23 謝罪と感謝
「さて、戻るか?」
「それもそうね」
有紗との話は終わった。そろそろ風呂にも入りたいから宿舎に向かって歩きだしたのだが、すぐ近くにある木の横に杠葉さんがいた。
「あら綾女? どうしたのこんな所で」
「えっと、お二人の仲がギクシャクしてるように見えて何とかしたいと思って来たのですが……」
「それならもう大丈夫よ。元々喧嘩してたわけじゃないし。でもありがとね、心配してくれて。それと……、もしかして見てた?」
有紗がそう聞くと、杠葉さんは罰が悪そうな表情をして――。
「……はい。来たは良いものの、何かギクシャクしてるって雰囲気は感じられなかったので少し様子を見てみようと思ってそこの木の後ろから見てました。で、でも内容は聞こえなかったのでご安心くださいっ……! 隠れて見るようなことをしてしまい本当にごめんなさい……」
――首を縦に振ってからそう言った。
「――良いのよ別にっ! 別に怒ってるわけじゃないしそう落ち込まない! ね? あんたもそうでしょ?」
「――えっ?! あぁ、気にしなくて良いよ杠葉さん」
流石に先程の話をこれ以上誰かに知られたいとかは思っていないから、聞かれたわけではないようで安心した。
別に聞かれたところで杠葉さんが言いふらしたりするわけないのだけど。
それに、善意でここまで来た杠葉さんに怒ることは何もない。
「ね?! まぁ、色んな意味でそういうことだから!」
色んな意味とは何が何やらさっぱりわからないが、有紗は杠葉さんの肩を手で軽く叩き、杠葉さんも納得した表情をしているように見える。
「んじゃ戻りますか――ってあれ? 陽歌……? と――」
宿舎の方から陽歌がこちらに向かって歩いてくる。それに、橘も一緒だ。
「あ、あんた……、大丈夫これ?」
「はぁ……。わかんねぇけど、とりあえず口は出さないで」
有紗は小さく首を縦に振って頷いている。
「佑くん、芽衣ちゃんからちょっと良いかな?」
俺たちの前まで来て、まず陽歌が口を開いた。橘は陽歌の横で少し俯き気味に下を見ている。
「良いけど、場所はここで大丈夫か?」
ここには俺の他にも有紗と杠葉さんもいる。橘は俺に何を言うつもりかはわからないが、二人がいると言い出せないこともあるのではないかと思った。
「わ、私たち先に戻ってま――」
「――椎名先輩ごめんなさいっ……! 本当にごめんなさいっ……!」
杠葉さんが何かを言いかけたところで、橘が俺の前でいきなり頭を下げてそう言い放った。
杠葉さんは口をポカーンと開けて驚いているが、有紗は特に驚く様子もない。
「とりあえず顔を上げろよ」
ゆっくりと頭を上げる橘の顔は、涙やら鼻水やらでくしゃくしゃになっていた。
「お前、泣くなら何であんなことしたんだ?」
「やっちゃいけないことだってわかってました。でも、どれだけアピールしても芽衣の力じゃ椎名先輩を振り向かせることはできそうにありませんでした。それで、自制心が効かずに嘘を吐いてしまいました。本当にごめんなさい……!」
今、俺の目に映る橘は間違いなく嘘を言ってない。それに、自分から謝りに来たんだ。
それでも、少し前までの俺だったら間違いなく許さなかった。
でも今は違う。もう良いだろう。
「わかった。今回だけは許してやるよ」
「――ホントですか……?」
橘の表情が少しだけ和らいだ。
「けど、言っとくことがある。橘、お前はその嘘を吐くことで俺が振り向くと思ったみたいだけど、それはないぞ?」
「――えぇっ?!」
「……何でそんなに驚くし」
「だ、だって妹さんからストーカーを辞めるよう言われた時、椎名先輩はチラ子さんを探してるって聞きましたよ?!」
