15 思い出話なんてしなくとも
短めです。
たった一人で山頂をうろうろしていた橘が目に映る。
「おーい! 橘!」
「――っ?! 椎名先輩!」
「お前ずっと一人だったのか?」
「だ、だって椎名先輩がずっと姫宮先輩といるから……。姫宮先輩は邪魔ばっかりしてくるし……」
どうやら橘も有紗の妨害には気付いていたのか、ポツリと橘の口から有紗への不満が溢れた。
「えーと……、あれなら今はクラスメイトの怪我の手当てを手伝ってるから。ほら」
涌井を囲む人集りを指差すと、橘もそちらに目を向ける。
「誰か怪我してたんですか……。大丈夫何ですか?」
「多分大丈夫だろ」
「なら良いんですけど……」
橘は心配そうに見つめているが問題はない。杠葉さんが手当てしてくれるのに治らなかったら涌井が悪いのだ。
「それにしたって一人って、もしかしてお前まだ友達いないの?」
一人でいた橘に対して自然と出てしまった言葉だった。
「い、いますよ友達くらい! 普通にたくさんいます! 考え事してたんです……!」
「ならよかった。よかったな友達できて」
「まぁ、それはそうですけど……。なんで芽衣に友達いなかったみたいな言い方するんですか? ストーカーだったからですか? 普通に昔からいっぱいいるんですけど?」
頬を膨らませて目を細めている橘。
一般的に見て可愛い橘も今の俺にはそうは映らない。
簡潔に言うとチラ子ではなくただのストーカーにしか映っていない。
俺の口から自然と出た言葉、それに対する返答。
たったそれだけのことで、思いで話が必要無くなるなんて思いもしなかった。
「……そ。じゃあ最後に聞くわ」
「――えっ?! さ、最後?! どういうことですか椎名先輩……?」
「昔聞いたよな? お前のやりたいこと。それが俺のストーカーだったのか?」
「や、やりたいこと?! え、えっとそれは――」
異常な焦りを見せる橘は、先の言葉が出ないらしく息を飲み込んだ。
「紙、渡したよな? あれ、何の紙だっけ?」
「か、紙?! え、えっと、折り紙……でしたっけ?」
本当、話にならない。何でチラ子という名前を知っているのかはわからないが、嘘を吐いたならそう言ってくれればまだマシだった。
自分が焦燥感に駆られていくのがわかる。橘に対する苛立ち、不快感等の負の感情が俺の胸の奥を冷やしていく。
Tシャツの内ポケットの辺りを掴んでしまう。握った感触は硬い。内ポケットに入っているお守りを、何かに縋りたくて強く握ってしまう。
「し、椎名先輩……?」
橘、お前は今どんな顔をしている? お前の顔を見たくないからわかんねえや。その声音からして怯えてんのか?
でももう遅い。橘が怯えていようが俺はお前を突き放す。
「チラ子はこの世に一人しかいない。他人のお前が成り代わろうとするな」
自分がどんな表情で、どんな声音で言い放ったのかはわからない。
俺の言葉を受けて、橘がどう思っているのかもどうでも良い。
ただ俺は、一刻も早くこの場を去りたくて仕方がなかった。
俺は橘に、一瞥もくれずに山頂の出口に向かって走りだした。
出口を潜っても走り続けた。走るなんていつぶりか、本当に久しぶりに走っている。
どれだけ山を下り続けても、切り裂く風は気持ち良くなんてない。
他のクラスの班、はたまた自分のクラスの別の班を追い越していく。
どう思われてるのかなんて気にならない。ただ早く下山してしまいたい。それ以外の思考が許されない。
ポケットに入ったスマホが振動している。
ふと我に帰る。俺は今何をしている? 勝手に下山して、班員は俺を探して困ってるに違いない。
徐々に冷静さが蘇ってきて、ポケットからスマホを取り出す。
杠葉さん……か。
俺は今きっとこの子にも迷惑をかけている。
それでも俺はもう、この山を登ったりなんてしない――。




