7 解けた警戒
「どうだい? あたしが転校してきて、ちょっとは驚いてくれたかな?」
銀髪の少女が俺に問う。それに答えるならば、ちょっとどころかめちゃくちゃ驚いた。それも、悪い意味で。
「えっと……何かご用で?」
「あ? じゃなきゃわざわざ待たねーよ」
「そ、そうですよね……」
やはりヤンキーだ。この威圧感、苦手だ。
「おっとごめんよ、そう怖がらないでほしい」
それは無理があります、ごめんなさい。
「この学校では優等生キャラでいく予定なんだ。あんたにこうも怖がられると、あたしとしても都合が悪いからさ」
キャラ変か? だからそれも無理だろ。人間、隠そうとしてもどこかで素が出るもんだし、どうせその内バレるぞ?
「あんた、お昼は?」
「え? ああ、それは今から食べるとこで――あ……」
しまったと、何も考えずに答えた事を後悔する。この展開、かなりの確率で一緒に食べようとか誘われるやつじゃん……。
「そっか、なら丁度良いし食堂に案内してもらえるかな?」
「……もし、断ったら?」
「へぇ、あたし相手にその選択肢が存在するんだから、やっぱあんたって面白いね」
やはりヤンキーだ。前の学校では恐怖で人を支配してたに違いない……!
言い方から、何となくそうだと察した。
「……その前に、ちょっと弁当取りに行って良いですか?」
ここで断ると酷い目に遭うかもしれないし、仕方ないからここは誘いを受けておこう。
「なんだ、弁当持ちだったんだ。なら、あたしは購買でもいいよ? そうだ、どうせならあんたの教室で食べる?」
「いえ、食堂でいいです」
有紗が言っていた。この手の女に関わるとロクな目に遭わないから絶対近付くなと。
教室には高確率で有紗がいるはずで、この女とそこで食事でも始めようものならきっと怒られてしまう。
有紗はああ見えて実はビビリだから可能性としては低いが、この女に噛み付いたりもするかもしれない。
そうなってしまってはこの女が何をしでかすか分かったものじゃないし、泣く泣く俺が生贄となりますか……。
「じゃあ、あんたの教室に取りに行こっか」
まずい……この女がそこまで付いてくるのも避けなければ。
「えっと、階段の所で待っててもらえますでしょうか?」
「それで来なかったら、どうなるか分かってるよね?」
「ちゃんと行きますから……」
俺もそこまでバカではない。第一、それでこの女が教室に襲来したら本末転倒だ。
だから、最初から行かないという選択肢は無かった。
※※※※※
「あんたって、毎日弁当持ってるの?」
食堂にて、銀髪の少女が俺の弁当を見て聞いてくる。
「いや、週一ですけど」
「それでもあんたのお母さんは週に一回は早起きして作ってるわけだ。偉いねえ」
と、銀髪の少女が感心しているが……、
「うちの両親、今は海外にいるんで作ってくれてるのは母さんじゃないです」
「へぇ、じゃあ姉とか妹がいる感じかな?」
「クソガキの妹がいますけど……作ってくれてるのは近所の人で」
渚沙がそんな事するわけがない。したら奇跡だ。用意してくれてるのは陽歌の母、彩歌おばさん。
母さんがアメリカに戻った辺りから用意してくれるようになった。最初は夜勤の日以外に用意してくれてたが、それでは甘え過ぎだと思って週一にしてもらった形だ。
普段は陽歌から学校で受け取るが、今日は家を出た時に会ったからその時に受け取った。
「ふーん、じゃああたしとちょっと似てるね。うちの母親もあんたのお母さんと同じく一切料理なんてしないから、代わりに別の人が朝昼晩用意してるんだ」
俺は別に、うちの母さんが料理をしないとは言ってないんだが……何か誤解されたけど、まあいいか。母さんごめん。
「ま、うちの今日の担当ちゃん、体調崩したみたいで今日は弁当無いけど。臨時で出勤した使用人も流石に間に合わなかったし」
