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13 杠葉綾女のおすすめ

 帰りのホームルームも終わり、多くの生徒が掃除に向かう中、隣を見れば結局今日一日唸っていた有紗がまだ唸っている。


 「おい、いつまで唸ってんだ。そろそろ教室の掃除始まりそうだぞ」


 このままではキリがないから、とりあえず教室からの退室をそれとなく促してみる。


 「だってぇー!」

 「だってじゃねえよ」


 有紗は渋々立ち上がり、肩を落として教室を出ていった。その背中は、心なしか寂しそうに見えた。


 「有紗ちゃん今日ずっとあんな調子だったね」


 陽歌が苦笑いを浮かべながら駆け寄ってくる。


 「そのせいで全く授業に集中できなかったんだが。隣だからダイレクトに聞こえてくる」

 「あははっ。災難だったね佑くん。有紗ちゃんも明日には元に戻ってると良いんだけど……」

 「俺の勉強に支障をきたすからさっさと戻ってもらわないと困るわホント。それよりお前掃除は?」

 「あ、そうだった! じゃあ私行くね。また明日ね」


 陽歌は慌てて自分の荷物を持ち、掃除場所に向かっていった。


 さて、今月掃除が無い勝ち組の俺はさっさと帰りますか。


 と。教室を出たところでスマホが短く震えた為、取り出して開くと杠葉さんからメッセージが入っていた。


 【今日の放課後、何かご予定はありますか?】


 え? これって……! まさかデートのお誘い?!

 ……って、そんなわけないか。誰かさんの様子がおかしかったから気になるだけだろうな。


 【特にないよ】

 【では、デザートを食べに行きませんか? オススメの場所があるんです!】


 なん、だと……。

 これってデートのお誘いじゃないですか?!

 ヤバイ、テンションが上がる。


 嬉しさのあまり周りをキョロキョロとしてしまう。さぞかし不審な行動に映ったのだろう。周りの生徒が冷ややかな視線を送ってきた。


 【わかった! いいよ! じゃあ校門で待ってます!】


 俺はメッセージを送ると、杠葉さんは掃除があるはずだからまだしばらく来ないにも関わらず、大急ぎで校門に向かった。


 だっていてもたってもいられなくなるでしょ?!

 大天使からお誘いがあるなんて! ヤバイ、顔がニヤける。


 校門を通って帰宅していく生徒から冷ややかな視線を感じる。

 でもそんなことどうでもいい。


 俺は今、とてもハッピーなのだ! 神は、今日一日金髪ツインテール野郎の無自覚な授業妨害に耐え切った俺に褒美を与えたのだ。

 きっとそうに違いないっ……!


