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2 少女との出逢い

 翌日以降の二日間は慌しく過ぎていった。


 朝は普段より早く登校し、有紗に前日教えてもらったことが理解できているかの確認をしてもらい、放課後は陽歌と杠葉さんも交えて勉強会。


 数学は一番苦手だから陽歌に教えてもらってもいまいち理解できなかったが、簡単な問題程度なら一応解けるものも出てきた。

 何故そうなるのかは当然理解していないのだが、とりあえず解ければオッケーだと言われ納得した。

 自分でもテキトーだなと思ったりもしたが、今の俺にはこれが限界。

 というより、解ける問題があること自体が嬉しかった。


 現状、数学の赤点回避はほぼ免れないことだとは思うが、去年までと比べて飛躍的にできるようになっている実感はあるから満足している。


 そして杠葉さんが教えてくれる古典、これが何ともわかりやすい。バカな俺でも結構理解できてしまう。教師とは何なのかと考えさせられてしまうくらいだ。


 俺以外の四人に関しては八十点以上を目指すとか言い出す始末。平均点を上げるのはやめてほしい。

 とりわけ俺は赤点回避を目指すのだが、これなら楽勝でいけると思えるほど杠葉さんの教え方は上手だった。


 そう思ったからには絶対に赤点回避してやると誓った。


 そうして迎えたテスト前最後の日曜日、昼を過ぎた頃に俺は図書館に足を運んでいた。小学生の頃はよく母親に宿題をやってくるよう言われて足を運んでいた。そして終わったら公園で壁打ち、これが俺のルーティンだった。


 だが今回は違う。誰かに言われるわけでもなく自分の足でテスト勉強をする為にここへ来た。自主的に勉強、去年までからは考えられない俺の中の変化の一つだ。


 ここ最近は毎日のように勉強ばかりしてたから慣れちゃったのかな。普通は勉強なんてしたくない人が大半だと思うし、これは自分にとっていい傾向だな。

 協力してくれている人たちの為にも、自分なりにいい結果を残さなければ……。


 街の図書館は学校の図書館と違って広いし机の数も規模が違う。

 花櫻もテスト期間中だから他校もきっとそうなのだろう。学生らしき人が多く見受けられ、ほとんどの席が埋まってしまっている。

 テスト期間中の学校の図書館と違い、かなり静かだ。僅かに話し声が聞こえたりもするが、気になる程でもない。


 やっぱり普通はこうゆう場所なんだよなぁ、図書館って。


 とりあえず空いている席を探す為に室内をウロウロしていると、とある机が目に入った。それは小学生の頃に図書館に行く度に使っていた、室内の角の窓際にある二人がけの机。


 当時はここに来る度、いつも空いていたあの机をほぼ独占状態で使っていた。

 あの少女と過ごした、小学四年の夏休み数日間、ほんの一時期を除いて――。


 懐かしさを感じるあの机。今日は誰かが座っている。

 あの日もそうだった。普段誰も座っていない机に、君がいた。


 でも今日は違う。雰囲気こそ似ているが、そこにいるのは別の人。幼き日の俺の記憶がそう訴えかけてくる。


 自然と足が動き始めた。


 ほぼ全ての席が埋まっている中、たった一席だけ空いているその席に歩を進める。

 一歩、また一歩と足を踏み出す度に鼓動が早くなる。


 ……俺は、期待しているのか? そこに座っているのが、君であることを。

 そんなことわかってる。期待してるんだ。何を言われてもかまわない。どんなにキツイ言葉を投げられても受け入れられる。


 俺は、あの日の約束を守れなかったから……。だから謝りたい。


 ただそれだけしか目的を持たず生きてきた俺は、着々と机に近づく足を止めることは出来なかった。




◇◇◇



 小学四年の夏休み、終盤に差し掛かった頃のことだった。


 いつものように母親に促されるまま、勉強道具にラケット一本を持って図書館に向かった俺の目に飛び込んできたのは、普段は誰も座っていない俺専用席に座り読書をしている一人の少女だった。


