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4 影が盾で陽は矛。現在は矛で、近い未来に盾となることを今は知らない

 遂に終わった。後は天命を待つのみ。去年と違いやれることはやった。今この時をもって、俺の一学期中間テストが終了した。


 「おつかれ! で、手応えの方はどうだったのよ?」


 隣の席の有紗が開口一番テストの出来について聞いてくる。


 「ん? 去年よりできた気がするぞ。とりあえず数学以外は赤点を回避した可能性はある」

 「それは出来たとは言わないのだけれど……。ま、いいわ! 当然私が教えた英語は大丈夫よね?」

 「まあな! それは大丈夫だ!」

 「ホっ……! とりあえず安心したわ。もしかして一番自信あったり……?」

 「一番自信あるのは普通に現代文だ。時点で古典、日本史と続く」

 「あんたっ! 一番出来たのが現代文って、それじゃ今まででとなんも変わってないじゃない! たくっ! あんたなんで現代文だけは今まで大丈夫だったのよ?」


 別に変わっていなくても良い。今回はとりあえず、出来るだけ赤点回避ができれば良かったから。


 「さあ? 図書館であった少女のおかげかもな」

 「はぁ? あんたテスト勉強そっちのけで幼女と戯れてたわけ? なにそれキモ。このロリコン」

 「勉強はサボってないし、ついでにロリコンじゃないしキモくもない。チラ子をバカにすんな。じゃあな」


 今日はこの後、陽歌とショッピングモールに行くことになっているから、これ以上構っている暇はない。

 振り返らずに軽く左手を上げて小さく振り、廊下で待っている陽歌と合流した。


 「――えっ? チラ子って……」

 「どうしたんですか有紗さん?」

 「――えっ?! はぁ、綾女かぁ! びっくりした。それがね、椎名のやつ、テスト勉強そっちのけで図書館で幼女と戯れてたみたいでさ」

 「――えっ……? 幼女……?」

 「どうしたの綾女?」

 「あっ、いえ……! 有紗さん、日曜のことでしたら、佑紀さんなら図書館で私と勉強してたんですよ。私が幼女と勘違いされてるのかと思ってびっくりしちゃいまして」

 「あぁー、綾女が幼女はちょっと無理があるかなぁ。私が聞き間違えちゃったみたいね」



※※※※※


 

 午後一時過ぎ、俺と陽歌は安定のハンバーガーショップで昼食を済ませ、ショッピングモールに来ていた。

 林間学校で必要な、備品やら動きやすい服とか諸々を買いに行くから一緒に行こうと誘われたのだ。


 花櫻学園は一、二年合同で林間学校に行くらしい。


 俺は動きやすい服とか準備する必要はないし、陽歌も去年来た服があるならそれでいいのでは? と言ってみたのだがダメらしい。女の子とは大変なものである。


 「これなんかどうかな?」

 「いーんじゃね?」


 とか、


 「じゃあこっちは?」

 「あーうん、可愛いんじゃね?」


 とか、


 「えっとねー、これは?」

 「似合ってんじゃね?」


 何度も試着室のカーテンが開いては閉じる。俺はただそれを見て感想を言うだけ。動きやすい格好なはずなのに、正直どれも普通に可愛いから感想が偏ってしまう。


 ただいま御影陽歌のファッションショー絶賛開催中です。あれ? これ学園で有料開催すればめちゃくちゃ儲かるんじゃね?


