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7 苛立ちの対象

 林間学校の会場に着き、宿泊する部屋に荷物を置く。


 建物の名前は黄の荘。『黄』とは色のことでその他に赤、橙、緑、青、藍、紫色、虹の荘と計八つの宿泊施設がある。

 俺のクラスは男子は二十一人だから四人の部屋が四部屋、五人の部屋が一部屋で、女子も同じ割り振りだ。ここに一年三組のクラスも含めた約八十人程度の生徒が宿泊する。

 

 部屋割りは予め自分たちで決めていて、俺の泊まる部屋のメンバーは俺の他に相沢、反町弟、涌井の四人だ。クラスメイトの中でも気の知れた人達で構成されているので不満はない。


 「どうしたんだ椎名、そんなにソワソワして」

 

 涌井が俺の様子を見るやニヤニヤしながら聞いてくる。


 「ちゃんと出来るか不安でな。料理なんかやったことねーし」


 今日はこれから自分の班と一年生の班と合同でカレー作りをすることになっている。正直、有紗達クラスの班員の目はどうでもいいが、料理したことがない俺が一年生の前で恥を掻かないかちょっと不安だ。


 「わはは! 俺と同じだな! まぁなんとかなんだろ!」

 「おぉー! 涌井もか! ちょっと安心だわ!」


 ヘラヘラ笑っている涌井に仲間意識を感じている自分が悲しい。でも出来ないものはしょうがない。

 いい感じにフォローしてくれるよう有紗に頼んでおこ。


 「それより椎名! お前そのエプロン正気か?! ピンクだぞピンク!」

 「これにはわけがあってだな……」


 持ち物、エプロン。完全に見落としていた。昨日の夜に気付いて家中を探した結果、母親のエプロンしか見当たらなかった。

 それもそのはず。だって俺も渚沙も父さんも料理なんてしないもん。


 「はっはぁ! 可愛いね椎名くん!」


 涌井はからかう獲物を見つけたかのようにニヤニヤしながら言ってくる。

 正直クソウザい。


 「うっせーな! うちには母さんのエプロンしかないんだ! ピンクも母さんの趣味なんだからしょうがねぇだろ!」

 「はぁー、腹いてぇ! 悪かった悪かった! そう怒んなよ」


 いや笑い過ぎな? 母さんの趣味をバカにすると父さんがキレるぞ? 母さんは俺にもピンクが似合うと思ってるんだからな? それを拒んだら父さんに怒られたことあるんだからな? 


 「おい、くだらねーこと言ってねえでそろそろ行くぞ」

 「そうだね。今から行けば丁度五分前集合できるんじゃないかな?」


 準備万端な相沢と反町弟が部屋の扉を開けて先に出て行ってしまう。


 「チッ……。お前なんかに言われなくてもわかってるっつーの」


 ボソッと涌井が何かを呟いたような気がした。


 「ん? どうかしたか?」

 「いや、なんでもねーよ。俺らもそろそろ行くか」


 薄々気付いていたことがある。最近の相沢は俺が転校してきたばかりの頃と違って、クラスの誰とでも普通に話していた姿があまり見えない。

 人のことは言えないが、ほとんど俺と同じで限られたメンツとの交流になっている。

 俺、陽歌、有紗、杠葉さん、春田、反町姉弟、臼井に涌井といったところだろう。

 こんなの、クラスメイトのほとんどと仲の良かった相沢ではない。


 自分から行かなくなっただけなのか、それとも拒まれつつあるのか。確実に後者だろう。

 杠葉さんと普通に接するという行為が、着実に相沢の交友関係にヒビを入れていっている。

 もしそれが粉々になった時、それをかき集めるのは昔からの友達である俺か、いや、あるいは――。


 それ以前に、そうなる前に行動を起こすことが最善だ。

 でも今の俺には、どうすることが最善の行動なのかがわからなかった。



□□□



 俺には一つ納得いかないことがある。相沢が杠葉綾女という二岡の彼女と平気な顔をして話をしていることだ。

 杠葉綾女は二岡の彼女、だからこの学園で二岡以外の男が親しく接することは許されない。これが去年の夏を過ぎたあたりからの全生徒の共通認識。


 転校生の椎名はいずれ知ることになると思うが、今は事情を知らないわけだし理解が及ぶ。二岡も椎名が学校にすぐに馴染めることを望んでいるようで、杠葉綾女と仲良さげに会話していることに不満なんてあるはずがないと言っていた。

 ついでに、御影も椎名を悪く言わないようにかなり言っていたらしい。

 そのおかげで今のところ学年やクラスから椎名を悪く言う人は現れていない。


 だが相沢は別だ。二岡本人が何も言っていないにも関わらず、影では完全に除け者扱いされている。

 とんでもない影響力だと素直に感心する。それほどまでに二岡は男女問わず全ての生徒から慕われているのだ。

 いや、本当にそうなのか? 違う、この学園にも二岡に楯突く異端児がいる。若干一名、姫宮有紗、クラスメイトであり俺も姫宮とは友達として仲良くさせてもらっている。


 そして姫宮は杠葉綾女と異様に仲がいい。

 一体何故なんだ?

