4 過去の死守と、誕プレ死守と
「ただいま~」
玄関を開けて家の中に入っていくが反応なんて返って来ず、当然お出迎えなし。うん、知ってた。
そのままリビングのドアを開けて中に入っていくと、我が妹がソファーでゴロ寝している。
「おい、母さんは?」
「んー? 出掛けた――って?! えっ……、何? お兄ちゃんまさかモテるの? それとも脅した? 警察呼んだ方が良い?」
振り返りざま、俺の後ろにいる可愛げな美少女三人及びもう一人に驚いたのか渚沙は目を丸くしてそう言ってきた。
おい、誤解はモテるまでにしといてくれ。脅したとか言い掛かりもいいとこだぞ。
相変わらずの発言に呆れてしまう。
「何その顔ムカつく。陽歌ちゃんがいるんだから冗談に決まってんでしょ」
なら最初から言うな。俺のセリフな? それ。
「おっと、失礼。綾女さん! 先日はどうもありがとうございました! そしてそちらのお二方、初めまして、椎名渚沙です! ついでに陽歌ちゃん、えーと、今朝ぶり~」
だから何なんだよこの前からさ! お前別に礼儀正しくないじゃん、繕うのやめろや。というか、繕ったなら陽歌の時までやり通せや。
「こんにちは、渚沙さん!」
杠葉さんが微笑みながら渚沙の方に向かっていく。
「ううぅ……」
「ん……?」
背後から唸り声が聞こえた為、振り返ってみると有紗が顔を真っ赤にして硬直していた。
「どうしたの……」
「――えっ?! あ、いやぁ、いざ対面すると緊張しちゃって」
「あれに?」
「あれにって、あんたねぇ! ――ひゃっ?!」
なんか、このままだといつまで経っても固まったままな気がした為、有紗の背後に回りポンっと背中を押した。
「ちょっと! 急に押さないでよ!」
やばい、ちょっと強く押しすぎてしまったかもしれない。
ソファーの端にもたれかかった有紗が睨んできた。
「あ! もしかしてあの時の写真の人ですか?! 生で見るとより一層可愛いですね!」
やっと気付いたのか、渚沙が有紗の顔を見て目を輝かせる。
「――あああぁっー! もう天使!」
先程までの緊張は何処へやら、今度は有紗が目を輝かせて、渚沙に抱きついた。
「ぐ、ぐるじい……」
「あ、有紗さん! 渚沙さんが苦しそうですよ……!」
その様子を見て杠葉さんが慌てて渚沙から有紗を引き剥がそうとする。
うーん、いい絵面だなぁ。美少女二人から板挟みになる妹、なんか楽しそうに笑ってる。羨ましい。俺と代わってほしい。
……などと言っている場合ではない。
本日、うちには陽歌に有紗、杠葉さんが来ている。ここまでは特に問題ない。しかし、迷惑なことに曽根までうちに来やがった。
差し当たって、これから俺には守らなければならないものがある。
まず一つ目、曽根が一番奥の向こうの部屋への侵入するのを防ぐこと、及び内容を知られないこと。あそこには過去の俺の栄冠が数多く存在する。
真意は不明だが、曽根は自ら体育祭クラスリーダーになった。もしかしたら、体育祭で俺に大恥かかせようとしたいのかもしれない。仮にそのつもりだったとしたら、敢えて曽根の作戦に嵌まってあげようと思ってる。
で、残念実は俺運動だけはできるんですよね作戦発動。曽根の思惑は崩れ去るわけである。帰り道、前を歩く彼女らを他所に密かに思いついた作戦。
完全に確信犯だし、もしかして俺って性格悪くね? って思ったけど、発動するかは曽根次第だし、もしそうなったら曽根も性格悪いことになる。
いや、そうならなくても悪いか。
そして二つ目、これは一つ目なんかとは比にならないくらい重要案件である。
杠葉さんから貰った誕プレ死守。
曽根は林間学校にて俺が貰った誕プレを奪おうとしてきた。今日わざわざうちまでやってきたのはそれを回収する為だと言われれば余裕で納得できてしまう。開封済みだし中身が何かは知らないはずだから実行に移せるとは思えないが、念には念を入れて超警戒態勢で備えておきたい。
「ちょっとお兄ちゃん、突っ立ってないでお茶、早くして」
渚沙に言われるのはムカつくが、俺の来客……、だよね……?
