18 絶望の日々と起こった奇跡がもたらす罪
只々絶望した毎日を送っていた。芽衣のストーカーライフは終わってしまった。もう椎名先輩を見ることができない。芽衣にとってこれ以上の地獄は存在しない。
椎名先輩と同じ学校に行きたくて皇東学園も受験した。もちろん、合格するわけがないことくらいわかってた。
この辺り、芽衣の中に存在するストーカー意識はまだ枯れてはいなかったのかな。自分でもやっぱちょっと気持ち悪いとは思う。
本当に物凄く勉強したけど結果はやっぱり不合格だった。
もう完全に抜け殻となった芽衣は何の目的もなく花櫻学園に入学した。
本当につまらない。
二岡先輩とかいう人が異常なまでにもてはやされ、既に芽衣たち一年生の中でも超人気者。
芽衣的には何でなのかさっぱりわからない。どう考えても椎名先輩に勝っている所が見当たらない。
二岡先輩は芽衣的には最悪の存在だ。
男の子に限っていえば、二岡先輩の彼女だという杠葉綾女先輩という人と親しくすればスクールカーストの底辺まっしぐら。
どうやらこれは見た感じ本当みたいだ。
相沢先輩という芽衣と同じ中学出身の人がまさに今その状況だと噂で聞いた。
でも、芽衣は相沢先輩を評価している。
だって普通に考えておかしいよ? ただ友達として接することも許されないなんてさ。
女の子も、前例こそ無いらしく本当かは知らないが、杠葉綾女先輩を丁重に扱わなければスクールカーストの底辺まっしぐらだなんて言われている。
意味がわからない。どうして芽衣が二岡先輩に気を遣って学校生活を送らなきゃならないんだ……。
何で芽衣まで杠葉綾女先輩と親しく接する男の子に後ろ指をささなきゃいけないんだ。
何で芽衣が、周りに合わせて二岡先輩をイケメン扱いしなきゃならないんだ……。
それに、椎名先輩もいないし……。
本当、こんな学校つまんない……。本気で辞めたい。そう思ってた。
気分なんて乗るわけもなく迎えた林間学校。
ここで芽衣に奇跡が起きた。
何と椎名先輩が目の前に現れたのだ。
あまりの衝撃に目を疑っちゃったよ。
しかも同じ班なんて! 嬉しすぎて衝動的に抱きついてしまった。
芽衣のことなんて知るわけもないのに、浮かれてお久しぶりですなんて言っちゃった。芽衣にとってはお久しぶりなんですよ?
ついうっかりストーカー歴を暴露してしまって引かれたりしちゃった。
あの時はめちゃくちゃ焦った。
それを誤魔化すように芽衣って呼んでくれるようお願いしたけど、やっぱりダメだった。
流石にストーカーはインパクトが強すぎてしまったみたいで、近づくなとまで言われちゃった。けど芽衣はめげない。
衝動的にまた抱きつこうとしてしまった。
もはやストーカーを超えた新境地を手に入れた気がする。
更には椎名先輩と会話ができてるという、今までではあり得ない状況に、暴走に暴走を重ねた挙句姫宮先輩にまで喧嘩を打ってしまう始末……。
まさに恋は盲目といったところだ。
芽衣はいったん反省して姫宮先輩の的確な指示でカレーを作っていたが、居ても立ってもいられずにその場を飛び出し椎名先輩の元に向かってしまった。
自分をアピールしたくてどうしようもなかった。
一歩間違えれば椎名先輩が火傷してたかもしれないのに後ろから抱きついたり、それで怒られちゃった。
でもそれも嬉しくて……。椎名先輩に怒られるなんて芽衣にとってはご褒美同然だから。
その後も、隠すことなく上目遣いしてみたり、椎名先輩大好きアピールを繰り返したけどやっぱりなびいてなんかくれなかった。
そんなのわかってた。芽衣なんて到底及ばない圧倒的な存在が椎名先輩の心の中にいるから。
ふと頭の中にやってはいけないことを思い浮かべてしまった。
芽衣が……、チラ子になれば椎名先輩は芽衣を選んでくれるんじゃ――。
そんなのダメだってわかってるのに自制心が全く働かなかった。
