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6 幼馴染の心、少し知る

 翌日、曽根は休み時間の度に有紗の元に来ていた。

 それは昼休みになった今、この瞬間も同じことで――。


 「あーちゃん、一緒にお昼食べよう」


 と、有紗のことをいつの間にかあだ名で呼ぶようになっていたらしく、チャイムが鳴ると同時に近づいてくる。


 「あー、うん。良いわよ」


 有紗がそう答えた後、俺は無言で弁当箱片手に立ち上がった。


 「ちょっと、どこ行くのよ?」

 「中庭」


 それだけ言い残し教室を出た。


 俺の机は曽根か陽歌か杠葉さん、はたまた春田か誰かが使うのだろう。


 実際そのメンツで昼食を食べるかは知らないが、ブックカバーもしおりも家に置いてきたから、仮に曽根に座られたとしても取られる物は何もない。というか、取られたら取られたで、被害届出せばいいんじゃね? とか昨日の夜に思いついたりした。


 でも捨てられたら返ってくる可能性が低いだけに、どっち道対策しなければならない。

 だから家に置いてきた。


 中庭に着くと何人かの生徒たちが各々ベンチに腰掛け昼食を取っていた。一人で来ていたり、友達と来ていたり様々だ。

 当の俺は一人。本日は通称ぼっち飯である。


 空いているベンチに座り弁当を広げ、卵焼きから口に運ぶ。


 続いて米を――。


 と、箸を動かした時、日差しが差していた頭上が僅かに暗くなった。

 視線を上にずらしていくと、ゆるゆるの白ソックス、白い膝、その上に僅かに太もも、短めのスカートと順に目に映る。


 最後に見慣れた顔――。


 「どお? ぼっち飯の味は?」

 「お袋の味だよ、うっせーなっ! で、何か用?」


 小馬鹿にするように二やけている陽歌に問い質す。


 「ぼっちの気持ちがわかる私が一緒にお昼ご飯を食べてあげようと思って」


 そう言って陽歌は隣に座ってきて弁当を広げだす。


 「ちょっと何言ってるかわかんねーけど……」


 誰もが認めるであろう人気の持ち主、陽歌さんがぼっちなんて何をおっしゃいますか。


 「はぁ……。ありがとよ――って! 別に今日は偶々一人で食ってるだけだけどな……!」

 「と、無理に強がる佑くんなのでした」


 あの、解説しないでくれない? そうゆうわけじゃないんだけど。


 ただ曽根のいるところで飯なんて食えたもんじゃないから何となく中庭を選んだだけ。

 相沢や涌井はチャイムが鳴ると真っ先に購買に向かったぽいから、戻ってくるのを待つのが面倒だっただけのこと。


 つーか、さっきから他のベンチに座る男どもの視線がキツイ。

 睨むな、やましいことは何もないから。


 「あ、これいらない。あげる」


 と、陽歌が焦げた卵焼きを俺の弁当箱に入れてきた。


 「は? 今卵焼き食ったばっかだからいらないんだけど。つか、彩歌おばさん失敗でもしたのか? 珍しいな」


 そこまで言うと隣に座る陽歌が顔を真っ赤にして震えているのがわかった。


 ……まさか。


 「今日のお弁当、自分で作ったんだけど……」

 「へ、へぇ……。――わぁなんだこの美味しそうな卵焼きは?!」

 「わざとらしい反応しないでよ……!」

 「じゃあ最初から失敗したのをよこすんじゃねえよ! 他の成功してるのを――」


 と、言いかけたところで再び周囲の強烈な視線を感じた。


 御影さんからもらっといて文句言ってんじゃねぇ! それどころかまだもらおうってのか?! 的な嫉妬の。

 ――そうじゃなくてっ! 聞き耳立ててんじゃねぇ!