「ほー……ん? 使用人……?」
「ああ、気になる? なら教えてあげるよ。あたしの家は金持ち、つまりあたしはお嬢様なのさ」
なんだ、自慢か。それを言いたかっただけなんだろ。
つーか、どこがお嬢様だよ。真のお嬢様はあんな服装でコンビニの雑誌コーナーに座り込んで漫画雑誌読んだりしねーよ。まあ、あくまでこれは俺の中でのお嬢様のイメージだけどな。
「その顔、羨ましいって思ったのかな?」
はい、ちょっとだけ……だって世の中って結局金が全てなんだろ? 欲しいものが何だって手に入るじゃん。
「でもね、別に羨むほどのものでもないよ」
「いや、世の中金だし」
「金で全てが手に入るとでも思ってるのかな? そんなに世の中甘くはないよ」
「って言っても、大体手に入るし、あって困らないし」
「その、大体、から外れたものにこそ価値があるんだよ」
と、銀髪の少女は不敵な笑みを浮かべた。確かに、こいつの言う通り金で手に入らないものもあるのかもしれない。例えば――人の心、とか?
「もし仮に、あたしがあんたに一億あげるから友達になってくれと言ったら、承諾してくれるかな? きっとしてくれるだろうね」
いいえ、承諾しません。流石に一億は怖すぎます。逆にお断りですよ。
「でもそれは形だけで、あんたは程のいい金づるを見つけたと思うはず。それじゃ、あたしとしては無意味だ」
「つまり……?」
この女が言いたい事って、まさか――、
「前に言っただろう? あんたが欲しいって。つまり――椎名佑紀くん、あたしと友達になってよ」
予想は当たってしまった。テーブル越しに、右手が差し出されている。
が、そう簡単にその手は取れない。
「そうも躊躇われると、傷付くなぁ……もしかして、あたしについて何か勘違いしてる? 例えば、ヤンキーとか」
ヤンキーだとは思ってるが、それが理由で躊躇してるわけじゃない。世の中、優しいヤンキーだって沢山いるからな。
俺がすぐにその手を取れない本当の理由は――、
「言っておくけど、あたしはヤンキーじゃないよ。ただちょっと口が悪くなってしまう時があるだけ――」
「――友達になるのにヤンキーかどうかはどうでもいい。答えろ、どうして体育祭であの録音を流した?」
俺が理由を問うと、銀髪の少女は不敵に笑う。
「あんたってもしかして名探偵? よく気付いたね。あたしが録音して、それで流すように促したって」
その録音をお前に流すよう促された本堂莉子と知り合いになったからな。お前が花櫻に転校してきた時点で本堂に答えをもらっただけだし、だから俺は名探偵でもなんでもない。
「それに答えたら、あたしと友達になってくれるのかな?」
「答え次第では」
俺がそう言うと、銀髪の少女は一度目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。
「あの日は酷暑だったから、静かな場所で一休みしようと思って日陰を探していたんだ。それで、人気も無く丁度良い場所を見つけたんだけどね、その時偶然会話が聞こえてきたんだ」
俺の問いに銀髪の少女は淡々と語り始める。尚、まだその答えでもなく、ただの過程。簡潔に理由だけを話してほしいものだ。
「でもそれは、非常に残酷かつ悪辣なる、他者を貶める計画に関する会話だった。だから、本当にそれが実行されてしまったのなら、もしかしたら必要になるかもと思って録音したのさ。そして事は、実際に起こってしまった。そこで正義のヒーロー、あんたの登場さ」
と、銀髪の少女はニコッと笑って俺を見る。
