8 消えない疑念
「いらっしゃいませー! おー、今日は曽根っちと一緒なんだねぇ」
弥生日和に入るといつものように春田が元気良く出迎えてくれる。
なにやらニヤニヤしているが、そんな関係では決してありません。冗談抜きに願い下げです。
席に案内され、適当に注文する。
俺は抹茶パフェ、曽根は黒糖わらび餅。
「じゃあ早速決めようか」
「あ、長縄の回し手は友也と佐藤に頼んでおいたから」
俺が勝手に決めてしまったことを先に告げる。
掃除の時に佐藤に頼んだが、すんなり引き受けてくれた。
あとは曽根がそれを良しとするかだが――。
「良いんじゃない? 確か去年、その二人は回し手やってた気がするし。椎名くん、見る目あるんだね」
曽根は無理やり俺を持ち上げようとするが……。
「知り合いに聞いただけだから」
「もお、そこは素直に誇れば良いのに」
どこをどう誇ったら良いのか全くわからないんだが。少々強引すぎやしませんかね。
ま、それはさておきさっさと話を進めよう。で、推測した曽根の企みを審議してさっさと帰りたい。
「で、どうやって決めるんだ?」
「クラスが学年一になれるように。これは絶対だね」
そんなこと言われても、俺としてはそんなこだわりは無いのだが。
だがまぁ、陽歌にドヤされるのは勘弁だし、杠葉さんも多分めちゃくちゃやる気あるだろうし、そうなれば有紗も必然的にやる気を見せるに違いない。
俺も一応、クラスが学年一になれるようにしっかり考えてクラスメイトの個人種目を決めよう。
「その方法は?」
「はい、これ見て。体育教師から貰ってきたクラスメイトの新体力テストの結果」
曽根が男女それぞれ一枚ずつ、クラスメイトの身体能力の数値を表す紙を見せてくる。
これ、知られたくない人もいるはずだよね? 大丈夫かこれ? 個人情報みたいなもんでしょ?
と、不安とともにクラスメイトに申し訳ない気持ちにもなった。
というか有紗の数値、女子の中でも極端に低くね……? 陽歌は普通に高くて、杠葉さんは平均より少し低いくらいか?
……覗き見している気分だ。
「椎名くん、結構運動神経良いんだね」
うぐっ……。まさか気付かれた?
「クラスの男子の中で総合的に五番目くらいじゃん。反復横跳びと上体起こしの回数が低いのが目立つけど……」
ホッ……。自称抜群に良いことは気付かれていないようだ。
ちなみにその二種目は陽歌にもドヤされたからな。完全に心ここに在らず状態だったのさ。
「中でも千五百メートルは真斗に次ぐクラス二位か……。それもたったの五秒遅れ?!」
おい、なんでそんなに驚く。失礼だぞ。
そもそも俺、とりあえず負けておいたけど、わりといつでも抜かせたからな、多分。
ちなみに、五十メートルもタイムは負けておいたけど、二岡のタイムよりゼロコンマ二秒くらいは速く走れるからな? 多分。
二岡に、『椎名、早いねぇ……! 負けるんじゃないかって焦ったよ』なんて走り終わった後に言われたから、『勝つなんて無理無理絶対……! 持久走だけは得意だったんだけど、負けたよ』と、誤魔化したけどね。
「じゃあ椎名くんは持久走ね」
「は? やだね。俺は借り物競走に出たい」
「ダメに決まってるでしょ? そんな運ゲーに持久走で一番になれるはずの椎名くんを使うわけにはいかないでしょ」
曽根は俺をジトっと見てくる。
俺としては、運ゲーだからこそもし負けても陽歌にドヤされず済むという理想系だったのだけど。
「二岡に出てもらえば良いじゃん。持久走はクラス一名なんだし」
「確かに真斗は去年持久走で一番だったけど、今年は椎名くんもいるわけだし百メートルに出てもらう方が良いと思うの。まず間違いなく一位になるし。その方がクラスの得点上がるでしょ?」
「百メートルなんてクラスから大勢出るんだし二岡が出る必要なんてないだろ」
うちのクラスからは五人も出る種目にわざわざ二岡を出す方がおかしいと思うのだが?
