21 秘めた想いと大切な存在
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涌井さんから私に話があるみたいで弥生さんと宿舎の外に出てきたのですが、少し緊張してしまいます。
臼井さんにも涌井さんから話があるらしく、この場に一緒にいます。
少し待っていると、涌井さんと相沢さんがやって来ました。
相沢さんは落ち着いた様子ですが、涌井さんは表情が堅いように見えます。
「さっきはありがとう! おかげでちゃんと歩けてる! あと……、さっきはお礼を言えなくてごめん……!」
涌井さんは大きく深呼吸をした後、深々と頭を下げてお礼を言ってくださいました。
予想外のことだったので、驚いてしまいました。
「――い、いえっ! 大事なくて良かったです」
「それともう一つ……! 俺も相沢や椎名みたいに、杠葉と普通に接してもいいですか?!」
これは今日一番の驚きです。緊張が更に高まってしまいました。
相沢さんと弥生さんは、涌井さんが私にこのことを言うのを知っていたのか、いつもと変わらない様子ですが、臼井さんは目を見開いて驚いているように見えます。
「わ、私は全然大丈夫ですけど……。というよりも、私も皆さんと普通に接したいと思っているのでそうして頂けると嬉しいです……!」
だけど、本当に良いのでしょうか?
私は皆さんと普通に接したいと思っていて、そうして下さる相沢さんの交友関係が崩れてしまっていることには気付いています。
相沢さんは、『理解してくれる友達がいるから全然大丈夫』なんて言ってくださいましたが、涌井さんは大丈夫なのでしょうか?
「……涌井さん。私と普通に接すると涌井さんの交友関係が――」
「――それなら大丈夫っ……!」
涌井さんは右手の手のひらを突き出して私の言葉を遮ります。
「それに関してはもう手遅れだから。正直結構キツかったけど、ハイキングの後、部屋のメンバーに色々気付かされてよ。後は……、慧さえ認めてくれれば俺は大丈夫なんだ」
そう言って涌井さんは真剣な表情で臼井さんの顔を見つめています。
「――慧っ! 俺の交友関係は壊れ始めてるけど、慧だけには避けられたくない。でも、俺は杠葉と普通に接したいと思ってる。だから、認めてくれ……!」
「ウ、ウチは別に……」
「――俺は、慧が好きだっ!」
……ええぇっ?! こ、これは所謂、告白というものではありませんかっ?! わ、私、ここにいていいのでしょうかっ……?!
「――ちょっ?! 涌井あんたっ……!」
臼井さんは顔を真っ赤にさせて声を荒げています。
「お、おいマジか涌井……。そこまでやるとは聞いてないぞ……?! というか、臼井のことが好きだったのかよ……!」
「涌井っちやるぅー!」
相沢さんは苦笑いを浮かべ、弥生さんはニ、ニヤニヤしてますね……。
わ、私も何か言った方が良いのでしょうかっ……?!
「――す、凄いと思います! 異性にそれを伝えるのはとても勇気のいることだと思うのでっ……!」
「うんうん、そうだよね! あやちん分かってるなぁ~」
「春田、お前の場合は冷やかしが入ってるけどな」
「――あーもうっ! ちょっと外野は黙っててっ……!」
臼井さんが一度、盛り上がる私たちを制止します。
「……はぁ、相変わらず空気読めないわね……。普通、今言うっ?!」
「げっ……! す、すまん……」
「まぁ、でもありがとう……。杠葉さんと普通に接することは認めてあげる。周りが何と言おうとウチは涌井、あんたといてあげる」
「そ、それってつまり……?!」
そ、それはつまりあれですよね?! 涌井さんとお付き合いなさるという事ですよね?!
人の恋路でこんなにワクワクして良いものなのでしょうか……?
「オーケーってことだよ、涌井っち!」
「――ちょ、ちょっと弥生?! 何であんたがウチの言葉言っちゃうのよっ?!」
「春田、とりあえず一旦黙っとけ……」
相沢さんが春田さんの口を塞いでいます。
「オーケーよっ……! それと杠葉さん、涌井がそうするならウチも杠葉さんと普通に接してもいいかな?」
「わ、私ですか?! 願ったり叶ったりです! よ、よろしくお願いします!」
何とも嬉しいことを言っていただきました。
一歩ずつ、私を取り巻く環境が変化していくのを実感できます。
「あー、慧っちと涌井っちに言っとかなきゃいけないことがあるんだけどさ」
いつの間にか相沢さんの口チャックから解放された弥生さんから、臼井さんと涌井さんに話があるみたいです。
「あやちんのことなんだけど、最初から二岡くんの彼女なんかじゃないからっ! 私もそうだったけど、みんなそう思わされてるだけだからっ! だからホントはさ、特に涌井っちに言えることなんだけどさ、二岡くんの彼女だから仲良くしちゃダメとかそんなの、最初から考えなくてもよかったことなんだよ? きっと今の二人なら、信じてくれるよね……?」
「「――えっ?!」」
弥生さんの言葉を聞いた二人が、信じられないといった様子で私を見てきます。
これは本来、弥生さんの口からではなく、私の口から言わなければならないこと。
今までは誰も信じてくれず、諦めてしまった自分がいました。
けど、そんな私とはさよならをしたはず。
だから今、私の口から言うんです。
「私には二岡さんとお付き合いしているという事実はありませんし、それは過去も同じことです。それで誤解されて、皆さんから距離を置かれているのもツラかったです。誰も信じてくれなくて、諦めていました。でも、やっぱり信じてほしいです。お願いしますっ……!」
深々と頭を下げてお願いをしました。
きっと、信じてもらえる。私はそう、信じてます――。
「……俺には疑問に思ってたことがあったんだ」
涌井さんがゆっくりと口を開きました。
「どうして姫宮があんなに二岡に対して噛み付くのに、杠葉は姫宮と仲良くできるんだろうって……。でも、その疑問も今晴れたよ。ごめん、ずっと誤解してたみたいだ。その言葉、信じるよ」
「ま、まぁ涌井が信じるならウチも信じてみようかな……?」
「ありがとうございます!」
私が言ったことを信じてもらえる。
たったそれだけのことなのに、殻に籠もっていた私にとっては、ここ最近まで有紗さんと陽歌さん以外の方から信じてもらえることはあり得ないことでした。
だから本当に、嬉しくて――。
あの人が目の前に現れてから私自身、少しずつ変わっていけているのが実感できるのも嬉しいです。
今さっき、涌井さんが臼井さんに愛の告白をしました。
それを見て、胸の奥に秘めた想いが今にも飛び出しそうになってしまいました。
ですが、私には清算しなければいけないことがあります。
現在のこと、それに……過去のことも。
もし全てが精算できて、私自身、本当に変われたって思えたら――。
あの人に、想いを伝えても良いのでしょうか?
そんなことを考える前に、やらなければならないことがあります。
佑紀さんと有紗さんがちょっとギクシャクしてしまっているみたいです。
私が行ってどうにかできるかは分かりませんが、何とかしてあげたい。
だって私にとってお二人は、本当に大切な存在ですから――。
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