11 最後の砦に期待した
作戦会議? が終わり、俺は今スーパーにいる。何故か、有紗も一緒に。
ちなみに、姉様と綾女は一度学校に戻った。何やら二人揃って忘れ物らしい。
「大天使なぎちゃんがお腹を空かせて待ってるからね。気合入れて食材調達よ!」
「いや、気合いなんて入れないし。テキトーに野菜炒めでも作って、後は惣菜買うだけだし」
「シチューにしましょうか」
と、有紗はショッピングカートを俺から奪い、青果コーナーに進行。
「えーと、じゃがいもに玉ねぎにっと」
「野菜炒めにじゃがいもは入れないんだが」
有紗の家では入れるのかもしれないが、うちは違う。だから必要ないと、じゃがいもをショッピングカートから売り場に戻す。
「ちょっと、せっかく選んだんだから戻さないでよ」
「シチューなんて高難易度過ぎるわ」
「そんなに難しくないけど。まあ任せなさいって」
そう言って有紗はドヤり、ニンジンを選び始める。
「……え、まさかお前が作る感じ? つか、今からうちに来るの……?」
「そうよ。言わなかったっけ?」
聞いてないが、それなら俺が労力を使わなくて済むし大助かりだ。
実は美味いと思ってるくせに俺の作る料理に文句が絶えない渚沙も、有紗が作るなら一つの文句も言わないだろう、多分。
「あ、どうせなら一緒に作る? シチューが難しいと思ってるなら、教えてあげるわよ?」
「いや、せっかく有紗が作ってくれるのに、俺が介入したら渚沙から文句が出るから」
「ならなぎちゃんがいない時に教えてあげるわ。だから今日は我慢しなさい」
いや、我慢と言われても、そもそも今日だって教えてくれとは頼んでないし。まあ、別の日に教えてくれるなら、それはそれでお願いしたいけど。
「へいへい……あ、そういやさっき陽歌の奴、何故かキレてやがったけど何でか分かるか?」
「……さあ? どうしても知りたいなら本人に聞けばいいんじゃないの?」
と、有紗は苦笑いを浮かべた。どうやら困らせてしまったようだ。
「それもそうだな。悪いな、変なこと聞いて」
「まあ、幼馴染なら気になるのも無理ないわ。……さてと、次はお肉ね。豚鶏牛どれがいい?」
「有紗って、見かけによらずいいお嫁さんになりそうだよな」
「――きゅ、急に何言ってんのあんた?!」
と、有紗は顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。またまた困らせてしまったようだ。
「毎度悪いな、変なこと言って。あ、ちなみにうちのシチューで鶏肉以外が入ってるのは見たことないから、違う種類の肉がいいな。ってわけで、値段的に牛より豚で」
「嫁……私が……!」
「おい、聞いてんのか?」
「え?! あ、はいはい、牛肉……だっけ?」
おう、やっぱ聞いてなかったんだな。何か自分の世界に入り込んでたみたいだしな。誰にでもあるよな、そういう時って。
※※※※※
今日の我が家の食卓は普段より平和だ。渚沙が料理に文句を言う事もないし、そして何よりめちゃくちゃ美味い。
こうも渚沙が美味しそうに食べていると、日頃俺が作る料理の味に文句言ってるのって、マジで本心だったんじゃないかとさえ思えてくるが……。
「はあ、美味しかった! クソ兄貴とはまるで腕が違いますね」
「黙れ。俺だけじゃなくてお前とも大違いだわ」
空になった皿にスプーンを置き、わざわざ俺と有紗を比較してくる渚沙に、ついムキになってそう言ってしまう。
「んじゃ、今後なぎが当番の日はクソ兄貴の分は用意しないから」
「なら、俺が当番の日はテメェの分は用意しねえからな?」
「は? 何言ってんのクソ兄貴。そんなのダメに決まってんじゃん」
「何でだよ?!」
「はーあ……有紗さんがお姉ちゃんなら、週の半分大して美味しくないご飯を食べて夜な夜な枕を濡らす事もないのに……ぐすんっ」
そんな泣き真似したって、辛い思いさせてごめんな、とはならねえからな? どーせ枕を濡らしてるだなんて嘘なんだし。あと、しれっと俺の質問をスルーするな。
「んもうっ、なぎちゃんったら可愛いんだからあっ!」
「グヘッ……」
隣に座る有紗に抱きつかれ、渚沙は苦しそうな表情を浮かべる。たくさん食べたばかりだからな、うっかり戻したりするなよ? もし戻しても絶対自分で処理しろよ?
