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1 妹たちの祈りと願いと、二つのお守り

長めです。

 林間学校が終わり一週間が経過し、六月を迎えた土曜日の朝、セットしておいたスマホのアラームで目が覚める。


 今日は通院の日だ。おそらく今日で普通に運動する事は許可されると思う。


 目を擦りながら階段をゆっくり下りていくと下の階から物音が聞こえた。


 冷や汗が額や背筋から流れ落ちる。


 ま、まさか……、空き巣……?


 足音を立てないようにゆっくりと階段を上り自室に戻り、パジャマのポケットにボールを詰め込んで右手にラケットを、左手にボールを持つ。


 そして、再び足音を立てないように階段をゆっくりと下りていく。


 やはり物音がする。何故か水道を使っているみたいだ。ついでにテレビの音まで聞こえてくる。


 空き巣がなんで寛いでんだよ……?


 息を潜めドアの前まで行くとリビングから話し声が聞こえてきた。


 ……あれ? この声……。


 臨戦態勢を解きリビングのドアを開き中に入っていく。


 「――あら、起きたの? おはよう」


 台所の方からひょこっと顔を出して朝の挨拶をしてきたのは俺の母親、椎名沙紀(しいなさき)


 「なんでいんの? というかいつ来たの? 聞いてないんだけど」


 ソファーの方に視線を流すと、寝転がってテレビを見つめている渚沙がいた。

 久しぶりの再会だというのに俺の方を見すらしない。


 「息子の顔を見に来ちゃダメなの?」


 そして泣き真似をしだす母さん……。


 「そこまでは言ってないんだけど」

 「冗談よ。ちょっと用事があってね、それで昨日の夜中に帰ってきたんだけど佑紀は寝てたから」

 「そう。で、あいつは?」


 渚沙の方をチラッと見て母さんに尋ねる。


 「渚沙も用事があるのよ。お兄ちゃんに久しぶりに会えたのが嬉しくて照れ隠ししてるみたいだけどわかってあげてね」

 「――違うしっ! そんなわけないじゃん!」


 母さんがそう言うと渚沙は慌てて起き上がり声を荒げた。


 「ほぉー、照れ隠しか。そうかそうか。そんな渚沙に言いたいことがある」

 「だから違うし……」

 「お前、橘芽衣って知ってるよな?」

 「あぁー、知ってるけどそれが?」

 「『それが?』 じゃねーよ! お前があいつに余計なこと言ったせいで大変だったんだぞ?!」

 「ハッ……。へー、お疲れさまでした」


 渚沙は鼻で笑ってから俺を小馬鹿にしたかのような目でそう言った。


 「お、お前、あいつがストーカーだってことを俺に言わずに、おまけにチラ子のことも言いやがって……」

 「だってしょうがないじゃん。あーでも言わないとやめそうになかったんだし。で? 何があったの?」

 「チラ子になりすまして接触してきた」

 「――えぇっ?! 嘘でしょ?! ま、まさか芽衣さんがそんなことをするなんて。ホントは良い人だと思ってたのに」


 驚いて反応する渚沙だが、そもそもお前が言わなきゃ今回のことは多分起こらなかったんだけどな。


 「はぁ……、じゃあそのことはごめん」


 謝ってくれたのはいいがなんでため息?!


