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9 信用できない

□□□


 弥生日和を一人飛び出した私は、再び学校に来ていた。とある、目的の為に。


 始まるのは分かり切っていた。花火大会のあの時、災厄こと伊集院珠里亜に予告されたのだから、私なりに警戒はしていた。

 

 あの時明らかだったのは、災厄が佑くんに目を付けていること。私の精神を破壊すると言ってきたからには、佑くんを利用するのだろうと思った。

 

 だから数日前だって、災厄がうちのクラスの前まで来ていた時、裏をかいて佑くんを教室の外に連れ出した。

 二人を接触させてはならない、その一心で。


 でも結局、それで私は佑くんをどう守れたというのだろうか。佑くんが災厄に接触されたとして、具体的に何をされるのかは定かではなかった。

 なら、実際にあったのは、佑くんを守れたと思いたい、そんなただの自己満足だったのではないか。

 

 でなければ、どうして今朝の一件が起ころうか。あれは、私の生半可な警戒、及び自己満足が招いたいわば災厄。


 当初、クラスメイトの大半は二岡真斗を疑っていたらしい。それも、心理的には理解出来る。


 でも、私は黒板を見た瞬間から確信していた。

 あれは過去の私に対するいじめの一つ。このタイミングで起こったことを考えても、黒幕は伊集院珠里亜で間違いない。

 ただ、黒幕は伊集院珠里亜でも、あれを黒板に書いたのは他の誰か。女子ではなく男子の字だったから。恐らく、伊集院珠里亜に命令でもされたのだろう。


 全く以って効果的……私の精神を破壊するのは本気らしい。

 フラッシュバックに加えて佑くんが傷付けられるのは、はっきり言って吐きそうだ。


 そう、伊集院珠里亜は私にとって誰よりも大切な人に、私と同じ道を歩ませようとすることで、私の精神の破壊を狙っている。


 昔にみたいに私そのものを狙ってくる方が圧倒的にマシだった。


 生半可な警戒では駄目だ。完全警戒態勢を取らなければ、一気に畳み掛けられる。

 これ以上佑くんに、私と同じ思いをさせるわけにはいかない。


「……まだ、書かれてないか」


 と、教室に戻って黒板を確認をする。


 だが、今朝の一回で終わるはずがない。明日以降、絶対に佑くんより早く登校して毎朝のようにチェックしよう。


 それから今日の昼休みの終わり頃に席に戻ってきた佑くんだったけど、その後すぐに慌てて教室を飛び出してしまった。

 それだけで決めつけるのは早いのは分かってるけど……私の経験から考えると、机の中に虫の死骸とかを仕込まれていた可能性がある。


 もしそうなら、それも当然伊集院珠里亜に命令された誰かの仕業。何故なら災厄は、新学期二日目にうちの教室の廊下前に来たきり、それ以来は近付いてきてはいないから。


「……これもまだ仕込まれてはいない、か」


 佑くんの机の中を確認する。虫の死骸等は無いが、単純に汚い。夏休み前に片付けなかったんかい……。

 仕方ないから整理しておいてあげよう。


 おお、英語の小テスト、10点満点中4点……バカなりに案外頑張ってる。

 あ、こっちのくしゃくしゃに丸めてあるプリントは……数学の小テスト、10点満点中0点……え、私の教え方ってそんなに酷い?

 いやいや、でもこれは期末テスト前のやつのはず。あのバカでも赤点回避したのだから、私の教え方に狂いはない……!


 ……って、そうじゃなくって、とりあえず整理っと。


 勝手に佑くんの机の中を掃除してから、次に向かう先は昇降口。

 確認するのは佑くんの靴箱に入っている上履きだ。


「……これも今のところは入ってない、か」


 画鋲等は仕込まれていないし、靴箱も綺麗だ。夏休み前に掃除してあげたから当たり前だよね。流石は私。

 ちなみに、夏休み終了二日前の午前中に家の掃除もしてあげた。その甲斐あって多分まだ散らかってはないはず。これも流石は私。

 いや、その日以来佑くんちに行ってないから未確認なんだけど……渚沙がやらかしてなければ大丈夫なはず。


 ……って、そうじゃなくって、ひとまず今日の段階ではまだ何も仕込まれてはない、か。


「さてと、今日は帰ろう――」

「御影ではないか。部活に入ってないのに、まだ帰ってなかったのか?」

「あ、いや……今から帰ります」


 偶然通りかかった藤崎先生に声をかけられた。


「……おい、そこは椎名の靴箱ではないのか?」

「そ、そうですけど……それが何か?」


 なんて答えてしまったけど、他人の靴箱を開けてるなんて傍から見たら怪しいのは当然。というか、怪訝な表情を向けられているわけだし、何かしらの疑惑を掛けられてる気がする。


