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19 厳しさと優しさ

 「ん……? ちょっと待て椎名! 他の班員はどこだ?」


 山を下りた所で担任教師の藤崎先生に呼び止められてしまった。当たり前のことだ。班行動で一人だけで下りてくれば聞かれるに決まってる。


 「まだハイキング中です。それじゃ俺は宿舎に戻るんで……」

 「そういうことを聞いているんじゃない。何故君がここに一人でいるのかを聞いてるんだ」


 あぁ、めんどくさい。そんなの正直に言えるわけないじゃん。あんなこと言っといて教師ヅラすんじゃねーよ。


 「色々あって、気分が悪いので休ませてください。じゃそうゆうことで」

 「――あっ! おい待てっ……!」


 とりあえず、気分が悪いとだけ言って藤崎先生に背を向けて宿舎に向かって歩き出す。

 『待て』と言っていたが無視だ。この場の監督をしているわけだから動けないだろうし、追ってくることはないはず。


 宿舎に戻り、畳の上に寝転がる。

 何も考える気が起きない。あれだけ考えた末の結果がこれで、期待は裏切られた。

 今まで、あの日から必死に探し続けていたのに、本物ではなく偽物が現れた。

 全て無意味だったことへの虚無感が襲ってくる。


 無心で天井を見続けた。どれだけ見続けたかはわからない。頭の中には何も浮かばない時間が続いた。


 でもその時間も、ノック音、及びドアの外から俺を呼ぶ声によって終わりを告げた。

 呼吸を激しく乱しながらも、何回も俺のことを呼んでいる。

 それでも俺は、無反応を貫いた。



□□□



 山道を駆け下りてきたけど、ここまであいつの姿は見当たらなかった。

 運動は本当に苦手で、だから体力も無いけど必死に走った。

 凄く苦しい……。


 「姫宮……? 君までどうした?」


 下りた先で立っていた藤崎先生が、珍しく心配そうな表情をしている。


 「し、椎名を、追いかけてきたんですけど……」


 呼吸を乱しながらも藤崎先生の質問に答える。


 「はぁ……。椎名なら宿舎に戻って休むと言っていたよ。何でも気分が優れないそうだ。顔色も悪かった」


 その言葉を聞き、私は再び走り出す。藤崎先生が大声で叫んでるけど反応している暇はない。

 

 ただひたすら走ってあいつが泊まる部屋の前までやってきた。

 

 「――ねぇっ! いるんでしょ?! 藤崎先生から、気分が優れないみたいって聞いたけど大丈夫なの?!」


 ノックをしながら呼びかけた。

 でも、反応が返ってこない。息が苦しい。

 それでも私は、何度だって呼びかける。


 「――ねぇっ! 大丈夫っ……?!」


 大丈夫なはずがない。なのにどうして私はわかってて聞いてるの? 

 簡単だ。今の私には、他に掛ける言葉が見つからないからだ。

 あぁ、無力だ……。いざここまで来たものの、何も考えてなんかいなかった。

 あいつのとこまで行って、何をするべきかなんて考えないで無我夢中で走ってきただけ。


 だから、何を言うべきかわからない私は、同じことを何度も叫び続けているんだ。


 でもやっぱりあいつは、反応なんてしてくれなかった。


 部屋のドアを開けてしまえば、あいつの顔を見れる。

 でも、あいつの顔を見て私に何がしてあげられる? 何もできない。もっと考えてから来るべきだった。


 ドアノブを握る手が震えて力が抜けてしまい、そのままそこに崩れ落ちる。


 結局私は、今も昔も、無力だ――。



□□□



 部屋の外が静かになった。諦めて戻ったのだろうが、それは正しい判断だと思う。

 何を言われても返す言葉が浮かんでこなかった。そんな俺に構ってたって時間の無駄だ。


 そんなことを考えていた時、ドアが開き相沢が入ってきた。


 「おい椎名。姫宮がドアの前に蹲み込んでたけど何かあったのか? まさか喧嘩?」

 「いや、別に喧嘩なんかしてない。まだいんのか?」

 「なら良いけどよ。今丁度、死んだ目をしてどっか行ったぞ」

 「へぇー」

 「反応薄いな……。まぁ、何でも良いけどさっさと仲直りはしろよ」

 「だから喧嘩なんかしてねえし……」


 相沢は喧嘩をしてると思ってるみたいだが、実際は違う。

 そもそも有紗は無関係。これは俺と橘の問題だ。関係ないことに首を突っ込んでくるべきではないと思う。


 ドアが開き、涌井と反町も部屋に戻って来た。反町はともかく、涌井の表情はあからさまに暗い。

 絶望の二文字がよく似合う。

 きっと俺もあの時、今の涌井に近い表情をしていたに違いない。


 涌井には悪いが、一時的にでも今の自分の状況を忘れたい。

 だから俺は涌井にあることを尋ねてみることにした。



□□□



 これからどう過ごしていけば良い。ただひたすら絶望しながら部屋まで戻ってきてしまった。

 おそらく既に、俺が杠葉綾女から手当てされたことはクラス、いや、学年中に広まっているに違いない。

 答えは目の前にある。俺と同室の二人。それでも俺は、目を逸らし続ける――。


 「そういえば涌井、怪我は大丈夫なのか?」


 あの場にいた椎名が怪我の具合について聞いてくるが、今の俺にそれを聞かないでほしい。

 