『なら、これならどうですか? 椎名先輩』
『なんだ? 話なら戻って――』
『チラ子ですよ、椎名先輩。芽衣が、チラ子です……!』
椎名先輩は目を大きく見開いて、完全に固まってしまった。
それも当たり前だ。目の前に今まで探し続けてきた子が、何の前振りもなくいきなり現れたのだから。
対する芽衣も、やってしまったことの重大さに頭が真っ白になってしまった。
取り返しがつかないことをしてしまった。
完全に椎名先輩の気持ちを踏みにじっている。罪の意識が芽衣に襲いかかってきた。
姫宮先輩の声で現実に引き戻された。鼓動が激しかった。
芽衣はこれからチラ子として椎名先輩と接していかなくてはいけない。
何としてもバレないようにしなきゃいけない。
だって、椎名先輩が本当のことを知れば芽衣は今度こそ終わりだから――。
芽衣は最低な子だ。自分が椎名先輩に嫌われたくないからチラ子になりすまし続ける。
罪を犯した今の芽衣にはそれ以外の方法がわからなくて、でもそれは、簡単に見破られてしまうものだった。
ついさっき、芽衣のチラ子偽り生活は終わった。ほんの数時間、たったそれだけの時間でバレてしまった。
『それにしたって一人って、もしかしてお前まだ友達いないの?』
急な質問で焦ってしまった。よく考えずに答えてしまったけど、この質問には決定的に大きな意味が込められていた。
でも多分、椎名先輩的には何となく聞いてきた質問で、それが引き金になるなんて思いもしなかったんだろうな。
椎名先輩は、まだ友達いないのかと聞いてきた。この部分をちゃんとあの時理解していればこんなミスはしなかったのに……。
『い、いますよ友達くらい! 普通にたくさんいます! 考え事してたんです……!』
『ならよかった。よかったな友達できて』
『まぁ、それはそうですけど……。なんで芽衣に友達いなかったみたいな言い方するんですか? ストーカーだからですか? 普通に昔からいっぱいいるんですけど?』
芽衣は、ストーカーだから友達がいないと思われているものだと勘違いしてしまったんだ。
今ならわかる。チラ子には友達がいなかったんだ。
『……そ。じゃあ最後に聞くわ』
『――えっ?! さ、最後?! どういうことですか椎名先輩……?』
『昔聞いたよな? お前のやりたいこと。それが俺のストーカーだったのか?』
『や、やりたいこと?! え、えっとそれは――』
そんなのわからない。わかるわけもない。だって芽衣は、チラ子じゃなくて橘芽衣だから。
畳み掛けるように椎名先輩は質問してきた。
『紙、渡したよな? あれ、何の紙だっけ?』
それも当然わかるわけがない。でも、紙なら当たるかもしれない。
芽衣は、最後の望みを懸けて答えた。
『か、紙?! え、えっと、折り紙……でしたっけ?』
終わってしまった。本当に、芽衣はバカだ。
やってはいけないことに手を出し、その責任すら取れない。
椎名先輩は芽衣の顔を見てくれない。でも、芽衣は見ていた。
椎名先輩の顔からは、涙が溢れていた。
『チラ子はこの世に一人しかいない。他人のお前が成り代わろうとするな』
椎名先輩は芽衣にそう言い放つと、走り去ってしまった。
芽衣はそれをただ眺めているだけ。結局芽衣にはそれしかできない。
だから橘芽衣は、ただのストーカーであるべきだったんだ。
姫宮先輩が慌ただしく山頂の出口に向かって行った。
本当は芽衣がやらなきゃいけないことなのにできなくて。他力本願の自分が嫌になる。
こんな芽衣を助けてくれる人がいないかな? 何とかしてくれる人がいないかな?
そんな人、いるはずないよ……。芽衣だったら、こんな奴助けたくなんかないから。
最後まで他力本願の自分が、本当に嫌いだ――。
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