10 担任の推測
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恐らく、御影は椎名の靴箱を調べていたのだろう。
ただ、椎名からは御影にだけは言わないでくれと頼まれたように、その件を御影が知るはずもない。
にも関わらず、彼女は椎名の靴箱を……それに、私が放課後に二度確認した椎名の机……二度目は誰かに整理された後だった。それも恐らく御影が……?
これはもう、やはりそうとしか考えられない。
御影陽歌という生徒は、この度の件に関する何かを掴んでいる。
ただ、あの様子から見るにその情報を教えるつもりは一切無さそうだ。まるで、教師という存在を何一つ信用しておらず、それどころか嫌悪さえしているのが先ほどの様子から伝わってきてしまった。
「これは、その線も考えるべきか……」
「何の線?」
「未来、ちょっと頼まれごとをしてもらえないか?」
「えぇ……仕事はノルマしかこなさない主義なんだぞぉ」
「如何せん、流石の私でも通常の業務に加えて現在抱えている問題全てに対処するには時間が不足し過ぎていてな。その分の報酬は私がちゃんとやるから、頼む」
「……はいはい、実の姉に久々に頼まれごとされちゃあ仕方ないか。で、何をすれば?」
聞いてくれるらしく、未来は首を傾げた。
「まずは、この学園に入学する以前の御影について調査をお願いしたい」
「……あのさ、今日椎名くんに何があったのかはこの学園の職員である私も当然把握しているわけだけど……お姉ちゃん、まさか陽歌ちゃんを疑ってるわけ? 確かに椎名くんに対しては毒舌らしいけど、あの子に限ってそんなはずないんだけど……!」
珍しく未来が私に声を荒げた。しかし私はそのような意図で頼んだわけではない。
だが、ここまで必死に御影が犯人なはずがないと訴えるのにも理由があるはず。
「ほう、何故そう言い切れる?」
「あの子が、昔の私に何処となく雰囲気とかが似てるような気がするから……気のせいかもしれないけどね……」
未来も察しているのか、それともただ雰囲気のみに関して言っているだけなのかは分からないが、
「毒舌を除けば、あながちそれは気のせいではないかもしれんぞ」
私の推測が当たっているなら、未来の発言もまた正解だ。
「はあ? 発言が二転三転してるみたいでわっけわかんない……結局、陽歌ちゃんを疑ってるのかそうじゃないのか、どっちなの?」
「今回の件、まず大前提として私は御影を疑ってなどいない。そして本題、そもそも果たして本当にターゲットは椎名であろうか?」
「……陽歌ちゃんを疑ってないのはよかったけど、逆に誰がターゲットだって言うのよ。被害受けたのは椎名くんでしょうが……」
「あくまで可能性の話だが――」
もしそうであるならば、被害は椎名だけに留まらない。
「仮にお前に、御影にとっての椎名のような存在がいたとして、学生時代に今回のような件が起こっていたとしたらどうしていた?」
「考えるまでもないんだぞ。そんなの、何としても止めるに決まってるじゃん……って、まさか陽歌ちゃん……」
「そうだ、私の推測が正しければ、御影は予め椎名に対する全ての嫌がらせを事前に消し去ろうとしている。ただ、今朝の一件以外は御影には知る由もない。当の椎名本人が御影には言うつもりがないのだからな。なのに何故、御影にはその他の嫌がらせへの対応が出来ると思う?」
普通ならば無理。しかし、御影はそれを実行しているように見えた。
「それってやっぱり……」
「御影が過去のお前と同じ立場だったなら、椎名に起こり得る嫌がらせを予測するのも可能なのではないか?」
「……まさか、陽歌ちゃんも……」
「まだあくまで推測の段階だ……しかし、本日あった椎名への嫌がらせ内容を全てピンポイントで当てていそうなところ、それからあからさまに教師を信用していない雰囲気を見るに……私としてはその可能性を捨て切れない」
つまりは、御影は過去にいじめを受けていた。加えて教師への信用の無さ……恐らく、誰一人として助けてはくれなかった。
そして今朝の件は、その過去のいじめ内容に含まれていたもの。
そして、その後の椎名にあった様々な嫌がらせに気付いている、又は起こり得ると予測をして行動しているのならば、それらも今朝の件と同じく過去に体験したもの。
「もしこの推測が正しいのならば、御影にとっては過去の追体験でもさせられている気分……正に地獄だろうな。あるいは――」
それ以上に、御影にとって大切な存在であろう椎名が自分と同じ目に遭わされていることに苦痛を感じているかもしれない。
「嫌がらせ、いじめの内容は様々と言うが……仮に過去に御影がいじめを受けていて、それが全て今回の椎名へのそれと一致しているのならば――」
私は一旦言葉を止め、深呼吸をした。そして、
「――犯人の真のターゲットは、御影陽歌。あり得ない話でもないだろう?」
これが私の推測だ。
当たりならほぼ間違いなく、御影は犯人に関しても把握している且つ、自身が真のターゲットであるのにも気付いている。
だとしたら、予め対処することで自己防衛と椎名を守ることを同時に成そうとしているのだから大したものだ。
しかし、そう上手くいくとも思えない。
「よくもそんな大それた予測ができるもんだね。ちょっと怖いんだぞ……」
「以前の私なら無理だっただろうな。しかし、お前も体育祭で見ただろう?」
「なるほどなんだぞ……有紗ちゃんを狙っておいて、真のターゲットはそれぞれ綾女ちゃんと椎名くんだった。それと同じだって言いたいんだね」
理解したのか、未来は頷く。
「良いんだぞ。可愛いからってだけで酷い目に遭った元いじめられっ子代表の私が調査してきてやろうじゃないの」
「随分と軽々しく過去の闇を口にするのだな」
「有難いことに私には杠葉雪葉ちゃんっていう味方がいてくれたからね。その予測が当たってるならきっと陽歌ちゃんも同じでしょ? そしてその味方は絶対椎名くん」
未来のその予想も当たっていると思う。でなければ、今回の嫌がらせを御影だけには言わないでほしいとは言ってこないはず。恐らく、御影に過去のフラッシュバックをさせたくはなかったのだろう。
「最終的に美味しいとこは全部椎名くんに譲ってあげなきゃねぇ! そしてこの件を解決した暁には二人はとうとう……!」
「妄想は結構だが……何より大切なのは解決すること、それだけだ。二人のラブストーリー云々は、今は語り合う余裕など無い」
「はいはい、分かってますって。あ、言っとくけど今日から調査開始は無理なんだぞ。でも、久々に残業して明日以降の仕事を減らす気にもなったから、近いうちに始めるよ」
そう言って未来は机の上の書類を手に持った。
やる気になってくれたのを邪魔するわけにもいかない。
私も私で、ひとまず本日の残りの業務を片付ける為に職員室に向かった。
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