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28 向けられた悪意①~始まりを告げる音

 俺の誕生日会が終わり、部屋の前まで戻ってきた。

 途中で橘に捕まってしまった為、相沢と涌井は風呂に向かってると言い残し先に行ってしまった。


 それにしてもしつこかったな橘のやつ。あれだけキャンプファイヤーには行かないと念を押したはずなんだけど……。


 「椎名くん。ちょっといいかな?」


 宿泊部屋のドアノブに手をかけたその時、近づいてきていたある人物に名前を呼ばれた。


 俺の名前を呼んだ人物は曽根紫音(そねしおん)

 俺のクラスメイトであり、二岡の取り巻き筆頭。

 俺の中ではこいつが普通に二岡の正妻。何故、他の人の目にはそう映らないのだろうか。


 この人とは転校してきてから一度たりとも話したことはないから接点は皆無。

 そんな人物が一体俺に何の用だ?


 「えっと……、何か?」

 「椎名くん、キャンプファイヤー来てなかったよね? どこにいたの?」

 「どこって、えーと、食堂……?」

 「へぇ。なんで?」

 「友達が誕生日を祝ってくれてたっていうか……」


 こいつにとっては俺のことなんてどうでもいいはずだ。なのにどうしてそんなことを気にする? 少し注意を払ったほうが良いのかもしれない。


 「椎名くん今日誕生日なの?」

 「う、うん。そうだけど……」

 「へぇー、そうなんだ。おめでとう」


 微笑みながらそう言う曽根を見て、考えすぎかと思ったのだが――。


 不意に俺の胸の辺りに向かって手が伸びてきた。

 だが、ギリギリで反応してなんとか(かわ)すことができた。


 おそらく狙いは俺が抱えているプレゼント。


 マジで危ねぇー。

 額から一滴汗が流れてくるが拭う余裕がない。


 「……寄越せよ」


 先程までとは違い、曽根は低い声音を使って睨みつけてくる。


 「はいわかりました。とか言うと思う? 渡すわけねーじゃん」

 「その中にあの女から貰った物もあるんだよね? だったら渡せ」


 あの女という言い方にはやや違和感を感じるが、ほぼ間違いなく杠葉さんのことだろう。


 「これは二岡の指示?」

 「まさか。真斗はキミのことを自分にとって無害だと思ってるから。これはわたしの独断」


 二岡に目をつけられていないことに安堵したものの、なら今のこの状況はなんだ?


 「なんでこんなことを?」

 「全部キミのせいでしょ……?! キミが転校してきてから真斗を取り巻く状況が少しずつ悪くなってる。ほんの僅かだけど信じない奴らが出てきてる。これまでは上手く回ってたのに……」


 紛い物の世界をみんなに信じ込ませ、それを信じない者が出てきて上手く回らなくなったら俺のせい? 

 ふざけんな。それはお前たちの行いの途中経過だろうが。

 遅かれ早かれ最終的に辿り着く結果は、なんであろうと同じなんだよ。

 例えそれが、杠葉さんの望む未来、はたまたお前が望む未来、どちらの未来だったとしてもな……!


 「……で? 俺が聞きたいのはなんで貰ったプレゼントを渡さなきゃいけないのかってことなんだけど?」

 「杠葉綾女は真斗の彼女なのよ。キミが貰って良いわけないでしょ。だからわたしが捨ててあげる」


 バカな俺が言うのもなんだけど、バカかこいつ。捨てると言われたら尚更渡せねーよ。


 「じゃあ言わせてもらうわ。杠葉綾女は二岡真斗の彼女じゃない。だから俺が杠葉さんから貰って悪いことなんて何もないし渡さない」

 「――っ! そのことに気付いてるキミを……、いいえ、もっと言うなら……。キミの近しい人たちがその事実に気付いてるのもわたしから見たらキミのせい。だからわたしはキミを絶対に許さない」