 図書館だからどの席に誰が座ろうがそれは自由。そんなことは小学生の俺でも当然理解していた。

 だからその席に誰かが座っていても不思議ではない。

 そう言い聞かせていつも通り、空いていた向かい側の席に俺は座った。


 鞄から宿題を出し、解き始めたまでは良かったのだが、物凄く視線を感じた。少女が、読んでいる本の上の端から僅かに目を出して俺の方を見ていた。

 正直、かなり気になって集中できなかったことを覚えている。しばらく耐えたが、あまりにずっと見ているから我慢できなくなり、つい聞いてしまったのが始まりだった。


 『……えっと、なんか用?』

 『――ひゃうっ……?!』


 俺に話しかけられたことで変な声を出すから、思わず苦笑いしてしまった。


 『そ、それって……、私に聞いてるの……?』

 『他に誰もいないけど』

 『えっと、どうして?』

 『さっきからずっとこっち見てるから。なんか用でもあるのかと思って』

 『――はわっ?! な、なんでもないよ……』

 『そう、なら良いけど』


 なら問題ない。俺の勘違いだったのかもしれない。

 見られてるなんて自意識過剰で恥ずかしい。


 そう思って再び宿題に手をつけ始めたのだが……。

 またこっちを見ている。普通に見ている。何でもないわけがない。

 気になりすぎて顔を上げると、少女はスッと本に隠れてしまった。


 (な、なんなんだこいつ……)


 思わず心の中で呟いたが、気にしてたら埒が明かない。最大限に気にしないよう心がけて宿題に取り組んだ。


 宿題をやっている間、ほとんどずっと視線を感じていたが、それもこれで終わり。その日やる予定だった箇所を終えた俺は、去りゆく俺の背中に感じる視線をよそ目に、その謎の視線から解放される喜びに浸りながら隣にある公園に向かった。


 ルーティン通りラケット片手に壁にボールを打ち込む。そう、打ち込むのだが……。

 感じてしまった。さっきまでと同じ視線を。


 (うげっ……。ちょっと気持ち悪いんだけど)


 どう見ても後を付いてきたとしか思えなくて、そんな感想を心の中で呟いた。


 俺が壁打ちしてる所の近くにある大きな木、その後ろに隠れてこちらを見ている例の少女。


 やっぱり何か用があるのでは? ちょっと怖いけど、もう一回だけ聞いてみよう。


 と、俺はわざとボールがそっちに転がっていくような角度でボールを壁に打ち込んだ。狙い通り、大きな木の方にボールが転がっていった。


 『おい、そこで何やってんだ?』


 背中を丸めて、隠れたつもりになっている少女に問い詰めた。


 『――ひゃうっ?!』


 最初の時と全く同じ反応に呆れた俺は、もう苦笑いする気にもならなかった。


 諦めて壁打ちを再開しようと木から離れようとした時……。


 『それって、私に聞いてるの……?』


 今度は少女の方から聞いてきた。


 『だから、そうだけど?』

 『えっと……、た、たまたま通りかかっただけ』


 それだけ言うと、少女は再び木の後ろで背を丸めた。


 (たまたま通りかかっただけだと?! そんなわけあるか!)


 どう考えても後を付けてきた少女に若干イライラしている俺がいた。


 だが、俺は小学生ながらこの程度では動じない。

 俺にはこの程度可愛く思えてしまうほど、俺を最大限にイラつかせる存在がいる。我が妹、渚沙だ。あいつの日頃のわがままよる苛立ちに比べれば、この程度の苛立ちは許容範囲内だった。


 今思えば、母親が夏休みに俺を図書館に向かわせてたのは、渚沙のわがままから俺を解放させる為だったのかもしれない。


 ありがとよ母さん……。


 もうこれ以上言うことはない。

 再び背を丸めて隠れたつもりになっている少女を放置し、夢中で壁にボールを打ち続けた。

 夢中になると意外と視線は気にならなくなり、あっという間に時間は経ち、小学生の帰宅を促す市内アナウンスが鳴り響いた。


 ラケットを仕舞い、帰る為に公園の出口に向かって歩き出す俺。


 (結局、あいつはなんだったんだ?)


 公園の出口で一度立ち止まり、大きな木の方を見ると、少女はやはり俺を見ていた。

 

 

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