 「じゃあこれ全部買おうっと!」

 「え? なんで全部? 二泊三日だよね? 軽く一週間分くらいありそうなんだけど? てかそれ帰り誰が持つの?」

 「やだな佑くん、林間学校中に着替えるに決まってるじゃん! あ、帰りは半分持ってもらうよ? 左手なら大丈夫でしょ?」

 「俺、荷物持ちで呼ばれたの? というか、右手で持っても大丈夫だけど」

 「じゃあ全部持ってね!」

 「いや、否定しろや!」

 「あははっ! 冗談だよ。別に荷物持ちで呼んだわけじゃないよ。でもちょっと多く買いすぎたから半分持ってほしいなぁーって」


 だから、それ、荷物持ちだろ? 何が冗談だよ、ふざけんな。


 「よしわかった。半分棚に戻そう」

 「えぇー? 嫌だよぉ~!」


 レジに向かって走っていく陽歌。

 だから、店内で走るのはやめような? 他のお客さんに迷惑です。


 「お待たせ! はい、これ」


 陽歌が、買った服が入った紙袋を渡してくる。やはり俺はただの荷物持ちだ。


 「はいはい……」


 紙袋を左手に持ち、次の目的地の薬局に向かった。

 ここには俺も一応用はある為、自分が荷物持ちだという現実から目を逸らすことができる。


 虫除けスプレーや歯ブラシセットなど必要だと思われる物をカゴに入れていく。


 「あとは、日焼け止めっと。あれ? 佑くんは買わないの?」

 「え? 日焼け止めなんていらねーよ」

 「もーう! ダメだよちゃんと買わなきゃ。去年は結構紫外線強かったんだから」

 「紫外線には慣れてるから。なんてったって去年の夏以降、何をするわけでもなく外に居続けたわけだからな」

 「あ、そんな誇らしげに言わなくていいから。というより、今から夏終わるまでが本番だから」


 右手に持つカゴに日焼け止めが勝手に入れられる。


 まだ買うなんて一言も言ってないんだが……。でもまぁそこまで言うなら一応買っとくか。


 会計を済ませ後は帰るだけ。用は済んだし、さっさと帰りたいのだが……。


 「あっ! あそこ寄ってこうよ!」


 陽歌が指差す先にあるのは雑貨屋さん。理由は不明だが行きたいらしい。


 「はぁ? なんで?」

 「いいからいいから!」


 当たり前のように雑貨屋さんに向かって歩き出す陽歌。仕方ないからついて行くことにする。


 店内に入ると陽歌は真っ先にあるコーナーに向かっていく。少し遅れてそこに着くと、クッキーの型とか調理道具、エプロン等があった。


 なるほど。確かこいつ料理できるようになったんだっけな。


 「そういえば、佑くんはちゃんと自炊してるの? そうゆう話全然してこないってことはやっぱしてないんだよね?」


 鼻歌を歌いながら楽しそうに棚を見つめている陽歌が突然、思い出したように聞いてきた。


 「してないけど、その内しようとは思ってる」


 それは本当のことだ。今は惣菜、または陽歌からのお裾分けで夕食を済ませているが、そろそろ始めてみようとは思っている。


 一応、一人暮らしなわけですし……。


 「ふーん。やっぱりねぇ。でも、やろうとは思ってるんだよね?」

 「まぁ、一応はな」

 「なるほどなるほど。あ、これにしよ。これ買ってくるから店の外で待ってて」


 陽歌がもう一つの紙袋も渡してきた。


 いよいよ俺は荷物持ち完全体だ。もう諦めよう。


 紙袋を右手に受け取り、来たばかりな気もするが特に買うこともない為、店の外に用意されているソファーに座る。

 ショッピングモールには所々にソファーやベンチがセッティングされているから、ちょっと疲れた時には休憩できるのが良いところだと思う。


 荷物を横に置きスマホのゲームを始める。


 「あ、あんたこんなところに一人で何してんの?」

 「ん……?」


 スマホを見る顔を上げると、目の前に顔があった。


 近い……。可愛い……。じゃなくて、さては俺のスマホ覗き込んでたな? 何もないぞ、ゲームだぞ?


