12 俺の意識が天に舞う
「椎名せんぱぁーい!」
声を聞いて瞬時に横に身を逸らす。これで何度目か、集合からかれこれ四回は躱している。だんだんリズムが掴めてきてしまった。
ちなみに一発目は躱せなかった……。そこら辺から、陽歌と杠葉さんの様子が若干おかしい。
有紗は完全に呆れている。
ま、そうだよね。
「だから抱きつこうとするな……!」
これから橘に昔の話をしていくつもりなのに、集合早々飛びつかれると調子が狂いそうになる。
別の班が次々に出発していく中、俺たちの班は出発の順番が来るのを待っている。
だいたい五分おきに出発するなら班ごとに集合時間ずらしても良くないですかね? もう既に結構待ってるんですけど。
というか周囲の視線が痛い。男達の悪意ある視線が俺に突き刺さってる。
お前らよく聞けぇっ! こいつは俺のストーカーだぞ? 羨ましいだろ……? ……羨ましくねぇよなっ!
「佑くん、この子誰……?」
俺の班の次に出発する陽歌が怪訝そうな顔で聞いてくる。
遂に聞いてきやがった。
だが、いつもと違って俺を貶す、からかう等は今のところしてきていない。それが何故だかいつも以上に怖い。
ちなみに陽歌と杠葉さんは一緒の班で、杠葉さんも何故か怒りの表情を浮かべている。
以前見たことあるけど、やっぱり怒ってる顔も可愛いねっ!
で、何故にお怒りに……?
「あー、なんか中学校時代の俺のストーカーらしい」
「「ス、ストーカーッ……?!」」
ま、そりゃそうなりますよね。
陽歌も杠葉さんも違う世界の住人を見る目で橘を見ている。いや、二人だけじゃなく陽歌の班員全員そんな目をしている。
「なんでそんな驚くんですか?! 芽衣の椎名先輩ですよ?! ストーカーしたくなるじゃないですか! もちろん反省はしてますけど……。御影先輩ですよね? 忘れもしませんよそのお顔! 中学時代は完敗でしたが、芽衣は絶対負けませんからねぇっ!」
『ストーカーしたくなる』とか、マジで言ってる意味がわかんねーからな? 知ってる? 世間一般ではストーカー被害って問題になってるんだよ? 俺もただの一般人だからね?
「な、何のことかわかんないけど……。頑張ってね……」
まるで状況を理解できない様子の陽歌だが、それも当たり前だ。俺も橘の言い分は理解出来てないし、周りも全く理解していない。
聞かずともわかる。目が引いてるもん。
「ふーんっ! そうやって余裕かましてればいいんですよ。なんてったって芽衣と椎名先輩は昔――」
「あーーっ!」
突然有紗が大声をあげた。橘の声は簡単にかき消され、なんて言っていたのかわからない。
「どうしたの有紗ちゃん? 大声なんて出して」
「――えっ?! あー! そうそう綾女、そう言えばなんか荷物多そうだけどどうしたの?!」
え? そんなことで大声出したの? 謎だ……。
確かに杠葉さんは他の人より持ってる荷物が多い気がするが、そこまで気にするほどの量でもないと思うのだが。俺なんて手ぶらだし、杠葉さんも片腕にシンプルなトートバッグを掛けているだけだし。
「これですか? 飲み物とか、タオルとか。あとは救急箱です。ハイキングですし誰か怪我してしまったら大変ですから」
「あーなるほどねぇ! 納得納得」
有紗は首を何度も縦に振り頷いている。
何故そんな大袈裟なの?
「へー、杠葉さんはやっぱりエライな。これで誰か怪我しても安心だな」
「ゆ、佑紀さんに言われても、ぜ、全然嬉しくないです……! でも、一応ありがとうございます」
杠葉さんは言い終わった後、少し目を細め頬を膨らませた。
ふぇっ?! めっちゃ可愛いけどさ、これまでと反応が全く違うんですけど、もしかして俺、嫌われた……?
あ、いや、でも待てよ? これは所謂ツンデレというやつなのでは? 有紗はただのツンだけど杠葉さんのこれはツンデレなのでは?!
都合よく解釈する俺、やっぱMかも。
「ここで一句。M佑くん、ツンツンデレ喜ぶ、あードM」
やっぱりただ俺を貶したいだけなんだなお前は!
俺の胸中公表しないでもらえる?! 恥ずかしいんだけど!
つーか語呂悪いから! なんかリズム変だし。
「――は、陽歌さん?! わ、私は有紗さんじゃないですよ?!」
「――ええぇっ?! 私?! ツンデレ?!」
飛び火して慌てふためく有紗。
安心しろ。お前はツンデレじゃない。ただのツンだから。
だから頼む、たまにはデレてくれ。効果は抜群だぞ? 俺なんてチョロいからイチコロだぞ?
「次、姫宮の班。出発していいぞ」
あ、居たんだ……。
藤崎先輩が俺たちの班に出発を促す。
いざ出発! そのはずだったのだが――。
「佑くん、気をつけてね。あの子、なんか危なそうだし。あ、あとなんかあったら言ってね。必ず力になるから」
――直前、陽歌が耳打ちをしてきた。
「わかった。何かあったら相談するわ。じゃ、また後でな」
陽歌にそう告げて今度こそ出発するはずだったのだが、今度は杠葉さんが俺の服の裾を掴んできた。
「へっ……?」
ああもう! なんでこんな可愛いんだよ。ホント反則じゃん。
「あ、あと一回でもあの子に抱きつかれたら、次は絶対許さないからねっ……!」
意識が天空に旅立つのを感じる。
俺、もう死ぬのかな。でも良いよ、最後に杠葉さんの究極のツンデレ(妄想)を見れたんだ。
思い残すことはもう……、いや待て。まだやり残したことがあるような無いような?
「ちょっとー、早く行くわよ――って気絶してる?! 綾女、一体こいつに何したの?!」
「――わ、私ですか?! えっとその……」
「――あだぁぁっ!」
右足の甲に強烈な痛みが走った。
「ふんっ! さ、ボケッとしてないで出発よ」
こいつだな、俺の足踏んだの。もうちょっと優しくしてくれませんかね? 暴力反対だよ。
「椎名先輩、大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。問題ない……。けど……」
入山直前、背後から強烈な視線を感じた。
って、えええぇ……?! なんでそんなにお怒りなんですか杠葉さんっ?!
何故こんなに睨まれているのかわからないが、気にしていたら先に進めない為、心の中で杠葉さんに謝罪しながら山道に入った。
なぜ謝罪したかって? お怒りの理由は不明だが、俺が悪いに決まってるからだ。
そういえば、さっきの杠葉さん、珍しく口調が砕けていた気がするけど……、ま、気のせいか。




