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7 心の距離感はそれでも遠く

 月曜の大雨から始まり、晴れ晴れ雨晴れと来た本日、男女共に新体力テストが終了し、いよいよ体育祭まで残り二週間と迫っていた。


 「椎名くん、ちょっと良い?」


 と、掃除に向かおうとしていた俺に曽根が話しかけてきた。


 「は? なに?」

 「そ、そろそろ体育祭の出場種目とか決めた方が良いんじゃないかと思って……。ほら、来週の火曜日が締め切りでしょ? 今日もう金曜日だし……」


 曽根は苦笑いを浮かべつつ恐る恐るといった具合に提案してくる。


 そう、本来ならもう決め始めていなければ遅いくらいの話だ。

 極力曽根と関わりたくない一心にダラダラと見てみないフリをしてきたツケが回ってきたのだ。流石にこれ以上ダラダラといくわけにもいかない。


 できれば、パパッと決めて曽根と関わる時間を短くしたい。

 が、俺が疑っている曽根の企みについても審議する時間も必要だから、結局のところそうはいかない。


 何というジレンマ……。


 「わかった。んじゃ、掃除終わった後で良いか?」

 「う、うん……! じゃあ掃除が終わったら校門集合ね」


 とだけ言い残して立ち去る曽根だが……、何で校門?

 普通教室じゃないの?


 ――おっとっ! それよりも、体育祭についてある人物に確認しておきたいことがあるんだった。教室にはまだいるかな……?


 と、その人物の席に目をやると、相変わらずの人気っぷりでクラスメイトに囲まれており、これじゃ掃除始められないんじゃね? とさえ思える光景が目に入った。


 良し良し、まだいてくれましたか。


 「に、二岡、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 この輪の中に入っていくの、マジで躊躇(ちゅうちょ)させられる。


 何気に初なんだけど、俺の顔、引きつったりしてないかな? ちょっと心配……。


 「なんだい? 答えられることなら何でも言って」


 と、これまた相変わらずの爽やかスマイルを向けてくる。


 誰にでも分け隔てなくこの態度、そりゃ人気者ですよねー。


 当然のように曽根に素っ気ない態度を取る俺とは大違い。俺は二岡のようには振る舞えない。


 そんなことは置いといて――。


 「去年の長縄なんだけどさ、誰が回し手やってたか教えてくれ。慣れてる人に任せたいと思ってるからさ」


 未経験者に一からやらせるのとか、コツを掴むのに時間掛かりそうだし、正直面倒い。長縄なりリレーなりの練習をクラスで行う時に先導しなきゃいけないみたいだし、経験者にやってもらえばだれずに済みそうで俺が楽をできる気がする。

 二岡に聞いたのは、単純にそういうことを一番覚えていそうだし、知ってればもちろん教えてくれると思ったから。


 「椎名……、去年とクラスは違うから、俺のクラスの回し手だった人は別のクラスなんだ」


 と、二岡は苦笑いを浮かべた。


 「……あっ。そうだよな、そりゃそうだ。すまん……」


 バカなのか俺は? いや、疑問形じゃなくバカだったわ。

 一年から二年に上がる時、クラス替えがされてるんだったな。始業式の日に陽歌から聞いてたのにすっかり抜け落ちてた……。


 「ははっ……! 大丈夫だよ! 他のクラスの回し手もちゃんと覚えてるから。ちょっと不安にさせちゃったかな?」


 何なんだこいつ、いちいちイケメンなのがむかつ――きません!


 こうやって、ほとんどすべての人間は二岡に落ちていくのだなと思った。


 「ホッ……。良かった。それで、その人たちはうちのクラスにもいるのか?」

 「もちろん! 佐藤、充の方の佐藤とここにいる友也だよ」

 「おぉっ! そう、オレオレ!」


 普通に佐藤だけでもわかったけどね。

 二岡なりの配慮だろう。俺が勘違いして女の方の佐藤さんを回し手に任命したら大変なことになりそうだもんな。

 それと……、友也ね。名字なんだっけ? ……ま、いっか。


 「ありがとう二岡。で、さっそくなんだけど友也、長縄の回し手をやってもらえないか?」

 「オレか? 良いぜ」


 と、すんなりと引き受けてくれた。マジ助かる……。

 断られたら、他を当たんないとならないしな。


 「サンキュー。じゃあ、掃除いくから。また明日な」

 「ああ、また明日」

 「じゃあなー」


 二岡と友也がそれぞれ別れの挨拶を返してきた。

 佐藤は同じ班だし、掃除の時に聞いてみるか。


 と、大急ぎで掃除場所に向かった。



※※※※※



 掃除を終え、ゆっくりと歩いて校門に向かうと、曽根が待っていた。


 内心嫌々だが、仕方なく曽根に近づいていく。


 「――あっ! 椎名くん」

 「お待たせしました」

 「じゃあ行こっか」

 「行くってどこに?」


 指定された待ち合わせ場所が、教室等の校内ではないことから薄々予想はしていたが、学校ではない別の場所で決めるらしい。


 まさか、俺の家とか言い出さないよな?


 「弥生日和ってところ。あーちゃんにオススメされたんだ」


 ホッ……。弥生日和か。うちじゃなくてちょっと安心。


 「わかった。じゃあ行きますか」


 と、俺は先に歩き出す。曽根はその数メートル後ろを歩いて付いてくる。

 この距離感が俺と曽根の関係性を物語っている。そんな気がした。


 弥生日和か……。今更ながら心配になってきたことがある。


 春田に連絡しておこう。もし今日も手伝っているならちょっと厄介なことになりかねんし……。


 【今から弥生日和に行くけど、俺のテニスの話題は出さないでくださいお願いします。あと、体育祭が終わるまで口外禁止で! ちゃんとお礼はしますので!】


 と、歩きながらメッセージを送信すると、すぐに春田から返信がきた。オッケースタンプで。


 ふぅ、これで一安心だ。

 暑さで流れる額の汗を拭う。


 ここで、後ろを歩く足音が近くなってきていることに気づいた。


 「あのさ椎名くん」

 「なに?」


 振り返らずにそう尋ねると、


 「――ごめんなさい!」


 思いがけない言葉が投げかけられ――。


 「はぁ?」


 ――思わず振り返ってしまった。


 「私のしたこと、怒ってるよね? だから……、ごめんなさい」


 再度謝ってくる曽根だが、それはもちろん怒っているに決まってるし、それ以前になんで今更って気分だ。言うのが遅いといえばそうだし、謝るならそもそも最初からするんじゃないと言いたい。


 だが、何はともあれ曽根は謝ってきた。

 だから許そう、とは特に思わない。何故なら、林間学校で曽根が最後に言い残した言葉、あの目は本気だったから。


 俺は、この謝罪は形だけのものであると思う。言わば、決めつけのようなものなのだが。


 だから俺も――。


 「わかった。もう良いよ」


 ――形だけ許すことにした。


 「――ありがとうっ! じゃあ行こっか」


 曽根がしれっと隣に並んできた。

 さっきの謝罪が、仮に本心だとしたらそれでも良い。だったら俺も心から許そうとは思っている。


 判断するには流石に時間が必要だ。


 だから今は、物理的な距離は近づこうが、心の距離は遠く離れたままだ。

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