 「なんで途中でやめるの。……だって、佑くんくらいしか失敗したものをあげれる人なんていないし~。他の人にあげたら失礼じゃん」


 逆に、何で俺なら失礼に値しないと思ってるのか聞きたい。いや、別に良いんだけどね。


 「はいはい、じゃあ有り難くいただきますよ」


 と、焦げた卵焼きを口に運ぶ。


 「感想はお褒めの言葉しか受け付けません」

 「普通に食えるけどちょっと苦い。母さんの卵焼きの方が美味しい」

 「今の話、聞こえてた?」


 陽歌はジトっと睨んでくるが……。


 「えー、だってホントのことだし」

 「チッ……。それは失敗したやつだからだし。このマザコン」

 「マザコンじゃねぇよマザコンじゃ……!」

 「年上好きが暴走して遂に禁断のマザコンかぁ。おまけにロリコンだし、そのうちそっちも暴走していよいよシスコンの完成かぁ」


 なんて、陽歌が勝手な妄想を膨らませやがる。

 年上好きにロリコンって、いつだか言われたことあった気がするけど、まだその設定生きてたんだな。

 そう簡単には俺を貶す材料は捨てませんってわけですか。

 そもそも年上好きもロリコンも、別に悪いことじゃないと思いますけどね。


 「もう一回だけ言うけどマザコンじゃない。あと、百歩間違えてもシスコンはない」

 「じゃあ百一歩間違えたらシスコンだね!」

 「そうゆう切り返ししてくる奴、お前ぐらいしかいねぇだろうな……」


 もう何を言っても無駄そうだし、認めてしまった方が楽な気がした。絶対認めないけど。


 「ところで佑くん、何か私に言うことはないのかな?」

 「あ? 焦げた卵焼きをありがとよ」

 「『焦げた』は余計だよ、『焦げた』はっ……! そうじゃなくってさ、うーん、どうしよっかなぁ……」


 陽歌は左手を顎に当て何か考え込んでいる。


 さてと、次は一体何を言い出すことやら。


 と、お茶を口に含んだ時――。


 「佑くんって林間学校で私たちがあげた誕プレを奪われそうになったんだよね?」

 「――ブーッ! ケホッ、ケホッ……」


 唐突な陽歌の言葉に思わずお茶を吹き出してしまった。


 「うわ……、汚いんだけど」


 と、陽歌は吹き出されたお茶をジトっと見た。


 「……えと、何のことでしょう?」


 陽歌は誤魔化す俺に視線を移しジトっと睨んでくる。


 まるで全てを見透かされているようだ。

 何で知っている。

 考えるとすぐに約一名犯人が思い浮かんだ。


 これ以上誤魔化すのは無理、というか知られているのなら誤魔化すも何もないではないか。


 「はい、ごめんなさい……。おっしゃる通りです。ですが、奪われることなく死守しましたので安心してください」

 「うんうん、家に侵入を許したものの、渚沙のファインプレーで何とか(しの)いだんだよね」


 ほらな、やっぱあいつか。

 おそらく昨日俺が杠葉さんたちを送っている時にでも言いやがったのだろう。

 余計なことを……。

 そこまで口止めするのを忘れてた俺が悪いんだけどね。


 「とはいっても、曽根は家でそんな素振り見せなかったけどな」

 「じゃあ何で来たんだろうねぇ?」


 それが謎だから気味が悪い。

 心境の変化があって、単純に陽歌たちと仲良くしたいだけだったら良いのだが――。


 「ごめんね。私知らなかったから、体育祭クラスリーダーに先生に指名された時乗っかっちゃって。それに、勝手に佑くんの家に来るのを許可しちゃって。思い返せば、あの時断ってたもんね。だから、ごめんね」


 と、陽歌が珍しく真剣に謝ってくる。


 「いや、まぁその、俺が言ってなかったから」

 「そうそう、それがそもそもの原因だよねぇ。なんだ、私悪くないじゃん」


 おいっ……。さっきの真剣味が台無しなんだが?