「あんたは悪を討った。でも何故か、会場は悲痛の叫びで溢れていた。それは多分、誰も悪が悪だと理解していなかったからだろう。あたしはあんたは称賛されるべきだと思っていた。悪が悪だと理解すれば、それを討ったあんたは称賛され、会場は歓喜に包まれる。その為に、今がこの録音の最大の使い時。そう考えて、あの録音を提供したのさ」
ここでようやく、俺の問いに対する答えが出た。それはあまりに俺贔屓な考えの下での行動で、その他の弊害については考慮されていなかった。
確かに俺は、花櫻生、それから今後花櫻生になるであろう子達の為に二岡と対峙したが、でもそれはヒーロー願望あってのものではない。
なにせ、仮に俺に正義感があったのなら、もっとやり方を考え抜かなくてはならなかったのだから。
「あの二岡という男の計画をあんたが知っていたのは察していたよ。あのリレーの最中、明らかに不自然な走るのをやめて歩く二人。そしてアンカーとして待つあんたと彼。ここで、あんたは彼を討つ気なのだと、あたしには分かった」
「だったら、それだけでいいじゃねえか……あの録音はな、有紗をもっと苦しめてたかもしれねえんだぞ……!」
何もしないでほしかった。結果オーライだったから良かったものの、そうでなかったら今頃どうなっていたか、そんな想像はしたくない。
「……有紗? 有紗……ひめ、みや……もしかして、あの時酷い仕打ちを受けてた金髪の子は、姫宮有紗っていう名前なのかい? 確か、録音には姫宮って名字があった気がするけど……」
銀髪の少女は、首を傾げつつ尋ねてくる。
「だからなんだ」
「へぇ……なるほどねぇ」
視線を下に向けてニヤリと笑いながらポツリと呟く銀髪の少女を見て、一つ思い出した。
「……有紗を知ってるのか?」
それは、有紗と陽歌には銀髪の女の子の知り合いがいそうな事。そして、恐らくその関係性は良くない。
だから、この銀髪の少女が有紗を知っているのなら、余計に気を回す必要がある。
「いいや、生憎日本には金髪の女の子の知り合いはいないよ。ただ、花火大会であんたが金髪の女の子と一緒にいるのを見てね。だから花火大会で会った時言ったんじゃないか、あんたってモテるんだねって」
「そういう事ね……良かった……」
それが聞けてホッとしている俺がいた。これで、あの二人とこの女に接点が無いのが分かった。
加えて、録音に関しても、言い分から考えて悪気があったわけでもなさそうだ。
「まだダメかい? なら、その金髪の子にちゃんと謝罪しに行くから、頼むよ……」
と、銀髪の少女はすがるような目を向けてくる。
「……いや、行かなくていい」
結果論だが、あの録音があったから有紗は理不尽に着せられた汚名を晴らしたと言ってもいい。俺の行動では、有紗は奴らの被害者だったと周知はさせられなかったし。
そう考えると、こいつなりに考えた行動は結果としては俺達に不利益はもたらしていないのだ。
不利益を被ったのは、二岡と曽根だけだろう。
だから今のところ、この銀髪の少女の頼みを受け入れてもいいかなと思っている。
「もう一つだけ教えてくれ。どうして俺と友達になろうとする? その容姿に見惚れてウホウホ鳴いてる野郎どもがわんさかいるんだし、そいつらに友達になってくれって頼めばいいんじゃないか?」
「つまり、あんたもあたしの容姿は認めてると。モテ過ぎて参っちゃうね」
と、銀髪の少女は頭を抱えた。わざとらしい。
「真面目に答える気がないならこの話はここで終わるけど」
「ちょちょちょ、待ってくれよ……! 答える、答えるからさ」
銀髪の少女は慌てて話を続けようとする。
「確かに、彼らに頼んでもいいのかもしれないね。でもその前に、あたしはあんたと友達になりたかったのさ」
「だから、その理由は?」
「この学校に転校するって決まってから、ちゃんと友達ができるか少し不安だったんだよ。でも、体育祭であんたが話しかけてくれた。つまり一応顔見知りなわけだし、頼みやすいかなって思って」
