番外編④経験値はゼロです
「有紗さん! 林間学校の二日目、五月二十六日は佑紀さんのお誕生日みたいです! ですから私、今からプレゼントを選びたいのですが……!」
ショッピングモールにて、佑紀さんと陽歌さんが帰るのを見届けてすぐに私は有紗さんにそう言いました。
陽歌さん! 教えてくれてありがとうございます。
「へぇー! あいつ誕生日なんだ! じゃあ私もなんか買ってあげよっかな」
「ではそこの雑貨屋さんなんかどうですか? 色々ありそうですし」
「確かに色々ありそうね。じゃあ行きましょ!」
店内に入るとまず先に女の子に人気の可愛いキャラクターの小物が目に入ってきました。
その中の一つのキーホルダーを手に持って見ていると有紗さんが苦笑いして話しかけてきました。
「綾女、もしかしてそれ買うつもり……?」
「――えっ?! い、いえ! 佑紀さんは男の人ですから流石にこれは……」
「あ! でもこれなんかいいわね!」
そう言う有紗さんが手に持った物はキャラクターのデザインが入ったマグカップ。
「そ、それを買うんですか?」
「うーん……、一つくらいこうゆうのが混ざっててもいいかもしれないわね。決めた、これも買うわ」
「もしかして他にも何か買うおつもりですか?」
「えぇ! ズバリ、テーマは食欲よ!」
「は、ははは……」
有紗さんらしいテーマですね……。
ですが既に何を買うか決めているなんて凄いです。
私はまだ何も決まってませんから。
「有紗さん、私は何を買うか決まってないのでぐるっとお店の中を見て回りますね」
「わかったわ! じゃあ私はとりあえず食器があるコーナーにっと……」
目的の場所に向かっていく有紗さんとは対照的に、私は店の入り口の方から順々に店内を見て回りました。
ですが……、決められない……!
よくよく考えてみたら私は異性にプレゼントなんてした事はありません。
どれもこれも良いなとは思うのですが、それが佑紀さんにとって貰って嬉しい物なのかが全くわからないのです。
そう思うと自分の経験値の低さに悲しくなってきました……。
いや、低いというよりゼロですね。経験値ゼロ。はい……。
そういえば有紗さんは迷う事なく最初から決めてましたね。
――ま、まさかっ?! 有紗さんは経験豊富という事でしょうか?!
いやでもそんな話聞いた事ないし……。うーん。
「綾女ー、何買うか決めた? ……て事はなさそうね」
頭を抱えていた私に有紗さんが駆け寄ってきました。
有紗さんが手に持つカゴの中には先ほどのマグカップ、それにお皿やお弁当箱とかそれはもう沢山入っています。
「有紗さん、一つ質問しても良いですか?」
「え……、なんかちょっと怖いんだけど、何かしら?」
「もしかして、男性経験豊富ですか?」
「――そんな事あるわけないじゃない! とゆうか今の綾女変よ?! 怖いんだけど?! こんな恥ずかしい事言わせないでよ……!」
言い終わると有紗さんは頬を赤らめてもじもじし始めました。
「――ごごごめんなさい! 私はてっきり有紗さんは異性とお付き合いされた事があるのかと思いまして」
「あんたが微妙に意味を勘違いしてる事がわかった……。前にも言ったけど私に彼氏なんていた事ないわよ。とゆうか、なんでそう思ったのよ?」
「実は――」
私がそう思った理由から、何をプレゼントすれば良いかわからない事まで正直に伝えました。
「ふふっ!」
「な、なんで笑うんですか?!」
「だってぇー! 私が買ったのこれよ? これ! これ見て普通そう思う?!」
「しょうがないじゃないですか?! 私だって何も経験なんてありませんし」
「私はただ自分が好きなものに関連する物を買っただけよ! まぁ、あいつが今よりもっと食に関心を持ってくれれば良いなーとは思うけどね。それにきっと、あいつは何でも喜ぶでしょ」
有紗さんのおかげでわかりました。
私は本を読むのが好き。
佑紀さんは稀に教室で読書をしていて、それでいて放課後になったらたまに図書室で読書をしている事も知っています。
私はそれを遠くから眺めているだけで……。
気づいてほしくて、なのに気づかれるのが怖くて。
でも彼が教室に入ってきたあの日決めたんです。
私は変わるって。
「ありがとう有紗さん。私何を買うか決めました」
「――えっ? あんた今……、ううん、やっぱなんでもない。それで? 何を買う事にしたの?」
「ブックカバーにします」
実際佑紀さんが読書が好きかどうかはわかりません。
でも、好きになってほしい、好きでいてほしいから。
「綾女らしくて良いじゃない!」
「はい! さっき見て回ってる時にいくつか見つけたので選んできますね!」
私はブックカバーがある場所に小走りで向かいました。
※※※※※
「はぁー! 良い買い物もできたしこれで林間学校もバッチリね!」
帰り道、ご機嫌な有紗さんが缶ジュース片手に微笑んでいます。
「そうですね! 私の服選びまで手伝っていただいてありがとうございます」
「ございます?」
「どうされました?」
「普通にありがとうでいいのよ? あんたさっきは自然にそう言ってたのよ?」
「――そ、それはホントですか? ご、ごめんなさい!」
いつのことかわかりませんが気が抜けてしまっていたかもしれません。
昔……、というよりまともに家族以外と口を聞く機会なんて一瞬しかありませんでしたが、私は小学生の頃まではこのような口調ではありませんでした。
中学生に上がって神社を手伝うようになってから、礼儀正しくあるようにとお母さんに教育されたのです。
「ほら、謝んなくていいから。私としてはそっちの方が嬉しいんだけど?」
「そうなのですか? では、改めまして……、ありがとう有紗さん……!」
う、上手く言えたかな……?
