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29 杠葉雪葉は確かめる

 長かったようであっという間だった林間学校を終えた俺は今、弥生日和にいる。


 春田から貰ったサービス券があるから折角だし早速使おうと思って来たのだ。昼は一応甘味処として動いているみたいだが、ランチメニューなるものもあるから丁度良い。

 一人で行くのもなんだし陽歌を誘ったら有紗と杠葉さんもくっついてきた。


 今日は当然ながら春田と相沢は休みで、春田の両親が店を回している。


 そして今、隣のテーブルには未来先生と杠葉さんの姉、雪葉さんがいる。

 俺たちが入店した少し後に二人が一緒にやってきたのだ。


 「じゃあ早速なんだけど、みんなの林間学校の思い出を聞かせて?」


 全員の料理が届いた後、雪葉さんが興味ありげな顔で聞いてくる。


 お、俺の思い出……。た、橘のことは枠組みとしては嫌な思い出に分類される? から……。

 ――あっ! 有紗とツーショットを撮ったという素晴らしき思い出が……! で、でもこれを思い出として公表するのは恥ずかしすぎるし、どんな目で見られるか大体予想がつく。


 それに、あまりに不釣り合いな映り具合に泣けたのを思い出した。やっぱこれも却下だ。


 となるとやっぱり――。


 「私は佑くんのお誕生日をお祝いできたことかなぁ~?」

 「あらぁ? 椎名くん誕生日だったの?」

 「はい、昨日誕生日でした。すっかり忘れてたんですけどホントサプライズでした。みんな祝ってくれて嬉しかったです。これが俺の思い出ですかね」

 「そう言ってもらえると計画した甲斐があったよ~」


 陽歌は俺がそのことを思い出にしたのが嬉しいのかニコニコしている。


 そりゃしますよ? それしか思いつかんし。


 「一日遅れだけど、佑紀くん、お誕生日おめでとう」


 雪葉さんが大人っぽく上品に微笑み、祝いの言葉をくれる。


 「よぉーし、じゃあ今日はおねーさんが椎名くんの分払ってあげちゃうぞ!」

 「おぉー、じゃあ遂に未来先生に感謝する時が来そうですね」

 「『遂に』って、今までは感謝してなかったわけぇ?」


 はい、もちろんです。これまでにそんな事実はありませんでした。


 「ちょっと未来ちゃん? 先生ってどうゆうこと?」


 雪葉さんが首を傾げて未来先生に聞いている。


 「――えっ?! そ、それは……」

 「なんか、そう呼べって言われたんです」

 「ちょっと! なんで言っちゃうわけぇ?! 今必死に理由考えてたとこだったのに!」


 は? 知られちゃまずいことだったの? それはすいませんでしたね、もう遅いけど。


 「あらあら……。じゃあ私も雪葉先生って呼んでもらっちゃおうかしら?」


 な、何故そうなる……。意味わかんないんだが。


 「ちょっとお姉ちゃんっ……!」


 杠葉さんが少し睨みを効かせて雪葉さんを見つめると、逆に雪葉さんはニコニコしながら杠葉さんを見つめた。


 「あらどうしたの綾女?」

 「佑紀さんを困らせないでって前にも言ったでしょ……」

 「あら? 佑紀くんもしかして困ってた?」

 「――えっ? は、はいぶっちゃけ、こ、困ってますよ……?」


 本当のことを言っていいのかどうかわからずも、ドギマギしながら事実を述べた。


 「そぉー、ざーんねん。ごめんなさいねー困らせちゃって。グスンッ……」


 す、拗ねたっ?! も、もしかして見かけによらず中身は子供なのか?!


 「あーあー、椎名くんが雪葉ちゃんを泣かせちゃったー。おねーさんそれは感心しないなぁ」

 「佑くんサイテー」

 「未来さん、お姉ちゃんは別に泣いてないです、いつもこんな感じです。あと、佑紀さんはサイテーじゃないです」

 「あははぁ……、ごめんねあやちゃん。ついでに佑くんも」

 

 未来先生と陽歌に理不尽に責め立てられる俺を杠葉さんがすかさずフォローしてくれる。


 陽歌よ、何で俺がついでなんだ? この場合、ついでをつけるなら杠葉さんに、だよな?


 「じゃあそうゆうわけで、やっぱり佑紀くんには雪葉おねーさんって呼んでもらおうかしら?」

 「なにがそうゆうわけなのか全く理解できないんですけど」


 なんとなく、この人から未来先生と近い系統の何かを感知した。

 とても杠葉さんの姉だと思えないんですが、特に言動が。

 でも容姿はかなり似てるからやっぱり姉妹なんだよなぁ……。


 というか有紗! さっきからやけに静かだと思ったらやっぱ料理にがっついてやがったんだな! 見慣れたから可愛いよ!