 「あれ? 椎名っち? こんなとこで何してるの?」


 掃除が終わって今から帰るのか、春田が校門を通りかかった際、俺に声をかけてきた。


 というか、掃除終わるの早いなおい。まさかサボってないだろうな。


 「ちょ、ちょっとな。待ち合わせしてて」

 「んん? ほぉー! なるほどぅ! そういうことかぁ! 邪魔しちゃ悪いし私帰るね! バイバイ!」


 春田はニヤニヤしながらそれだけ言うと、足早に帰っていった。

 だいたい言いたいことはわかった。俺も僅かながらそんな期待を抱いているからな。


 それから、再び校門の前でソワソワしながら杠葉さんを待つこと約十五分、遂に杠葉さんが校門の近くにやってきた。小走りでこちらに向かってきている。


 「お待たせしちゃってごめんなさい!」


 杠葉さんは息を切らし膝に手をつきながら言うが、その姿も普通に可愛い。

 結論この子は何しても可愛い。

 真顔だろうが落ち込んでいようが怒っていようが可愛い。

 あ、怒った顔見たことないや。でも可愛い。


 「俺も今来たとこだから! 杠葉さんこそ掃除大変だったでしょ! お疲れ様!」


 ドラマとかでは、遅れてやってきた彼女に対して如何にも自分も今来ました風にカッコつけるシーンをよく見る。だからきっと間違ってないはずだ。


 「いえ、私は神社のお手伝いでたまに掃除もしますから慣れてますよ」

 「そっか、そういえばそうだよな。家の手伝いもちゃんとしてて杠葉さんはやっぱ偉いよ」

 「あ、ありがとうございます……!」


 杠葉さんはあまり褒められたりすることはないのか、少し褒めただけでパッと笑顔になった。

 ただ褒めただけでこんなに嬉しそうにしてくれるなら俺は百万回だって君を褒めよう。


 と、百万回は言いすぎだが、この子に二岡が惚れたのもやはり理解できる。


 ま、フラれたらしいんだけどね。


 二岡でフラれるなら、俺も当然フラれるに決まっている。

 故に杠葉さんは恋愛対象外だ。

 悲しいかな、そもそも俺の周りには恋愛対象となる女の子が存在しない。


 杠葉さんを筆頭に陽歌、有紗と個人的学年スリートップの女の子に加え、春田など傍から見たら美形の子しか周囲にいない。


 あれ? なんで俺、こんな子達に囲まれてんの?

 気付いたら周りに美少女だらけなんだが?

 そもそも俺のクラスやたらレベル高くない? 他クラスの男子からしたら相当うらやましいんだろうな。


 それはさておき、このような美少女たちに俺が釣り合うわけがない。

 これは自他ともに認める周知の事実。昔から渚沙にも全力で否定されてきたしね。

 

 こんなことを考えたら悲しくなってきた。

 さて、気分が沈み切る前にそろそろ出発しましょうかね。 


 「ねぇ、あれって」

 「あ、ホントだ。でもおかしくない?」

 「だよね、二岡くんはどうしたんだろ」


 校門を通り過ぎていく生徒たちが、こちらを見るなり何かヒソヒソと話している。聞き取ることは出来ないが、内容はおおよそ見当がつく。


 「い、行きましょうか……」


 杠葉さんも気付いたのか、すぐにこの場を離れたがる。


 「じゃあ俺場所わかんないから案内よろしく」


 俺も早く出発したかったから、杠葉さんに案内を頼んだ。


 「お任せください!」



※※※※※



 杠葉さんと並んで歩き、ちょっとした世間話をすること約十分、どうやら目的地に着いたようだ。


 「ここです!」


 看板には『弥生日和』と書かれている。店の外観は、和一色、といった感じだ。

 扉を開けて中に入ると、そこも和一色で落ち着いた雰囲気だった。


 「いらっしゃいませ! って、あれ……? あやちんと椎名っち……?」


 元気よく出てきた店員はクラスメイトの春田だった。


 「え? 何してんの?」

 「何って、見ての通り働いてるだけだけど? あ、こちらの席にどうぞ~」


 案内されたテーブル席に座ると、春田はテーブルにお茶を置きメニュー表を渡してくる。


 「どうゆうこと? 二岡君の彼女だよ? 危ない橋渡りすぎ」


 その際、杠葉さんの目を盗んでか、耳打ちをしてきた。


 そうか、やっぱ春田もそう思っているのか。本当に、どいつもこいつも洗脳されやがって。


 「はぁ……。決まったら呼べばいいのか?」


 思わずため息を吐いてしまった。


 「うん。あやちんはたまに来てくれるからおすすめとか教えてもらいなよ」

 「はい! 任せてください!」


 杠葉さんが自信満々な表情で言うのを見て、春田は厨房の方に向かった。


 というかおい、そうゆうのは店員のお前が教えてくれるもんじゃないのかよ。

 

 「佑紀さん! 私のおすすめはですね、抹茶パフェと抹茶ぜんざいです!」


 杠葉さんはメニュー表を開き、目を輝かせながら写真に指を差す。


 「おぉ、確かに美味そうだな。抹茶も好きで丁度良いし、抹茶ぜんざいにしようかな」

 「では、私は抹茶パフェにしますね」


 春田を呼び、抹茶パフェと抹茶ぜんざいを注文し、しばらく待つと抹茶パフェと抹茶ぜんざいが運ばれてきた。


 「お待たせしました。抹茶パフェと抹茶ぜんざいになります。あ、あとこれはあたしたちからのサービス。よかったら食べて」


 春田がサービスしてくれたのは抹茶わらび餅。テーブルが緑一色に見えてしまう。


 抹茶好きだから全然有難いけど『あたしたち』って、もしかして他にもいるのか?