 「まぁ、あいつは悪いやつってわけじゃないけどな。ストーカーだけど」

 「なら良いじゃーん! てことでこの話終わりね」


 態度急変。気分的にさっきの謝罪が台無しなんだけど。


 「二人ともー、朝ご飯できたわよ」


 なんだか流されてしまった気がするが、とりあえず食卓に着き朝食とすることにした。



※※※※※



 通院帰りの電車の中、俺は喜びに浸っていた。

 予想はしていたが運動も許可され、生活にも不自由な面は無くなった。

 それ以上に、もうリハビリに通わなくても良いという事実が嬉しかった。


 「良かったねーお兄ちゃん。肩治って」


 暇だからと言ってついてきた渚沙が隣でスマホを弄りながらそう言った。


 「あのー、もうちょっと感情込めてくれる?」

 「うっさいなー。ちゃんとなぎも喜んであげたんだから良いでしょ。また怪我しないように気をつけてね。これでいい?」


 渚沙は文句を垂れ流した後そう付け加えてくる。


 「あー、もうそれでいいわ……」

 「あ、今のフラグだから」

 「そんな物騒なもん立てんなよ! ……だが残念、俺にはこれがある」


 Tシャツの胸ポケットからお守りを取り出し渚沙に見せつける。


 「何それ、お守り? いつの間にそんな物に(すが)るようになっちゃったの?」

 「そんな物言うなし。今やこのお守りは俺の宝物だぞ?」

 「ふーん。あ、そうだ。なぎもお守り欲しいんだけど」

 「今そんな物言ってなかった? なのに欲しいの?」

 「良いでしょ別に」

 「ふーん」


 俺としては渚沙がお守りを欲しがろうが要らないと言おうがどっちでも良い。


 「てことで買って」

 「は?」

 「買って」


 言い出したら止まらない。相変わらずすぎて笑ってしまいそうになる。


 「めんどくさ。お金やるから自分で行ってこいよ」

 「一万円」


 渚沙が手のひらを広げて目の前に出してくる。


 「いくつ買う気だよ?!」

 「一つ」

 「尚更意味わかんねーよ」


 一つ一万円のお守りとは一体……。

 少なくとも杠葉神社には無いはず。あったら怖い。


 「じゃあお兄ちゃんもついてきてよ。一人で行ってもつまんないし」

 「はぁ……。わかりましたよ」


 仕方ないから言われた通りついていくことにした。


 「その前にお腹空いた」


 もう昼過ぎだ。渚沙が空腹を訴えてくるのも理解できる。

 母さんは夕方までどこか出掛けると言っていたから元々外で食べるつもりだった。


 丁度いいからあのサービス券を使うことにしよう。


 「はいはい。和食で良いよな?」

 「うん、それで良い」


 渚沙も了承もしている為、わがままな妹を引き連れて弥生日和へと向かった。



※※※※※



 「いらっしゃいませ――って、そっちの子は?」


 店内に入るや元気よく営業スマイルをしてきた春田だったが、渚沙を見るやポカーンとしている。


 「俺の妹」

 「あー! 妹さんね! 納得! じゃあこちらの席へどうぞー」


 もはや定位置と化しているテーブル席に案内される。


 「お兄ちゃん、この人誰?」

 「あー、この人は――」

 「椎名っちのクラスメイトの春田弥生です! よろしくね!」


 春田は俺が答えるより先に渚沙に自己紹介をした。


 「わ、わたくしは椎名渚沙です! 日頃からうちの兄がご迷惑をおかけしてごめんなさい! 両親に代わって謝罪申し上げますのでどうかお許しください!」


 渚沙はそれを聞くと突然居住まいを正し、いかにも礼儀正しいですよオーラを出して春田に自己紹介をした。


 「なんで俺が迷惑掛けてる前提で謝ってんだよ?! 別に掛けてねーよ!」

 「ま、まぁまぁ落ち着いて二人とも。渚沙ちゃん? 確かに椎名っちは転校初っぱなやらかしかけたけど全然迷惑とか掛けられてないから安心して?」


 春田は苦笑いを浮かべながらそう言うが、俺的には身に覚えがないことだ。


 「あ、あのさ、やらかしかけたとは?」

