12 試合観戦の日
九月十日、土曜日。
俺は反町希に誘われた、反町和史のテニスの試合観戦に来ていた。
夏休みに観戦した時は、ダブルスで順位戦まで勝ち進んで二十位になって県大会に駒を進めていた。
今日は県大会だが、そのダブルスではなく団体戦。花櫻学園男子テニス部、まさかの団体戦で県大会まで勝ち上がったらしい。これには少しだけ驚いた。
会場に着いて気付いたのだが、当然俺が元いた学校――皇東学園も出場しているわけだから、会場には懐かしい顔が多くいた。
が、辞めて退学した手前、めちゃくちゃ気まずいのも事実。だから、いるのをバレないように空気と一体化しようと試みたが意味もなく、普通に話しかけられた。
まあ、事情があれだっただけに特に責められもせず、みんな以前と変わらない感じに接してくれました……。
空気と同化しようだなんて、なんだか無駄なことしたなと笑えてしまった。
組み合わせは、皇東学園は第一シードで二回戦からの登場だ。花櫻学園は初戦を勝つと皇東学園と当たる。
さっき花櫻学園のレギュラーらしき選手達が円陣で叫んでたけど、目標は初戦突破して皇東学園と試合をすることらしい。まあ、そこのブロックに入ってしまったからにはそれが一番の目標になるよな。
「テニスの試合なんて観るの久々だわぁ! あんたも出てれば、当然この会場の中で一番強いんでしょ?!」
「一年ちょっと前までの俺ならな……というかさ、なんでお前らまでいんの?」
当たり前のようにここにいる有紗と綾女。聞いてしまったものの、それは反町希に誘われたからの他にあるはずもない。
「有紗さんがですね、佑紀くんと希さんが一緒にテニスの試合を観に行くみたいだから、自分も行きたいって言い出しまして。それで希さんに聞いてみたら、一緒に行こうと誘ってもらえまして」
「へえ、そうだったのか。つか、綾女はわかるけど、別に有紗は興味ないだろ?」
「最近MyTubeでテニスの動画観てるわよ。ほら、いっぱい出てくる」
と、有紗がスマホの画面を見せてきた。そこに映し出されていたものは――、
「マジかよ……俺やんけ……」
【椎名佑紀 テニス】で検索をかけてかかった動画のサムネだった。
そのまま有紗が画面をスクロールすると、それなりの数の俺に関する動画があった。
「え、あんた本人なのに知らなかったの?」
「おう……だって自分の名前で検索なんかしたことねえし」
「あんた、投稿主を肖像権の侵害とか言って訴えないでよ?! 空いてる時間にこれを観るのが今の私の楽しみの一つなんだから。今日も空き時間ができた時の為にポケットWi-Fi持ってきたし!」
「いや、別に俺のテニスの動画が投稿されてるのに怒ったりしてねえし」
何なら、何故か一緒にロジャー・フェデリーの動画もヒットしてて感動している。
俺とロジャーの動画が上下に並んでるとか奇跡だろ。マジで俺の動画を投稿してくれた人達サンキューな。
「なるほど……そんな手もあるのですね。それ、何というアプリでしたっけ?」
「MyTubeよ。もしかして綾女、アプリ入れてないの? というか、最初から入ってなかったっけ?」
「あ、これですか?」
「うん、そうよ」
「どうやって使うんですか?」
「え、そこから?! もう、仕方ないわね――」
有紗は驚きつつも、MyTubeのアプリの使い方を綾女に教え始めた。
マジかよ……スマホ持っててMyTubeで動画見たことない人とかいるんだ……。そりゃ、速度制限とか色々邪魔な障害はあるけど、それでもみんな一度くらいは使ってるもんだとばかり思ってた。
「ところで椎名くん、最近はどう?」
「ん、何が?」
反町希の問いに、俺は首を傾げる。
「悪質な嫌がらせ……黒板のあれは初回以降は何も無いけど、その他はどうなのかなって思って」
「それがさ、あの日以降マジで何も無くて」
反町希も学級委員として現在の状況を把握しておきたいのだろう。だから、誤魔化したりせずに正直に答えた。
「そう……ならよかった」
「でもさ、何か仕掛けてきてくれねえとしっぽ掴めねえんだわ……」
