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8 やたらとグイグイ来る後輩が、まさか俺の……

本日も調子次第で複数話更新しますよ~。

 「えっと……、その……」

 「あんた、この子に抱きつかれた時随分と鼻の下が伸びていたけど、まさか知り合いだったとはね」


 有紗がとんでもなくドス黒い声を発して笑みを浮かべている。笑っている表情とは裏腹に内心怒っているのがよくわかる。だが俺には、何故有紗がこんなにも怒りに満ちた表情をしているのかがわからない。


 「知り合いじゃなくて、俺この子のこと知らないんだけど」

 「――えっ?! じゃあなんであんたに抱きつくわけ?!」


 そんなことは知るわけがないし、むしろ俺が聞きたいくらいだ。とりあえずことの真意をを確かめようと口を開きかけた時、謎の女の子が先に言葉を発した。


 「私、椎名先輩の中学校時代の後輩なんですよ。人知れず椎名先輩のストーカーやってました。昨年の夏に芽衣のストーカーライフも終わっちゃいましたけどね。聞いてた通り、やっぱり気付いてなかったみたいですね」


 謎の女の子はとんでもない発言をした。

 それはもう、俺にとってもここ最近で一番の恐怖を抱いた瞬間でもあった。


 「――ス、ストーカー?! そんなことされてたなんて全然気付かなかったけどさ! 君、とんでもなくヤバいこと自白してる自覚ある?! 正直めちゃくちゃ怖いんですけど?!」

 「そんなこと言わないでくださいよぉ~。今ではちょっと自分でも気持ち悪いなって反省してるんですからぁ。それに、私には橘芽衣(たちばなめい)って名前があるんです。君じゃなくて芽衣って呼んでください!」


 謎の女の子の名前は橘芽衣というらしい。

 芽衣と呼ぶようお願いしてくるがごめん、無理。俺のストーカーをしていた子を親しげに下の名前で呼ぶなんて、無理……。


 「わかった。じゃあ橘、大いに反省していてくれ。そして俺に近付かないでくれ、怖いから」


 だが、そんな俺の言葉を無視して橘は再び俺との距離をグッと詰めてきた。


 「今は橘でも許してあげます」


 許すって何許すって?! それ俺のセリフだよね? ストーカーされてたなんて気付いてなかったけど、被害者は俺だよね?!


 そんな俺の心情はさて知らず、橘は更にもう一歩近付いてくる為、思わず後ろに後退してしまう。


 「反省はしてますけど近付くななんて言わないでくださいよぉ。皇東に進学したはずの椎名先輩が何故か目の前に今いるんですよ? 夢を見てるみたいです!」


 橘はそこまで言うと再び俺に抱き着こうと飛びついてくるが、瞬時に有紗が俺の前に回り込み制止してくれる。


 「――ちょっと待ったぁ!」

 「なんですか? というか誰ですか? 先輩も御影先輩のように芽衣の邪魔をするんですか?!」


 橘はまるで敵を見つけたかのように有紗に言い放つ。


 「――えっ?! 私?! 私はこいつのクラスメイトだけど……?」

 「ただのクラスメイトならそこをどいて下さい二岡先輩の取り巻きに徹してて下さい! これまではいつも御影先輩がそばにいたから遠くで眺めてるだけでしたが、これからはそうはいきません! 芽衣は積極的にアピールするんです!」

 「――なっ?! 何ですって?! 私があんな奴の取り巻き?! そんなことあるわけないでしょ!」

 「嘘はいけませんよ。この学校の女子はみんな二岡先輩に好意を抱いていることは既に調査済みです。ま、残念ながら叶わぬ恋みたいですが」


 激昂して有紗は否定するが橘はそれをまるで信じようとしない。


 「だから違うって――! あんたも何とか言ってよ!」


 ただ黙って有紗と橘の言い合いを眺めていた俺に、もの言いたげな目を向けてくる有紗。

 はいはい、とりあえずこのままじゃ(らち)があかないしな。


 「橘、有紗が言っていることは本当のことだぞ。むしろ二岡を毛嫌いしてるくらいだからな」

 「そうなんですか? 意外ですね。芽衣はてっきり学園の女の子はみんなそうだとばかり思っていたのですが、椎名先輩が言うなら本当みたいですね」


 あれだけ有紗が否定しても信じなかった橘だが、オレが一言言っただけですんなりと信じてしまったようだ。

 信じてもらえたことに安堵したのか、有紗はそっと胸を撫で下ろしている。


 その時、遠くから様子を見ていた杠葉さんがこちらのテーブルに駆け寄ってきた。


 「あのー、そろそろ飯盒炊爨(はんごうすいさん)の際の注意事項とかを説明したいのですが……」


 飯盒炊爨、俺にとっては聞き馴染みのない言葉だ。だから俺は今から行う活動をカレー作りと呼んでいる。

 カレーを作ると聞いているし間違ってなどいないはずだ。


 「えっ?! あ、ごめん! うるさくて始められなかったよね?」

 「そうですね……。説明の時は静かにしてもらえると嬉しいです」

 「ご、ごめんね綾女! ちゃんと聞く、聞くから! あ、あなたもとりあえず今は静かにしなさい!」

 「しょうがないですね。ひとまず一時休戦ということにしてあげます」


 きゅ、休戦って、戦いはさっき俺が一言言った時に終わったんじゃなかったの? この先が不安なんですけど……。


 「それでは、失礼しますね」


 杠葉さんは礼儀正しく俺たちに一度頭を下げてから戻っていく。


 「橘、意外と素直に従うんだな」

 「流石の芽衣でもあの人に歯向かったら学園で居場所なくなっちゃうんで。処世術みたいなもんです」

 「俺はそんなことないと思うけどな」


 俺は無意識にポツリと呟いた。橘はそんな俺を不思議そうに眺めていた。


 橘芽衣は、一般的に見て愛くるしくて可愛らしい子だと思う。

 だが、こいつの過去は俺のストーカー。


 やたらとグイグイくる後輩が、まさか俺のストーカーだったなんて、どれだけ可愛かろうと、やっぱり怖い……。

じ、自称ストーカー……?

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