 曽根は真実を知っているようだ。

 向けられた悪意を全身に感じる。だからといって仕掛けられない限り今はどうすることもできないが。


 でも言えることは一つだけある。

 杠葉さんや有紗、それだけじゃなく俺の友達を傷付けようとするなら俺だって許さない。

 もし何か仕掛けられたなら俺の持てる全てを出して全力で叩く。

 それで負けたのならそれまでだ。


 ここはひとまず釘を打っておく必要がありそうだ。


 「曽根さんさ、これ独断での行動なんだよね?」

 「それが?」

 「このことを二岡には報告するの?」

 「しないけど? 勝手な行動をしたなんてバレたら嫌われちゃうし」


 掴めた。こいつは二岡が好きなんだ。

 それなのに杠葉さんを偽りの彼女ポジにしてる二岡に不満が無さそうなのは謎だが、とりあえず今は置いておこう。


 「ふーん。なら、今から俺が言ってこよっか?」

 「――はぁっ?! ふざけてんのキミ……! そんなことしたら色々問題が起きるでしょ?!」


 もう問題はとっくに起きてんだよ。お前らが偽りを始めたその日からな。


 「至って大真面目だけど? 言われたくなきゃこれ以上俺が貰ったプレゼントを奪おうとすんな。というわけでさっさと帰ってくんない? 俺、早く風呂入りたいんだけど」

 「……絶対に許さない。必ず潰してやる」


 そう言い残して立ち去る曽根を見て俺が思うこと。


 あー、怖……。なんか面倒そうな奴に目をつけられちゃったよ。

 誕生日だってのに締まらねえな……。

 俺の誕生日ウキウキ気分を返しやがれ。


 はぁ……、今度こそ部屋に戻って風呂に向かいますか。


 そう思って部屋のドアノブを掴んだところで――。


 「ちょっと待て椎名」


 ――再び名前を呼ばれた。


 「なんすか……? いい加減風呂に行きたいんですけど」


 声を掛けてきた人物は藤崎先生。タイミングがやけに良いんですね……。


 「私のことを恨んでるか?」

 「はぁ……? 呼び止められたと思ったら……。別に恨んでないですけど? まさか聞いてたんですか? さっきの話」


 言い切れる。絶対聞いてたわこれ。


 「たまたまな」

 「止めに来てくださいよ。危うく折角の誕プレが奪われて捨てられるとこだったんですけど」

 「そう易々と奪われたりしないと思ってな」

 「は、はぁ……?」


 何? その何の根拠もない予想は。一応当たったけどさ。


 「私は椎名が転校してきた日、なんて宣告したか覚えているかい?」

 「いずれこのクラスは崩壊する……、でしたっけ? あれ? する必要があるだっけ?」


 この担任、今考えてみてもとんでもないこと言ってやがるな。


 「それに対して椎名は『クラスがどうなろうとどうでも良い』と言ったのを覚えているかい?」

 「はい。覚えてますけど?」

 「今もそう思っているかい?」


 今……? 良くしてくれる友達もできた。どうでも良いとは思ってない。

 むしろ今の俺が思ってることは――。


 「藤崎先生の言った通り、いや、もっとかな? 花櫻学園ごと一回ぶっ壊れれば良いのにって思います」


 どうすればぶっ壊れてくれるのかなんてわからない。

 でも、学園に蔓延る暗黙の了解が俺の友達を苦しめている。

 偽りが始まったその日から苦しんできた杠葉さんに有紗。

 ここ最近真実を知り、普通に接することを決めたのは良いものの邪険に扱われる相沢や涌井。


 こんなにも辛い思いをする人がいるのなら、一度ぶっ壊れれば良いのにと思ってしまっている自分がいる。


 例え、それで傷付く花櫻生が大勢いたとしても――。


 「私は教師失格だ。生徒にそう思わせてしまったのだからね。本来は私たち教師がなんとかしなければいけない案件だったが、どうにもならない力が存在していた」


 自分で教師失格って理解はしてたのね。あ、もちろん授業は申し分ないからそこは除外だけど。

 教師でもどうにもならない力……ね。

 その意味は理解できている。


 「私は椎名にあんなことを言いながらも心の奥では反省していた。ここに来るときのバスの中や昨日様子がおかしかったのもそのせいなのではないかと思っていた」

 「あ、いやそれは完全に俺の私情なんで全く関係ないですホントに」


 チラ子案件は藤崎先生の発言とは(かす)ってすらいない。これに関して言うことは何もない為、やんわりと追及しないで下さいオーラを出してみたりする。


 するとそれを察したのか追及はされなかったが――。


 「だが先程の曽根との一件は関係あるだろう?」

 「えぇ、まぁ言われてみればそうですけど。あ、謝んなくて良いです面倒だから」

 「ふぅ……、そうか」


 藤崎先生は一度小さくため息を吐いてからこう続けた。


 「椎名、キミの心に杠葉がいたその時から崩壊は既に始まっている。その結末がどうであれ、私は椎名を守ろう。例えそれで私のクビが飛ぶことになったとしても――」


 真剣な眼差しで俺を見つめてくる藤崎先生。未来先生の姉だけあって実は結構美人なんだな……。

 思わず目を逸らしてしまった。


 言いたいことは恐らく、崩壊させ始めたのが俺で、それを促したのが藤崎先生だから、それが上にバレればクビが飛ぶって言いたいんだな。


 「俺のことを守るとかしなくて良いんで。ホントにクビが飛んだら困るし。もし本当にそうなったとしたらその後は教師が何とかしてくださいよ。生徒を正しい方向に導くのが仕事ですよね? まぁ、まだ完全崩壊すると決まったわけじゃないですけどね」


 藤崎先生は何故か一瞬固まってしまった。


 「――ははっ! 生徒に教師が導かれるとはね。恐れ入ったよ。やはり私たちの見込みは間違っていなかったようだ。それじゃ、今日はここで失礼するよ」


 これでようやく風呂に入れる。

 部屋に入り貰ったプレゼントを置く。


 あ、そういえば有紗に貰ったやつまだ見てないや。

 結構重量感あるんだよな。


 開封して中身を取り出す。


 内訳は箸、フォーク、スプーン、お皿、茶碗、マグカップ、弁当箱。


 ――お前これっ……! あの場で開けるなって言ったのもしかして食い意地が張ってるのバレたくないからとかじゃないよね? 流石に多分バレはしないと思うよ?


 でもありがとう。大切に使わせてもらいます。

 弁当箱とか、俺もう自分で弁当作って持ってっちゃうよ。

 というか、中々金額いってる気がする……。


 とりあえずメッセージでお礼の言葉を送っておこう。

 明日会ったらもう一度直接言わなきゃな。


 そういえばハイキングで撮った写真があったはず――。


 有紗のソロ写真。背景に完全勝利していてぶっちゃけ有紗にしか目がいかない。

 こんなの持ってるの誰かに絶対バレたくないな。


 お次、奇跡のツーショット。


 お……? よくよく見たら意外と様になって……ないな。


 俺という存在がただの違和感だ。トリミングして消し去りたい。


 これも送っておくか……。


 それにしても、守りたい、この笑顔。


 有紗に写メを二枚送信すると、すぐにメッセージの受信音が鳴った。

 ウサギのスタンプが送られてきた。


 それを見てから、ゆっくりとした足取りで浴場に向かった。

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