3 ティーエー
昼休み、授業が終わると真っ先に職員室に向かった。
朝のホームルームで決定された俺の体育祭クラスリーダーに異議を唱える為だ。
もう覆されることはないかもしれないが、悪足掻きくらいしておきたいし文句の一つも言っておきたい。
曽根との出来事を知ってるはずなのに俺を体育祭クラスリーダーにするとか、頭おかしいんじゃないかと思う。
どこのクラスの授業をやっているかなんて知らないが、戻ってくるはずの藤崎先生の机の前でじっと待つ。
「どうした椎名、私に何か用があるのか?」
待つこと数分、藤崎先生は戻ってくるなり朝と同じくお疲れ気味の表情でそう言った。
「どうしたもこうも、体育祭クラスリーダーとやらに強制的に決められた事に異議申し立てにきたんですが?」
苛立ちを隠さずやや強めの口調で告げると藤崎先生は何故か頬を緩めた。
「ここじゃなんだし場所を変えようか。椎名、お弁当は? 無いなら詫びに買ってやるが……」
本来なら有難い申し出だけど残念ながら持ってます。母さんが作ってくれたので。
「結構です。持ってるんで」
「そうか。なら一旦取りに戻って事務室にきなさい。話はそれからだ」
職員室には他にも大勢の教師がおり、それだけでなく授業の質問等をしている生徒もいる。
あまり聞かれたくないことなのだろうか?
移動するのは面倒だし別にここでも良いと思っていたが、それでまともに話し合いができなかったら意味がないからその提案を受け入れることにしよう。
それにしても、藤崎先生も当たり前のように事務室を指定してくるあたり、使い方間違えてませんか? と言いたくなってしまう。本来そういった用途で使う部屋じゃないと思うんだけど……。
「わかりました」
それだけ言い残して職員室を後にした。
※※※※※
教室の前まで来て中に入ろうとした瞬間、ある光景が目に入った。
有紗が自分の席で弁当を広げ、周りの席に陽歌と杠葉さん、それに春田や臼井などが加わる構図。全員が弁当を持っていて食堂に行く必要がない時によく目にする光景はこれだ。
だが、今日は違う。いつもと同じと思いきやそこにまさかの曽根が加わっている。しかも俺の席に座ってるし。
極力曽根との接触を避けたい俺は、そんなわけで教室内に入ることを躊躇ってしまっている。
「おーい椎名、どうしたそんなところで」
購買から戻ってきた相沢がいくつかパンを抱えて近づいてきた。
た、助かった……。相沢に俺の弁当取ってきてもらお。
その為には伝えなければならない。
俺にとって相沢は親友、少なくとも俺はそう思っている。だからこそ言うべきか言わないべきか迷っていたが、本当の意味で頼れるのは今のところ相沢しかいない。
「あ、あぁ……。それがな、弁当を取りに行きたいんだけど」
「行けばいーじゃねーか。というかお前どこで食うつもりだ? 一緒に食おうぜ」
普段なら即答で了承する話だが、今日だけはそういうわけにはいかない。
「相沢、ちょっと良いか?」
「おいおい、俺は早く飯を食いたいんだけど?」
教室の前では目立つし、クラスメイトの誰かに聞かれたら大問題の為、少し離れたところに相沢を連れていくと、相沢は少々呆れ気味にそう言った。
「正直に全部話すから俺の弁当箱取ってきてください」
「はぁ? ……とりあえず話してみ?」
相沢にそう促され、俺は簡潔に事を話した。
林間学校での曽根との出来事、ついさっき職員室に抗議しに行ったらこの後事務室でそのことについて話すことになった旨、それ故に曽根との接触を避けたいことを。
こんなことを話して、もし巻き込んでしまうことになったら悪いな、なんて思ったりしたが、これまで一人で心の中に閉じ込めていたことを話すと少しだけ気が楽になった。
「ふーむ……。それ、お前詰んでね? 体育祭クラスリーダー、曽根と一緒じゃん」
「そーなんだよ……。だからダメ元で藤崎先生に抗議してくる。そうゆうわけで頼む! 俺の弁当箱取ってきてくれ……!」
額の前で両手を合わせて誠意を示す。
「まぁ、どう考えても怪しいしな。わかったよ、取ってきてやる。ちょっと待ってろ」
相沢はゆっくりと教室に向かって歩きだしたかと思えば、一度振り返って――。
「椎名、俺は何があってもお前の味方だ。それに御影たちや涌井だってきっとそうだ。だから自分の処理できる領域を超えたら遠慮せず周りを頼れよ。必ず力になるからよ」
――親指を立ててそう言った。
そんなことを言われても、つい最近だってみんなには勉強を教えてもらったし、それ以前に転校してきてから本当に良くしてもらってる。
そう考えると、これ以上頼って良いのかわからないし、現状何に対して頼れば良いのかわからない。
それがわかった時、みんなに頼って良いのかどうか。
そのことで仮に嫌な思いをさせる可能性があったとしても――。
今の俺にはその答えが出せなくて、二つの想いが揺れていた。
※※※※※
「それでなんですけど、結論から言うと俺は体育祭クラスリーダーをやりたくないです」
場所は事務室、弁当を広げながら目の前に座る藤崎先生にそう告げる。
「椎名くん体育祭クラスリーダーになっちゃったの?!」
何故か未来先生が興味深げにニヤニヤしながら聞いてくるが、話が逸れる予感しかしないから無視して藤崎先生の言葉をじっと待つ。
「おや? 言わなかったか? ティーエーだって」
何故自分が理解していることを俺が理解できると思っているのか、無性にムカついてくる。
ティーエーなんて言葉聞いたことがないから意味なんてわからない。
「略さず言うと言うと、"teacher authority"」
えっと……、先生、何? 全然わかんないんだけど。
というか、ティーエーって英語を略してたのかよ。わかるかそんなもん。
「その意味は? なんでわざわざ英語に? しかも省略されてるから余計わかんないし」
「君にだけ伝わるようにしたつもりだったんだが……、その様子だとわからなかったみたいだな。日本語で言うと、教師権限だ」
やばい……、もしかして俺、転校初日でここで余計なこと言ってたのかも……。
あの日この場で藤崎先生に対して、教師権限でも使えば良い的なことを言ってしまったのを思い出して非常に後悔し頭を抱えてしまう。
でもちょっと待てよ? 確か……。
「『生徒の自主性に任せる』とか言ってませんでした?」
「だから私は待っていただろ? 椎名が立候補するのを」
「何故に俺限定なんですか……?」
それじゃ、結局俺しか体育祭クラスリーダーにするつもりがなかったみたいじゃないですか。
しかもなんか俺が立候補しなかったのが悪いみたいな感じだし。
俺はそんなことしてる場合じゃないし、チラ子の手がかりを探したいんです……!