 「良いんですか弥生さん?! ありがとうございます!」

 「良いの良いの! あやちんは姫ちんやはるちんとよく来てくれるし、椎名っちには今後のことを考え餌付けをしときたいし!」


 おい、サービスしてくれるのは嬉しいけど、サラッと怖い事言わないで……。


 「これで懐柔されるつもりはないけどありがとな。で、気になったんだけど『あたしたち』って他にも誰かいるのか?」


 疑問に思っていたことを聞いてみる。もしいるのであれば、その人にもお礼を伝えたほうがいいはずだから。


 「厨房にね! 相沢っちがいるよ。呼んでこようか?」


 そういやバイトしてるって言ってたっけな。まさかここでとは思わなかったけど。


 「仕事中なんだろ。今度お礼言っとくから今はいいよ」

 「大丈夫大丈夫、今そんな忙しくないからさ!」


 春田はバタバタと走って厨房に向かった。


 「行ってしまいましたね」

 「そ、そうだな」

 「よっ! お二人さん!」

 「――って! 出てくんの早っ!」


 春田が厨房に呼びに行ったと思ったら、その瞬間に出てきた。


 「すぐ行けるようにスタンバってたからな」

 「さっき春田と一緒に出てきてくれよ」

 「まぁ、なんだ。流石の俺もお前に働いてる姿を見られるのは恥ずかしくてな」


 相沢は顎に手を当て、少し目を逸らしてそう言うが……。


 あのさ、なんでもいいけど顔を赤らめながら言うのだけはやめてくれる? ちょっとゾッとするんだけど。


 「相沢さん! このわらび餅ありがとうございます!」

 「良いってことよ! それに、姫宮の奴にはいつもサービスさせられてるしな……」

 「その節は本当にごめんなさい。有紗さんにもちゃんと言っておきますので」

 「ま、大事なお客さんだしな! 良いってことよ!」


 流石有紗。ここでもさり気なく食い意地を発揮してやがるらしい。しかも相沢の奢りで。


 店の入り口の扉が開く音がした。鈴がついているからこの人数なら良く聞こえてくるが、何とも心地いい音色をしている。


 「おっとお客さんだ。ちょっと行ってくら」


 相沢の動きに釣られて、つい店の入り口の方を見てしまう。


 「うげっ……」

 「どうかされました?」


 杠葉さんは心配そうにこちらを見つめてくるが、俺は杠葉さんにあの人と知り合いだと思われたくない。


 「い、いやなんでも……。――あっ! 早く食べよっか……!」


 焦りを隠すようにスプーンで抹茶ぜんざいを食べ始める。


 「どうですか?!」

 「え? 何これめっちゃ美味くない? 抹茶はあったかいのに冷たいアイスと絶妙にマッチしてる気がするんだけど」

 「ですよねですよね! 喜んでもらえてよかったです! でも佑紀さん、マッチしてる気がするんじゃなくてマッチしてるんです!」


 こ、細けぇ……。


 だが、確かにこれは断言しなきゃいけない美味さだ。


 「あれぇ? 綾女ちゃんじゃない! それにまさかの椎名くんまで」


 来てしまった。なんで隣の席に来るんだよ……。

 この人が来ると、嫌な予感しかしない。

 というか、杠葉さんとこの人知り合いなのかよ。


 「未来さん! こんにちは。佑紀さんとも知り合いなのですか?」

 「そうよー。綾女ちゃん、私と椎名くんはいけない関係なんだぞ~。あ、相沢くんいつものお願い」


 ちげーよ! ナチュラルにデマ吹き込むなっ……!

