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番外編③初めて見る表情

 石畳の階段を降り、鳥居を通って神社から出るとそこに杠葉さんと同じ巫女装束に身を包んでいる一人の女性が立っていた。

 その顔立ちは杠葉さんによく似ていて同じく黒髪であるが、杠葉さんとは違い髪の長さはロングで圧倒的に大人の雰囲気が感じられる。


 「お姉ちゃん……?! どうしてここに?」

 「私は彼にご挨拶に来たのよ。こんばんは、椎名佑紀くん。私、綾女の姉の杠葉雪葉(ゆずりはゆきは)です」


 この名前を俺は聞いたことがある。昨日事務室で未来先生の口から出た名前だ。


 「こ、こんばんは初めまして。杠葉さんのクラスメイトの椎名佑紀です。えと、ブレザー洗っていただきありがとうございます。あと、お願いします」


 突然の鉢合わせで緊張してしまったがブレザーの件だけはちゃんと言わなければならない。焦りながらも感謝を述べる。


 「あらあらいいのよブレザーのことは。それより――」


 雪葉さんは俺に近づき、目を細めながら俺の体の下から上まで順番に見てくる。最後、雪葉さんが俺の目を見ると全てを見透かしたかのように不敵に笑った為、思わずのけぞってしまった。


 「あ、ごめんね。ちょっと怖がらせちゃったかな?」

 「い、いえ! そんなことないですよ……?」

 「なら良かった」

 「……ちょっとお姉ちゃん、あんまり佑紀さんを困らせないで」


 杠葉さんからは今まで聞いたことのない低いトーンの声が発せられ、表情もまた見たことのない怒った顔が雪葉さんの姿を捉えている。


それにしても……、普段と違う砕けた口調の杠葉さんも新鮮でめちゃくちゃ可愛いじゃないですか! 怒った顔も新鮮でめちゃくちゃ可愛いじゃないですか!


 「だから謝ったじゃない。それにしても、綾女が怒るなんてそう滅多にないのに珍しいこともあるものねぇ。佑紀くんもそう思わない?」

 「え……? は、はい。確かに怒った顔は初めて見ましたね」


 もう一度怒った表情を見たくてつい杠葉さんの方を向いてしまう。


 「――っ?! ご、ごめんなさい! ちょっと取り乱してしまいました。わ、忘れてください!」


 杠葉さんはハッと我に帰った様子でとても焦っている。むしろ今の方が取り乱しているのではないかとも思う。


 「ごめん、それは無理」

 「あらあら」


 俺が断ると雪葉さんは口に手を当てて表情を隠そうとするが、普通に笑っているのがバレバレだ。


 「お願いします! どうか、どうかお願いします……!」


 そんなに頼まれても忘れられません、こちらこそごめんなさい。もう目に焼き付けてしまいました。


 「わ、わかったわかった。努力はしてみる」

 「ありがとうございます」


 俺がそう言うと杠葉さんは安心したようですぐに笑顔になる。本当に素直な子だと感心させられる。


 「それじゃ俺帰るから。雪葉さんもお元気で」

 「ちょっとー?! お元気でって! 何?! その私とはもう会えないような口ぶりは!」

 「え、いや別にそんなつもりじゃなかったんですが……」

 「もうお姉ちゃんは黙ってて!」

 「はいはい」


 杠葉さんは顔を真っ赤にしてやや強めの口調で言うのだが対する雪葉さんは全く気にする素振りはない。

 というか、また怒った顔を見てしまった。もう忘れられないな。可愛い。


 「佑紀さん、改めて今日は本当にありがとうございました。この御恩に報いることが出来るよう精一杯頑張ります」


 特別俺が何かしたわけではないから御恩と言われても正直ピンとこない。自分で決めて行動したのは杠葉さん自身なのだから。だからこそこれだけは信じたい。


 「じゃあ、ちゃんとみんなに認めてもらおうな。ということでまた明日からもよろしくな」

 「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 「じゃあ本当にもう帰るから」


 再びそう告げると杠葉さんは両手を膝の辺りで合わせてもじもじして――。


 「ゆ、佑紀さん! ま、また明日……。バ、バイバイッ……!」


 ――ほんの数秒の間の後、口を開いた。


 杠葉さんは胸の辺りで小さく手を振りながらそう告げると顔を真っ赤にしてどこかへ走り去ってしまう。俺の思考は停止し、その後ろ姿が遠くなっていくのを見送るしかなかった。


 「あの子も慣れないことするものねぇ。それじゃ佑紀くん、またね」


 いつの間に石畳の階段に腰を下ろしていた雪葉さんが顔の横辺りで小さく手を振ってきたので頭をペコリと下げ帰路につく。


 帰宅途中、何度も最後の杠葉さんとの会話風景が脳内再生されては悶絶しかけてを繰り返し、やっとこさ家に帰ってきても脳内再生され、かなりの睡眠不足で翌日の朝を迎えたのだった。

 


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