 「お姉ちゃんのことを佑紀さんが、雪葉おねーさんって呼ぶ。――それってつまり……?!」


 あれ……? 何か杠葉さんがブツブツなんか呟いてんだけど……。

 真剣な顔してなんか考えてんなーと思ったら急に顔が真っ赤になったんだけど、一体何を妄想してるの?


 「えーと、話を戻しませんか?」


 完全に脱線し切った話を元に戻したい。これは俺の自己防衛でもある。


 「それもそうね。じゃあ食欲旺盛の有紗ちゃん!」

 「――はいっ!」


 雪葉さんが有紗の名前を呼ぶと、びっくりしたのか有紗はピンッと背筋を伸ばして反応する。


 ちょっとテーブル揺れたぞ。こっちまでびっくりしたわ。


 「私の思い出はドッジボールですかね! なんと言っても私のおかげで優勝できたようなもんだし!」

 「あらぁー、ドッジボールで優勝したのね。凄いじゃない!」


 雪葉さんは素直に感心しているが、俺的には『私のおかげで優勝』に若干違和感を感じ首を傾げてしまった。


 「何よ? 文句あるわけ?」


 俺が首を傾げた瞬間を見ていたのか、有紗は目を細めて俺を睨んでくる。


 「い、いや別に?」


 ここでいちいち反論すると再び俺サイテー論争が始まる予感がした為、文句はない意志を示しておく。


 「有紗ちゃんはよく頑張ってたよねぇ~! あそこで最後まで有紗ちゃんが残ってなかったら絶対負けてたわけだし!」


 ま、確かに陽歌の言う通りか。あそこで俺一人だったらほぼ間違いなく負けてたしそうなってたら黄チームは敗退だ。

 まさに裏のMVPだったのかもな、こいつ。


 「流石はるちゃん! どっかのバカと違ってよくわかってる!」


 聞かなくてもわかるぞ。どっかのバカって俺のこと言ってんだよね? いい加減、怒るよ?


 「じゃあ最後、綾女は?」

 「私は……、お友達ができたことかな」


 杠葉さんは少し口元を綻ばせ、小さな声で呟いた。


 「ほうほうお友達がねぇ! 私は嬉しいわぁ~、綾女によくしてくれる子が少しずつ増えてきて」


 姉としての本心だろう。心から笑っているように見える。


 「私としてはやっぱり他の皆みたいに出来事としての思い出話を期待してたんだけど、まさかそうくるかぁ!」


 雪葉さんとしては、例えばドッジボールといったような出来事としての思い出話が聞けると思ってたみたいだが、それにしても大はしゃぎしている。


 俺の中の巫女のイメージが少しずつ崩れ去っていくんだが……。もっと落ち着いているイメージだったのに。


 「い、良いでしょ別に」

 「うんうん! 宣言通りのすっごいお土産話よ! だって綾女、ここ最近こそこのお店の弥生ちゃんとか相沢くん、それと反町ちゃん? とかお友達ができたって聞かせてくれたけど、それより前に遡ると陽歌ちゃんだものねぇ。中学の頃の有紗ちゃんと、それから昔のあの子の三人しか聞いたことないもの! やっぱり嬉しいわぁー!」