 「杠葉さん達にちゃんとお礼は言ったか?」


 黙り込む俺に、椎名が更に追い討ちをかけてくる。


 言っていない。人として言うべきなのは俺にだってわかる。けど、既に俺は学園においてスクールカースト最底辺に落ちた。

 そんなの、人じゃない――。


 黙り込むしか俺にはできなかった。


 「そっか。言ってないんだな。それならそれで良いと思うぞ。だって、そのせいで涌井は学園での立場が無くなったと思ってるんだもんな」

 「――なっ?! わ、分かってるんなら聞くんじゃねぇっ! 俺は転校生だからって理由だけで、あれと普通に話して何も言われないお前と違って恵まれた立ち位置じゃねーんだよっ……!」


 思わず声を荒げてしまった。

 ふざけるな。俺だってそうできるんならそうしてる。それができないから困ってるんだ……。


 「それは違うな」


 俺の発言を聞いて口を開いたのは、椎名ではなく相沢だった。


 「ど、どうゆうことだよ……」

 「ホントはわかってんだろ? 自分が今どうするべきか。恵まれてるとか恵まれてないとか、この件には全く関係ないって、気付いてんだろ?」


 あぁ、わかってるよ。

 今後、俺が学園で生活していく為にすべきこと。もう、ただの普通の生徒じゃいられない。

 周りに疎まれながらも生活していく唯一の方法――。


 俺にもそうなれってのか……?


 「あ、あのさ涌井。僕は今まで通り生活していくけど、君がどういう選択をしても決して悪く言ったりはしないから……」


 これまで無言で会話を聞いていた反町が口を開いた。


 「どういうことだ……?」

 「僕もクラス会では杠葉さんと同じテーブルだったからさ……。なんていうか、ホントはみんなと仲良くしたいって雰囲気だったし。僕にはそこまでは無理だけど、涌井がそうすることに文句は無いよ?」

 「で、でもよ……?」

 「一応言っとくが、春田は涌井にも杠葉と普通に接してほしいと思ってるぞ」

 「だけど慧は……!」


 俺は慧が好きだ。

 だけど、今回の件で今後俺のことを避けてもおかしくない。杠葉綾女と普通に接することを決めたら尚更そうなるに決まってる。

 俺はそれが怖くてたまらない……。


 「はぁ……。今回の件で臼井がお前をどう思うかなんてわからねえ。だけどよ涌井、お前が予感してることが起こるなら、どっち道臼井にもちゃんと言った方が良いよな?」

 「な、なんでだよ……?」

 「だってよ、理解してくれるかもしれねーだろ? 言わずに始めたんじゃその可能性も薄くなる。言った方が涌井の味方になってくれる可能性は上がるだろ?」


 相沢の言う通りだ……。

 そこまで思考が及んでなかった。目の前の現実から目を背けているだけだった。

 俺は慧を、信じたい……!


 「あ、相沢、あのさ……。ごめん、悪かった」

 「ん? どうしたいきなり謝って」

 「俺は杠葉と普通に接する相沢を……避けてた」

 「別に謝らんくてもいーよ。俺は全く後悔なんかしてねーからな。それに、みんながみんなそうしてくるわけでもない。現に反町とか、姉の方とか、あとは姫宮に御影、それに春田。理解してくれる奴も結構いるからな」


 その言葉に俺は少しだけ安心した。

 まだ、俺の味方になってくれる人が僅かながらにいるかもしれない。

 そこに慧が加わってくれれば俺は何に怯えることもなく、杠葉と普通に接しても生活していける気がしてきた。


 「相沢、それに椎名。お願いしたいことがある」

 「なんだ?」

 「まず、杠葉にちゃんとお礼を言いたい。俺はさっき、逃げ出したから……。それと、慧にもちゃんと俺の意志を伝えたい。でも、情けないけど一人だとやっぱ不安だ……。だから、ついて来てほしい」