おそらく、いや、完全に渚沙目的の人物がいるから多少不安になってしまったが、杠葉さんと陽歌は俺の来客だと思いたい。
「はいはい。わかってるよ」
渚沙に指示される通り台所に向かおうとすると……。
「あ……! わ、私、手伝います!」
杠葉さんが立ち上がりそう申し出てきた。
だが杠葉さんは来客だ。そこまでさせるわけには……。
「あやちゃんはお客さんなんだし私がやるよ!」
「で、ですが……」
おい、お客はお前もだろ、とツッコミを入れたくなったがこれはある意味チャンスだ。真っ先に向こうの部屋について喋り出しそうな陽歌を牽制できるかもしれない。
「陽歌もそう言ってることだし、杠葉さんはそっちで待ってて」
「わ、わかりました……」
え……? なんかまずったかな。
杠葉さんは理解してくれたものの、その表情は暗いように見えた。
「うーん……。私なんか間違えちゃったかなぁ?」
お茶を入れながら陽歌がポツリと呟いた。
「ん? なにが?」
「あっ……。えっとね、さっきのあやちゃん、落ち込んじゃったように見えたから」
陽歌も気付いていたのか、今度ははっきりと口にする。
「ちゃんと後で謝っておこーっと」
陽歌がそう言うから俺も後で一応謝った方が良いのかな? と思ったが、その前に……。
「おい陽歌、一つお願いがあるんだが」
「なになに? 言ってみて」
「今日一日、というよりこれから体育祭が終わるまで曽根の前で向こうの部屋にあるトロフィーやらメダルについて口を開かないでくれ。あと、もし俺の運動能力とか聞かれることがあったら平均的とでも答えておいて」
「えぇー? なんで? ――あっ! それより佑くん、私からも言いたいことがあります」
陽歌はかなり怒った顔をして、思い出したようにそう告げる。
え……? さっきに続いてまたなんかまずった?
「今日の体育でさぁ、チラッと見てたんだけど、長座体前屈はともかくとして上体起こしと反復横とびは明らかに手を抜いてたよねぇ?」
今日から新体力テストなるものが開始された。体育教師が言うには、体育祭に向けての出場種目の指標にした方が良いらしい。
本日は朝から大雨だった為、男女共に体育館で授業を行った。そこで俺の様子を見ていたらしく、その内容に不満があるようだ。
別に最初から手を抜こうとしていたわけではない。朝のホームルームでの出来事で頭がいっぱいで、完全にうわの空だったのだ。
「そりゃあ私だって、ブランクがあるから少しは記録が落ちるとは思ってたけど、それでもあれは酷すぎだと思うんだけど?」
「その……、あれは体育祭クラスリーダーにされて気が動転しすぎていたと言いますか」
「やりたくなかったんだ……」
当たり前だろ! 自分から進んでやりたいなんて俺が思うわけないだろうが!
「私はただ、佑くんが体育祭クラスリーダーでみんなを引っ張って、それで本番でも大活躍でこんなにすごいんだぞぉ! って知ってほしかっただけなんだけど、ごめんね……」
俺がやりたくなかったことを悟り、藤崎先生に指名された後乗じてきたことを謝ってくるが……。
陽歌の真意を知ると責める気になんてなれなかった。
なにより……。
「陽歌、体育祭クラスリーダーは藤崎先生と色々話し合ってちゃんとやることに決めた」
「ホント?!」
「あぁ、だから頼む! さっきのお願いを聞いてくれ!」
両手を合わせて頼み込む。
「……うん、わかったよ。何か考えがあるんだね?」
「まぁ、そんなとこ」
これで良し。とりあえず陽歌に関しては安心だ。
淹れたお茶を溢さないようにゆっくりと運んでテーブルの上に置くと、意外なことに渚沙が一人一人に手渡していく。
できる妹でも気取りたいのだろうか? 周りはどうであれ、今更俺の中での評価は変わらないがな。
それより、次に口止めするべき相手は有紗だ。正直、渚沙と杠葉さんに関しては多分何も言わなくても大丈夫。渚沙が兄である俺の自慢じみたことなんてするはずがない。杠葉さんはそもそもうちに来るのは今日が初めてだし、向こうの部屋については知らないはずだ。
それに、以前数回俺のテニスについての話題が出てしまった時、杠葉さんも聞いてはいたが口を挟んでくることは無かったし、その後杠葉さんがそれを話題に出してくることもなかった。だから今日も話題に出したりすることはないはず。
「ねー、お兄ちゃん。新しいエプロンあったけど、買ったの?」
唐突な渚沙の質問に口に含んだお茶を戻しそうになった。