なんて、口に出せないことを心の中で呟いてみたり。
「言っただろ? キミを守ろうと」
それならむしろ、曽根と一緒の体育祭クラスリーダーなんかにしないでほしい。
仮にも藤崎先生はあの出来事を見てたんだから、本当に守る気があるのかと疑ってしまう。
それに――。
「守らなくて良いって言ったと思いますけど?」
「今回の場合、守るは少し大袈裟すぎたかな。もっと簡単に言うと手助けと言ったところだ。これなら問題ないのだろう?」
藤崎先生はゆっくりとそう言ったが、何をどうもって手助けと言ってるのか、その真意が知りたい。
「手助けって、何をですか?」
「いいか、椎名。曽根は体育祭クラスリーダーに立候補した。だから私は、女子で他に立候補する者が出てくるのを待っていたのだが、結果出てこなかった」
藤崎先生の言葉を聞いて息を飲む。
今の言い方だと、曽根を体育祭クラスリーダーにしたくはなかったと言っているようにしか思えない。
そして何故藤崎先生が俺を体育祭クラスリーダーにしたのか、答えがなんとなくわかってしまった。わざわざ手助けと言うくらいだから。
背筋に少しばかり寒気が走った。
「曽根が体育祭で俺に何か仕掛けてくるって意味ですか?」
「あくまで推測だが、私はその可能性が僅かでもあるような気がした。だったら椎名には体育祭クラスリーダーになる必要があるとも思った。一緒にやれば曽根の思惑も上手くいかないようにできるかもしれないだろ?」
俺はこの場で言われるまで全く思いつかなかったというのに、それ故に藤崎先生の頭の働きっぷりに感動してしまった。
いや、全くもって感動してる場合じゃないんだけどね……。
なんというか、マジで俺のこと考えてくれてんだなぁと、気恥ずかしくなってしまう。
「はぁ……、言われてみればそうですね。ほっといていざ何もできませんでしたー、じゃ話になりませんから、しょうがないんで体育祭クラスリーダー、やります」
曽根とかいう女のせいでチラ子探しに着手できないのは釈然としないが、ここまで藤崎先生の意図を説明されてやらないわけにはいかないと思った。
「椎名くんも成長したねぇ~! おねーさん嬉し泣きだよぉ」
この場の雰囲気に相反するテンションの声が聞こえたと思ったら、未来先生が目元を拭いてうんうんと首を上下に振っている。
すっかり忘れてた。いたんだ、この人。
「うん、任せたぞ椎名」
「ところで……、体育祭クラスリーダーって何をやるんです?」
やると決めたからにはやるのだが、内容くらいは知っておきたい。
「それがなぁ、私としてはそもそも体育祭クラスリーダーって必要あるのか疑問なんだよ。そのくらい誰でもできることだ」
へっ? そなの?
嫌だ嫌だと一人で気落ちしてたのがバカみたいじゃん。
「まず、クラスの誰がどの種目に出るかを決めること。それぞれ得意不得意あるから意見を尊重した上で判断する。あとはクラス対抗リレーの順番を決めたり、男子の選抜二百メートルリレーの人選、あ、これは二チームあるからな」
聞けば聞くほど大変な気がした。
だって絶対駄々こねる奴出てくるやつじゃん。誰でもできると言えば確かにそうだけど、普通にだるいやつじゃん。
やっぱやる気なくなってきた……。
「他には体育祭当日まで練習を先導することかな。ん……? どうした椎名、顔色が悪いぞ?」
「い、いえ、別に……」
顔色を隠すように笑みを作って誤魔化した。
「それにしても、私も私で自分から学年会議であんなこと提案しておいて、立候補してくれた生徒を疑うことになるとは……、教師失格だな」
藤崎先生は自嘲気味に苦笑いを浮かべている。
「へー、藤崎先生の提案だったんですか。なんで提案したんですか?」
「朝に説明した通り、そのままだよ」
何を考えているのかわからないが、藤崎先生は自分の弁当を見つめてポツリと呟いた。
『説明した通り』、ねぇ。ホントにそうなら良いんだけど。
「それじゃ、食べ終わったんで戻りますね」
「えぇっー! 椎名くん、おねーさんとお話しに来たんじゃなかったの?!」
「違います。全然用は無いんで。それじゃ」
最後に藤崎先生に一礼してから事務室を後にした。
「今年の体育祭は、一足早い台風……、いや、嵐、かもな……」
「聞いてた感じ、やっぱそうなっちゃうのかなぁ~?」