 「――ちょ、ちょっとお姉ちゃん……?! あ、あんまりベラベラ喋らないでほしいんだけど」


 杠葉さんは焦った様子で雪葉さんを止めに入る。

 それにしても杠葉さん、有紗や陽歌の他にも昔からの友達がいたらしい。

 男だったらそいつ許すまじ……! 冗談です……。


 「雪葉ちゃん相変わらず綾女ちゃん思いねぇ!」

 「まあねぇ! それじゃ、みんな食べ終わったみたいだし帰りましょうか。私と未来ちゃんで払うから外で待っててくれる?」

 「良いんですか?」


 有紗は払ってもらうことに少々遠慮しているのか、申し訳なさそうに確認している。


 「良いの良いの。この状況で椎名くんの分だけってわけにもいかないし、おねーさんたちに任せるんだぞ!」

 「……そうゆうことなら、ありがとうございます」


 有紗がお礼を言うと、続いて陽歌と杠葉さんも頭をペコリと下げて感謝を示し、荷物を持って外に向かった。


 俺も後を追うようにして外に出ようとしたのだが、サービス券を持っていることを思い出しレジの所で雪葉さんと未来先生を待つことにした。


 「あら? どうしたの椎名くん」

 「サービス券持ってるんで渡そうと思って」

 「それは、今日はいいからまた今度使うこと!」

 「で、でも……」

 「良いから良いから! ここは大人の顔を立てなさい」


 そこまで言われては仕方ない。では遠慮なくフルで奢られることにしよう。


 「ありがとうございます」


 きちんとお礼を言ってから店の外に出た。



※※※※※



 帰り道、少し前を歩く三人の後ろ姿を見ながら相変わらず仲良いなぁ、なんて感想を思いつつのんびり歩く。


 未来先生は逆方向みたいだから弥生日和から一人寂しく帰っていった。


 というわけで、俺は絶世の美人と並びながら歩いているわけだが、未来先生と近い波長を感知してしまった雪葉さんに対して緊張したりなどしなくなっていた。


 「ねぇ椎名くん」

 「何ですかー?」

 「さっきの話なんだけど」

 「さっきの話って? どの話?」


 ここまで色々くだらない雑談に付き合わされてきたから、どの話のことを言っているのかわからない。


 「弥生日和で、綾女がここ最近になってできたお友達について話してくれたって言ったじゃない?」


 そこまで(さかのぼ)るんかい! てっきり帰り道で話してたことの何かだと思ったよ。


 「はぁ……? 言ってましたね」

 「その中に佑紀くんは含まれてないのよねぇ~! ブレザー洗ってあげたでしょ? あの時も別にお友達とは聞いてないしぃー!」


 雪葉さんの口から出てきた言葉に思わず立ち止まってしまった。

 な、なんだと……。俺だけだったのか? 勝手に友達だと思ってたけど杠葉さん的にはそうではなかったというのか……? 結構懐かれてると思ってたんだけどなぁ。


 「あらあら、落ち込まないで」


 雪葉さんは、前を歩く杠葉さんの後ろ姿を見て愕然(がくぜん)としている俺を励ましてくる。


 「何ですか?! 俺を虐めたいんですか?!」

 「違うわよぉ! 綾女的にはあえて言う必要はなかったってことなんじゃないかなぁ?」

 「はぁ? どういう意味です?」


 何が言いたい。俺から言わせてみれば雪葉さん、その事実こそ俺にあえて言う必要なかったよ。


 勝手にそう思って勘違いしてるのも恥ずかしいが、そんなこと……、知らない方が幸せだった。


 「私、あの子には負い目があるのよねぇ」

 「へー」

 「興味なし?!」


 興味がないとかそういう話ではなく、単に軽く放心状態なだけです。

 さっきの事実のショックを引きずってるだけです。


 「あら? もしかしてさっきの話引きずってるの?」

 「そうですよ悪いですか?」


 そんな会話をしていると曲がり角に着いた。ここからは陽歌と二人で帰ることになる。


 「綾女、佑紀くんはお友達よね?」

 「――えっ?! 私はそう思ってるけど……。――も、もしかして私が勝手にそう思ってただけですか?! ……わ、私たちって友達、ですよね?」


 杠葉さんは慌てて俺の方を向いてそう言うが、それを聞いて安心した。


 「そりゃそうだろ。友達だよ」

 「――はいっ! 友達です!」


 杠葉さんは満面の笑みでそう言う。

 どことなく懐かしさを感じた。


 そういえば、昔もこんな感じのやりとりをしたこと、あったけなぁ。


 「それはそうと、お姉ちゃんに何か言われましたか?」

 「綾女は佑紀くんのことを友達だって教えてくれたことなかったじゃない? だからその事を佑紀くんに言ってみたのよ。そしたら本気で落ち込んじゃってさぁ~」


 俺が答えるより先に雪葉さんが答えた。


 「言っ――」


 何かを言いかけて言葉を飲み込む杠葉さん。雪葉さんは首を縦に振って頷いている。


 「あえて言う必要がなかったから……。そ、それより佑紀さん、お姉ちゃんがごめんなさい」

 「良いよ。なんかもう慣れたし」


 たった今日だけで俺はすっかり雪葉さんのテンションに慣れてしまった。

 それもこれも変人、未来先生のおかげかもしれない。


 「じゃ、俺たちこっちだから」

 「は、はい……! お気をつけて」

 「ほら行くぞ陽歌」


 有紗と談笑していた陽歌を呼ぶと少し不満そうにこちらに来た。


 「せっかく有紗ちゃんと盛り上がってたのに……」

 「わ、悪ぃ……。やっぱ俺だけ先帰ろっか?」

 「もう良いよ。――バイバイ有紗ちゃんにあやちゃん! 雪葉さんもさようなら」

 「またね二人とも」


 雪葉さんの声を背に家に向かって歩いていく。


 「ねぇ、前に聞いてきたことあったよね? 私と有紗ちゃんがどうゆう関係かって」


 唐突に陽歌がそんなことを言い出す。


 「それが?」

 「逆に佑くんにはどう見えてたのかなぁって」

 「いや、まぁ仲は良いなって思ってたけど?」


 普通に仲は良好に見えていたが、ただそれだけ。

 ここで、壁があるとははっきりと口にしたくはなかった。


 「そっか。仲は良い……、そうだよね!」


 そう言って笑っている陽歌だが、俺には笑えてはいないように映った。

次回で二章最後です。

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