14 姫宮有紗が離してくれない
一体今何キロぐらい歩いたんだ。
もう出発してからかなり経ったけどまだ着かないのだろうか。ちょっと疲れてきてしまう。
そんな疑問が脳裏に過ぎった数分後、ようやく山頂に辿り着いた。
山頂には先に出発していた涌井の班や相沢の班、またその他全く知らない他クラスの班がいくつかいるが、一番最初に出発した二岡の班は既にいない。
いよいよこの時がやってきた。隙を見て橘に接触し、チラ子との思い出話をして真相を暴いてみせる。
そう強く決意したものの、有紗が中々隙を見せてくれなかった。
山頂に着いてから早いこと十分くらい経った気がするが、ずっと俺の横にくっついている。どうにかして離れてもらえないものか。
「そうだ有紗、この絶景をバックに写真でも撮ってやるよ」
「あらホント? じゃあお願いしようかしら」
写真を撮ってあげてその写真に夢中になっている隙に橘の元に向かう。
完璧な作戦だ。俺って頭良いかも。
有紗は柵に寄り掛かり、ピースを決めている。
「あ、あの、スマホは……?」
「置いてきちゃった。あんたので撮りなさいよ」
し、仕方ない。俺のスマホで撮るしかないか。
ポケットからスマホを取り出しカメラを起動する。
「じゃあ撮るぞー。はいチーズ」
シャッター音と共に、画面に有紗の静止画が刻まれる。
うん、知ってたけどマジで可愛い。このまま待ち受けにしたいくらいだ。
「見せて見せてー!」
柵に寄りかかっていた有紗が駆け寄ってきた為、スマホを渡して静かにこの場を離れることを試みる。
「うんうん! やっぱ私って可愛いわぁ! 景色にも全然負けてないし! ――あっ! ちょっと待ちなさい! どこ行くのよ!」
えぇー、何で気づくの? もっと写真に映る自分の可愛さに酔っててくれて良かったのに……。
「えっと、何でしょう……?」
「あんたも撮ってあげるわよ」
「俺はいい。写真とか好きじゃないし」
「そんなこと言わずに撮るのよ! あ、どうせなら一緒に撮りましょうよ!」
それは所謂ツーショット写真というやつですよね? イケメンと美少女が並んで撮るからこそ価値があるもので、俺なんかが究極美少女の有紗と撮っていいものではない。
「い、いや遠慮しとく……」
「あ、涌井。写真撮って」
「ん? おー、いいぞ」
俺の拒否は何処へやら、有紗は近くにいた涌井にスマホを渡してしまう。
「だから俺は――」
「――いいからっ! ほらっ!」
有紗は俺の左腕に抱きついてグイグイと柵の方に引っ張り始める。
――ちょっと待て、やめろぉっ! 人間の心臓は左側にあってだな、音! 音が聞こえちゃうだろっ!
――じゃなくてっ! なんで君は俺の腕に抱きついてんの?!
そして俺! なんで足が勝手に柵に向かって動いてんの?!
おっ?! こ、この柔らかい感触は……?! お、おっぱいっ?! 言えないけど、当たってますよ有紗さん! ありがとうございます!
煩悩が頭の中を駆け巡る中、勝手に動く足を止めることができず柵のところまできてしまう。
しょ、しょうがない……。有紗が一緒に撮ってくれると言っているのだ。せっかくだから美少女とのツーショット写真をゲットしよう。
「撮るぞー、はいチーズ!」
い、一体俺はどんな顔して映ってんだ? 気になるけどここはひとまず橘の元へ行くとしますか。
――てっ?! 何でまだ俺の腕に抱きついてんの?!
「ちょ、ちょっと有紗。腕に抱きつくのやめてくれないか?」
「――は、はぁっ?! べ、別に良いでしょこれくらい」
良くねーよっ! 俺の心臓がもたねーよっ!
「お前らって……、付き合ってんの?」
涌井の疑問に俺は固まってしまった。
――つ、つつつ付き合ってるっ?! 俺と有紗が?! そんなわけないだろ、釣り合わねーよ!
「――そ、そんなわけないでしょっ! 何で私がこんな奴と付き合わなきゃなんないのよ! いいから早く写真見せてよ!」
こんな奴、こんな奴、こんな奴……。そう、俺はこんな奴だから有紗と付き合っているわけがないのだ。何を言ってるんだ涌井くん。
それと有紗、こんな奴の腕は早く離してくれ。俺は橘のところに行きたいんだ。
「そこまで強く否定すると椎名が可哀想だろ。ほらよ」
涌井、同情はいらないよ? 自覚してるから。
涌井が渡してくるスマホを有紗が受け取る。ちなみに未だ腕は離してくれていない。
「うーん! やっぱ何度見ても可愛いわね私! ……それに比べてあんた、やっぱ普通ね」
「わ、悪かったな……」
普通で何が悪い。人畜無害、誰にも迷惑を掛けていないのが普通の顔の人間だ。
「あー、お腹いっぱいだわ……。じゃ、俺行くわ」
呆れた顔で涌井はこの場を立ち去ろうとするが、数歩歩いたと思ったら急に崩れ出した。
こ、転んだ……。何も無い所で……。
「――ってぇー!」
「――お、おい大丈夫か?!」
涌井が痛そうに蹲る様子を見て、俺と有紗は慌てて駆け寄る。
尚、腕は離してくれない模様。確信した。これは完全に俺の行動を制限しにきている。何が何でも俺と橘の二人での接触を阻止したいらしい。
「だ、大丈夫っ?! 血が出てるじゃない!」
「えっ?! ああ、ホントだ。多分大丈夫――」
立ち上がろうとした涌井だが、まだ傷口が痛むようで再び座り込んでしまう。
「ってぇー……」
「困ったな。誰か絆創膏とか持ってないのかな?」
「その前にまず消毒しなきゃダメでしょ」
有紗の言う通り、確かにただ絆創膏を貼っても傷口が汚れているから意味はない。
そういえば杠葉さんが救急箱を持ってると言っていた。
そろそろ来るはずなのだが……。
ふと山頂の入り口の方に目を向けてると、丁度陽歌の班がやってきた。
ナイスタイミング!
「おーい陽歌!」
「――っ?!」
おっと、何故か有紗が腕を離してくれた。これで橘と接触できる可能性が上がったぞ。
俺の声に反応して陽歌の班員がこちらに向かって歩いてくる。
「ど、どうしたの涌井くん? 血が出てるけど……」
「た、大変ですっ! すぐに手当てしなければいけませんね」
慌てて杠葉さんはトートバッグから救急箱を取り出す。
「――っ?! いい。そ、そんなことしてもらわなくてもいいからっ……!」
涌井は手当てされることを拒否するが、杠葉さんはそれを許さない。
「ダメですっ……!」
「――っ?!」
杠葉さんの圧に負けたのか、涌井はそのまま黙ってしまう。
「有紗さん。涌井さんの足を抑えててもらえませんか?」
「わかったわ。いいわね? 涌井」
有紗の言葉にも涌井は反応することなく無言だが、反応を待つことなく手当ては始まった。
涌井には悪いが、俺にはこの場にいる暇はない。
涌井を囲む輪をそっと離れ、俺は橘の元へ向かった。