 とはいえ、正直に話すなんて無駄なことはしたくない。だって私は、教師という存在を信用なんてしていないから。


「話がある。ちょっと来なさい」

「はい」


 ラブレターを入れたとか言って適当にやり過ごそうと、藤崎先生に付いていき事務室に入ると、


「あらぁ、お姉ちゃんに陽歌ちゃんなんて、珍しい組み合わせねぇ」


 事務職員の机で書類に目を通していた藤崎先生の妹、未来さんが機嫌良さそうに顔を向けてきた。


「そこに座りなさい」


 藤崎先生に指示され、ソファーに腰掛ける。


「ちょっとぉ、お姉ちゃん何でそんなピリピリしてるのぉ? まさか陽歌ちゃんにお説教? 可愛いからってだけで怒っちゃダメなんだぞ」

「生憎、私にそのような嫉妬感満載な趣味はない。それで、御影はさっきあそこで何をしていた?」


 藤崎先生は未来さんをジトッと睨んだ後、私にそう質問してきた。予想は出来てた展開だ。


「えっと……ラブレターを入れようか迷ってたのです」


 私がそう答えると、藤崎先生は目を丸くし、未来さんはガタッという音を立てた後、机を叩いて立ち上がった。


「それはダメだぞ陽歌ちゃん……! 絶対ぜーったい浮気だけはダメなんだぞ……!」

「……浮気? な、何のことです……?」


 そして未来先生の口から出てきた言葉に首を傾げてしまう。

 思い当たる節が全く無いのだ。間違いなくあらぬ誤解をされている。


「誤魔化しちゃダメだぞ?! 椎名くんはどうするの?! 陽歌ちゃんが浮気してるって知ったら椎名くんは……」

「え、どういう設定……」


 いつの間に未来さんの中では私と佑くんがそういう関係になっていたのか……変わらず幼馴染なんだけどな。


「未来、言っておくが、御影がラブレターを入れようとしていた場所は椎名の靴箱だぞ。それで何故浮気と言える?」

「なーんだぁ……なら安心だぞ。というか、まだ付き合ってない感じ?」

「ええ、まあ……ん? 『まだ』……?」


 未来さんは、どうして今後付き合うのを前提で話を進めてるのかな?

 それは、有紗ちゃんかあやちゃんの役目では?


「そっかそっかぁ! でも良かった良かった、椎名くんの恋の成就も間近みたいで! おめでとうなんだぞ!」

「そのようだな。君たち二人なら上手くやっていけるだろう」

「お、おん……? 何事……?」


 これではまるで祝辞を述べられているみたいだ。一体どうしてこうなった……それは私が適当なことを言ったからだ。もっと他の誤魔化し方をしていればこんなことには……いや、本当にそうだろうか?


 聞く話によると、そもそもが佑くんが私に恋しちゃってるみたいではないか。

 え、それは非常にまずい……確かに私は天下無敵の可愛さを誇っているからあり得ない話でもないけど、それならば有紗ちゃんやあやちゃんも同じだ。


 なのにどうしてよりにもよって私に……って、そんなわけないよね。


 この二人には誤解されてるだけに決まってる。


 私と佑くんは幼馴染。それは一生変わることのない事実。


 そう、ただの幼馴染……。


「……何か勘違いしてるみたいですが、私と佑くんはそんな関係じゃありませんよ。靴箱にラブレターを入れようとしてたってのは、ただの嘘です。本当は、そんな目的じゃありません」


 私がそう言うと、藤崎先生の目付きが変わった。


「……では聞くが、本当は何をしていた?」


 この部屋に来た時よりも鋭く、何かを疑うかのように私を捉えている。


「ちょっとお姉ちゃん、陽歌ちゃんが可哀想だぞ。お姉ちゃんは、ただでさえ普通にしてても怖い顔なんだから」


 と、未来さんは言うが、私としては普通の時の藤崎先生の顔が怖いと思ったことは一度も無い。ただ、今はかなり怖い。つまり、何かしらの疑惑を掛けられているのは間違いない。


「失敬な……コホンッ……すまなかった。何かに関して御影を疑っているわけではないんだ。ただ、一応情報として頭に入れておきたかっただけなのだよ」

「情報……?」

「いや……そうだな、答えたくないのならば無理強いするわけにもいかない。その気になったら教えてくれ」


 はぐらかすように藤崎先生は私から目を逸らした。

 やはり教師は信用できない。だったら私だって答えてやる道理は何もない。


「分かりました。その内気が向いたら教えるかもしれません。あ、でもあんま期待しないでくださいね。では、今日はこれで帰りますので。さようなら」


 いつも通り適当に愛想笑いをしてから事務室を出た。

 



□□□


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