな顔で語る気しかしない。


 教室を出て昇降口に向かうと、そこに杠葉さんの姿があった。


 「あっ! あやちゃん! 神社のお手伝いがあるんじゃなかったっけ? 早く帰らなくて大丈夫?」

 「そうなんですけど、どうしても心配で……」


 杠葉さんは何やら複雑そうな表情を浮かべる。


 「もしかして佑くんのこと?」

 「は? 俺? なんで……?」


 陽歌が杠葉さんに聞き返すが、意味がわからない。全く心配される覚えがないのだが。


 「はい……。練習の前、涙を流していたので……」

 「――ちょっとまって! あれはそんな深刻に捉えるようなものではなくてですね……! かなーりくだらないことでして……」


 ま、まさかあんなことでこんなにも心配されてしまうとは。理由を問われても恥ずかしくて言いたくないのですが……。


 「あー、あれって多分だけど良介くんと涌井くんに彼女ができたのを知って、その敗北感で絶望してたんだよ。ねっ? 佑くん!」

 「――なんでそうも簡単に見透かすんだよ! お前はエスパーかっ!」


 見透かされたことでつい反射的にそう言ってしまったが、これでは認めたようなものだと言い終わってから気付いた。


 ……は、恥ずかしい。


 「い、今のはホントですか?」

 「え……、あ、いや……、うん、事実です」


 杠葉さんに吸い込まれそうな目で確認され、そう答えてしまった。


 「はぁ、それなら良かったです。安心しま――」


 杠葉さんは言いかけて一度顔を硬直させ――。


 「――ゆ、佑紀さんは彼女がほしいのですか?!」

 「――えっ?! ええ……、まあ」

 「――佑紀さんは好きな人とかいますか?!」

 「い、いえ……、いないです」

 「――佑紀さんは彼女いたことありますか?!」

 「か、悲しい事ことにありません……」


 な、何なんだこの尋問は……。

 そして俺、何を馬鹿正直に答えているのだ。言ってて悲しくならないのか? いいえ、悲しくなります。


 「――佑紀さんは女性経験はお有りですか?!」

 「――ふぇっ?!」

 「――ちょっとあやちゃんっ?! 佑くんにそんなのあるわけないじゃん! 逆に童貞じゃないように見える?!」


 杠葉さんからとんでもないことを聞かれて人生史上最高に驚いてしまう。


 ま、まてまてまてぇ! え、なに?! 初めて一緒に弥生日和に行った日から僅かに疑ってはいたけど、やっぱりそっち系に興味がお有りなんですか?!

 そ、それもそれでアリだな……! ハァ、ハァ……。


 少しだけ呼吸が荒れてしまう。

 い、いかんいかん……。


 そうではなくて、ただ自分の理想を押し付けているだけだとはわかっていても、やはりこの子には見た目通り清廉潔白であってほしい。


 小さく深呼吸をして息を整える。


 それより陽歌……。お前もお前で発言に問題大アリだな。ただのヘンタイじゃねえか。しかも、明らかに俺を小馬鹿にしてる気しかしないし。


 「――あわわっ……! ご、ごめんなさい! 勢い余ってエッチなことまで聞いちゃって。あぁ、有紗さんに教えてもらったのに……。い、今のは忘れてください! そ、それでは失礼します……!」


 杠葉さんは顔を真っ赤にして何回も頭をペコペコさせた後、逃走した。


 「……な、何だったんだ今のは」


 既に見えなくなった杠葉さんにそんな感想が出てしまう。


 「そっかそっかぁー。やっぱりあやちゃんは佑くんが好きで好きで仕方ないんだねぇ」

 「――えっ?! それマジ?!」


 と、期待したのも束の間――。


 「なんて、そんなことあると思ったぁ? ないない、残念だったねぇ」


 急転直下、天国に導かれたと思ったら地獄に落とされた。


 本日二度目の涙が溢れ出す。どうして神様はこんなにも俺に厳しいのだ。


 男友達には完敗を喫して悲しみに暮れ、そんな俺にも遂に天国への門が開いたと思ったら、強力な重力で地獄に落とされまたもや悲しみに暮れ……。

 これは、今一度神社で神頼みをする必要があるのかもしれないな。


 「もぉ、そんなしょげないでよ……。ほら、元気出して、佑くん」

 「いやいや、落ち込んでるのお前のせいだからな? 期待させやがって」

 「ごめんね佑くん……。もしも仮に高校卒業までに彼女ができなかったら私をあげるからそれで許して……」

 「えっ?! ホントに?!」


 それを下駄箱で告げてくるって、なんかちょっと嫌だけど、それなら俺、彼女なんて作らないよ?

 花櫻学園の女子で天秤にかけるなら、陽歌と対等に渡り合えるのなんて俺の中では二人しかいないわけだし、その二人以外を選ぶくらいなら卒業まで待って陽歌を選びますけど?


 ……なんて、浮かれてしまった俺なのだが、今更ながらこのパターンって――。


 「な、なんて、そんなことあると思ったぁ……?!」


 やはり、そうだ、やはりそうだった。上げて落とすパターンだ。


 陽歌は僅かに頬を赤らめてそう言った。


 ん……? あれ、なんで――。


 「そのパターンだって最初から知ってましたぁっ!」


 俺は虚勢を張って答えてから続ける。


 「……なんで若干照れてんの?」

 「――照れてないしっ! 冗談のつもりだったんだけど、自分で言ってて恥ずかしくなっただけだからっ!」


 あぁ……、なるほどね。だったら最初から言うなや。

 幼馴染が当たり前のように童貞とか口にしてて俺はちょっと複雑な気分だよまったく。


 やっぱり神社で神頼みをする必要がありそうだ。


 「つーかお前、俺をヘンタイ扱いする割に自分もそうなんだな」

 「――はっ、はぁっ?! 私は違うんですぅー! ほら! 早く帰るよっ!」


 陽歌は顔を真っ赤にして否定した後、いそいそと歩き出す。


 「ったく……。はいはい」


 と、少し駆け足で前を歩く陽歌を追いかけた。

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