 「それより、何も思わなかったのか? 例えば、傷付いたり」


 そう、俺が言わなかった理由がそれだから。

 ターゲットは杠葉さんからの誕プレだろうが、林間学校では中身を知らない曽根は全てを奪おうとしてきた。

 それは、陽歌からでも有紗からでも問答無用で処分することを意味する。


 それを知って傷付かないはずはないと思っていたのだが――。


 「昔から何かを失ったりしたことは沢山あるから。……って言っても、やっぱショックだったしムカついたよ。でも今は、何か私たちと仲良くしようとしてくれてるから……」


 と、陽歌は苦笑いを浮かべた。


 「何かを……、失う……?」


 その言葉が引っかかって仕方がなかった。

 失うこととは無縁そうな陽歌が失ったもの――。

 たった一つ思いつくのは姫宮有紗。

 それはきっと、有紗にも言えることで『親友だった』という過去形の言葉が頭の中で再生される。


 「あちゃー、ちょっと口が滑ったかも……」


 と、陽歌は呟いた後――。


 「自分から誰かに口を開いたことはないんだけど、知りたい……? 佑くんも正直に答えたことだし、一つくらい佑くんの知らない私について教えてあげても良いけど」


 ――少しばかり微笑してそう言った。


 幼馴染の心未だ知らず。それを少しだけ知れるかもしれない。

 だが、陽歌が言おうとしていることが俺の知りたいこととは限らない。

 本当は自分の口から言うのは嫌かもしれない。


 だから、知りたいとは言わずに――。


 「有紗……。お前と有紗は、本当に仲が良いのか?」


 ――食べ終わった弁当箱を閉じてから、そう尋ねた。

 仲は良いのは間違いないはずなのだが、本当に良いなら何故壁が薄らと見えるのか。


 「仲は良いよ。それよりさ、前に『仲は良いなって思ってた』って言ったくせに。それじゃ知ってる私のことだね」


 陽歌は苦笑いし、最後のおかずを口に入れ、飲み込んだ後――。


 「……ふぅ、言いたいのはそんなことじゃないか」


 ――そっと息を吐いてから呟き、弁当箱を閉じた。


 「私と有紗ちゃんはね、小学校の頃は親友だったの」


 うん、知ってる。有紗から聞いたから。


 「でもちょっとしたことがきっかけでね、その心は離れた。だからそれ以来、有紗ちゃんは親友なんかじゃない」


 陽歌はそうキッパリと言い切った。語尾を強め、やや怒りを感じさせる表情で。


 額から汗が流れる。暑い。

 よくよく考えたら、もう真夏は目の前まで来ているのだから当たり前なのだが、それでも異常に暑い。


 「今の私にとってはそれこそ、あやちゃんの方がよっぽど親友に近いと思ってるよ。なんなら、佑くんは親友みたいなもんだよね!」

 「『みたいなもん』じゃなくて、そこは断言して欲しいとこなんだけど?」

 「この歳にもなると、男女の友情は成立しないのでしたー! なんちゃって……!」


 お前はどっかのビデオの監督かっ。

 って、そんなこと知ってたら見る目変わっちゃうんだけど……。


 そういえば、周りにいた生徒たちは食べ終わったのかいつの間にか数が少なくなっている。


 「さてと……」


 と、陽歌は立ち上がり、二、三歩前進して一度止まる。


 「言い忘れてたけど、有紗ちゃんとは――」


 陽歌はこちらに振り返り、


 「親友に戻りたいって、うーん、違うか。真友……、これも違うか……?」


 何かをぶつぶつ言った後、


 「――これかな! 心友になりたいと思ってるよ! だからまずは親友に戻らなくちゃ」


 何度も同じ言葉を呟いてた気がするが、きっと当て字を考えていたのだろう。その文字が何であれ、抱く希望が叶えば良いと素直に思う。


 「そっか……! 頑張れよ」


 と、俺も教室に戻る為に立ち上がる。


 「佑くんは手を出さないでね。これは私一人でやらなきゃ意味なんてないから、前に約束したけど助けたりしないでね」


 あの日交わした約束は、そういう意味だったのか。

 だったら、俺はただ見ているだけにしよう。なんて言っても、元々できることなんてないのだけど。


 「わかったよ」


 と、俺が答えると――。


