11 浮上する疑惑
夕飯の時間は刻々と進んでいった。
完食出来そうとか調子のいいことを言ってしまったが、正直キツくなってきた。
揚げ物しかないから体が重い。
「あ、佑くん、タッパー、持って帰るね? 流石に食べきれないでしょ?」
「それなら明日の弁当ってことで持ってこうと思ってたんだけど」
「あー! その手があったか! じゃあ冷蔵庫に入れとくね」
陽歌はタッパーを持って台所に向かった。
有紗はというと……、夕飯にがっついている。
「佑くん、今日は教室で結構囲まれてたねー! 佑くんがちゃんとお友達を作れて私は嬉しいよ!」
台所から戻ってきた陽歌が唐突にそう言うのだが、別に今日話しかけに来た人のほとんどを俺は友達とは思っていない。もちろん、クラス会で接点を持った反町姉弟は別だが。
「別に友達じゃねーよ。むしろ名前も顔も一致してなかったくらいだよ。頑張って覚えたけどさ」
「えー、じゃあなんであんな話しかけられてたの?」
「なんか、勝手にグループから友達登録してメッセージ送ってきて、それで友達にでもなったつもりなのか学校で囲まれた」
「あ、言われてみれば私も今日そんなことあったかも……。流石に顔と名前は覚えてたけどね。クラス会の後、家に帰ったら急に連絡先知らなかった男子からメッセージ来たんだよね」
ま、お前普通にモテるからな。野郎どもも連絡先が欲しくてしょうがなかったって感じだろ、きっと。
「有紗はどうなんだ?」
「え? なにが?」
食べるのに集中していたのかこちらの話は耳に入っていなかったらしく、俺に尋ねられた有紗はキョトンとした顔をしている。
にしても、あれだけあったのに気付けばほとんど残ってねぇ……。ホント、どんだけ食うんだこいつ。
「有紗ちゃんはさ、この間のクラス会の後、連絡先知らなかったクラスメイトから連絡来てない?」
「あー、来たといえば来たわね。男どもは面倒だから返してないけど」
有紗にメッセージを送った野郎どもは皆、見事に全滅した模様。
無残に散っていく光景が頭に浮かんでしまい、ちゃんと成仏してくれよと強く願う。
あ、遂に夕飯の全てがテーブルの上から姿を消したよ。有紗さん、凄いっ……。
「やっぱ有紗ちゃんにも来てたんだ」
「はるちゃんも? お互い大変よねー」
「そういや、杠葉さんはどーなんだろうな」
俺は何の考えも無しに、気付けばそんなことを口にしていた。
その拍子に陽歌と有紗の顔を交互に見ると、何故か有紗の顔が青ざめていた。
あの、食べ過ぎて気持ち悪くなっちゃった? ごめん、胃薬とか無いからとりあえず袋。
「何よこれ……」
「顔色悪いから食べ過ぎて気持ち悪くなったのかと思って」
「――これくらいじゃ全然ならないわよっ!」
「そ、そうですか……」
一旦袋を下げてから有紗の顔色を確認すると、まだ青ざめたまま。
食べ過ぎて気持ち悪くなったのでは無いのなら、何故急に顔色が悪くなったのだろうか。
「あんた……、さっきなんて言ったの?」
有紗が強烈に睨みを利かせて聞いてくる。
なるほど、理解した。
俺が先程何の考えも無しにした発言が原因となっているようだ。
「それは……、二人に野郎どもからメッセージが来てるんなら、杠葉さんにも来てるんじゃないかと思って。二人に負けず劣らずあの子も可愛いし」
「そうね、そうよね……。やられた」
「えっと……、俺、何かやらかしましたでしょうか?」
「バッカじゃないの?! あんたじゃないわよ!」
お、おう……。
とりあえず、俺は何も悪いことはしてないみたいで安心した。
けど、物凄く怒られてる気がするのは何故だろう。
「佑くん、今のは目の付け所が良かったよ」
「えっ? どゆこと?」
「あやちゃんにももちろん、とあるクラスメイトからメッセージが送られてるよねってこと」
陽歌の言葉を聞いて俺はあることを思い出す。
クラス会で連絡先を交換するときに杠葉さんが言ってたこと。