 「いやー! 学級委員決めで姫ちん以外誰も意見を言わない中で、まさか転校生の椎名っちが反対意見を言うとはねぇ。一歩間違えればその時点で色々終わってたじゃん?」


 あれは俺の意思ではなくほとんど言わされた形だ。

 しかも本当に一歩間違ってたら終わってた可能性があることが怖い。


 「お兄ちゃん……、バカなくせに優等生キャラでいこうとしたわけ? どーせすぐにバレるのに」

 「違うわ、仕方なくだわ。あ、注文良いか?」

 「あ、うん。良いよ」


 春田は注文ペーパーを取り出し準備してペンを手に持つ。


 「ざる蕎麦一つと、渚沙は?」

 「なぎもそれで。あ、あとこの抹茶パフェください」

 「がめついな……」

 「お兄ちゃんがお金払うし」

 「はいはい……。あ、以上で」

 「かしこまりましたぁー! 少々お待ちくださいねー!」


 春田は注文ペーパーを持って厨房に向かった。



※※※※※



 「はぁー! 美味しかったねお兄ちゃん! 特に抹茶パフェとか最高だったよ!」


 昼食も食べ終え杠葉神社に向かっている道中、今日一でご機嫌な渚沙がニコニコと隣を歩いている。


 「だろ? あそこはホントにおすすめだ」

 「サービス券なんて使うんだったらもっと頼めばよかったよ。先に言ってよね」

 「どーせ食べきれないだろ」


 渚沙は特に大食いではなくどちらかと言えば小食だった。

 内心、抹茶パフェも残すんだろうなと思ってたが食べ切ったのには驚いた。


 「あ……」

 「なんだ、どうした?」


 神社に向かう曲がり角まで着いた所で渚沙がピタッと静止した。


 「や、やっぱ遠回りしない?」

 「は? 嫌だけど」


 突然何かと思ったら、渚沙が意味不明な提案をしてくる。

 もちろん面倒だから却下だ。


 「ちぇっ……。わかったよ」


 渚沙は不満そうだが納得はしてくれた為、このまま進んでいく。


 「お兄ちゃんはさ、まだあの時のこと怒ってる?」


 しばらく歩き、公園の横を通り過ぎようかという時、不意に渚沙が口を開いた。


 「何いきなり。怒ってねーよ。むしろ怒るのはお前の方だろ?」

 「なぎはもちろん怒ってたよ。だって高熱出しちゃったのは仕方ないし、お父さんもお母さんも仕事休めなかったんだから、お兄ちゃんがなぎの面倒見るのは当たり前だもんね」


 あの夏休み最終日、だから俺はここに来れなかった。

 そして高熱を出した渚沙に怒り狂った駄目兄貴が俺である。


 「あれ以来なぎ、ここに来たことなかったんだよねぇ。ついでに図書館も」

 「うげっ……。そ、そうだったの? わ、悪かったな」

 「でも、いざ足を向けてみれば意外と来れるもんだったよ。次からも大丈夫、一人でも来れそう」


 渚沙がそう言ってニコッと笑うと、俺の中の罪悪感が緩和された。


 ……ん? 次からはって、お前アメリカ戻るじゃん。明日にでもまた来るつもりかよ。


 「何笑ってんのお兄ちゃん」

 「あ、いや安心しただけ」

 「そぉー、それは良かったねー。どうしようもない兄を持つと妹のなぎが優しくなるしかないからねぇ」


 俺がお前に優しくすることは何度もあったけど、お前が俺に優しくしたのなんて今日含めても両手で数えられそうなんだが。


 「はいはいどーもありがとう。ほら、さっさと行くぞ」

 「なぎの歩くペースに合わせろっての」


 渚沙は悪態をつきながらも早歩きで追いついてきて俺の横に並ぶ。

 歩くペースが速いとのことで、少し速度を落として杠葉神社に向かった。



※※※※※



 石畳の階段を上り杠葉神社の境内に着く。いつ見ても綺麗な場所だ。


 「どーせならお参りもしてけば?」

 「そーだね、そうする」


 まずは手を清める為に手水舎(ちょうずや)に行く。


 「いいか? 見てろよ、こうやってやるんだ」


 柄杓(ひしゃく)を右手に持ち手本を見せてやろうと思っていたのだが――。


 「そこに書いてあるし。いちいち偉そうにしないで」

