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13 姫宮有紗の妨害と三つの仮説

 遂に始まった山登りハイキング。往復十キロ。

 出発してからどれくらいの時間が経ったか、どれくらい歩いたかも不明。


 俺はここまでの間、橘にチラ子についての思い出話をしようと何度か試みたのだが予想外の妨害に()い続け、ただの一度も橘とチラ子の話が出来ていない。

 尚、世間話の時は妨害発動しない模様。


 妨害犯は姫宮有紗、俺のクラスメイトであり隣の席の住人。


 最初はただの偶然だと思っていた。

 

 されは、俺が橘にチラ子について話しかけた瞬間のことだった。


 『あーっ! 見て! あそこに珍しいキノコが生えてるわ!』


 有紗は異常なまでに大袈裟に身振り付きで大きな声でそう言い、俺の声は完全にかき消されてしまった。


 『おー、確かに見たことねぇキノコだな。食いたいのか?』


 食欲の化身有紗のことだから、どうせそんなところだろうと思い俺はそう言った。


 『違うわよ! そもそも食べれるの? あれ』

 『さあ?』


 と、ここで有紗は何も言わなくなった。

 よし、話は終わったからいよいよ橘にチラ子の話ができる。俺はそう思い再び橘にチラ子についての話題を振った瞬間、再び有紗が大袈裟に大声を上げた。


 『あーっ! 見て! あの木にカマキリがいるわよ!』

 『おー、そうだな。カマキリがいるな』

 『珍しいわねぇー!』


 カマキリのどこが珍しいんだ。そこら中にいるだろ。


 とりあえず心の中でツッコんでおいた。


 さて、次こそチラ子についてのお話だ。そう思って何度目かのチラ子の話題を橘に振ったのだが、ここでもまた有紗は大袈裟に大声を上げた。


 『あー! 見て! あんな所にてんとう虫がいるわ!』

 『おー、てんとう虫だな。それで?』

 『そ、それでって……! 珍しいから言ったんじゃない!』

 『姫宮先輩、てんとう虫なら学校でも普通に見かけますよ?』


 橘の言う通り、てんとう虫は学校でも普通に見かける。なんならカマキリも。だから俺たちにとって珍しくなんてない生き物だ。


 『えっ?! そ、それはそうなんだけど……』


 正論を言われた有紗は押し黙ってしまった。


 ここで俺はあることに気付いた。


 思い返してみれば、ハイキングに出発する直前にも有紗は一度大声を上げている。

 それも今回と同様に、だから何? と思える話題を出す為に。

 いや、違うか。おそらく咄嗟(とっさ)に話題を出してるからあっさり話が終わってしまっているのだ。


 そしてそれは今回も同じだ。

 あの時は確か橘が何かを言おうとしていた。有紗はそれを無に返していた。

 これで全てが繋がった。


 有紗は俺と橘に関わる話題についての話を妨害している。


 こうなってしまっては有紗の目を盗んで実行するしかない。だが現在はハイキング中。行きも帰りもこの班で行動しなければならない。

 山頂に着けば広いスペースがありそこから絶景が拝めると聞いている。そこなら有紗の注意が逸れる瞬間があるかもしれない。

 一縷の望みをかけて俺は山道を登っていく。


 だが、何故有紗は妨害する? まさか俺が橘と会話することで嫉妬してしまうとか? ……いや、無いな。有紗に限ってそんなことあるわけないわ。橘と世間話する時は隣に張り付いてるだけだし。俺の勘違いだな。恥ずかし……。


 さて、真面目に考えよう。

 まず、ハイキング中俺が橘にチラ子のことについて話そうとする時のみ妨害が発動する。なんでもない世間話の時は隣で聞き耳を立てているだけだ。


 これにより、有紗はチラ子について何か知っている可能性が浮上する。


 俺は以前、中間テストが終わった後、有紗に何故現代文だけは大丈夫なのかと聞かれた際、うっかりチラ子という名前を出してしまったことがある。

 だがこれだけでは今回の妨害の説明はつかない。

 俺が橘とチラ子について話すことで有紗が困ることなんて無いはずだ。

 それにも関わらず有紗は妨害してくる。それには必ず理由があるはずだ。


 俺が橘から、自分がチラ子です宣言されたとき、有紗はすぐにその場に現れた。多分、橘の話を聞いていたんだ。これならおおよそ辻褄(つじつま)があってくる。


 仮説を立てると、まず一つ目は有紗が俺に好意を抱いているパターン。これは限りなく可能性は低いが、もしそうだとすると昇天級の嬉しさだから可能性として残しておく。


 学園スリートップの一角に好意を抱かれるとか俺にとって奇跡そのものだ。もしそうならウェルカムですよ、有紗さん!


