5 だから御影陽歌は恋をしない
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家に帰り、雑貨屋さんで買った、可愛くラッピングしてもらったプレゼントを手に取りそっと撫でる。
「去年はお祝いしてあげられなかったからなぁ。喜んで……くれるかな?」
きっと大丈夫。毎回なんだかんだ喜んでくれてたし。
ふとショッピングモールで言われたことを思い出す。
「急に可愛いなんて言わないでよ……」
普段、私が自分で自分を可愛いって言う時は素っ気ないくせに……。
不意を突かれるとテンパっちゃうんだよなぁ私。
入学式の準備の日だって、冗談であんなこと言っただけなのに真顔で認めるんだもん。
ホントに、困っちゃうよ。
今まで何度も何度も佑くんのことが好きになりそうになったことがある。小学生の頃にこの家に引っ越してきてから、何度も……。
でも、私は佑くんを好きになるわけにはいかない。これは私の為なんかじゃなくて、佑くんの為にも絶対だ。
そう自分に言い聞かせて何とか堪えながら生きてきた。
好きにならない為に、毒だって吐いてきた。
私には佑くんに隠し続けてきたことがある。
私がここに引っ越してきて、佑くんと同じ小学校に通うことになる前のこと。
前の小学校で、なんの前ぶりもなく突然私に襲いかかった悲劇。
今そのことを思い出しているように、普段もいきなりフラッシュバックすることがある。
当時の私は、二岡くん程ではないけど結構な人気者で、沢山の男の子達からも好意を抱かれていたのは知っていた。
でも私は恋愛事には興味無くて、有紗ちゃんといるのが一番楽しかった。
当時の有紗ちゃんは親友だった私と、他数人の仲のよかった子にしか今みたいな感じじゃなかったかな。
今は誰にでもあんな感じの態度だけどね。
でもそれにはきっと理由があって、多分私が原因でそうさせちゃったんだ。
金髪になってたのはちょっとびっくりしちゃったけど……。
あやちゃんの為にあれだけ必死な様子からも間違いないよね。
机の引き出しにしまってある小学生の頃の有紗ちゃんとの写真を手に取る。
今はまだちょっと自信ないかな。有紗ちゃんに向かって自分から過去について口を開くのは。
それはきっと有紗ちゃんも同じで、高校で再会した時は少しぎこちなくて。
元気にしてたか聞かれたから、佑くんが良くしてくれたからすぐに馴染めたことだけ伝えた。
それからすぐに昔に近い関係までは戻れたけど、そこ止まり。
私達は昔みたいに親友なんかじゃ決してない。
「いつか必ず、あの時の恨みを面と向かって言うから……。その後、いっぱいいっぱいありがとうって言うから……。その時までもうちょっとだけ待ってて、有紗ちゃん」
その時がいつになるかはわからないけど、いつかまた昔みたいに親友になりたいと思ってるから。
と、天井を見上げる。
「いじめ……か……」
ポツリと言葉に出てしまう。
そう、私は元いじめられっ子。
可愛くて男の子からも人気があった私のことが気に入らない主犯格の子がいて、小学三年生の頃に突然始まった地獄の日々。
いじめを受けるようになれば、男の子も誰も私の味方なんてしなくなった。それどころか一緒になっていじめてきたわけだし、小学生の恋なんてやっぱそんなもんなんだなって思っちゃう。
そんな私を、有紗ちゃんは見捨てた……。
無理もないよね。
元々有紗ちゃんは今と違って誰にでも気が強いわけじゃなかったから、私の味方なんてしてたら有紗ちゃんまでいじめられてたかもしれないし。
今となっては、そうならなくて良かったとホントに思うよ。
でも当時の私にとってはそれが一番辛くて、しばらくいじめを受け続けた後、不登校になった。
両親はそんな私の為に転校できるように引っ越しなんてしてくれたけど、それでも私は学校なんて行きたくなかった。
なのに私を無理矢理学校に連れ出そうとする人が現れた。毎朝毎朝、しつこいくらいに家に来た。
人の気も知らないで、鬱陶しくて仕方がなかったよ。
渋々学校に行けば、もう友達なんていらないって思ってずっと一人でいるつもりだったのに、暇さえあれば話しかけてきて。
周りの子は私の近づくなオーラに反応して全く話しかけてこなかったのに……。
もうこれ以上は嫌だって感じて、朝、熱があることにして学校をサボって図書館に行ったのに、学校帰りに学区が違うにも関わらず何故かそこに現れるし……。
大雨が降ってきて、傘を持ってなくて外の屋根の所で帰れなくて困ってた私を見つけてくれて。
『おい、傘持ってないのか? ほら、入れてやるから帰るぞ』
私は泣き出した。それを見て佑くんは慌てて謝ってくれたけど違うんだよ。
本当に嬉しかった。嬉し泣きというやつかな。
家族以外の誰かに優しくされることなんて、凄く久しぶりで、もう無いと思ってたから。
この人が居てくれたら、もう一度昔の自分に戻れるかな? そう思って、次の日から自分の意志で学校に行くようになった。
それから学校では毎日のように佑くんに纏わりついてた。でも嫌がられることはなくて、まずは佑くんのお友達から打ち解け始めて、その後すぐ新しい学校の人達と打ち解けることができた。
前の学校で『影』となった私は、新しい学校では佑くんのおかげで『陽』に戻れた。
「私の‥‥ヒーロー」
今後、私は『影』になんて戻りたくはない。だけど、何かの間違いで戻ってしまうかもしれない。
花櫻学園には、有紗ちゃんの他にもあっちの小学校の同級生は何人かいるから……。
高校入学の時は内心ビクビクしてた。また始まるんじゃないかって。
でも始まらなかった。それどころかあの時のことを口に出す人すら誰も現れなかった。
だけどそれは、今のところはそうだって話で、今後何があるかわからない。またいじめられっ子に逆戻りするかもしれない。
もしそうなったとして佑くんが助けてくれちゃったら、私は今度こそ確実に恋をする。
絶対にダメ。
だって佑くんには、やらなくちゃいけないことがあるはずだから。
それが何かはわからないけど、私なんかを助けたりしてる余裕なんかないよね。
だから私はもう良い。私じゃなくて他の子を助けてあげてほしい。
最近は何となく、それが佑くんの求めるものに繋がる予感がしてるから。
私が佑くんを好きになるなんてあってはダメ。もうこれ以上助けられちゃダメなんだ。
「今度は私の番だよ。私が佑くんを助けなくちゃ……」
転校してきた佑くんが新しくお友達ができるように手を回してきた。
あやちゃんと普通にお話する佑くんを邪険に扱おうとする人達を言いくるめた。
まだだよ。まだ全然足りてない。こんなんじゃ恩返しと言うには程遠い。
この先何があっても私が佑くんを守ってみせる。
例えそれで、再び『影』に戻ることになったとしても……、私が必ず守ってみせるんだ。
その為に、ちゃんと約束だってしたんだから――。
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