「お兄ちゃん……だずげで……」
「ハッ……」
鼻で笑って目を逸らす。それから数十秒、ようやく有紗が渚沙を解放すると、今度はマジもんの涙目を浮かべて渚沙が睨んでくる。
そして有紗だが……何事も無かったかのように、まだ大量に残っている自分の皿の料理を食べ始める。
「いっもうと、いっもうっと、ふっふっふーんっ」
何やら楽しそうに、よく分からない歌を歌いながら……。
「ねぇねぇなぎちゃん、私が義理のお姉ちゃんになったらどうする?」
「は?!」
思わず反応してしまったが、こいつは一体何を言い出してくれてるんだ。
お前が渚沙の義理の姉にって……それってそういう事だぞ?! 分かってて言ってんのか?!
……いや、分かってないな。渚沙にお姉ちゃんだったらって煽てられて浮かれてるだけだな、絶対。
「愚兄を追い出して、より快適なぐうたらライフを送りますね」
「それだとさっきみたいになっても助けてやれねーぞ?」
「うぐっ……って、別にさっきは助けてくれなかったくせに……やっぱ有紗さんがお姉ちゃんは一旦白紙で……」
「そんなぁ……」
まあそう肩を落とすなって。むしろ良かったと思うぞ? 渚沙の世話は大変だからな。慣れてるのなんて、うちの家族と陽歌くらいだし。
「でも一旦って事は、可能性は全然あるわよね?! ね、そうよね?!」
「あ、いや……」
そんな期待を込めた目をして見つめてくるのはやめてくれ。そんなの知らんわ。俺に聞くな、渚沙に聞け。
「はぁ……これだから愚兄は……」
「んだよ」
「一生動画と妄想で満足しとけ、どーていクソ兄貴」
「なっ……」
…………お兄ちゃんは凄く切ないよ。幼馴染がそのワードを口にした時も中々悲しくなったけどさ、実の妹だと破壊力が桁違いだな。
はぁ……どうしてなんだ……そんな子に育てた覚えは無いのに……。
カランッと、何かが落ちる音がした。見れば、有紗のシチューの中にスプーンが浮かんでおり、当の有紗は真っ青な顔して固まっている。
「……あんた……何を……」
「え?」
そして、表情一転顔を真っ赤にして、プルプル震えながら俺を睨んでくる。
「――なぎちゃんに何を教えたのよ……!」
「ま、待て……俺は何も教えてないぞ?! ほ、ほら、中学生ってそういうお年頃じゃん……? 学校かどっかで覚えて来たんだよ、な……?」
真っ先に疑われたのに焦り、縋るように渚沙を見つめた。
お願いだから今回だけは俺の無実を証明してくれ……!
「うん、そうだけど」
ふぅ……良かった。流石俺の妹。俺の言葉に素直に反応してくれて涙が出ちゃう。愛してるぜ渚沙。
「でもクソ兄貴、押し入れにエロ本隠し持ってたり、夜中にイヤホン無しでエロ動画観てやがったから、なぎがこうなったのはそのせいでもあるけどね」
「そこまで素直になれとは言ってない……!」
俺の涙を返せ。俺の愛情を返せ。どうしてくれるんだこの空気……めっちゃ気まずいんだが。
と、明らか侮蔑の目を向けてくる有紗を見て冷や汗が流れる。
「あんたって奴は……こんなに可愛い妹になんて悪影響な……」
「ま、待て、落ち着こう……な?」
「そうですよぉ、落ち着きましょう有紗さん。あ、もしかして有紗さんって処女ですか?」
「何聞いてんだお前は……!」
落ち着きましょうと言っておいて、そうさせない質問をしていくスタイル。見ろよ、聞かれた有紗、今日一番の顔真っ赤にしてプルプル震えてるぞ?
「……そだけど」
………………いや、答えるんかーい。無理に答えなくても、普通にスルーして良かったんだぞ?
「なら安心していいですよ。なぎの目に狂いが無ければ綾女さんもそうだし、クソビッチ陽歌もどうせ処女ですから、これに関しては互角です。そうでしょお兄ちゃん?」
「俺に聞くなぁ……!」
知るかそんなこと、俺じゃなくて本人達に聞いてくれ。そもそも、処女かどうかで何を争ってるっていうんだよ……。
というか、陽歌に関しては、渚沙に処女と判断されながらクソビッチとか言われてる矛盾が地味に可哀想なんだが。
「あれ……お兄ちゃん、初めてのお相手は非処女派だったの?」
「誰もそんなこと言ってないんだけど……」
「とのことなので、これに関しては互角ですよ有紗さん」
「ふぅ……良かったぁ」
いや、意味わからんし。何で安心してんの? 渚沙のペースに乗せられすぎじゃない?
「でもあんたは、そんな物観てるのよね……」
「へ……? まだ続くのこの話……」
「まあお兄ちゃんも男ですから。あ、そういえば有紗さんは結婚まで処女派ですか?」
「だからお前はさっきからどんな質問してやがんだ……!」
俺は男だから知らんけどさ、もしかしてこれってガールズトークってやつなの? だったら俺がいない場所でやってくれ。
聞いていい話なのかそうじゃないのか分かんないから気まずい……って思いながら、でも結局何故か知りたいからこの場に居続けてるんだけどさ。
「あ、あのさ……あんたはどうなの……?」
「え、何が……?」
有紗がめっちゃ恥ずかしそうにしながら話題振ってきたんだけど……何に関して……? え、まさか結婚まで童貞派か聞かれてる感じ?
