9 先の未来の恋心
「はぁ……。それでなんだけどわたし、あーちゃんと話し合った結果、一緒に二人三脚に出ようと思うの」
曽根は先ほど言いかけたと思われることを口にする。
けど待てよおい。
「有紗は運動神経が抜群に悪いんだぞ? 対する曽根はさっき体力テストの結果を見た感じめちゃくちゃ良いじゃねえか。それこそ曽根の無駄遣いもいいとこじゃねーか」
俺に千六百メートルも走って1番を取れと言うのなら、自分も八百メートルで一番を取ってみろと言いたい。なんなら八百メートルでなくとも、五十メートル走でも構わない。
なんでも良いから高ポイントを取ってくれ。
「いやぁ、それがさ、あーちゃん正直運動神経良くないでしょ? それで聞いてみたんだ。体育祭で活躍してみたくないかって。そしたらあーちゃん、活躍したいって言うからさぁ、このわたしが一番を取らせてあげることに決めたの」
有紗がそう聞かれたらそう答える所は想像できる。何がなんでも杠葉さんの力になろうとするだろうから。
それで力になれるなれないかは一旦置いておいて、一番を取りたいという想いは否定しないが、だったら陽歌あたりとペアを組んでほしい。陽歌も結構運動神経は良いし、二人が呼吸さえ合わせれば、普通に良い線はいけると思うから。
「曽根が組む必要はあるのか? 別に他の人でも良いだろ」
「ダメだよわたしじゃなきゃ。他の人じゃ一番は取れない」
「なんで言い切る?」
「なんとなくかな。でも、わたしにはあーちゃんに一番を取らせてあげられる自信がある」
曽根は目に強い意思を宿らせキッパリと言い切った。
俺としても、有紗に一番を取ってほしくないわけではない。取れるのならば、どちらかと言えば取ってほしいとは思ってる。
だから確認してみよう。
「なぁ、なんでそんなに有紗に一番を取らせたいんだ?」
「そんなの決まってるじゃん。友達だもん。わたしはね、あーちゃんともっと仲良くなりたいの。この体育祭の期間はその為にはうってつけだよ。一緒に練習だってできるわけだし」
曽根は疑いようのない笑みを浮かべた。
どうやら本当に有紗とさらに仲良くなりたいようだ。とはいえ、それでもやっぱり半信半疑なのだけど……。
先日、有紗と仲良さげにする曽根を見てイラついたのを思い出したが、有紗自身もそれを望んでいるようだし、今ここでどうこう言う資格は俺にはない。
「はぁ……。ちょっともったいないけどわかった。その代わりちゃんと一番取ってくれよ」
「理解ありがとう。それじゃ、他の人の種目も決めよっか」
それから二時間ほど、個人の出場種目、クラス対抗リレーの走順、選抜二百メートルリレーの出場選手について話し合った。
◇◇◇
「でさ、決めたは良いけど、みんなこれで納得するもんなの?」
決め終わってから気付いたが、よくよく考えたらクラスメイトの意見も聞かず勝手に出場種目なんか決めたら不満が出るのではないか? という疑問が浮かんだ。
「それは大丈夫。わたしがクラスのグループトークで発表するから」
「それのどこが大丈夫なん?」
全然理由になってない気がするんだが……。
「発表したらすぐに、【完璧だね。みんな頑張ろう!】ってメッセージを飛ばしてくれるよう真斗にお願いするから」
確かにそれなら、ほぼ全員当たり前のように納得するだろうけどさ……。
「いやいや、曽根の為に二岡が動いてくれるわけ?」
「こう見えてもわたしたち、幼馴染だから大丈夫だよ。きっとわたしが頼んだらやってくれるから」
――衝撃の事実発覚?! 曽根と二岡が幼馴染だと?
で、俺の予想では曽根は二岡が好きと。
幼馴染の恋ですか。しかも女側からの矢印で。
ワンチャン陽歌も俺のことが――。
いや、無いな……。だったらあんな貶されるわけねーよな。
もし奇跡的にそうなら即オーケーなんだけどな。
なんなら幼馴染じゃなくたって、有紗オーケー、杠葉さんオーケー。
全然釣り合ってねえな俺……。考えるのが辛い……。やめよ……。
「……んじゃ、それで頼むわ」
なんだか気力が削がれて脱力気味に答えてしまった。
「どうしたの急に、しょんぼりして」
「妄想して傷付いた」
「ごめん。ちょっと何言ってるかわかんない」
わかってくれなくて良いよ別に。
そもそも俺、お前には気を許してないし深く関わろうとは今のところ思ってもいないしな。
でもまぁ、とりあえずは体育祭で俺を貶めようとしているわけではないことはわかったよ。
はぁ……、なら別に、こんな役目やらなくて良かったんじゃん……。
やっぱ断ればよかった。
※※※※※
「ただいま~」
と、家に帰ってきた俺が玄関を開きそう言っても反応は返ってこない。
車がなかったから母さんは買い物にでも行っているのだろう。
ちなみに渚沙はいるようだ。靴が脱ぎ散らかされている。
リビングに入ると渚沙はこちらに一瞥もくれずにソファーに寝転がりテレビを眺めていた。
渚沙の目の前にあるテーブルには食い散らかされたお菓子のゴミが散乱しており、なんなら床にも落ちている。
渚沙はテーブルの上にある千五百ミリリットルのペッドボトルを手に取り、横になりながらラッパ飲みを開始するから、俺はそれをパシャリとスマホのカメラで撮ってやった。
「――なっ! なにっ?! キモいんだけど!」
ハッと驚いた様子の渚沙が俺を見てそう言い放った。
「そんな酷いこと言わないでくれよ。俺はただ、可愛い可愛い妹が、こんなにだらしなく成長しましたって知り合いに自慢したくてさ。手初めに有紗あたりにっと――」
「――やめろクソ兄貴っ! なぎの作りあげたイメージが崩れんだろうがっ!」
と、言葉遣いも女の子とは思えない渚沙。一体誰に似てしまったのやら……。
「冗談冗談。陽歌だけにしとくわ」
「あっそ、陽歌ちゃんなら勝手にすれば?」
いや、良いんかいっ! ホントに送るぞ? あとで文句言うなよ?