「あっ……。そういえば杠葉さん、有紗と陽歌以外の連絡先知らないって言ってたっけ」
「もう、最悪……。まだ綾女は何も言ってこないから確証はないけど」
有紗が手を額に当て酷く落胆している。
「も、もしかして杠葉さんに男からメッセージがいったりすると何か問題が……? お、俺、連絡先交換しちゃったし、やりとりもしたんだけど。何か、すいません……」
杠葉さんに男子からメッセージが送られることを有紗は快く思っていないように見えた為、一応謝っておく。
「何謝ってんのよ? 別にあんたは良いわよ。あの子も喜んでたし。そもそも私は、綾女が誰と仲良くなってメッセージをやりとりしたって構わないのよ。むしろ嬉しいわよ、あの子に良くしてくれる人が増えるのは。約一名を除いてだけど……」
約一名、転校してきたばかりの俺がそんなことを普通は知るわけもないのに心当たりがある。
相沢曰く、花櫻のスーパースターであるにも関わらず、有紗が異常なまでに毛嫌いしている存在。
「二岡か……」
「佑くん、気付いちゃったかぁ……」
言い方からして、陽歌も思うところがあるように感じる。
「あの彼氏ヅラ、綾女が何も言えないのをいいことにやりたい放題して、ほんっと許さない」
「あれはないよねー。他の人が二岡くんを信じきってるのを良いことにあやちゃんを彼女だって信じ込ませてさ」
な、なんか凄い話を聞いちゃった……。
二岡が杠葉さんに好意を抱いているのは薄々感じてたけど、まさか彼女設定にしているとは……、流石の俺も思いもしなかったぞ。
何より、陽歌がここまで言うのも珍しいし本当なんだろうな。
「で、でもそれなら否定すればいいんじゃ?」
「それが無駄なのよ。綾女が否定しても、私やはるちゃんが否定したところで、まったく周りは信じてくれない。あいつの作られた人望に私たちは歯が立たない状況なのよ」
「有紗や陽歌が否定しても信じてもらえないのはともかく、杠葉さん本人が否定しても信じてくれないって、二岡ってやっぱすげーんだな」
「感心してんじゃないわよ!」
「し、してません……」
別に関心なんてしていない。むしろ否定しても通用しない二岡の恐ろしいまでの人望に呆れただけだ。
でも人望は決して作られるものではなく、二岡の努力が勝ち取ったものであるはずだ。
だから有紗の言い方には、少しだけ違和感を感じた――。
「ほんっと、告ってフラれたくせにしつこいしキモい」
「えっ? フラれた? マジ?」
「マジマジ。佑くんは仮にフラれてもあんな風になっちゃダメだからね?」
何故か俺がフラれる前提で話が進んでいるが、ここにいる二人の二岡に対する嫌悪感をみると流石にそんな風になりたいなんて思わない。
もちろん、二岡の人望の使い方には理解できないから、そもそもなる気も無いのだが。
「一応聞くけど、今の俺が聞いちゃって良かった話?」
「いいわよ。あんたは信じるでしょ?」
「まぁ、そりゃ信じるけど……」
「佑くんは転校してきたばっかで二岡くんのことよく知らないから信じてくれるけど、他の人はここまで言っても通じないから困っちゃうんだよね」
どんな洗脳だよ。聞いたことねーぞ。そもそも、普通フラれたって言い振らされるだけでメンタル終わるだろ。なのにそれどころか、誰も信じないとかどーなってんのあの学校。
「でもよ、ちょっとムカつくな」
「佑くんが珍しく本気で怒ってる?!」
「俺はちょっと色々あって二岡なんて信用してなかったけど、クラス会が終わった後はもしかしたら本当はいい奴なんじゃね? って思ってたよ」
「そんな考え捨てなさい。ろくな奴じゃないから。それより、色々って、あいつと何かあったの?」
しまった……。藤崎先生との話で二岡に対してまともな見方ができていなかったのだが、うっかりそれを溢してしまっていたようだ。