今日一日、避けなければならない話題。俺がもらった誕プレの中身について。どう誤魔化そうか、この場に陽歌がいる限り言い訳ができない。
「それ! 多分この間私が誕生日にあげたやつだよ! ねっ?!」
「おう」
考える暇もなく陽歌が答えてしまい、反射的に頷いてしまう。
しまった……。
「あー、そーゆーことねー」
渚沙は聞いてきたくせに興味なさげに反応してくる。
「誕プレといえばあんた、なんで私があげたマグカップ使わないのよ?」
「えっと……、今日使ってないだけで普段使ってますよ?」
一応曽根の前で使うのを避けただけだが、正直にそれを言うわけにもいかない。とりあえず日常的にありがたく使わせてもらっている旨を伝えると、何故かそっぽを向かれてしまった。
というより、気づけばいつの間にか当然のように誕プレの話題になってしまっている。
「有紗さんまでお兄ちゃんに誕プレくれたんですか? もうホントに、ありがとうございます……! お兄ちゃん、有紗さんの誕生日にはちゃんとお返ししなきゃダメだよ? なぎも一緒に選んであげるから」
陽歌の時とはうって変わって興味を示す渚沙。
おい、あからさまにポイント稼ごうとしてんの見え見えだぞ。もう陽歌の中でのお前のポイントは変わらないもんな。でも有紗は変わるかもしれないもんな。
やめとけ、有紗の中でのお前のポイントは既にMAXだぞ。下手に行動すると下がるかもしれないぞ?
「なぎちゃんに選んでもらえるなんて……! 私、もう死んでもいい!」
おい、大袈裟すぎんだろ。
「ふふっ! 死んじゃダメだよ姫宮さん! 渚沙ちゃんに会えなくなっちゃうよ?」
ここまで静観しているだけだった曽根が突如として口を開いた。
そろそろ仕掛けてくるってことか? それなら早く次の行動に移さなければ。
「も、もしかして綾女さんも……? お兄ちゃんに誕プレくれたりしちゃいました?」
渚沙がかしこまりつつ杠葉さんに尋ねやがった。
余計なことを……。
「はい! 私からも贈らせていただきましたよ」
当然杠葉さんはそう答えてしまう。
誕プレの中身を悟られない為に何か言わなくては……。
「杠葉さんも改めてありがとう。有り難く使わせてもらってるよ」
俺がここで期待する反応は、はい! 良かったです! 的な、中身に関する言葉が出てこない反応。あとは願うのみ。
「はい! 私がプレゼントしたブックカバーとしおり、使ってくれているの見てますから、私も嬉しいです!」
願い届かず、杠葉さんはニコッと頷く。
「お兄ちゃん、綾女さんにもちゃんとお返しすること!」
言われなくてもわかってるっつーの。
「し、椎名くん……!」
その様子を見ていた曽根がいきなり俺を呼んでくる。
「えっと……、なに?」
対する俺は恐る恐る返事をする。
「誕生日知らなかったからその日にあげられなかったけど、わたしも椎名くんに素敵なプレゼントあげるから、期待して待っててね……!」
……はっ? 奪うの間違いじゃなくて?
小さく息を飲み込み、平常心を取り戻す。
「お菓子とってくるわ」
お菓子なんてあるのかわからないが急ぎつつも決して走らず台所に向かう。
あった!
ポテトチップスと一口チョコの袋詰め。これを取りに行ったことにしよう。カロリーを気にする女性陣にとっては天敵かもしれないが、今はそんなこと気にしていられない。
陽歌から貰ったエプロン、有紗から貰ったマグカップやらお皿やらお箸やら諸々を一纏めにしてエコバッグに詰め、一緒にポテトチップスと一口チョコも入れて戻っていく。
「はい、これとこれ」
エコバッグの中からポテトチップスと一口チョコを取り出しテーブルの上に置く。
「えぇー、ちょっとカロリー高くない? 他に無いの?」
不満を言ってくる陽歌だが、他は探してないから知らない。文句は母さんに言ってくれ、お前なら言えんだろ。
「多分無い。んじゃ、ちょっと着替えてきますんで」
そのままエコバッグと通学鞄を手に持ち自室に戻り、部屋着に着替えてから、鞄から本に装着されたブックカバー及びしおりと弁当箱、エコバッグからエプロンと食器類を取り出す。
さて、確か渚沙の部屋の机は鍵を掛けれて、尚且つ沢山収納できるくらいの大きさだったはずだ。勝手に部屋に入ったのがバレたら怒るだろうけど、それについてはその時考えよう。
貰った誕プレを持って渚沙の部屋に移動し、机の鍵付きの引き出しに手を掛ける。
あれ? そういえば、鍵は……?
