25 ドッジボール大会②~MVPは誰の手に?
その後、俺たち黄チームは準決勝で緑チーム相手に二勝一敗で勝利し、決勝まで勝ち上がった。
ちなみに、一敗したのは俺たち二番目に試合を行ったチームだ。
当然俺は手を抜いたりはせず、何とか最後まで避け切ったから陽歌に責められることはなかった。
さてさて、結局決勝まで勝ち上がってきてしまいましたよ……。
もうなんなら優勝すればいいんじゃないですかね? 俺は避けるしかできないけど。
そしていよいよ始まった決勝戦。相手は赤チーム。
ま、普通に勝つんだろうなと思っていたが、今回はどうもそうはいかないらしい。
まさかの一試合目の陽歌がいるチームが負けたのである。
「えへへっ! ごめーん負けちゃった」
陽歌が苦笑いを浮かべながらコートから引き上げてくる。
それとは対照的に杠葉さんは非常に悔しそうだ。
「これって俺たち負けたら終わりだよな?」
「当たり前でしょ。あんた、何が何でも勝ちなさいよね」
「と、言われても俺はボール投げないんだけどな。というか有紗も同じチームなんだけど?」
「私はそもそも戦力外よっ!」
偉そうに腰に手を当てそう言う有紗だが、勝ちたいならせめて当たらない努力くらいはしてくれ。
二試合目を行う為にコート内に入る。
「良しっ! ダブル佐藤! お前たちがダブルエースだ! 俺はとりあえず全力で避ける。運良くボールを拾ったら渡すからちゃんと当てろよ!」
「勝手にエースとか決めんなよ……。まぁ良いけど、なら椎名は絶対当たんなよ?」
俺にエースに命名されたことが不服なのか、佐藤はやや不満そうだが勝つ気はあるらしい。
「俊彦くんも、MVP級の活躍をすれば有紗からご褒美があるから頑張れよー!」
「マジっすか……?!」
「おー、マジマジ」
「うっしゃー! 俺頑張るっす!」
俺の言葉を聞いた俊彦くんの全身からやる気が満ち溢れている。
「あんた、何勝手なこと言ってくれてんのよ……」
有紗が目を細めて睨みを利かせてくる。
「勝つためだ。彼らにやる気になってもらわなきゃ勝てないからな。何せ俺たち戦力外だし」
「あんたがそうくるなら……。私にだって手はあるのよ」
そう言い放って有紗が向かった先は橘の元。
「橘さん、今からの試合でMVP級の活躍をすれば椎名からご褒美があるわよ!」
「――ホントですか姫宮先輩?!」
「ええホントよ! だから精一杯頑張って!」
有紗が橘の肩にポンっと手を置いて激励している。
「――ちょっと待て! 何勝手に決めてんの?!」
「何よー! あんただって勝手に決めたじゃない!」
「あれは俊彦くんをやる気にさせる為に――」
「それなら私だってそうよ! ほら」
有紗が指差す先にいる橘はいつになく気合が入っている。
「頑張りますね椎名先輩!」
「そ、そうか……。頑張ってくれ」
やる気になっている橘の気分をわざわざ下げることはしないでおこう。勝利の為に頑張ってください。
そんなことより有紗と橘、結構親しげだったけどいつの間にそんな関係になったのやら……。
昨日は敵対? してなかったっけ?
ま、仲良くなったことに口出しするつもりもないけど。
そんなわけで二試合目が始まった。
飛び交うボールを必死に避けていく。
両チーム同じペースで相手チームを減らしていく。
この時点で有紗が残っている奇跡。正直開始ソッコー当てられると思ってました。
試合は互角に進んでいき相手コート内には残り三人。
こちらのコート内には俺と有紗、橘、俊彦くんの四人。
佐藤は物凄く奮闘したのだが、つい先程力尽きた。
「それにしても有紗がまだ残ってるとかマジ奇跡だな」
「――集中してるから話しかけないで」
緊迫した試合の中、ふと有紗に話しかけてしまったが拒まれた。
ま、そりゃそうですよね……。
「有紗ちゃん佑くん危ない……!」
「「――えっ?!」」
しまった。すぐ目の前までボールが迫ってきているのが視界に入った。
「――椎名先輩!」
「――姫宮先輩!」
その時、俺たちをボールから守る様に目の前に橘と俊彦くんが現れた。
橘と俊彦くん、二人同時にアウト。
「……あんたのせいよ? わかってる?」
「はい……」
言わずもがな、今のは俺のせいです。
でもどうしよう。コート内に残ってる俺と有紗って本来圧倒的戦力外なんだよね……。
とりあえずコート内に転がるボールを拾って有紗に渡す。
「何これ……?」
「ボール」
「見ればわかるわよそんなの! どうして私に渡すのか聞いてんのよ!」
「有紗が投げるもんだと思って」
「はあ? 嫌に決まってるでしょ! あんたが投げなさいよ」
「有紗さん! 佑紀さん! 時間がもったいないです!」
杠葉さんが声を掛けてくる。
確かに、現状相手コートに三人でこっちは二人。このまま時間切れになったら負けが決まる。
杠葉さんが急かすのも理解できる。
「しょうがないか……」
とりあえず左手でボールを外野に向かって投げた。外野から当ててもらう作戦だ。
思いの外普通に外野まで届いたことに自分でもびっくりした。
俺のパスを受け取った佐藤が勢いよくボールを投げ、相手の一人を当てた。
良し。これでひとまず五分五分だ。あとは残り時間俺と有紗が避け切れば負けはない。
相手が投げてくるボールを何とか回避していく。
有紗も必死に避けているが、このミニシャトルラン状態だ。足に限界が来たのか、有紗は躓いて転び掛けてしまう。
その瞬間、相手の外野から放たれたボールが有紗の踵に命中した。
誰もが黄チームの負けを悟った瞬間。
歓声やら悲鳴やらが巻き起こる。
悲鳴に関しては黄チームの負けを嘆くというよりも、二岡率いる黄チームの負けを信じたくないといった思いを持つ人間が大半だろう。
二岡どうこうは置いといて、まだ負けてない。
ボールはまだ、生きている……!