 「何って、見りゃわかんだろ? 荷物持ちだよ、荷物持ち」

 「あんたみたいなのに荷物持ちさせるって、とんだ変わり者ね」


 じゃあお前も変わり者だな。以前俺に荷物持ちさせたわけだし。


 「こんにちは。佑紀さん」


 有紗の後方から杠葉さんが顔を出す。一緒に来たということだろう。


 「ん? あぁ、杠葉さんか。二人も買い物?」

 「はい、林間学校で必要な物を買いに来たんですよ」

 「あ、有紗ちゃんにあやちゃん」


 雑貨屋さんで会計を終えた陽歌が店から出てきた。買った物は鞄にしまったのか、手には何も持っていない。


 「うげっ……。はるちゃん……」


 有紗の顔が急激に青ざめ、陽歌には聞こえないくらいの声でそう呟き――。


 「あんたっ! さっきのことはなかったことにしなさい! あんたに荷物持ちをさせるのは可愛い子だけ! いいわね?」


 ――すぐさま俺に耳打ちをしてきた。


 陽歌は杠葉さんと楽しそうに話していてこちらの様子には気付いていない。


 「はぁ……? なんで当たり前に荷物持ちさせてくる女を可愛いとか思わなくちゃいけないわけ?」

 「いいでしょ?! どうせはるちゃんのことだって可愛いって思ってるんでしょ? そりゃそうよね、そもそも可愛いわけだし!」

 「まぁ……、それはそうだけど」

 「あとさ、チラ――」

 「――どうしたの? ヒソヒソ話なんてして」


 このパターン、読める。陽歌はここで必ずよからぬ勘違いをする。

 そして俺を、貶す!


 「さては――」

 「――はるちゃんが可愛いって話をしてたのよ! ねっ……?!」


 否定しても肯定しても、どちらにせよ貶される。


 さぁ、どうする俺……。


 否定すれば、荷物持ちしたかったでしょ? ドM。

 肯定すれば、私のことそんな目で見てたんだ? ヘンタイ。


 え、選びたくねぇ……。有紗はともかく、杠葉さんにまでそう思われたら泣ける。ホント。


 頭をフル回転させ、以前杠葉さんの前でヘンタイ扱いされたことを思い出す。


 ええーい、こうなりゃヤケだ!


 「そ、そうそう! 陽歌が可愛いって話をしてたんだよ! ほら、さっきの服選びの時とか――」

 「――えっ? ――ええぇっー?!」


 陽歌は当然顔を真っ赤にし慌てふためく。


 え……? なに? いつものは? 身構えてたんだけど。


 「――なに言ってんのバカァー! ほら! もう帰るよ!」


 陽歌が俺の手を引っ張り出す。


 バ、バカ? 貶されてはいるんだろうけど、普段より相当優しく感じるんだが。


 「わ、わりぃ二人とも。ということで帰るわ」

 「あ、う、うん……」

 「また来週ですね! さようなら」


 有紗は苦笑いを浮かべているが、杠葉さんは至っていつも通りだ。おそらくこの子に貶されることは永遠にこないだろう。それだけで心の安寧が保てる。


 そういえば、さっき有紗が何か言いかけてた気がするけど、なんだったんだろ?



※※※※※


 

 ショッピングモールからの帰り道、しばらく陽歌の様子がおかしかったが今はすっかり元通り。俺は隣で鼻歌を聞かされている。ちなみに紙袋は一つしか持たされていない。片方はちゃんと自分で持ってくれている。


 「それにしてもテスト大変だったねぇ! 佑くんはテストできた?」

 「わかってて聞いてんだろ? 別に出来ねーよ。まぁ、それでも今までよりは全然出来たけど」

 「そう! ならよかった!」


 本当によかった。そう思う。普通の人からしたら決してよかった出来ではないかもしれない。でも俺からしたら、ほとんどの教科で赤点を回避できた可能性がある。ただそれだけで大きな進歩だ。