「犯人は絶対把握しておいた方がいいもんね……悩ましい」
「それなのですが、多分犯人は仕掛けてきてはいると思いますよ」
ここで綾女が口を開いた。しかし、思い当たる節がない。
「どういうことだ?」
「私の班、今は教室掃除なんです。ちゃんと黒板もピカピカに綺麗にしてるはずなのに、次の日に学校に来ると毎回違和感があって……黒板もちょっと汚れてますし、レールにはチョークの粉が落ちてますし、黒板消しも汚れてる。おかしいとは思いませんか?」
「ってことは……書かれてる悪口を藤崎先生が朝早くに来て消してるとか?」
そうとしか考えられない。となると、もしかしたら机の中にいたずらされてるかもしれないし、上履きの中にも画鋲が仕掛けられてるかもしれないわけで。それを密かに藤崎先生が全部処理してくれてるのか……。
「まあ、藤崎先生かはわかりませんが、誰かが消しているのは間違いないと思います」
「これは、週明けにクソ早く学校行ってみるしかねえか……」
「犯人が朝に犯行に及んでるんだとしたら、処理してくれてる人じゃなくてそっちと鉢合わせたりしてね」
「なるほど、有紗の言うようにその可能性もあるわけか」
それならちょうどいい。やはり週明けはクソ早く登校してみよう。
……頼むから放課後とかじゃなくて朝に犯行に及んでいてくれ。俺はさっさと解決したいんだ!
「何にせよ、とりあえず来週いっぱいは朝早くから学校に登校してみようか! 私も行くよ」
「え、姉様も? というか、なんで来週いっぱい? そんな毎日クソみたいに早起きしたくないんだけど」
「何言ってるの。初日から犯人と鉢合わせる保証なんかないでしょ? だったらその日が来るまで待つしかないじゃん」
言われてみれば確かにそうだ。
けど……毎日それは正直面倒い。が、妥協するわけにもいかないのも事実。
「犯人との我慢比べか……しょうがねえ、やるしかねえか」
「……あんた、それ――」
「ん?」
有紗が俺の腹部辺りをジトッと見ている。
何があるのかと思って自分の目線をそちらに移すと――、
有紗が見ているのは俺のスマホの画面。
たった今通知が入ったらしく、画面が付いていた。
その通知の正体は――、
「あっ……! こ、これはその……あははっ……」
アリスこと伊集院珠里亜からのメッセージだった。
マ、マジかよ……なんつータイミングで……。
「アリスって誰よ?! ……あ、だからそのね、偶然目に入っちゃったから聞いてるだけで、あんたのスマホを盗み見ようとしたわけじゃないのよ?! でも、誰かなぁって気になって……!」
有紗には『あの手の女に関わるとロクな目に遭わないから、絶対近づいちゃダメよ?』と言われている。
なのにそれを無視した形になっているものだから非常に焦った。
でも、よく考えたら通知にある名前はアリスだ。
アリスは転校生であり、しかも美少女だから既に学校では有名人だろう。だから名前だって知れ渡っているはずで、それを有紗が知っててもおかしくはない。
でも、それは伊集院珠里亜の方であって、アリスの名は俺にしか教えてないと言っていたから知っている人は他には多分いないだろう。
だから本来は焦る必要なんてないのだ。
というか、恐らく有紗はアリスを見た目で判断しているし、それは俺も同じだった。ヤンキー女だし、関わりたくないと思ってたからな。
そのうち有紗も、アリスの中身を理解すれば考えも変わるだろ。
まあ俺も、こんなこと思ってるくせにアリスの中身ぶっちゃけほとんど知らないんだけど。
「最近できた友達」
ひとまずそれだけ答え、アリスからのメッセージを確認する。
〈休日の朝っぱらから女を3人も囲うなんて流石はモテ男だねぇ!〉
次いで写真。今ここに座っている俺達だ……。
〈でもいつも一緒にいる子はいないんだね。喧嘩でもした?〉
多分陽歌のことを言ってるのだろう。まあ、俺と陽歌はよく一緒にいるから学校のどこかで見られてても不思議ではない。
というか、今はそんなのどうでもいい。
それより、この文と写真……え、ここにいるの?