 俺の学園で生きる道はたった一つ。これはもう確定事項。

 その為にもやらなきゃいけないことがある。


 「わかった。俺は良いぜ」

 「あー、俺はパス。ちょっと今、自分のことでいっぱいいっぱいだから、代わりに春田にでも頼んでくれ。臼井も俺が行くより春田が行く方が効果ありそうだし」


 椎名には断られてしまった。

 だけど、そんな気がしていた。だってこいつ、俺が部屋に戻って来た時からずっと、上の空って感じだったから……。

 その姿が少しだけ俺と重なっていた。


 「わかった。椎名も、何があったか知らねーけど頑張れよ。……じゃあ相沢、心の準備がしたいからそれまで待ってもらってもいいか?」

 「ま、そうだな。流石に心の準備はした方が良い。それができるまで待ってやるよ」

 「サンキュー……」


 目を逸らすのは止める。もう後には引けない。覚悟を決める必要がある。


 ただひたすら、慧から悪くない反応をもらえるイメージを繰り返した。



□□□



 部屋に戻って来てから随分な時間が経過した。

 早いことに、もう夕食の時間だ。食堂に行かなければいけない。

 けどそこでも班。橘がいる……。行きたくない。ただひたすらそう思っている自分がいる。


 「そろそろ夕食の時間だな。行くか」


 相沢の一声で俺以外の全員が立ち上がる。


 「ん? 椎名、行くぞ」

 「い、いや、俺は……。た、体調が悪いから行きたくない……かな?」

 「――えっ?! 椎名、体調悪かったのか?!」


 涌井は目を見開いて驚いた様子を見せるが、本当は体調なんて悪くないし普通に嘘だ。


 「はぁ……。姫宮とやっぱ喧嘩でもしたのか?」

 「喧嘩なんてしてない」

 「じゃあ行くぞ」


 相沢が俺の左腕を掴み無理矢理立たせようとしてくるが、俺は頑なに拒む。


 「涌井、反町、悪いが先に行っててくれ」


 相沢が二人に先に食堂に行くよう促すと、二人とも空気を読んで食堂に向かってしまう。


 「さてと……。――良い加減にしろよ椎名っ! 何があったか知らねーけどな、お前がそんなんだから姫宮は心配して部屋の前まで来てたんだろ?! それをお前は無視して放置か?! さっき春田からメッセージが来たけどよ、ひどく落ち込んだ様子みたいだぞ? お前のせいじゃねーかっ!」


 二人きりになった途端、相沢が声を荒げた。

 俺のどうしようもない態度に、遂に痺れを切らしたってところか……。

 だけど、お前に今の俺の何がわかる。


 「――うるせーなっ! 相沢に何がわかんだよ?! 昔話したあの子が……。あの子を名乗る偽物が目の前に現れやがったんだぞっ?! 気が気じゃねーんだよっ……!」


 ここまで言わないと理解してもらえない。そう思って全てをぶち()ける。


 「――なっ?!」


 相沢の目に驚きが走っている。


 「だから俺は行かない」

 「……ダメだ」

 「は?」


 ここまで言っても俺の気持ちは理解してもらえないのか? 逆にお前だったら行けるのか? 無理だろ?


 「悪かった。お前が今そんな状況に置かれてたなんて知らなかった」

 「言ってなかったからな」

 「でも……、食堂には行け」

 「だから行かな――」

 「――ダメだ」


 俺の言葉を遮る相沢は、真っ直ぐに俺の目を捉えてくる。


 「椎名、お前は昔のその子を追い続けてる。それは大いに結構。死ぬまで探し続ければいい。……けどな、今のお前を見てくれてるのはその子じゃねぇっ!」


 胸がズキっと痛む音がした。周りなんか見てなかった俺には気付けなかったこと。


 「だからよ、椎名。お前も少しは目を向けてやれよ。お前が行かなかったら余計に心配させて、更に落ち込ませることになるぞ?」


 有紗は何も悪くない。

 全ての元凶は橘、いや、昔約束を守れなかった俺か……。


 あの時、ちゃんと守れてさえいれば橘はこんなことはできなかったわけだし、有紗が落ち込むこともなかった。

 完全に巻き込んでしまっている。

 俺は有紗が落ち込むとこが見たいのか? いや、そんなことあるはずない。


 だったら今俺がしなきゃならないことは、橘のことについて考えることか? いや、違う――。


 「相沢、相変わらず俺に厳しくない?」

 「あたりめーだろ? それも俺の役割だ」

 「はっ! そうかよ……。じゃ、行くか? 食堂」

 「やっと行く気になったか? もう遅刻だぞ」

 「悪い悪い。その代わりちゃんとするから」

 「ま、いーけどよ」


 相沢良介は俺に厳しい。

 けどそれだけじゃなくて、俺に優しい――。

 

今日で本作品の投稿を始めて丁度一ヶ月になりました。

改めまして読者の皆様ありがとうございます。

二ヶ月目となる明日からもまたよろしくお願いします。

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