なるほど、そういう理由か。思い返せば、花櫻に転校して来た時の俺もその不安は抱えていた。まあ、その前に有紗に会ってたり、同じクラスに相沢が居たりですぐに気が楽になったけど。
それに、一番はやっぱ陽歌の存在が大きかった。俺がクラスに馴染めるようにあれこれと手を回してくれたからな。
だが、そんな存在もこの銀髪の少女にはいないのだろう。
ならば、俺がその存在になろうというわけでもないが、同じ境遇だった者として、この手を振り払ったりはできない。
「いいぞ、なってやるよ。けど、他の友達は自力で作れよ。手引きとかはしないからな」
「分かってるって。というより、あんたが友達になってくれたなら、それもあたしの自力なはずだけど?」
「ま、まあ、確かにそうだな……」
俺は一体偉そうに何を言っているのか。こいつは最初から他力じゃなくて自力ではないか。
「でも、ありがとう。……ふぅ、良かったよ。実は、コンビニで偶然あんたを見つけて話しかけた時、結構緊張してたんだ。けど、こうして実を結んだ今となっては、勇気を出して話しかけた甲斐もあったのかな」
「全然そんな風には見えなかったけど」
むしろ俺の方が緊張……というか、ビビってたわ。だってあの時は怖かったんだもん。
でも、これが慣れというやつか、今は全然怖くねえ。
まあ、そもそも勝手にヤンキーって決めつけてただけだしな……よく見れば、制服姿だと外見上は特にヤンキー感は無いし。
言うなればただの美少女だ。もちろん、個人的には陽歌達には劣っているが。
「そうだ、まだ名前を言ってなかったね。伊集院珠里亜……アリスって呼んでくれ」
「は? 珠里亜なのにアリス?」
「あたしのもう一つの名前だ」
「ふざけてるのか?」
それとも、もしかして厨二? そうだったらごめんな。だって、だとしたら真剣に言ってるって事だもんな。後に気付くんだぜ、黒歴史だったって。
「あれ? 見た目で気付かなかったのかな? あたし、日本とフランスのハーフなんだけど」
「マジか……ま、まあ、白人っぽい顔だなとは思ってたけど……」
「精神修行とかいう意味不明な理由で小五の冬にあたしだけ日本を離れて、最近までフランスで母方のじじばばと暮らしててね。そっちではアリス・イベールで、伊集院珠里亜の方は長い間使ってなかったから、まだ感覚が戻ってなくて」
何か難しい話をされてる気がする。でもとりあえず、ハーフってのは理解したし、帰国子女って事でいいんだよな?
「よく分かんねーけどアリスって呼べばいいんだろ」
「ちなみに、アリスの方はあんたにしか教えてないから、誇っていいよ?」
「そりゃどうも」
そうは言われても、何をどう誇ればいいのか分からんわ。
「正直、面倒な名前だろ? 珠里亜ならジュリアでフランスでも違和感無いし、アリスならそれで日本でも違和感無い。どうせなら、ジュリアかアリスのどちらかで統一してほしかったね、うちの親には。どーせその内、日本かフランスのどちらかを選んで、選択した国籍の方の名前になるんだから」
また難しい話だ。聞く限りでは面倒そうだが、多分それが決まりなのだろう。
「ちなみに、どっちを選ぶんだ?」
「特に決めてないね。五年後くらいには決めるよ」
つまり、その辺りまでが猶予期間なのかな?
まあ、俺がとやかく言う件でもないし……というか、どっちでもいい。
「おっと、そろそろ昼休みも終わりみたいだね。戻る前に、あんたの連絡先を教えてくれ」
「ああ、分かった」
スマホを取り出し、連絡先を交換。
まさかこの女と友達になるなんて想像もしてなかったな。
と、食堂に来るまで完全に警戒していた銀髪の少女の連絡先がスマホにあるのを見ても、まだ実感は無かった。