手当たり次第、他の鍵付きではない引き出しの中を探る。
無い、見当たらない……!
「……様子がおかしかった気がして見に来てみれば、なぎの部屋で何やってるの?!」
鍵探しに夢中になり、誰かが部屋に来たことに気付いていなかった俺に、叫び声の様な怒声が背後から投げかけられた。
「こ、これにはわけが……」
焦りに焦って答えると、蒸し暑さも相まって額から冷や汗が一滴床に落ちる。
「拭け……」
「はい……」
逆らうことなどできず、汗を拭き取る。
「で? 何してんの? キモいんだけど。なぎの物を物色するなんて、まさかシスコン?」
――んなわけあるかぁ! 百歩間違えてもありえねーよ。
「シ、シスコンじゃないけど……。この誕プレたちを鍵付きの引き出しに隠そうと思って。鍵どこ?」
適当に誤魔化すよりも正直に答えた方が鍵付きの引き出しを使わせてくれる気がして、その可能性に賭けてみた。
「隠す意味がわかんないんだけど。どうして?」
渚沙は呆れた様な表情をしつつも、理由を尋ねてくる。
当然といえば当然だ。
これもきっと、誤魔化すより正直に答えた方が使わせてくれる可能性は上がるはず。
「実は――」
花櫻学園の内情、及びそれを引き金として林間学校で起こった曽根との間の出来事、それに加え曽根が本日うちに来た目的を推測したものを渚沙に伝えた。
「――バッカじゃねーのっ?! なんでそんな人うちに招いてんの?! 頭の構造どうなってんの?!」
渚沙は声を荒げ怒りを露わにする。
対象は俺か、それとも曽根か、はたまた両方か。
「しょうがないだろ。俺は断ったんだけど、陽歌と有紗に推されて」
「なぎが追い返してこようか?」
「ま、待てっ! それはダメだ! あくまで推測だから、もしかしたら違うかもしれないし、違ったら三人からの俺の印象が下がりかねん」
もとより曽根からの印象が下がろうが、いや、既に底辺だと思うがどうでもいい。だが他の三人からの評価だけは下げたくない。
有紗に関しては高評価かどうかはわからないが、それでも陽歌と杠葉さんに関しては一定の水準には達していると思っている。それを自ら手放すなんて馬鹿馬鹿しい。
「だったら最初から連れてくんなっつーの……」
おっしゃる通りです。ごめんね、頭の悪い兄で……。
「でも、陽歌ちゃんはともかく、あ、綾女さんもかな? 有紗さんからの株も高いっぽいし、それを下げてうちに来てくれなくなっちゃうのもなぎ的にNGっていうか。ホント、なんでお兄ちゃんなんかが……」
渚沙にとっても、杠葉さんや有紗がうちに来なくなるのは困るらしい。いつの間に二人の事をそんなに気に入ったのやら。
「なぎ的にもあの曽根さんって人、せっかく有紗さんがなぎに会いにきてくれたってのに有紗さんに話しかけまくって、それで有紗さんは曽根さんの相手をすることになってて、なぎは有紗さんと交流したいってのに、気に入らないっていうか」
へぇー、俺が二階にいるうちに下はそんな感じだったのかぁ。曽根が有紗にねぇ。ちょっと意外。有紗は異常に二岡に反発するわけだし、曽根にとって気に入らない存在だと思ってたのだけど。
なんて考えていると、渚沙は一度小さくため息を吐き、部屋を出て行ってしまった。
――えぇっ?! 雰囲気的に協力してくれるんじゃなかったの?! マジか……。
と、肩を落としていたのも束の間、一分も経たないうちに渚沙が戻ってきた。
その手にはキーケースが握られている。
なに?! いつの間にそんなお高そうな物買ってもらったの?! 俺のなんてただのキーホルダーだよ? テニスボールの。
と、ちょっと羨ましいなと思ったが、先程の不安は杞憂だった様で渚沙が戻ってきて安心した。
渚沙はキーケースに引き出しの鍵も付けているらしく、取り出して鍵を開けた。