 「はい、すいません……」


 少し調子に乗り過ぎてしまった。

 渚沙は不機嫌そうにそう言い自分の手を清めていく。それを見て、俺も黙って自分の手を清め、拝殿に向かった。


 「お金」


 拝殿の前まで着いた所で渚沙がお金を要求してくる。

 そのくらい自分で出せよと思ったが、文句を言ってくることが想像できるし面倒だから十円を渡した。


 「何これ? 足りないんだけど。百円頂戴よ」

 「は? 十円で充分だろ」

 「百円の方が効果あるに決まってるでしょ。ほら早く」

 「関係ねーよそんなの……」


 そうは言いながらもきっちり渚沙に百円をあげる俺。

 なんで俺、こいつにこんな甘いんだろ……。


 渚沙が俺から受け取った百円を投げお参りを始める。


 神に祈りを捧げ、願いを伝える妹の姿は普段とはまるで別人に見えた。


 「これで良しっと」

 「何をお願いしたんだ?」

 「は? 教えるわけないじゃん」


 そーですか。ちょっと気になるけどしつこく聞くとその後の展開が読める。


 これも常日頃、陽歌に鍛えられたおかげだ。

 被害を被りたくないからここはこれ以上聞かないことにした。


 「あれ? お兄ちゃんはお参りしないの?」


 お参りをせずに拝殿に背を向け歩き出した俺に、渚沙がそんなことを聞いてきた。


 「四月にしたから今日はいい」

 「ふーん」


 渚沙は聞いてきたくせに興味なさげな反応をしてくる。


 「あそこが社務所な。ほら、これやるからさっさと行ってこいよ」


 財布から千円を取り出し渚沙に渡す。


 「はーい」


 渚沙は千円を受け取ると社務所に向かって歩いていく。

 仮に社務所にいるのが雪葉さんだったらちょっと面倒くさいから俺はついていかず、近くに配置されているベンチに座った。


 「はぁ……、暑い」


 六月に入り蒸し暑さが増した空気が体力を削っていく。

 早く家に帰って冷房の効いた部屋でゴロゴロしたい。


 「あれ? 佑紀さんじゃないですか」


 声を聞いただけで誰かわかる。

 暑さにやられ(うつむ)き気味だった顔を上げると目の前に杠葉さんが立っていた。


 「あぁ、こんにちは杠葉さん」

 「はい、こんにちは! 今日はどうなされたんですか?」


 こんなクソ暑い中、巫女装束に身を包んでいるのに全くそれを感じさせず、俺まで少し涼しく感じてきてしまう。


 「えーと、今日は妹の付き添いというか……」

 「妹さんが帰ってきてるのですか? それは良かったですね!」

 「良かったというか……、うん、そだね。――あっ! そうそう、今日通院だったんだけど肩はもう大丈夫そうだよ」

 「――ホントですか?! はあー、無事に治ってくれて」


 杠葉さんはほっと胸を撫で下ろした後、ニコッと笑ってくれた。


 「これも全部このお守りのおかげかな」


 Tシャツの胸ポケットからお守りを取り出し見せる。


 「今日も、持ってくれてるのですね。嬉しいです」


 杠葉さんは安堵の表情を浮かべそう言った後、何かを思い出しているかのような表情でポツリと呟いた。


 「それは私の祈りでもあり、願いでもありましたから」

 「祈り? 願い?」

 「――いえ、なんでもないですっ……! き、気にしないでください!」


 慌てて何かを隠そうとする杠葉さんだが、今さっき見せた何かを思い出しているような表情から、とてもじゃないがなんでもないとは思えない。

 だが、それを詮索することで嫌われたくはないから、ここは何も言わず聞き流すフリをした。


 背後から猛烈な勢いでこちらに向かってきている足音が聞こえた。

 振り返ると既に俺の真後ろに来ていた渚沙が頭をバシッと叩いてきた。


 「――っ?! 何すんだよ?!」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! うちのバカ兄が本当にごめんなさい! ちゃんと言い聞かせておきますのでどうかお許しを……!」