 自分の彼氏にあれほど楯突く女と何故仲良く出来る?

 自分に楯突く女と彼女が仲良くすることに対して二岡は何故何も言わない?


 俺には理解出来ないことばかりだ。


 相沢のことも到底理解し難い。だからつい悪態も吐いてしまった。

 相沢が二岡に不快な思いをさせている可能性があると思うとつい苛立ってしまう。


 俺は何故苛立っているんだ? 


 杠葉綾女と親しくすれば他の生徒、主に女子生徒から強烈にバッシングされ学園カースト底辺となる。

 でもそれは何故だ?


 何故女子生徒は怒り狂う? 二岡に好意を抱くなら、普通は杠葉綾女を疎ましく思うはずだ。


 何故女子生徒は杠葉綾女に敬意を払う? 思いを寄せる二岡の彼女である杠葉綾女を無下にはできないからだ。


 何故男子生徒は二岡に敬意を払う? 成績優秀スポーツ万能、誰にでも優しく圧倒的にイケメンで、女子にも男子にもモテモテだからだ。


 何故男子生徒は杠葉綾女と普通に接しない? 二岡の彼女で手出しは御法度。もし親しくするようなら底辺まっしぐらだからだ。


 なら俺は、杠葉綾女と普通に接したくはないのか?

 そんなことはない。出来ることなら、一クラスメイトとして他の人と同じように接したいと心の奥では思っている。


 なら何故、俺は杠葉綾女と普通に接しない?

 怖いからだ。クラス中、いや、学園中から除け者扱いされて居場所が無くなるのが怖いからだ。


 何故、俺が怯えなければならないんだ。ただ普通にクラスメイトと接したいだけなのに、何故俺が怯えなければならないんだ。


 本当は気付いていた。俺のこの苛立ちは相沢に向けられたものではなく、何も出来ずただ怯えているだけの情けない自分に向けられたものであることに。


 だから俺は情けなさを隠すように、相沢に悪態を吐いたんだ。

 聞こえていなかったと思うが、俺を気にかけてくれた椎名の境遇が、少しだけ羨ましかった。


□□□


 「何そのエプロン! 超可愛いじゃない! なかなか良いセンスしてるわねあんた」


 俺のエプロン姿を見るや有紗が興奮気味に褒めてくる。あまり有紗に褒められることはないから正直信じられない。


 「確認だけど、褒め言葉でいいんだよね?」

 「当たり前でしょ! ちょっと写真撮らせてよ!」

 「はぁ? 嫌だけど」

 「つべこべ言わずそこにジッと立ってて!」


 相変わらず強要が激しいやつだ。仕方ないから言われた通りにジッとする。


 「ハイ! チーズ!」

 「椎名せんぱぁーい!」

 「――ぐはっ?!」


 カシャっとスマホのシャッター音が聞こえるが、胸付近に感じた急な衝撃に言われた通りにジッとしていることはできなかった。


 「――えぇっ?! ちょ、ちょっと! ブレちゃったじゃない! え、というかこの子は何?! なんであんたに抱きついてるの?!」

 「は……? ――てっ! な、何?! なんで俺に抱きついてんの?! は、離れてくれますか?!」


 有紗以外の二人の班員も目を丸くして呆然としており、謎の女の子の後ろから来た一年生三人もまた、呆然と立ち尽くしていた。


 そりゃ驚くよね?! 俺だって驚いてるよ! 心臓バクバクですよ! 

 というか、なんなのこの子は? いきなり男子に抱きつくとかビッチなんですか?


 「えへへぇ! わかりました。とりあえず一旦離れますね」


 意外と素直に離れてくれる。

 た、助かった……。あれ以上抱きつかれてたら心臓が破裂してたよ。


 「お久しぶりです椎名先輩! エプロンも可愛くてとても似合ってますよ!」


 そう言っていきなり現れた女の子はニコッと笑った。

 これがまた可愛らしいのだが今はそれどころではない。


 ごめん、誰だっけ……?

だ、誰……?

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