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12 相沢良介は気付いていた

 今日は朝から隣の席の住人が、人目も気にせず唸っている。休み時間のたびに唸っているし、授業中も唸っているから全く授業に集中できなかった。

 唯一の救いの体育はしばらく見学だし、今日これまでまともに授業を受けれた気がしない。

 一旦昼休みを挟んで落ち着いてくれればいいのだが……。


 隣の席で未だに唸っている有紗を横目に、昨日陽歌から貰ったおかずを温めるため食堂に向かう。


 「おう椎名、どこ行くんだ? 一緒に飯食おうぜ」


 廊下に出たところで待っていたのか、相沢が話しかけてきた。


 「これ温めるから食堂行くとこ。一緒に食うのは良いけど場所は食堂な」


 とりあえず今は有紗の近くから避難することしか考えていない為、相沢が何と言おうと場所は食堂だ。


 「オーケー。じゃあ行くか」


 食堂に移動し、何とか場所を確保し電子レンジに向かう。

 ちなみに相沢は定食を注文するらしいから、ついでに単品のライスを買ってくるように頼んでおいた。


 タッパーに詰められたおかずを温め、席に戻ってしばらく待つと相沢が戻ってきた。


 「はいよ、ライス」

 「おう、サンキュー。いくらだ?」

 「金なら要らないぞ」


 え? 何? この前も奢ってくれたけど今日も奢ってくれるの? こいつこんな気前良い奴だっけ? なんか罠でもあるのか?


 「いやいや払うから。いくらだ?」

 「百二十円だけど、俺バイトしてるから奢ってやるぞ」

 「え?! お前バイトしてたの?!」

 「あぁ、去年の秋からな。おかげで結構遊ぶお金もあっていいもんだぜ」


 知らなかった……、相沢がバイトしてるなんて。


 どおりで気前が良いはずだ。

 俺は悲しいことにお勉強の方が芳しくないからバイトなんてする余裕は全くないのだが、遊ぶ為のお金は欲しいから少し羨ましい。


 「じゃあ遠慮なく奢られるわ。ありがとよ」

 「いいってことよ! それより椎名よ、気になってたんだが、お前料理できんのか?」

 「いや、できねーけど?」


 相沢が何故そのようなことを聞いてきたのかは、皆目見当はつく。俺が家で調理したと思われるおかずを持っているからだ。


 「だよな! けどなんで普通におかずなんて持ってんだ?」

 「これは陽歌の母親がおすそ分けにってくれた夕飯のおかずだ」

 「あぁー! なるほどそういうことな! 俺はてっきり転校早々彼女でもできたのかと思ったぜ」

 「ないない。そんなわけねーだろ」

 「だよな! お前にそんな簡単にできるわけねーよな!」


 なんだとコラァッ! 俺に対して失礼だろっ!

 確かに俺は顔は普通……、だよね? やばい、客観的に見て不細工だったらどうしよう……。不安になってきた。あと勉強はできない。性格も特別よくはないはず。

 けどな! 俺は一応普通の人より運動はできる方なんだよ! 全く発揮できてないけど!


 「息をするように失礼な事言うのやめてくれる?」

 「だってホントのことじゃねーか!」


 相沢はゲラゲラと大声で笑っているが、周りの視線が痛いからやめていただきたい。


 「けどな、お前、運動だけはできるじゃん? もしかしたら二岡以上にさ。そしたらよ、杠葉とかお前に惚れるんじゃね?」


 二岡以上に運動ができると評価されるのは悪い気はしないが、それより相沢も勘違いしているのだろうか。杠葉さんが二岡の彼女だって。


 「おい、何か勘違いしてるみたいだけど杠葉さんは二岡の彼女じゃないぞ」

 「知ってるけど? そんなこと。だから杠葉の名前出したんじゃん? お前と杠葉、結構仲良さそうだし」

 「――ふぇっ?!」


 相沢から返ってきた言葉が想定外のことで、思わず変な声が出てしまった。


 「なんだよ変な声出して」

 「え? 俺はてっきり相沢も勘違いしてるんじゃないかって」

 「確かに俺も最近までそうだと思ってたよ。けどよ、この前の食堂とかクラス会で杠葉、よく笑ってただろ。思い返せば見たことなかったんだよ、あんな顔。少なくとも、姫宮や御影といる時以外はさ」


 相沢は複雑そうな面持ちで言葉を絞り出した。

 今まで信じ込んで疑うことをしなかった自分への後悔か、それとも気付けたことに対する安堵か、はたまたその両方か――。


 「それに、決定的だったのはクラス会で連絡先を交換した時だ。杠葉、姫宮と御影以外の連絡先知らないようなこと言ってたしな。正直、嘘を言ってるなんて思えなかった。そのときだよ、やっぱり俺たちは虚構の世界を信じ込まされてたんだって気付いたのは。彼女が彼氏の連絡先知らねーなんて普通ありえねーしな。……情けねーよな、嘘を本当と信じ崇拝したあげく、まともに杠葉と接することをせず。本当は困ってただろうに気付かなくて。そう考えると、二岡のあのまんざらでもなさそうな顔に腹が立ってくる」


 有紗の言っていた通りだった。やはりこの学園での二岡の人望は凄まじいもののようだ。

 だが、相沢が自分で気付いたということは一歩前進でもある。


 いや、本当に前進と言っていいのだろうか。

 もしかしたら、二岡のメッキが剥がれきる時が、藤崎先生の言うクラス崩壊の時なのかもしれないのだから――。


 「で、相沢はこれからどうするつもりなんだ?」

 「俺か? これからは二岡の顔色なんか窺わねえ。今までは二岡の女と普通に接するなんて御法度だったが、別にあいつの女じゃねぇんなら俺がどう接したって良いわけだからな。姫宮や御影、春田と同じように扱う。まあつまりは、普通に友達になれればいいってとこかな」

 「そうか。きっとその方が杠葉さんも過ごしやすいだろ」


 周りが気付いていけば、彼女の学校生活は少しずつ良くなっていくはずだ。

 仮に、それがクラス崩壊に繋がる可能性があるとしても、間違いなく彼女にとっては良いことに違いない。


 「お前は余裕だな。流石杠葉に何故か懐かれてるだけのことはあるな」


 それは正直俺も思っていた。

 二岡はもちろん、他の生徒よりも過ごした時期は短いはずなのに彼らより親しい自信はある。

 当然、有紗や陽歌には圧倒的に劣るが。


 「転校生バブルだろ。困らせてくるお前らより、転校生の俺の方が何も知らないし接しやすかっただけだろ」


 ひとまず適当に誤魔化すことにする。


 だって杠葉さんに懐かれてるって、普通嫉妬案件だよ?

 相沢はともかく、他の男子からしてみれば普通そうじゃん?

 いくら二岡の彼女だって信じ込まされてるにしても、密かに好意を寄せてる奴がいないわけがないからな。


 「その泡、弾けねーようにちゃんと守りきれよ。んじゃ、飯も食ったしそろそろ戻るか」


 相沢に言われるがままに席を立ち食堂を出る。


 守るも何も、泡は弾ける為にあるものだ。

 いつかは弾ける。

 大事なのは、その後だ。


 そういえば忘れてたけど、有紗の調子は戻ってるだろうか。戻ってて欲しい。

 戻ってないんだろうな……。

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