20 御影陽歌は手を差し伸べる
二ヶ月目もよろしくです。
食堂に行くと既に夕食は始まっていた。
食べることや会話に集中しているのか、俺が食堂に入っても気付く人はほぼいない。
「椎名、ちょっと来なさい」
一年三組の担任の先生と食事をしていた藤崎先生に手招きされた。
あれ? 相沢は? 俺だけ?
「遅れてすいません」
「それは良いが、体調は大丈夫なのか?」
普通にお説教をされると思っていたのだが違った。体調を心配していたみたいだ。
先程気分が悪いと告げたが、体調が悪いと誤解されたらしい。
「問題ありません。というか元々体調は悪くないです」
「そうか、なら良かった。山を下りてきた時は普通に顔色が悪い様に見えたからな。さ、席に着くといい」
藤崎先生にそう促され、少しばかり緊張しながら班の席に向かう。
「あのー、遅れてごめんなさい……」
「体調は大丈夫なのか?」
佐藤がそう聞いてくるが、どういうわけかここでも俺は体調不良ということになっていたらしい。
山頂から勝手に逃亡したわけだから、もっと非難される可能性も危惧していたから助かった。
「あぁ、体調は問題ない」
空いている有紗の隣の席に座る。橘とは同じ列の端と端の一番遠い位置でホッとする。
有紗は普段と違ってあまり箸が進んでいない。俺のせいだ。
食べ始める前にまずはやらなきゃいけないことがある。
「さっきはごめん……」
「――っ?!」
隣の有紗に向かってボソッと呟くと、有紗は体をピクッとさせてこちらに顔を向けてくる。
「えと……、後で話があるんだけど……良いかな?」
「えぇ、わかったわ。……はぁ、これでちょっと安心してご飯が食べれるわぁ」
先程まで全く進んでいなかった有紗の箸が思い出したように動き出し、表情も先ほどまでよりも明るい。
それでも、とりあえず一安心というわけにはいかない。
安心するのは、ちゃんと全てを伝え終わった後だ。
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夕食後、佑くんが有紗ちゃんを外に連れ出すのを見かけた。
ハイキングの時、佑くんを追いかけていった有紗ちゃんだったけど、私が戻ってくると元気が無かった。
きっと佑くんとの間に何かあったに違いない。
多分、この後そのことについて話すんだろうなぁ。
それともう一人、山頂から下りる時、自称佑くんの元ストーカー、橘芽衣ちゃんが肩を落としているのを見かけた。
夕食の時、有紗ちゃんの班が気になってチラ見してみたけど、やっぱりあの子の様子がおかしい。
あれだけ私に食ってかかってきたような子がいきなりあんな風になるなんて不自然。
この子が今回の件に大きく関係している。そう確信した。
芽衣ちゃんの宿泊する部屋の扉をノックすると、別の同室の子が出てきたから芽衣ちゃんを呼んでもらった。
「み、御影先輩ですか……。何か用ですか?」
「用があるから来たんだよ? ちょっと場所を変えようか?」
「……わかりました」
芽衣ちゃんも了承してくれたから場所を移す。向かった先は私が宿泊する部屋。
さっき、弥生ちゃんがあやちゃんを連れて何処かへ行ったから、今は私たちの部屋には誰もいない。
「芽衣ちゃん、いきなりなんだけど……、佑くんに何かした?」
「……」
私の問いに芽衣ちゃんは無言を貫く。でも、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「……したんだね?」
再び私が問いただすと、今度は小さく首を縦に振った。
「これからどうするつもり?」
「こ、これからですか……? と、とりあえず極限まで存在感を薄めて、影に徹して椎名先輩の視界に極力入らないようにして――」
「――ふざけないでっ! 自分から影になるなんて、そんなことは私が認めないっ!」
思わず声を荒げてしまった。けど、やっぱり私は芽衣ちゃんの発言を聞き流すわけにはいかない。
だってそうでしょ? 芽衣ちゃんは、陽のままでいられるはずなのに自分から影になろうとしている。
そんなのおかしいよ。
「じゃ、じゃあどうすればいいんですか……?! 芽衣は椎名先輩に酷い嘘を吐いたんですよ? もう嫌われちゃったんですよ?! どうしようもないじゃないですか! せめて椎名先輩の前では存在感を抹消するしかないじゃないですかっ……!」
今度は芽衣ちゃんが声を荒げた。その勢いに圧倒されそうになってしまった。
「……どうすればいいって、そんなの決まってるよ。謝ろう? 佑くんに。もし一人で行くのが不安なら、私も付いてくからさ」
私の言葉を聞いた芽衣ちゃんは、何故か固まってしまった。
「芽衣ちゃん……?」
「芽衣だったら、こんな奴助けたいなんて思わないです。御影先輩は……、芽衣を助けてくれるんですか?」
「もちろんっ! と言いたい所だけど、これは助けるって言うのかな……?」
「い、言いますよっ……! 少なくとも芽衣の中ではっ! 芽衣はこんな他力本願な自分が嫌いです……」
他力本願? この子は何か勘違いしてるみたい。
だって――。
「謝るのは芽衣ちゃん自身だよ? 私はそばにいるだけ。だから他力本願と言うには違うと思うよ?」
私の言葉を聞いた芽衣ちゃんは、一度下を向いて小さく息を吸った。
「御影先輩のこと、ちょっと勘違いしてたかな……。御影先輩のおかげで芽衣も決心できました。今の言葉、本当に救われました。……椎名先輩にちゃんと謝りたいです。だからあの……、そばにいてもらって良いですか……?」
「もちろんだよっ!」
元は私が言い出したこと。断るはずがない。
「ありがとうございます」
「良いよ、お礼なんて」
芽衣ちゃんが佑くんにどんな嘘を吐いたのかは知らない。
それでも、佑くんはきっとこの子のことを許してくれる。
私がどれだけ毒を吐いても笑って許してくれるくらいだからね。
……とはいっても、私も最近は毒を吐き過ぎかも……。ちょっと改めなきゃ。
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