「中覗いたら殺すから。なぎが入れるから仕舞うやつ取って」
そんな言い方されると引き出しの中が逆に気になったりしたが、ここで機嫌を損ねるわけにもいかない為、大人しく従う。
「これで良しと」
「おい、弁当箱は?」
まるでこれで一件落着と言わんばかりにおでこを拭い、引き出しに鍵を掛ける渚沙だが、その傍らにはまだ仕舞われていない弁当箱がある。
「は? 中に臭い充満したらどうしてくれんの? 仕舞うわけないでしょ。第一、中が汚れてるだけの弁当箱なんて誰も盗らねぇっつーの」
た、食べ残したりしてないから大丈夫だと思うんだけど……。
が、やはりここでも機嫌を損ねるわけにはいかない為、弁当箱は自分でなんとかすることにしよう。
まぁ、渚沙の言う通り流石に弁当箱は盗られないか。
「ちょっと時間取り過ぎたし、怪しまれないうちに戻るよ」
急かすように立ち上がる渚沙だが……。
「最後に一つだけ頼みがある」
「はぁ? まだあんの?」
渚沙は気怠げに反応するが、聞く意思はあるらしい。
「俺のトロフィーやらが飾られてる部屋、後々のことも考えてあそこを曽根に知られたくないんだよね。陽歌には釘を刺したけど、有紗もその部屋を知ってて……。頼む! 渚沙からタイミングを見て有紗にその部屋について口を開かないように言ってくれ……! ついでに俺の運動能力が高いことも口外しないようにも言ってくれ!」
陽歌の時と同じく、両手を額の前で合わせてお願いする。
「このクソナルシスト。運動神経が良いとか、世の中にはお兄ちゃんよりも凄い人なんて沢山いるんですけど? 自惚れんな。というか、そんなの自分で言えば良いじゃん」
あらやだ。そんな風に言われると自分で言ったのに恥ずかしくなってきちゃう。
――じゃなくてっ! そんなこと言われなくてもわかってるっつーの! 現実はとっくに見えてるからな。
ただ花櫻学園においては別の話。
あの、敷地だけは広いように見えて、一つの学校という狭いコミュニティーの中で二岡が一番であるのだとしたら、俺の運動能力は二岡と同等か、それともちょっと高いか、それとも低いか。その程度の誤差だと、ここ二ヶ月体育の授業を見学した末に、そう認識している。
二岡が一番なら、少なくともその他の生徒には負けることはまず無い。だからこそ、曽根の考えが推測通りなら、勝算しかない。
ただ、別に推測と違ったなら、目立ちたいわけではないから程々に、陽歌にドヤされない程度には頑張るだけなのだが……。
もし推測通り、いや、それ以上なら――。
「いやぁ、俺が言うと有紗は間違いなく突っかかってくるからさ、普段はそれでマジ可愛いなぁなんて思うもんだけど、今日だけは極力怪しまれる行動は避けたいっつーか」
「ふっ……! ツンツンされて嬉しいのか、このドM。やっぱドM」
陽歌といいお前といい、そうゆう物言いはいい加減やめてくれ。ホントに俺ってドMだなって、時々勘違いしそうになるから。
「……週末、本屋に行きたいんだけど」
ん? それがどうした? ……あ、ふむふむ、成る程ねぇ。
「付いてけば良いのか?」
「違う。付いてきてお金払って」
おい、多少なりとも可愛いところがあるじゃないかと思った俺の気持ちを返せ。
クソ、毎月振り込まれるお金を極力使わずにいたものの、ここで解禁しなければならないのか。父さんごめん。でもこれは未来のためなんだ。
なぁに、気にすることはないさ。父さんの愛する娘の渚沙に使うだけなんだから。
なんてしょうもない言い訳を心の中で呟いたりしてみた。
「はいはい、わかったわかった。一冊だけだぞ?」
「三冊!」
わがままな渚沙はそう言い放ち、部屋を出て行った。
「はぁ……」
小さくため息を吐き、もう、それで良いや。
と、思ったが、俺ってやっぱり渚沙に甘過ぎない?