 「来週には林間学校もあるし、その後六月には体育祭もあるし楽しみがいっぱいだねぇ~」

 「あー、そういや体育祭も近いんだったな」


 そういえば、体育祭といえば有紗に頼まれごとをされたことを思い出す。二岡を倒せとか訳のわからないことを言われたのだ。


 そもそも同じクラスなのにどうやって倒すというのだ。第一、俺自体は二岡に何をされたわけでも恨みを持っているわけでもなんでもない。そういう事は出来る限り当事者間で片付けていただきたいのが本音だ。


 「佑くん、その時までに治りそう?」

 「まぁ、来月くらいになれば体育の授業に出れるくらいにはなるだろ」


 通院でのリハビリも順調だし、おそらく肩は回復すると思う。回復した後、また再発しないかが俺にとって重要だ。


 「じゃあ佑くん大活躍だねぇ。楽しみだなぁ」

 「おいおい、俺は程々にやりたいんだけど……。再発するの怖いし。慎重に……、ね?」

 「そんな事言って、クラスがピンチだったら本気出すんでしょ?」

 「はぁ? だから、慎重に――」

 「――出すよ」


 陽歌ははっきり口にする。まるで未来を知っているかのように、強く口にする。


 「出すよ、本気」

 「なんで言い切る」

 「私は知ってるから。佑くんは、誰かが困ってたら手を差し伸べること。だから、クラスがピンチなら必ず本当、出すよね?」


 そう言って微笑みかけてくる陽歌を見て黙り込んでしまう。


 そんなこと言われてもわからない。誰かが困ってたとして、誰彼構わず助けてきた覚えはない。助けを求められた時に限って、それが可能ならしてきただけで、至って普通の事のはずだ。


 それに、転校してきたばかりの俺にはクラスに対する強い思い入れもまだ無い。


 「当たり前にそうしてきたからわからないんだよね? 自分が誰かを助けてるって自覚がないからわからないんだよね?」


 陽歌の言っていることの意味が理解できない。何をどう捉えたらそうなるのかがわからない。


 「でもきっとすぐに理解できるよ。自分がしてきたことが、どういうことかって。だって私は、嬉しかったから……! 転校してきたばかりの私で、一人でポツンといるだけの私によく話しかけてくれたこと。頼んでもないのに、登校するためにしつこく家から引きずり出してくれたこと。佑くんがいなかったら、私、多分未だに学校なんて行けてなかったよ」


 ああ、そうか。やっぱり陽歌はあの時困ってたんだ。それを俺は、助けてたんだ。

 ここまで言われてようやく理解に及ぶ。


 「佑くん、今度は私が佑くんを守ってあげる」

 「は?! 守るって何が?!」

 「そのままの意味だよ。『()』だった私は、佑くんのおかげで『()』に戻れたんだから今度は私が守ってあげる。ほら? 今の私って結構人気じゃん? だから佑くんを傷つけようとする人がいても、私が一言言えば大抵は大人しくなると思うんだよね。というより、実際そうだし」


 確かにそれは間違いない。陽歌も学園では非常に人気が高い。女子だけに限定したら一、二を争うモテ具合だ。ちなみに男女含めた一番はもちろん二岡だ。


 「私はもうたくさん助けられちゃったからね。もうお腹いっぱい。だから私はもういいよ」


 陽歌はそこまで言うと一度大きく息を吸って呼吸を整えた。


 「これからは私が佑くんを守る。佑くんは、私を助けなくてもいい。私以外に困っている人がいたらその子を助けてあげて。()()だよ?」


 陽歌は俺の右手の小指に自分の小指を絡め、優しく微笑みそう告げる。


 だが俺にはこの約束を守れそうにない。


 今、気付いたから。あの日、陽歌から助けを求められていないにも関わらず、助けていたことに。

 だったら俺は、今後陽歌が困っていたら、助けを求めて来なくても助けるに決まってるから。


 だから今後、そのような機会がないことを願う。

 それしか約束が果たされる道は残されていないのだから――。

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