「お兄ちゃんは今すぐにでも卒業したい派ですよ」
「勝手に答えるな……!」
「今、すぐか……」
あの、有紗さん……? 渚沙の発言を間に受けないでくれます? 別に俺は今すぐにとかじゃなくて、然るべき時でいいと思ってるのですが。
「もし有紗さんが結婚まで処女派なのでしたら、お兄ちゃんがエロ動画観るのも許してあげてください。何せ男は溜まったら吐き出さなきゃ辛いらしいですから」
「お前に知識植え付けたガキ共、今からぶっ飛ばしに行っていいか?」
中学生の妹の口からこのレベルの下ネタが飛び出すと、流石に切ない通り越して教えた中坊のガキ共にイラッとしてきたんだが。
「許せないわね……」
「だろ?」
「だ、だから……私もあんたと同じで良いわ……!」
「はい……?」
いや、許せないって言うくらいだから渚沙に知識植え付けたガキ共のことを言ってると思ったんだけど……有紗は自分が何を言ってるか分かってるのだろうか。
渚沙の発言を間に受けたままなら、今すぐ処女捨てたいって言ってるようなものだからな?
うん、絶対自分でも何言ってるか分かってないんだろうな……というか、そうであってほしい。
「で、でもでも……セ、セフレとかはダメよ……?!」
もうさ……やめようぜこの話。
綾女はただの変態で陽歌もほぼ同じくだ。
だから俺にとって有紗は清純という枠組みにおける最後の砦みたいなもんだったのに……有紗の口からもそういうワード聞くことになろうとは……。
とはいえ、変態枠昇格にはまだ早い。奴らと同じ枠にぶち込むには恥じらいが大きすぎるからな。
言い終わった後めっちゃ顔真っ赤にしちゃってさ。いや、知ってたけどクソ可愛いな。
「あ、お兄ちゃん、言い忘れてたんだけどさ」
「んだよ、これ以上下ネタ言ったらお尻ぺんぺんの刑だからな」
「夜、お兄ちゃんの部屋から変な音声が聞こえてきて眠れないってお母さんに報告したんだけどさ――」
「はっ?! おまっ……マジで言ってんの?!」
「そしたら、佑紀もそういうお年頃なの。毎月の仕送りの九割は渚沙が自由に使っていいから許してあげて、だってさ」
「おう、報告はしてないんだな」
普通に焦ったが、いくら俺がそんな動画をイヤホン無しで観ていたからといって、母さんがそんなことを言うはずがない。
仕送りの九割を渚沙が自由に使うとか、じゃあどうやって生活していけばいいんだよって話になるしな。
ってわけで、渚沙の小遣いは今まで通りで。
「ん? 姉様からメッセージ――」
「お兄ちゃんの彼女?」
「――んなっ?! そ、そうなの……? 私、聞いてないんだけど……」
「違うわ」
つか、なんで有紗はそんなに不安そうな顔してんの……いや、流石にそれは無いよな? まさか俺のことが好きだから、なんて都合のいい展開――あるわけないか。
これまでも何度かそんな展開を期待しそうになったけど、結局毎度違ってたわけだし。
「……で、なんだって?」
「今週の土曜日、デートしない? だってさ」
「はあっ?! デ、デート?!」
この驚き、焦り様……やっぱその線もあるかもしれないと思っておいた方がいいのか……?
「え、えっと……弟の試合を一緒に観に行かないかって誘われて……」
「クソ兄貴、それってデートなの?」
「まあ、姉様がそう言ってはいるけど普通に冗談だろ」
「うん、それなら夏休みにも行ってたしデートじゃないわね! ならいいわ!」
つまり、デートだったら駄目ということだろうか。
それすなわち、やっぱこいつ……いや、でもこれだけで決めつけて調子乗るのは危険だ。
「わかりませんよ有紗さん。もしかしたらそれを機に二人の関係は一気に進展して――」
「それはダメ……!」
渚沙の発言に対して有紗は声を荒げた。
「……あの、有紗? なんでダメなん?」
「う、うっさい……! ダメって言ったらダメなの……!」
「そっかそっか! ムフッ、ムフフフッ――」
つい気持ち悪い笑い声が出てしまった。しかしこの焦り様、可能性は大幅に上がったと言っていいはずだ。
「キモ……」
「そうね……キモいわ」
「――んなっ?!」
うん、やっぱ有紗が俺を好きな可能性とか無いらしい。
だって、好きな相手にこんな冷めた目でキモいとか多分言わないよね?
…………期待させんなゴラァ!