 渚沙は何故かとんでもない勢いで杠葉さんに謝罪を始めた。

 どうして今回も俺が何かしでかした前提なのか、納得いかない。


 「お、落ち着いてください……! 佑紀さんの妹さんですよね? 彼は何も悪いことはしてませんから……!」


 杠葉さんは動揺しつつも渚沙をなだめる。


 「――えっ? どうしてお兄ちゃんの名前を……?」


 我に返ったらしい渚沙がそんな疑問を呟いた。


 「どうしても何も、俺たちクラスメイトだから。つーか、俺が何かした前提で謝りだすのやめろ」

 「この絶世の美女の巫女さんが? お兄ちゃんのクラスメイト? ……ハッ! 笑わせないで! どーせナンパでもしてたんでしょ。ほら、お兄ちゃんも頭下げて」


 テメェー、名前を知ってることを疑問に思っときながら何故認めない?

 つーかナンパってなに? 俺がそんなことする度胸があるとでも?


 「いえ、本当ですよ。私、佑紀さんのクラスメイトの杠葉綾女と申します。よろしくお願いしますね」


 杠葉さんがそう言うと流石に信じざるを得なかったのか、渚沙はポカーンと口をあけて杠葉さんを見つめている。


 「……マ、マジですか?!」

 「はい、マジです!」


 渚沙が『マジ』って言うのはともかく、杠葉さんが言うと聞き慣れてないせいでちょっと変な感じ。


 「――っ! 申し遅れました! わ、私、椎名佑紀の妹の渚沙です! よ、よろしくお願いします……!」


 だから、何で如何にも自分は礼儀正しいですよと言わんばかりに急にピシッとするんだよ?! お前の本性そんなんじゃないだろ?!


 「はい、知ってますよ。佑紀さんから聞いていましたから」

 「――お兄ちゃん?! よ、余計なこと言ってないよね?!」

 「佑紀さんは渚沙さんのことが大好きみたいで、色んな昔話を聞かせてくれましたよ。例えば――」

 「――だはぁっ! ストップストップ!」


 杠葉さんは何故か美談にしているみたいだが……。

 もちろん妹だから好きは好きだが、良い話をした覚えは一度もない。


 「……お兄ちゃん? な・に・を! 話したのかなぁ?!」


 ニコニコ笑いながらそう尋ねてくる渚沙だが、作り笑いが見て取れる。


 「――ゆ、杠葉さん! 今日のところはとりあえず帰るから!」


 そう言って俺は逃げ出すように走りだした。


 「――あっ! 待ちなさい!」


 そう叫んで追いかけてくる渚沙を、鳥居を潜ったところで待つことにした。



※※※※※



 「な、なぎの評価がぁ……」


 帰り道、何を話したのかを尋問され続けた俺は正直に答えてしまっていた。

 それを聞いた渚沙が頭を抱えながら歩いている。


 「まぁ気にすんなよ。杠葉さんは何故か美談にしてるし!」


 落ち込む渚沙の肩にポンっと手を置き慰める。


 「あのお方はそうかもしれない。けどね、他の人はどうなのよ?! あぁ……、なぎのイメージがぁ」

 「……他の人」

 「なに? やっぱ言ってんじゃん」


 渚沙についての話をすれば、有紗から放たれる俺に対する非難の声。


 「あ、安心しろ……。ほとんど俺が悪く言われたから。『なぎちゃんは悪くない! あんたが悪いのよ!』って耳が痛くなるほどに。とゆうか、渚沙について話してたの主に陽歌だし」