宙を舞うボールの元まで全力でダッシュして地に着く前にキャッチする。
そしてすぐさま反転して、その勢いで相手目掛けてボールを投げた。左手で。
俺の左手から勢いよく放たれたボール。相手も速いボールが来ると思って身構えていたに違いない。
だが残念でした。俺は右利きだから左手でそんなボール投げれません。
必殺! 超チェンジアップ!
速いボールに対して身構えていた相手は胸の前で両腕を交差させている。しかしそこにボールは収まってなどいない。
想像以上に遅いボールが、今やっと相手の膝に命中した。
お前は何故そんなに驚いている。アウトだぞ?
同時に辺りも一度静寂に包まれ、思い出した様に歓声が巻き起こった。
大慌てで相手コートの残り一人がボールを拾うがその瞬間、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。
「――えっ?! 何々?! 今何が起きたの? まさか私たち負けちゃった?」
不安そうな顔をした有紗が駆け寄ってくる。
「勝った。ほれ」
陽歌と杠葉さんが喜んでいるところを指差す。
「はぁ……! よかった」
有紗はポツリとそう呟き、陽歌と杠葉さんの元に駆け寄っていく。
「「やりましたね椎名先輩!」」
背後から橘と俊彦くんが声を掛けてくる。ちょっとびっくりした……。心臓に悪い。
「おー、何とか勝ててよかったな」
「――ちょっとそこの三人! こっち来て!」
俺たちを有紗が呼んでいる為、とりあえず言われた通りそこに向かう。
「ねぇ、綾女にはるちゃん! 今の試合のMVPをあげるとしたら誰になる?」
なるほど。そう言えばあったねそんな話。すっかり忘れてたよ。
「普通に佐藤じゃね? 一番当ててたろ」
「あんたには聞いてないのよ」
はい、すいませんでした……。
「うーん、そうだねー。投げるフォームも気持ち悪くて、どうしようもないくらいのヘナチョコボールだったけど奇跡的に最後に勝ちを決めた佑くんじゃない?」
「……ヘナチョコ言うなし。奇跡じゃなくて必然だし」
あえて触れなかったけどそんな気持ち悪い投げ方だった? 自分じゃわからないからめっちゃ気になるんだけど……。
「確かに他の男の人の投げるボールと違ってヘナチョコでしたが、勝ったことに意味があるんです! 私も佑紀さんがMVPだと思います!」
杠葉さん、フォローしてくれてるのはわかるんだけどまずはヘナチョコを否定して? 魔球、超チェンジアップだよ?
「それにきっと、佑紀さんは右手で投げれば一番凄いんです!」
「杠葉さん~! 一番凄いってことはないだろうけどホントありがとうございます! いつもいつもみんなして俺を貶すから救われますぅ~!」
微妙なフォローに落ち込んでいたところに、この完璧なフォローを入れられて俺の中の杠葉株が更に上がった。
「と言うことであんたに決まりね。佐藤くんと橘さんもそれでいいかしら?」
「悔しいっすけど今回は椎名先輩に譲るっす! またの機会にチャレンジするっす!」
「芽衣も椎名先輩からのご褒美はほしかったですけど、MVPは椎名先輩で異論はありません! 同じくまたの機会にチャレンジさせてください!」
またの機会なんてねーよ。故に永久に褒美は無しだからな。
それはさておき……。
「ところで、MVPの俺には何かご褒美があるんですかね?」
「は? あんたにご褒美? そうね~」
有紗は一応考え込んで思案してくれる。
「もちろんありますよ! 佑紀さんには――」
「――っ!」
杠葉さんが何か言い掛けたところで後ろから陽歌が抑えてしまった為、まだ何かゴニョゴニョ言ってるがなんて言ってるのかわからない。
「おいおい、杠葉さんが苦しそうだぞ」
「い、良いから……! MVPの佑くんにもきっとそのうち良いことあるよ! 多分……! ね?」
そこまで言って陽歌は杠葉さんを解放する。
「そ、そうですねぇー……! 佑紀さんにもそのうち良いことありますよねきっと! MVPなわけですから!」
MVPと良いことに因果関係なんてないと思うけどな。
というより、なんだ? その不確定なことをやけに必死に言ってくる様子は。
「ま、良いじゃない。MVPってだけで!」
「それもそうだな」
学校から用意されているわけではなく自分たちで勝手に言い出したことだが、今この場でMVPをこの子たちから与えられることに悪い気はしなかった。