「えっと、それはまた別の問題で……。――それよりっ! まだ確信はねーけど、俺の歓迎会だとかクラスの親睦を深めるとか言っておきながら狙いはたった一つ、杠葉さんの連絡先だったってことだろ? 流石にムカつくわ」
人がしっかり正規ルートでクラス会の名目通り親睦を深めて手に入れたというのに、二岡はその手順を踏まずに我が物顔で杠葉さんの連絡先を登録した疑惑がある。
事実だったらマジで許せん。冤罪だったらマジごめん。
「あんたも遂にわかってくれたのね?!」
「いや、俺は一応前々から有紗寄りだっただろ? 学級委員決めから明らかにおかしかったしな」
「佑くん、じゃあやっぱりあの時から気付いてたんだ。あやちゃんが困ってるのに気付いてたし」
「気付くも何も、あれは普通におかしいからな……。でもよ、結局なんで杠葉さんは立候補しちゃったんだろうな」
最初はどう見てもやりたい様には見えなかったにも関わらず杠葉さんは立候補した。
立候補した瞬間の彼女の目には、少なからずちゃんと彼女の意思が混ざっている様に見えた。
彼女が立候補しようと決意した理由は何なのか。
「それが教えてくれないのよね。色々はぐらかされちゃってさ。またいつか伝えるって言って聞かないもんだから、今は待ちの状態っていうか」
「まぁ、あやちゃんのことだからきっといつか教えてくれるよ!」
「それもそうね。今はそれよりも二岡よ」
わかりきったことだが、二人は杠葉さんに絶大な信頼を置いているらしく、話は再び二岡についての話題に戻る。
「普通に杠葉さんに聞けばいーじゃん」
「それはそうなんだけど、綾女は何も言ってなかったのよね。だから、無理に聞いてあいつのことを思い出させるのも嫌なのよね」
有紗はそう言うが、そもそも杠葉さんは二岡の事が嫌なのだろうか。
もちろん、普段から二岡が絡むと困っているから好きということはないはずだが……。
「その辺りは難しいよねぇ」
陽歌も神妙な面持ちでポツリと呟く。
「ま、今考えても答えは出なさそうだしそう深く考えなくても大丈夫だろ。杠葉さんも何も言ってないみたいだし。それよりよ、もういい時間だけど帰んなくていいのか?」
これ以上話しても平行線のままな気がする為、帰宅を促す。
「あ、そういえばもう八時ね。そろそろ帰んなきゃ」
「じゃあ私食器片付けちゃうね。有紗ちゃん気をつけて帰ってね」
「え、それは悪いわよ。私もやるわ」
有紗が申し訳なさそうに言うが――。
「いいよ、昔から有紗ちゃんにはお世話になってるんだしこのくらいやらせて」
——陽歌もそこは譲らない。
陽歌の言葉を聞いた有紗の顔が、心なしか少しだけ暗くなった気がする。
「じゃあ、ごめんねはるちゃん。今日は任せちゃっていいかな? 今度絶対埋め合わせはするから」
「うん、いいよ。あ、じゃあ今度久しぶりに遊びに行こっか!」
「ありがとうはるちゃん。じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
陽歌と有紗は確かに仲は良い。これは今まで過ごしてきた中でもよくわかる。今も陽歌も有紗もお互い笑顔だ。
だが、二人の間には見えない壁の様なものが今、少しだけ垣間見えてしまった気がする。
以前、有紗が陽歌との昔からの関係をポツリと溢した時から、二人の間には何かあるのかな? とは思っていたが、ほとんど確信に変わってしまった。
「あんたも、じゃあね」
「おう。今日はありがとな。また明日」
有紗が帰っていくと、陽歌は鼻歌を歌いながら食器を洗い始めた。いつもと何ら変わらない姿だ。
「なぁ、陽歌」
「ん? なに?」
「お前と有紗ってどういう関係?」
時間の流れが一瞬止まったように感じた。
「どういう関係って、仲のいいお友達に決まってるじゃーん!」
「そうか、そうだよな」
「変な佑くん」
幼馴染の心未だ知らず――。
俺はまだ陽歌の本質を理解していない。そんな気がしてならなかった。




