19 巫女からのメッセージ
弥生日和から家に帰った後、しばらくしてからある事に気付いた。
ブレザーの内ポケットにお守りを入れたままにしてしまったのだ。
杠葉さんも既に家に着いているだろうし、ブレザーの洗濯が始まっていたら、もしかしたらお守りごと洗濯されてしまうかもしれない。
尋常じゃない焦りを感じながら、スマホを手に取り杠葉さんに電話を掛けた。
『も、もしもし……!』
「ゆ、杠葉さん?! 椎名だけどあの、聞きたいことがあるんだけどさ」
『はい、大丈夫ですよ』
「ブレザーの洗濯ってもうしちゃってますか?」
『はい、お姉ちゃんに渡したらすぐやるって言って始めてくれましたよ』
「あ、あのー、そのー、大変言いづらいんだけど」
『安心してください。内ポケットに入っていたお守りなら私が持ってます』
「えっ! ホント?! ……よかったぁ。あ、でもなんでわかったの? お守りの件で電話したって」
『それは、そうだと良いなっていう私の希望です。ありがとうございます……。大切にしてくださって、嬉しいです』
「うん、なんか肌身離さず持ってないと落ち着かなくなっちゃってるからいつも内ポケットに入れてた。というわけで、今から取りに行ってもいいですか?」
『はい、大丈夫ですよ。私、今から神社の掃き掃除をしますので神社に来てもらっても良いですか?』
「わかった! それじゃ、えーと早歩きですぐ行きます! それじゃまた後で」
『はい、お待ちしてますね』
電話を切り、直ぐに支度を始める。幸いまだ日は沈み始めたばかりだから、暗くならないうちに着くことが出来るはずだ。
家の電気も消灯して準備は万端。歩きやすい靴を履き、杠葉神社に向かった。
※※※※※
大急ぎで、でも慎重に決して走ることなく早歩きで歩くこと十五分、目的地の杠葉神社に到着した。
早歩き……、この時間ぶっ続けで実行すると結構しんどいものがある。走っちゃだめだけど、普通に走った方がマシだった気がする。
ともあれ、神社には着いたから、とりあえず息を整える。
暗くならないうちに着けると思っていたのだが、日はほとんど沈みかけていて、日の入りを計算できない自分にそこそこ呆れてしまう。
目の前にはいつ見ても風情を感じる鳥居が佇んでおり、それを通って石畳の階段を登って境内に出ると一人の巫女さんが掃き掃除をしていた。
その姿は、やや薄暗くなった外でも一際輝いているように見えた。
お参りをしに来たわけではないのだが、なんとなく手水舎に向かい手を清めようとする。
「あの、手伝いましょうか?」
あの時と同じだ。ふと左隣を見ればそこには可愛らしい巫女さんが立っていた。
だが、同じといっても全てが同じなわけではない。
あの時は、声は掛けられても目が合うことはなく、どんな顔をしているかはわからなかった。
しかし、今回は違う。
今日の彼女は、俺と目を合わせ優しく微笑んでいるのだから。
杠葉さんは変わった。あの時のこの場所での印象とは別人のように変わっている。
いや、これが本来の彼女の姿なのかもしれない。
それを、これからは一歩ずつ周囲に表現していくことになる。
それが例え、どんなに難しかったとしても――。
そんな彼女を見ていると、自分も一歩踏み出してみようと思えた。
そう、いつまでも怖がっているわけにはいかないのだから――。
「いや、今日は大丈夫。自分でやってみるよ」
そう宣言する俺を、杠葉さんは暖かい眼差しで見守ってくれる。
今回は、俺が彼女に見守ってもらう番のようだ。
慎重に丁寧に柄杓を右手で掴む。右手で物を持つのなんていつぶりだろうか。手術前にラケットを振って以来だ。
水を柄杓ですくい左手に掛ける。そして左手に持ち替えて右手に掛ける。そして再び右手に持ち替え、左手の手のひらに水を溜めて口に含み、ゆっくりと吐き出す。そしてもう一度左手に水を掛け、最後に柄杓の柄の部分を左手で持ち、ゆっくりと元の位置に戻した。
「できた。肩が痛くない」
久しぶりに右手が使えたという事実に喜びを感じていた。
「はい、使えましたね。佑紀さんの右肩が少しずつ良くなっているところを見ることができて、私も嬉しいです」
杠葉さんは先程と変わらず優しく微笑んでいる。
「ですから、今回は右手で受け取ってください」
杠葉さんは俺の右手を両手で包み込みある、物を握らせてくる。
右手をゆっくりと開くとそこにはお守りがあった。
そのお守りは公園で杠葉さんからもらった物だった。
左手と右手の触覚の誤差なのか、それとも気のせいか触った感触から少しだけ厚みを帯びたような気がする。
「ありがとう。改めて大切にするよ」
「面と向かって言われると、やっぱり嬉しいですね。今回は無くさずに約束を守ってくれました。だから次も絶対無くさないでくださいね。今日はこっちの手です。約束、ですよ……?」
そう告げて彼女は、俺と彼女の右手の小指を絡ませ美しく微笑んだ。
そしてその行動は、俺の心に、今日この場所での出来事を刻み込んだ――。
第一章の本編最終話です。
読者の皆様ありがとうございます。皆様のおかげで楽しく執筆することができています。
第二章の方も是非読んで下さるとうれしいです。
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では、今回はこの辺で失礼させていただきます。