「だって決勝までいかないと沢山ポイント入らないでしょ。全校で八人しか進めないわけだしそう簡単に進めるものじゃないから、一番になれる真斗にも出てもらうべきだよ」
あー、そうだっけな。クラスから一人でも決勝にいけばかなりのポイントが入るんだった。
優勝すれば尚のこと高ポイントが入る。
「それに、男子選抜二百メートルリレーと並んで体育祭の花形競技だし、真斗が出るべきでしょ?」
そんな賛同を求められても反応に困る。
俺は別に、二岡に称賛の嵐が沸き起こるようにしたいわけではない。
結局、最初にゴールした人が勝ちなだけで、だからといって特別なわけでもなんでもないのだから。
が、クラスが学年一になる為の近道であることには変わりないか……。
「ふーん。じゃ、二岡で良いんじゃねーの」
俺がそう答えると、
「椎名くんってさ、やっぱり真斗のこと嫌いなの……?」
曽根は神妙な面持ちでそう言った。
「いや別に嫌いじゃねーけど……」
「そう、なら良かった。杠葉綾女さんの件もあるから、快く思ってないんじゃないかって思ってた」
その件に関してだけ言えば余裕で快く思ってなどいない。
が、それについてはあえて触れずに言うと――。
「俺個人としては特に嫌なことなんてされてねーし、なんなら結構気を使ってもらってる気もするからそこに嫌う理由はないよな?」
転校早々、わざわざ声も掛けてもらったし、乗り気じゃなかったが歓迎会なるものも開いてもらった。
他にもエナジードリンクを貰ったり、今日だって嫌な顔一つせず教えてもらったわけだし、それらをひっくるめて好印象なのは事実だ。
「まぁ、真斗は完璧だからね……!」
何故か曽根が自慢げに鼻を鳴らす。
お前のことじゃないだろーに。
だから俺の目には曽根が二岡の彼女ポジにしか見えていない。他の大勢の花櫻生たちの目はやっぱり節穴だ。
いや、ほぼ間違いなく曽根も二岡の彼女などではないから俺も間違ってるんだけどね。
どちらにせよ、二岡はフリーなはずなんだからそんなに好きならお前がアタックしろよと思ってしまう。
それで成功すれば、花櫻生に植え付けられた虚構も粉々に砕け散るだろうに。
「おっ! やってるねー。お待たせしました、抹茶パフェに黒糖わらび餅になります」
と、春田が注文していたデザートを運んできた。
「ねぇ、やっちゃんからも言ってよ! 椎名くんに持久走に出ろって」
やっちゃん?! やよいだから?!
聞き慣れないあだ名に違和感を感じる。物凄く変な感じがした。
「――し、椎名っちに?! えっと、その……」
春田が目を泳がせている。これは多分、ここに来る前に俺がメッセージを送ったことが原因だろう。
ややこしくなる前に決断しなければ――。
「わかった、出てやる。その代わり何位でも文句は言うな」
「じゃあ決まりだね。よろしく頼むね」
ここまで話し合いをして思ったのだが、曽根言い分では俺に持久走で一番を取らせようとしているように聞こえるから、体育祭に置いて俺に恥をかかせようとか考えているようには思えない。
マークを外して良いのだろうか?
だがそれでも何かが引っかかる。
それはやはり、あの日あんなことを言われたからだろう。
もう少し様子見が必要そうだな。
まだまだ疑念は消えてくれそうになかった。
「それじゃ、あたしは仕事に戻りますね」
そう言い残してから春田は厨房に戻っていく。
「それでなんだけどさ、わたしは――」
「――ちょっと待ってくれ……」
曽根の言葉を遮り立ち上がる。
「え? なに? トイレ?」
曽根はキョトンとしてそう言うが違う。
さっきから、少し離れた向かいの席から俺をチラッチラと見ている奴……。
その人物に近づいていく。
奴も気付いたのか、サッとこちらから目線を外し一緒に来ている男と会話を始める。
その人物の横に立ち一言。
「おい橘、こんなとこで何やってんだ?」
対象人物たる橘にそう問いかけると――。
「――あっ! あぁーっ! 椎名先輩……! 偶然ですね! こんにちわっ!」
――橘は挙動不審にそう返してきた。
「お前まさか……、つけてきたんじゃねーだろうな?」
「――ちっ、違いますよ……! 芽衣は残念なことに体育祭クラスリーダーになってしまったので、今日はこうしてここで種目決めしてるんですよ」
ほぉ、橘も体育祭クラスリーダーですか。
言い方からして俺と同じく押し付けられたと考えられる。
「椎名先輩、僕たちは最初ファミレスに行く予定でした。なのに橘が、椎名先輩がここにいるのを見つけてここにしようって」
「と、俊彦くんは言っているが?」
再度、橘の顔を見て確認する。
「み、見つけたのは偶然です……! 芽衣はもうストーカーなんて気持ち悪い事は辞めたんです! そんなことしててもあのお二方には勝てませんからね……! 勝つ為にまずは存在アピールをしようと思ったんです……!」
「お前は誰と戦ってるんだ……。んじゃ、それならそれで頑張れよ。俺は戻るから――」
「――ちょっと待ってください」
「なんだよ……」
「誰なんです? あの人。もしや新たなる刺客……。ライバル増加は困ります。あまり目立ちすぎないように気を付けてください、椎名先輩」
だから、お前は誰と戦ってるんだ……。
お前の好意は素直に受け取っとくよありがとよ……!
安心しとけ、曽根が俺に好意を抱いてる可能性は万に一つもないからな。
だからと言って、俺がお前に好意を抱くことはもうないけどな……。
しかも俺、目立たないことに力を注いで生活してるのに、そんなこと言われる筋合いないんだが?
今度の体育祭では、ちょっと目立ってしまうかもしれないけど。
「あれはクラスメイトで体育祭クラスリーダー。俺も体育祭クラスリーダーになっちまったから、今日は種目決め。ただそれだけ」
「そうだったんですか! 安心しました! 椎名先輩、黄チームが総合優勝できるように頑張りましょうね!」
と、橘はガッツポーズをする。
に、似合わな……。
「そ、そうだな……。頑張ろうな。それじゃ」
それだけ言い残して席に戻る。
「知り合い?」
「あー、うん。中学の頃の後輩……、らしい」
「らしいって……。断言してあげなよ」
……そうは言われても、俺あいつのこと知らなかったし。
なんとなく、ストーカー時代の橘を後輩とは認めたくなかった。




