10 不意に元ストーカーはそう言った
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「おい、今かなり危なかったんだが? 大火傷してたかもしれないんだけど!」
俺、遂に怒り爆発。と、そこまでいかなくてもそこそこイラついてしまう。
「――ふえっ?! あぁ! ごめんなさい椎名先輩!」
軽く怒鳴りつけるとすぐに俺から離れて平謝りしてくる橘。そんなことするぐらいなら初めから抱きつくな。
悪いが俺はストーカーからの好意は受け付けない、怖いから。
いいとこ後輩の知り合い止まりだぞ。
「で、何しにきたんだ?」
「何しにって、先輩とお話ししにきたに決まってるじゃないですかぁ。ということで佐藤くん、芽衣と役割交代しない?」
決まってるのはお前が女子チームでカレー作るということな? 何しれっと米炊きチームに加わろうとしてんの?
「いやいやダメだ。橘は早く戻りなさい」
「まぁまぁ椎名先輩。良いじゃないですか。あとは弱火にして上の蓋が動かなくなったら飯盒をひっくり返して蒸すだけですから。じゃあ僕はカレー作り手伝ってきますね!」
俺をなだめて立ち上がり、走り出す俊彦くん。
うん、そうだよな。やっぱ俺と雑談してるよりも有紗と交流したいよな。わかるぞ、その気持ち。
――じゃなくてっ!
「――おいっ! ちょっと待って!」
俺の呼びかけも虚しく、俊彦くんには届いておらず後ろ姿だけが遠くなっていく。
「ふふっ! これでゆっくりお話しできますね、椎名先輩」
ニコッと笑い俺の横に座り込んでくるストーカー。恐怖だ。背筋に寒気が走った。恐怖の対象そのものでしかない。
「ちょっとぉ、黙り込まないでくださいよぉ~」
「いや、だってストーカー怖いだろ?」
「それはもうやめたって言ったじゃないですかぁ」
やめたとしてもその事実だけで恐怖の対象なんだよお前は! そもそもやめてないだろ?! やめたならなんでここにきたんだよ!
致し方なく、暫しの間雑談することにする。一応それなりに盛り上がってしまった。
いかんいかん、こいつがストーカーだということを忘れそうになってしまった。
自分に言い聞かせろ。こいつはストーカー、ストーカー、ストーカー……!
いつの間にか飯盒の蓋が止まっている。
火を消して、火傷に気をつけて棒から飯盒を抜き取り、ひっくり返して蒸す作業に入る。先程俊彦くんからやり方を詳しく聞いたから間違ってないはずだ。
「先輩、熱くないですか? 大丈夫ですか?」
橘はやたらと心配そうに聞いてくるが、気をつけているから大丈夫だ。
こいつが変な行動を起こさなければの話だが……。
「下手に触れたら火傷するから絶対に飛びつくな」
「わかってますよぉ~!」
本当にわかっているのかどうか定かではないが、とりあえず無事蒸す作業に入れたことに安堵し、再び致し方なく雑談することにした。
それから十分ほど雑談した頃、佐藤たちの方は米を炊き終えたようで一言こちらに声をかけてきて戻っていった。
「椎名せ~んぱい、……芽衣のことどう思ってますか?」
橘が不意にそんなことを聞いてきた。
やたらと上目遣いで可愛らしく聞いてくるが、その答えは決まってる。ただ一つだ。
それに上目遣いの天才を俺は知っている。それに比べればこの程度で俺は一切なびかない。
「ただのストーカーの後輩」
「はぁ、やっぱりそうですか……。過去を正直に告白したのは失敗でしたね。それに可愛く上目遣いしてみてもまるで芽衣に興味を示してくれませんし……」
確か、俊彦くんは十分くらい蒸せば良いと言っていた。そろそろいい頃合いのはずだ。俺の心の安寧を保つ為にも一刻も早く戻りたい。戻ってもこのストーカーは同じ班だが、今のこの状況よりは遥かにマシだ。
「終わったからそろそろ戻るぞ」
そう告げて有紗達の元へ戻る為に飯盒を手に持ち立ち上がると――。
「ならこれならどうですか? 椎名先輩」
「なんだ? 話なら戻って――」
「チラ子ですよ、椎名先輩。芽衣が、チラ子です……!」
――不意に橘が衝撃の発言をした。
心臓の鼓動が速くなる。目の前で微笑む女の子に、何の言葉も出なくなる。ひたすら立ち尽くし思考が停止してしまう。
ただのストーカーが別の何かに変わる瞬間、頭の中が白く染まる。
「――ちょっとあんたたち! み、みんなが待ってるんだけど!」
聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
「――ちょっと! 聞いてるの?!」
誰かが俺の腕を掴んだが、目の前が真っ白で何も見えない。
「――ねえってばぁ!」
頬をつねられて意識が戻ってくる。痛みが俺を現実に引き戻してくれたみたいだ。
「ん……? あ、有紗か。どうした?」
「『どうした?』じゃないでしょ? あんたこそどうしたのよ。ほら、みんな待ってるから戻るわよ。橘さんも!」
「――えっ?! は、はいっ! わかりました……!」
何故か橘が動揺している。
俺はこの状況に頭の整理が追いついていない。
目的はすぐにでも果たせるはずなのに、今の俺にそこまで思考を巡らすことは出来なかった。