「ふふっ! ちょっとぎこちないわね。表情が固いわ」
「ですよねぇ……。ごめんなさい、今はこっちの方が慣れてしまっていて」
「いいのよっ! 徐々に、ね?」
有紗さんはそう言ってニコッと笑ってくれます。
「頑張ります……!」
「そう気を張らなくて良いのよ。あ、そういえば今日の綾女ホントおかしかったわよね! いきなり変なこと言い出すんだもん!」
有紗さんはおそらく気を張りすぎている私の肩の力を抜く為に話を変えてくださったのだと思います。
ですが……。
「――お、思い出させないでくださいよ!」
「ふふっ! ごめんって」
いやでもちょっと待ってください。有紗さんが男の人とお付き合いされた事がない事はわかりました。
それで私も当然同じくです。
では佑紀さんはどうでしょう?!
以前、陽歌さんから佑紀さんに彼女ができたと聞いた時、表面上は全力で繕いましたが内心気が気でなかった事を思い出します。
あの時は事実ではなくて心の底から安心しましたが、問題はそれよりもっと前。
花櫻学園に来る前はどうだったのでしょう?
「有紗さん……、佑紀さんは女性経験はおありでしょうか……?」
「――急に凄いのぶっ込んできた?! さ、さぁ……? 多分ないっしょ、あいつだし。気になるなら聞いてみれば? 綾女に聞かれたらきっと凄い反応するわよ?」
なぜか有紗さんは大袈裟に驚いていましたが私、変なこと言ってしまったでしょうか?
気にはなりますが、それよりも佑紀さんの反応の方がもっと気になります。
「す、凄い反応とはなんでしょう?」
「うーん、ハァハァするかそれともショックを受けるか……」
「ハ、ハァハァ……? ――それって……!」
――ちょちょちょ、ちょっと待ってください?! 私、そこまでの事は聞いてないですよ?!
「いやでもあいつ、綾女を神聖化しすぎてる節があるからショックの方が大きそうね」
「――そ、そーですかそーですか! それを聞くとショックを受けてしまうのですね? あれ……? 神聖化?」
「あいつ、絶対綾女に超清純正統派美少女の印象抱いてるわよ? そんな綾女がエッチなこと聞いてきたら、あいつの中の幻想は一気に崩れ去り――」
「――待ってください! もしかして私エッチな事言ってました?!」
もしそうだったらとんでもない失態です。
常日頃佑紀さんの前で口走ってしまっている可能性も出てきてしまいます……。
冷や汗が止まりません。
「うん、さっき雑貨屋さんで。マジ焦ったわぁ」
ガクッ……。
思わず崩れ落ちてしまいました……。
「そう落ち込まない落ち込まない。幸い知り合いは他にいなかったんだし」
「もしかして普段から言っちゃってますか?」
「私のいるところでは今日が初めてね」
ホッ……。とりあえず一安心です。
基本二年生になるまでは有紗さんと陽歌さんとしか一緒にいませんでしたし、佑紀さんと二人になる時もありましたが有紗さんの前でさえ今日が初めてならきっと大丈夫!
「いい? 綾女。あいつにエッチな子だと思われたくないんなら、普通に彼女がいた事があるか聞く。エッチな子だと思われたいんなら女性経験があるか聞く。この二択よ!」
有紗さんは私の両肩を掴んで熱弁してきます。
エッチな子……!
「綾女、今一瞬エッチな子だと思われてみたいとか思ったでしょ……? 顔に出てるわよ?」
「――お、思ってないです! 全く……!」
ほんのちょっと想像してみただけですから……!
「まぁ、それよりもはるちゃんに聞くのが早いんじゃない? それで知らなかったら本人に聞けばいいわけだし」
言われてみれば確かにそうなんですけど、佑紀さんの事を他の人にコソコソ聞くのは気が引けてしまいます。
「ちょっと考えてみます。やっぱり佑紀さんの事は自分で知りたい気持ちもあるので」
「そう、それならそれで良いと思うわよ!」
有紗さんはそう言ってニコッと笑ってくれました。
もしかしたら有紗さんは、私の気持ちに気付いているかもしれない。そんな気がしました。
もし気づいていてもそうじゃなくても、自分に自信が持てたら私の口から伝えるから。
その時まで待ってて、有紗ちゃん――。
密かに、心の中で呟いた。