 橘が本当にチラ子の場合、俺と橘が付き合うとか考えているのかもしれない。有紗が俺に好意を抱いていたとしたらそれを妨害する可能性はある。


 もちろん、俺はストーカーとお付き合いするつもりは毛頭ありませんけどね。もしそうならいらん配慮だぞ。

 そもそも、俺はチラ子に恋愛感情を抱いていたわけでは無いからな。

 一緒にいたいと言われたときは流石にときめいたけど、恋愛感情は否定させていただきます。

 ま、この可能性はほぼゼロだし、考えれば考えるほど悲しくなってきた……。


 二つ目は有紗がチラ子と知り合いパターン。もしあの夏以降、チラ子に友達が出来ていたとして、それが有紗だったとしたら、チラ子が俺との過去を話していてもおかしくない。

 それを知っている有紗が、俺が橘に騙されないようチラ子についての会話を妨害してくるのは合点がいく。

 有紗は友達想いな子だしチラ子の為になんとかしようとしているかもしれない。一応俺も友好的にさせて頂いているから、俺の為になんとかしようとしてくれているという妄想もアリだ。

 だから、この二つ目の仮説は可能性が非常に高い。


 そして最後三つ目、姫宮有紗が本物のチラ子パターン。


 おっとこれは驚きだ。あのチラ子が圧倒的イケイケ女子に大変身。

 色白ムチムチ巨乳金髪ツインテール美少女。


 こんな如何にも姿形(すがたかたち)が最強キャラに、あのチラ子が変貌するのはマジで想像がつかない。


 しかも食欲の化身だろ? 何? この見た目に相反するギャップ。僕は萌え萌えですよ。目の前でどんだけ食ってても、可愛い以外に言葉が出ないくらい見慣れてしまったよ。


 そして必殺上目遣い。狙っているわけでもないくせに、稀に発動する大技。

 こいつにこれをやられたらイチコロだ。


 俺のように自分が美少女と釣り合わないことを理解してないと、勘違いからの撃沈という既定路線まっしぐらだよ。

 それにしても、たまんねぇんだよなぁ、あの上目遣い。思い出すだけで顔がニヤけちゃう。


 「……何ニヤけてんの? ちょっとキモいんだけど……」

 「――えっ?! べ、別に……?」


 やべ、見られてた。ちょっと焦った。

 

 俺を侮蔑したこの目。加えて日頃のツンツンっぷり。俺はこれらをされる為に生きてるのかと勘違いしそうになる。

 完全に調教されきってんな俺……。ただのドMじゃん。陽歌に言われるのも無理ないのかも……。

 

 というか、よくよく考えたらこいつのスタッツチートじゃねーか。

 ここにデレが加わったら、いよいよチートの上のステージ、アルティメット有紗の誕生だな。


 やっぱりチラ子がこんな風になるなんて想像できない……。


 唯一(かす)っていることは、チラ子は弱々しい一面を持っていて、有紗も稀にその一面を垣間見せること。そのくらいしか今は思いつかない。


 だから、の仮説は三つの仮説の中で一番可能性が低い。

 とはいえ、、一応この仮説も頭の中には入れておく。


 もし、三つの仮説のうち最後の仮説が正解だったらその時、俺は何を思うだろうか。

 簡単だ。チラ子には何人も友達ができていることになる。素直に嬉しい、俺はきっと、そう思うだろう。


 それにしても、今回こうやって仮説を立ててみると橘がチラ子である可能性が大幅に下がってしまった。これは結構心にくるものだ。

 けど俺には、最後まで希望を持って橘と接していくことしか出来ることはない。


 一歩、また一歩と山道を登る度、着実にその時は近づいていく――。

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