表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/160

10 気付くべきこと。気付けないこと

 「みんなー! 聞いてー! 今日の放課後から体育祭の練習を始めたいと思うんだけど、どうかな?」


 曽根と各個人の出場種目を決めた翌週月曜日の朝、曽根が俺になんの相談もなしに教壇の前に立ち声を上げた。


 一応、一緒に体育祭クラスリーダーをやっているわけだから俺にも確認くらいしてからにしてほしいものだが、まあいいだろう。実際、長縄にしろリレーにしろ、団体競技の練習はそろそろ始めなければ本番で悲惨な結果に終わってもおかしくはないから。


 「うん、そうしよう! 体育祭で勝つ為にはそろそろ練習を始めないと遅いくらいだ。みんなはどうかな?」


 呼応するように二岡が真っ先に立ち上がりそう言うと、クラス中が賛同の声でいっぱいになった。


 「じゃあ決まり! 今日から本番まで、放課後は一時間空けておいてね。後は朝練! みんな毎朝七時に集合ね!」


 うわっ……。放課後はともかく、朝練とかめんどくさ。

 しかも何? 七時って、毎朝普段より一時間以上早く起きなきゃなんないじゃん……。

 皇東にいた頃までは毎朝の朝練(怪我してからは俺はその場にいただけ)で早起きには慣れてはいたけど、今の俺はごく普通の生活サイクルになってしまってるわけで、どちらかというと早起きには自信がないんだよなぁ……。


 内心そう思ったが、クラスメイトからは文句の一つすら出ておらず、当然のように賛同している。

 ここで空気を読まず反発する度胸は俺にはない。

 

 何より、体育祭クラスリーダーという立場上、士気を下げるわけにもいかないし、よくよく考えてみたのだがうちのクラスは二岡擁するクラスということもあり、学年で一番を逃すことになれば大問題なわけで、その火の粉は体育祭クラスリーダーという立場の俺に降りかかってもおかしくはない。

 故に、立場上クラスの学年一を本気で目指す所存ではある。


 昨日の夕方まで、クラスの学年一位とかどうでも良いことだと思っていたのだが、我ながら何とも簡単にくるっと方向転換したものだ。


 「あんた、遅刻は厳禁よ!」


 なんて、隣の有紗が命令してくるが、やけに張り切っていらっしゃいますね。


 「はいはい……」

 「もっと元気良く返事をしなさい! やる気が伝わってこないわ」


 そんなこと言われても、朝練に関してはやる気が全く出ないんだから仕方がないではないか。やる気がないにしても学年一を目指して真面目にはやる。それではダメなのか?


 「あのさー、有紗は曽根と二人三脚で一番を取りたいらしいな? 一番にこだわる理由でもあるのか?」


 曽根から聞いたこと。

 それでいて、曽根と組んで目的を果たすこと。

 曽根自身の思惑である有紗と更に仲良くなるという目的。

 推測だが、有紗の思惑は杠葉さんが学級委員であるこのクラスにおいて、結果を出して杠葉さんの立場を良くしたいといったところだと思う。


 二人それぞれ違った目的かもしれないが、目指すゴールは結局は一番を取るということ。

 曽根があんなに真面目な顔をして言うから、俺は了承し一番を取ってくれよなんて言ったものだが、俺には未だに一番にこだわる意味がわからなかった。


 だって結局のところ――。


 「そんなの、綾女の為に決まってるじゃない。私は運動はからっきしダメだけど、そんな私だって一番になって、綾女が引っ張るこのクラスの役に立って、みんなの見方をちょっとでも変えてみせるんだから……!」


 ――有紗が本当に二人三脚で一番を取ったところで、周囲の杠葉さんに対する見方は大して、いや、ほぼ変わらない。


 このクラスが学年で一番になったところで称賛される対象はクラスではなく、それでいて杠葉さんでもない。

 俺の場合は、それを逃して降り注ぐ可能性がある火の粉を振り払いたいだけのことで、何も有紗が個人種目で一番を狙う必要はない。というか、ぶっちゃけ有紗が一位を取るとか無理だし、取れなかったとしてもクラス的に何ら問題はない。

 仮に取れたとしても、クラスから称賛こそされど学園全体から見たらただの一つの結果に過ぎない。

 だから、俺は有紗が二人三脚で一番を取ったとしても、何の意味もないと思う。


 それに気付かない限り、杠葉さんを取り巻く環境の変化、上手い具合に狂い始めた歯車はやがて安定性を取り戻す。それは言わば、杠葉さんや有紗にとっては後退を意味するはずだ。


 ただのズレでは一時的な効果しか発揮してくれない。花櫻学園という、大きいようで小さい歯車を一度破壊しなければ遅かれ早かれズレは修正され、最終的には俺が転校してきた時の安定性を取り戻してしまう。


 このクラスの数少ない何人かは真実に辿り着いた。でもそこまでだ。

 そんなことに気付いたところで特に二岡の人気は失墜することもなく、俺が転校してきた時と何ら変わりはなく超人気者だ。

 真実に気付き、杠葉さんと普通に接するようになった相沢や涌井だが、二人の評判は下落し、逆に相沢や涌井と普通に接する人は確実に減っている。


 それ故に、いつ二人の心が壊れたっておかしくない。そうなれば、やがて二人は杠葉さんに近づかなくなるかもしれないし、それではただの元通りだ。

 

 何より有紗の場合、杠葉さんの為に体育祭で奮闘して結果を残せば、杠葉さんに対する周囲の見方が少しでも変わると本気で思っていそうなところがたちが悪い。仮に杠葉さんに対する周囲の見方が少しでも変わるとしたら、それは有紗が残す結果次第ではなく、杠葉さん本人が残す結果次第だ。

 ただ、体育祭において杠葉さんがどんな好成績を残そうとも、流石は二岡の彼女、とでも思われるだけのことなのだろうが……。


 だからこそ、このことに気付いた俺が有紗に告げるべきかどうか二日間悩んだ。

 結果出した答えは告げない、だ。


 本物の親友なら、本気でそう思っているなら、有紗自身で気付くべきだと思うから――。


 そして俺自身にも気付けていないことがある。


 俺にはどうしたら歯車を壊せるか、それが全く浮かんでこない――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