よしっ、送っちゃった。
「はーあぁ、疲れた」
ソファーを占拠されていては仕方ない。そのまま食卓の椅子に座る。
「なぁ渚沙、幼馴染の恋愛ってどう思う?」
ふとそんなことが頭を過り、うっかり渚沙に聞いてしまった。
「――はああぁっ?! お兄ちゃん、まさか陽歌ちゃんのことが好きになったの?! チラ子さんは?!」
「――いやいや今のは違うんだ! 他の人のことでちょっと気になって聞いてみただけで。――それよりっ! チラ子ってどういう意味?! あっ! そういやお前、橘に誤解を招く言い方しやがっただろ?!」
思い返してみれば、橘は言っていた。渚沙は俺がチラ子に恋をしている風に言っていたと。
「はぁ? お兄ちゃんはチラ子さんと結婚したいから探してるわけでしょ? ストーキングをやめてもらう為にそれを教えただけだよ」
「――まてまてまてぇ! 結婚って、話飛躍しすぎな?!」
「あー、間違えた。お兄ちゃんとチラ子さんの結婚は今のなぎの願望だったっけ。実際は、お兄ちゃんはチラ子さんに恋してるって匂わせただけだよ」
一体どこからその願望が生まれたのやら。そもそも、渚沙は会ったこともないだろうが。
それに、俺の心配よりも自分の心配でもしたらどうだろうか。噂ではモテるらしいが、その私生活を垣間見られたら寄る男も去っていくぞ、多分。
「おい、何を勘違いしてるか知らんが別に俺はチラ子に恋心を抱いているわけじゃないぞ」
「――はぁっ?! あんな素晴ら――」
渚沙は途中まで言いかけて口を止めた。
でも俺は聞き逃したりしなかった。
「続きは? てか、お前何? チラ子に会ったことあんの?」
「別に会ったことなんてないしぃー! お兄ちゃんがずっと探してるからそう思っただけですぅー」
いやいや、なんだその白々しい誤魔化し方は。会ったことありますとしか聞こえないんだのだけど。
「で、誰? 杠葉さん? 有紗? 陽歌? 春田? 橘は違うとして、超大穴で曽根?」
渚沙が会ったことがある俺の知り合いの女性陣の名前を出してみる。
「だから知らないっつーの……! 自力で探せやバカ……」
……まぁ、そりゃそうですよね。
渚沙が知ってても知らなかろうがこれは自分で答えを出すべきものだ。
その為に、七年も探し続けてきたのだから。
だけど、探すにしてもまっさらな状態からではいくら何でも厳しすぎる。
見つけ出す為の僅かなヒントを渚沙からもらってもいいのだとしたら――。
間違いなく渚沙はチラ子が誰かを知っている。
そのことを事実として、胸の奥に仕舞い込んだ。
「あのねお兄ちゃん……。お兄ちゃんがチラ子さんに恋心を抱いていなかったとしても、それでも見つけ出すことができたら先の未来のいつかきっと……、抱いちゃうんだよ。恋心を」
渚沙は困ったように微笑みそう言った。
その可能性はあるのかもしれない。
先の未来の話だが、現段階での候補者は三人いる。
俺の知ってる限り、俺の知り合いの女性の内、渚沙の会ったことがある人の中からの人選だが――。
杠葉さんと有紗、それに陽歌。
陽歌に関しては、転校してきたのが小五の夏頃だったから、チラ子と最後にあって約一年後ともあって流石に顔は覚えていて、それでチラ子とわからないこともないとも思うが、急激なイメチェンを果たした可能性もあるかもしれない。
だから候補に含める。
故に、現状ではこの三人がチラ子候補者だ。
仮にその三人の中にチラ子がいるのだとしたら、俺が恋心を抱く可能性は大いにあり得ることでもある。
何せこれまでも、何度も理由をつけて、決めつけて、抑え込んできたものでもあるのだから。
だからたとえそれが、どれほど釣り合っていないものであるとしても――。
先の未来にチラ子に恋する俺が待っているのかもしれない。