と、顔を上げて、写真から撮られたであろう位置を予測してその方向に目を向ける。
が、見当たらない……いや、いるはずだ。
そう思って辺りを見回すと、俺達より上に座っている水色のワンピースに黒いハットを被った女性に目が止まった。
髪色は銀……あの人なのか?
そう思っていると、その女性は掛けているサングラスをずらしてウインクをしてきた。
やっぱお前か!
「試合始まるまで時間あるよな?」
まだ開会式もやってないどころか、選手がコートで朝のアップをしているだけだ。
時間がないわけがない。
「確か九時に開会式だって言ってた気がするよ」
「オッケー。んじゃ、ちょっと散歩してくる」
そう言って観客席を立ち、コートを離れる。
「やあ、よくあたしに気付いたね。こんな格好だから、絶対わかんないと思ったのに」
すると、追ってきたのか背後から声を掛けられた。
振り返れば、やはりアリスだ。
「もっと分かりやすくいつもみたいにヤンキー感出しておいてほしかったんだけど」
「あたしはヤンキーじゃなくてお嬢様だからね。こういう格好の方が様になってるとは思わない?」
確かに優雅で、お嬢様と言われれば納得もする。嘘じゃなかったんだな……。
「で、なんでこんな場所にいんの?」
「クラスメイトの男の子が出るみたいでね、今週はそんな話をあたしの近くで聞こえるように他のクラスメイトにしきりに話してたもので……もしかしてあたしに来てほしいのかと思って」
「そ、そうか……それでマジで来るって……え、まさかそいつとそういう関係?」
「だったら?」
「マジかよ?!」
「んなわけないっしょ」
と、アリスはサングラスを外してジトっと俺を見てくる。
紛らわしいな……もし本当だったら祝福してやったのにな。自販機で缶ジュースくらいなら買ってやるぞ? まあ、お嬢様がそんなんで喜ぶとも思えんが。
「あんたこそ、どうしてここに?」
「クラスメイトの応援」
「じゃあ、あたしと同じだね。まあ、多分あたしが来てるって気づかないだろうけど」
「サングラス外してりゃ多分わかるだろ」
「じゃあ外したままにしておこうっと」
そう言ってアリスはサングラスをポーチに仕舞った。
「これで、あんた以外にもあたしの存在に気付いてもらえるかな――」
アリスはどこか切なげな表情を浮かべた。
「はっはーん、わかったぞ。お前、ここに来たものの一人で心細かったんだろ」
「よくわかったね。そんなところに友達とここに来ているあんたを発見したってわけさ」
「んじゃ、お前も俺達と一緒に観るか?」
「本音ではそうしたいところだけど、あの金髪の子にはどうも近寄り難いかというか、毛嫌いされているような気がしてね……だからちょっとそれは勇気が出ないというか」
その予感は当たっていて、アリスは有紗には毛嫌いされている。
それは見た目で中身を判断されているからであって、少し交流を持てばなんとかなりそうだとも思うが……勇気が出ないと言ってるのに今から無理強いしようとも思わない。
「ふーん、じゃあ俺と一緒に観るか?」
「いいのかい?」
「別にいいっしょ。あいつらだって三人で観ればいいだけなんだし、俺一人いなくても何の問題もないし」
「まあ、同じ試合を観るわけで近くにはいるしね」
「そういうこと」
納得した俺達は、その足で先程までいたコートに戻り、有紗達のいる観客席とは逆サイドの場所に腰を下ろした。
そして届いたメッセージ。
〈あんた、その女……どうして……〉
そんな文章が、有紗から送られてきたのだった。