「――名前を出すなっ! 有紗しか知らなかったんだぞ?! ――じゃなくてっ! 何で橘が知ってんのか気になってたけど、あいつかっ……!」
渚沙よ、なんて余計なことを橘に言いやがったんだ……。
というより、いつの間に知り合ってたんだな。何故俺に、このストーカーの存在を教えない。
お陰でかなり辛い一日だったんだけど。
「――ゆ、佑くん……! チ、チラ子って誰……?!」
「とりあえず今は橘と話させてくれる?」
「そ、そうだね……。ごめんね佑くん」
今は流石の陽歌も空気を読むらしい。
特に毒を吐かれることも無くて助かります。
そんなことでホッとしてるのもおかしなことだけどな。
「橘、探してるのと振り向くのは関係なくね?」
「だ、だって、妹さんの言い方的にどう考えても椎名先輩はチラ子さんに恋してる感じでしたよ?!」
「友達としては好きだけどそれはない。あいつがどうゆう言い方をしたのかは知らねーけど、勘違いだ」
「で、ではやっぱり、芽衣がしてしまったことは……」
「おう。俺が嘘だと気付かなくても橘に惹かれることは多分無かったぞ。だってストーカーじゃん? お前。普通にストーカーであることを黙ったまま嘘を吐いてこなかった方が、橘に惹かれてた可能性全然あったぞ?」
こいつが俺を好きなのはもうわかってる。ぶっちゃけストーカーでさえなければ全然アリだった。
だがしかし、現実はそう簡単ではないらしい。
おまけに嘘まで吐いてきたわけだから、既に余裕で恋愛対象外。
これなら、釣り合わないとか言ってないでバッシング覚悟で陽歌、有紗、杠葉さんを選びます。
ま、この三人が俺に恋心を持つなんてあるわけないし、現実的に無理なんだけどね……。
「な、なんですと……」
大変後悔してる様子の橘だが、普通に同情の余地無し。特に慰めたりしないよ?
「あ、椎名先輩……、もしかしてチラ子さんってお友達がいないんですか?」
「今は知らねーけど、少なくともあの時は俺しかいなかったはず……。で? それが何か?」
「……お友達、できてると良いですね!」
気を遣ってとかではなく、橘は本心でそう言って微笑んでいる。少なくとも、俺にはそう見えた。
「俺もそれなら嬉しいよ。あ、橘……。明日から普通に接してきて良いからな。もちろんストーカーは無しが前提だけど。それじゃ俺は戻るから」
良い加減良い時間だ。早く風呂に入って寝たい。ついでに陽歌の追求からも逃れたい。
宿舎に向かって歩き出そうとした時――。
「――待ってください!」
――まだ何かあるのか、橘が引き止めてきた。
とりあえず一度、振り返ることにした。
「どうして……あんなことをした芽衣を許してくれるんですか?」
「一応、橘があんな嘘吐くことになったのも、元はといえば俺が約束を守れなかったから……かな? あと、自分から謝りに来たから。じゃ、そうゆうことだから」
それだけ伝え、俺は宿舎に向かって歩きだした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「そ、そうです! 一人で戻っちゃわなくても良いじゃないですか」
そんな俺を見てか、有紗と杠葉さんが後ろから走ってきた。
そ、そうだった……。いたんだったな。すっかり忘れてた……。
少し後ろでは陽歌と橘が並んで歩いている。
多分、橘が俺の元に謝りに来たのは陽歌が手を差し伸べたからだろうけど、それでも良い。
世の中には明らかに自分が悪いのに謝らない奴なんて大勢いる。
橘はその大勢ではなかった。それが重要だ。
それに、チラ子に友達ができていることを願ってもくれた。
きっと悪い奴じゃない。
ストーカーさえされなければ、一人の後輩として見ることができそうだ。
だから今回、この機会を作ってくれたであろう陽歌に、心から感謝しよう。