 てか、いつものって、ここの常連かよっ!


 「違いますそんな事実は知りませんただの顔見知りです」

 「もーう、ノリが悪いんだぞ!」

 「いや、そっちが大人げないだけでしょ」

 「おねーさんは大人よぉー」


 もうなんでも良いです。はい。


 「いけない……関係……」


 ちょっと? なんで杠葉さんは顔が赤くなってるの? もしかして意味分かったの? それもそれでなんか複雑なんだけど?

 というか俺、否定したよね?


 「あ、違うわよ綾女ちゃん。冗談に決まってるじゃない」

 「本当、ですか……?」


 杠葉さんが確かめるように聞いてくる。


 「ホントホント。転校してきた日に始業式の間、事務室でお世話になってただけで」


 そこまで言って、落ち着く為にお茶を口に含む。

 

 「――お、お世話?! み、未来さん! お世話ってその、あの、エッチなことですか……?!」

 「――ブーっ!」


 お茶を吹き出してしまった。

 杠葉さんの顔は先程より更に紅潮している。


 そ、想像力豊かすぎませんかね……?

 というか、そっち方面には疎いと思ってたんだけど……。


 この時、俺の中の幻想が崩れ去る音がした。


 「違うわよ綾女ちゃん。今後の学校のことについてすこーしお話ししてただけよ?」

 「おい、ただ終始俺をからかって遊んでただけだろ」


 つい本音が声に出てしまった。

 今後の学校のことについて話を聞いた記憶は無い。


 「それにしても、綾女ちゃんもそうゆうお年頃かぁ! 私はなんだか嬉しいんだぞ!」

 「――ちちち違いますっ……! 今のは少し勘違いしてしまっただけで……!」


 杠葉さんはスプーンを手に取り、誤魔化すように抹茶パフェを食べ始めた。

 相当恥ずかしかったのだろうか、その目にはやや涙が浮かんでいる。


 「あははっ! 相変わらず可愛いなぁ綾女ちゃんは! 雪葉ちゃんにも報告しておかなくっちゃ」

 「――えっ?! お、お姉ちゃんには言わないでください……!」

 「ふふっ! 冗談よ冗談!」

 「絶対ですよ……」


 杠葉さんはいかにも疑っていそうな目で未来先生を見ている。


 なんとなくわかるよ、その気持ち。俺もこの人、ある意味信用できないもん。


 「未来先生って、いつもそうやって生徒をからかってるんですか?」

 「人聞きが悪いな椎名くん。おねーさんは綾女ちゃんと有紗ちゃんと陽歌ちゃん、それとここで働いてる弥生ちゃんと相沢くんくらいしか面識がないんだぞ!」


 そうゆうことを聞いたんじゃないんだけど……。相変わらず話が噛み合わねぇ。


 「ゆ、佑紀さん、私のこと変に思ったりしませんでしたか……?」


 不安そうに聞いてくる杠葉さんの目には、まだ微かに涙が浮かんでいる。


 「別にそのくらいで思ったりしないって。それにほら、この人の方がよっぽど変人だし、それと比べれば杠葉さんは全然変じゃないから」


 俺は隣の席に座る圧倒的変人、未来先生を指差す。

 

 「言われてみれば確かにそうですね! 安心しました」


 杠葉さんはそっと自分の胸に手を当て、小さく息を吐いた。


 「ちょっと綾女ちゃんまでっ?! 椎名くん、どうしてくれるのかしら?」

 「自業自得ですね」

 「そうです、自業自得ですよ」


 その後しばらく隣の席で喚いていた未来先生だったが、自分が注文したものが届くと大人しくなった。


 まぁ、周りに他のお客さんが増えてきたのもあるんだろうけど……。


 

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