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14 葛藤とわがまま

 太陽もすでにほとんど姿を隠し、空はオレンジ色に染まっている。

 あと十メートル程歩けば俺の家と杠葉神社の分岐点であり、杠葉さんとは別々の道を歩き出すことになる。


 幸いここまで沈黙があったわけではなく、それなりに会話自体は弾んでいたから少し名残惜しさを感じてしまう。

 だが、名残惜しさだけではなく胸の奥に微かな引っ掛かりも感じていた。


 ただ本当にデザートを食べに行くのに俺を誘ってくれただけなのか? いや、そんなことないはずだ。


 誘ってもらえて浮かれていたが、ふと冷静になればただそれだけの理由で俺を誘うはずもない。俺より先に、有紗や陽歌に声を掛けているに決まってる。


 「では私はこっちですので……。今日はお付き合いいただきありがとうございました」

 「――えっ? あ、いや、俺の方こそ誘ってもらってありがとう。それじゃ、また明日」

 「はい……。また明日……」


 本当は俺に別の用事があると思っていたから少し拍子抜けだったが、ただ誘ってもらえただけならそれはそれで普通にうれしいのでかまわない。


 軽く会釈し、家に向けて歩き出す。

 四歩、五歩と歩みを進め、後ろを振り返れば既にそこに杠葉さんの姿はなかった。


 「本当に何もなかったんだな」


 再び家に向けて歩き出すが、それでも胸の奥に感じた引っ掛かりは消えることがない。


 「——佑紀さんっ……!」


 俺を呼ぶ声が聞こえた為、後ろを振り向くと分かれ道の曲がり角の所に彼女は立っていた。


 「やっぱりその……、もう少しだけお付き合いいただけませんか?」

 「かまわないよ」

 「では、もし良ければ公園に移動したいのですが、いいですか……?」

 「いいよ。じゃ、行こうか」


 特に断る理由もないから承諾したが、やはり何か大事な話があることを確信した。


 「ありがとうございます」


 その一言だけで、今日の俺に意味があるのかもしれないと思えた。



※※※※※



 特に会話をすることなく並んで歩き、目的地の公園に到着する。

 場所は俺にとって思い出の場所でもあり、杠葉さんからお守りをもらった場所でもある公園。

 空はすっかり暗くなり、公園の照明だけが辺りを照らしている。


 「私のわがままを聞いていただきありがとうございます。……ごめんなさい。今日佑紀さんをお誘いしたのは聞きたいことがあったからなんです。お時間をいただいたというのにこんな理由で本当にごめんなさい。そして、今まで聞けなくてごめんなさい。……お誘いした理由を言えなくてごめんなさい」


 杠葉さんはちゃんと本当の理由を言ってくれた。

 そんなところだろうと思っていたから、俺としては特に怒ることもない。


 「良いよ。普通に楽しかったし。それで、聞きたいことって?」


 楽しかった事実を伝えると、杠葉さんの表情が少し和らいだ。


 「佑紀さんは、今日有紗さんの様子がおかしかったことはお気付きですか?」

 「まぁ、隣であれだけ唸ってたら流石にね」

 「その理由はご存じですか? もし知っていれば、教えていただけませんか?」

 「まあ、見当は付くけど……。杠葉さんは自分で考えてみた?」


 ここで教えてしまうのは別にかまわない。いつまでもあの調子で隣の席にいられるのも普通に困る。

 だが、杠葉さん自身が自分で理由に気付けるのなら、もちろんそれが一番良いに決まってる。


 「はい、私も見当は付いてます。きっと、私が原因ですよね?」


 杠葉さんは目線を落とすことなく、真っ直ぐこちらを見て確かめてくる。


 この子はもう既に、有紗の様子がおかしい理由にも気付いている。だからあえて俺がその理由を言う必要はない。


 「そこまでわかってるなら当たってると思うよ。あとは杠葉さんがどうしたいかでしょ」

 「私が、どうしたいか……」


 杠葉さんはやや顔の角度を下げポツリと呟くと――。


 「私はこれまで有紗さんには助けられてばかりでした。なのに私は何もしてあげられなくて……。有紗さんは優しいんです。だからきっと、私の決意を知ればまた手を差し伸べてくれる。けどそれで、これまでよりももっと大変な思いをさせてしまう……。そう思うと、話せなくて……」


 ――一呼吸置いた後、言葉を絞り出した。


 彼女には彼女なりの葛藤があった。それは親友である有紗を思ってのこと。

 だが、それが今は有紗の悩みの種になってしまっている。


 「わがままなんです。私……。本当は聞いてほしくて、でも言い出せなくて。本当は背中を押してほしくて。言っても……良いんでしょうか? こんな私がまだまだ迷惑かけてもいいんでしょうかっ……?!」


 ここ数日一人で抱え込んでいた想いが爆発したのか、彼女の瞳から涙が溢れ出す。


 ここで俺にできることは、そんな彼女の背中をそっと押してあげることだけだ。


 「――ひゃっ!」


 彼女の背後に回り込み、ポンッと背中を押してみた。


 「あ、ごめん、びっくりした? 背中を押してほしいって言ってたからさ」


 彼女はこちらに振り返り、僅かに微笑み下を向いて何かを呟いたが、聞き取ることはできない。

 そして、すぐに彼女は顔を上げ満面の笑みで微笑んだ。


 「ありがとうございます! 私の背中を押してくれて……! おかげで決心がつきました!」

 「どういたしまして」

 「それでなのですが……。佑紀さん、私のわがままを聞いてくださいっ!」


 彼女は決意を込めた瞳で懇願してくる。


 今までの彼女なら、こういう時は懇願ではなくほとんどが疑問符を付けたような言葉だった。

 彼女の中で何かが変わろうとしている。ゆっくりでも、確かに前に進むように。


 「わかった。あ、でも絶対無理なのはやめてね」

 「わかってますよ! 私も昔のままじゃありませんからっ!」


 杠葉さんは、昔は無理なことを言う子だったのか、自身の成長を認めてか、胸を張ってそう言った。


 「明日有紗さんにちゃんと私の決意を伝えます。それで、近くで聞いていてほしいんです。お願いします」

 「それなら全然良いけど。俺が聞いてても大丈夫なの?」

 「はい。見守っていてほしいんです。お願いします」


 彼女は頭を下げてお願いしてくる。


 「わかった。いいよ。で、場所と時間は?」

 「場所は学校の屋上で、時間は放課後にしようと思います。その時間の屋上なら他に人が来ることもありませんし。屋上には隠れられるところがあるので、佑紀さんはそこで見守っていてください」

 「オッケー。それじゃ、明日頑張ってね」


 明日、有紗の悩みは解消される。

 それはつまり、隣の席からの授業妨害から解放されることを意味するはずだ。


 これまでテニスしかやって来ず、以前の学校からもそれだけを求められ続けた揚げ句、特に高校生らしい生活も送らず学力も全く無い俺も、ここ最近は私生活において少しだけ高校生らしい生活が送れていると思う。


 だから後は勉強だ。親のおかげで今の学校に通えている身の俺が、勉強をおろそかにするわけにはいかない。学力がないから尚更だ。

 有紗が普通に戻れば授業も集中して受けられるようになる。

 だから杠葉さんには、是非とも頑張っていただきたい。


 だが、それだけでなく、ただ純粋に応援したい――。


 そんな感情が俺の中に芽生えていた。

 

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