 「ありがとう。ということで佑くんは今後間違いなく困るよね? 紫音ちゃんの件。何かあったらちゃんと言ってね。この私が助けてあげちゃうから!」


 ――陽歌はドヤ顔で胸を張った。


 うん、良い張りだ。


 バレる前に視線を戻し――。


 「何かあったら困るんだけど……。って、結局困るのか……。まぁ、そうだな。わかんねーけど、あれは一人で相手にしたら手に負えねえかもな。マジのピンチの時は頼むわ」


 ――無意識に右手を差し出していた。


 「何これ? 握手?」

 「あ……。いやなんでも――」


 引っ込めようとした右手を陽歌が握ってきた。


 「これも、ある意味一つの約束の形だよねぇ」


 陽歌はニコッと笑った後――。


 「たまには昔みたいにこのまま手を繋いで戻ってみる?!」


 ――悪戯な笑みでそう言った。


 「そんな過去知らないんだけど?!」


 何を言い出すかと思えば、ちょっと心臓が跳ねかけたぞ。


 「チッ……。私と手を繋いでるのを学園中の男の子に嫉妬されて焦るのを見たかったんだけど……」


 と、陽歌は左手で指を鳴らそうとしたが鳴らない。


 「何の罰ゲームだよ。いいから離せやっ! 現在進行形でその視線に晒されてるわっ!」


 少ないながらも周りにいる男どもの殺意を感じる。


 ク、クラスならみんな見慣れたのかこんなことないのに……。


 「自分から手を出したくせにぃ~」


 ニヤニヤしつつも陽歌が手を離してくれる。


 「はぁー、さっさと退散退散……」


 ため息混じりに足早に教室に向かって歩き出す俺の後を、陽歌は――。


 「ちょっと、歩くの早いよぉ!」


 ――駆け足で付いてきた。



※※※※※



 昼休みも残りわずかとなった頃、教室に戻ってきた俺の目に入った光景。


 いつもと違う。曽根が俺の席に座り有紗と二人で談笑していた。

 杠葉さんは……、いつも通り二岡に話しかけられているわけでもなく春田と反町姉と談笑している。


 うん、違和感満載だわこれ。


 杠葉さんが春田や反町姉と談笑しているのは結構前から見慣れた光景になったが、有紗と曽根はまた別の話。


 俺が自分の席に近づくと――。


 「あっ……、えっとごめんね。今戻るから」


 と、曽根がいそいそと弁当箱を持って自分の席に戻っていく。


 自分の席に座り再び考える。


 杠葉さんが決意して、状況は少しずつ変わり、それでも変わらないものがあったはずだ。それは有紗と杠葉さんが一緒に弁当を食べ続けていたことか?

 いや、違う。元々、別々に食べている日も少なからずあった。


 ではなんだ?


 ……いつも通り、杠葉さんが二岡に話しかけられていない?!


 いや、でも昼休みも時間も時間だし、俺が戻ってくる前には話しかけられていた可能性も――。


 あったかもしれないが、なかったかもしれない。

 一体いつからだろうか。


 今更になって気付いたが――。


 「何ボーッとしてんの?」


 隣の有紗がジトっと見てくるが別にボーッとしてなんかいない。


 「なぁ有紗?」

 「なによ」

 「最近の二岡、杠葉さんに対してあんま積極的にいかなくなってね?」


 これが違和感の正体か? 答えはわからないが、それ自体は別に悪いことでは全くない。杠葉さんにとってはむしろ良いことだったりするはずだ。


 「え……、あんた今頃付いたの? なんか、林間学校終わった辺りからそんな感じだったわよ?」


 どうやら有紗は気付いていたらしい。

 俺の目は節穴だったのか? 視力低下が疑われるな、なんて思ったりしたが、別に目が悪くなった実感はない。

 

 「ほぇー、その辺りからだったのか。良かったな有紗」

 「ホント良かったわっ! マジで嬉しい」


 有紗もご満悦なようだ。


 とりわけ、このことは杠葉さんだけでなく有紗にとっても精神的に良い方に働くはずだ。

 どんな心境の変化があったのか知らないが、こうなってしまえば害のないただの超人気者なだけだし、有紗にとっても今後はそこまで二岡に注意を払わなくても良さそうだなと思った。

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