 そう、陽歌が話すから仕方なーく悪意を混ぜて補足してただけ。

 俺には渚沙について進んで話そうとした覚えはない。


 「ふーん! ま、間違ってないよね。それより陽歌ちゃんめっ……! 明日あたりとっちめてやる」


 とりあえず渚沙の矛先は陽歌に向いた。

 ごめんな陽歌。俺の代わりにこいつの怒りを受け止めてくれ。


 「それより何のお守りにしたんだ?」

 「ふっふーん! 金運上昇! お釣りはなぎのものです!」


 渚沙は自慢げに授与してもらったお守りを見せびらかしてくる。

 残ったお釣りはちゃっかり自分の財布にしまったらしい。


 「というのは冗談で家内安全でしたー!」

 「紛らわしいわ! 最初からそう言えや! ……にしても意外だな。俺はてっきり恋愛成就とかだと思ってたわ」

 「なぎは別に好きな人とかいないしー。男は寄ってきてもイケメンはいないしー、だから今は必要ない」


 渚沙はサラッと自慢を織り交ぜながら恋愛成就のお守りにしなかった理由を話す。


 「へー……」

 「なにその反応ムカつく。そういえば、お兄ちゃんのは健康祈願のお守りなんだよね?」

 「俺の? そうだけ――」


 ――いや、待て。確かに俺は杠葉さんからお守りをもらった。

 勝手に健康祈願のお守りだと思って過ごしてきたが、実際何の効果があるお守りかは聞いたことがない。


 「なんで言いかけてやめるの」

 「いや、俺はそう思ってたんだけど実際何のお守りかわかんねぇや」

 「は?! 自分で買ったのにボケちゃったの?!」

 「これ杠葉さんから貰ったやつだから」


 杠葉さんには俺が健康祈願のお守りを求めて神社に来たなんて言っていない。

 あの時の俺の見た目から判断して健康祈願のお守りを選択してくれた可能性もあるが、これは杠葉さんが作ったと言っていた。

 その言葉を信じると、そう上手いこと健康祈願のお守りである可能性は低い。


 もちろん、何種類もお守りを作って家に保管していたなら別の話にはなるのだが――。


 「――も、貰った?! 何でお兄ちゃんなんかに?!」

 「さぁ? わかんねーけどくれた」

 「もう一回見せて。さっき電車で見せびらかしてきた時、ぶっちゃけちゃんと見てなかったから」

 「はいはい」


 お守りを取り出してもう一度見せる。


 「あれ? なぎのとちょっと見た目違わない?」

 「おー、確かに違うな」


 杠葉神社で授与してもらった渚沙のお守りと俺のお守りは確かに両方ともお守りだが、微妙に違っていた。


 「ちょっと貸して」

 「は? やだよ」

 「いいから貸して。壊したりしないから」


 いくらお前とはいえ、壊すと疑ってるわけじゃないよ?

 でもまぁ、渡して見せるくらいならいっか。


 「ほらよ」

 「どーも」


 渚沙は俺のお守りを受け取ると二つを真剣に見比べている。

 すると突然俺から距離を取り、背を向けてゴソゴソし始めた。


 「――お、おいっ! 何してんだ?!」

 「はい、これ返す」


 慌てる俺とは対照的に、やたら冷静な渚沙がお守りを返してきた。


 「で、何かわかったのか?」

 「まぁーねぇ! なぎには色々とわかっちゃいました」


 渚沙は腰に両手を当て、したり顔でそう言ってくる。


 「はぁ、結局何がわかったんだ?」

 「綾女さんとなぎは一緒だってこと」

 「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」

 「まぁ多分、健康祈願のお守りなんじゃない? あとはそのバカな頭でもフル回転させて考えればぁ、いつかきっとわかるっしょ。それまで絶対無くしちゃダメだよ? お兄ちゃん」

 「無くさねぇよ……。つーかバカは余計だ、バカは」


 俺がそう言うのを聞くと、やたら嬉しそうに鼻歌を歌いながら渚沙は少しだけ歩くペースを速めた。

 

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