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6 これでモテ期を逃したら


 九月六日、早朝。昇降口に着くと丁度二岡がいて非常に気まずかった。

 全く、何で二岡と隣の席になっちまったんだ……と、心の中で嘆きながら教室の前まで来ると、室内が騒然としているのに気付いた。

 そして何故か、教室に入った瞬間一斉に俺に注目が集まった。


「も、もしかして俺、何かやらかした……?」


 今日は一緒に登校した陽歌につい聞いてしまう。もちろん、心当たりは無いが……。


 その陽歌だが、俺の問いには答えず、自分の席ではなく黒板の方に歩いていく。


 その後ろ姿を見ていると、同時にその先の黒板も目に映る。


「……は? ナニコレ……」


 それにより、教室に入った瞬間俺に注目が集まったわけも理解したのだった。


 黒板は文字で埋め尽くされている。なんとなんと、ぎっしりと俺の悪口やらデマの悪評やらが書かれているのだ。しかもわざわざ四色使ってカラフルに。


 朝っぱらからマジで意味が分からない。

 一体誰が書きやがった……? テキトーな事ぬかしやがって、ぶっ飛ばすぞ……! どうせなら一つくらい真実の悪評でも書きやがれっつーの!


 デマの中でも一番腹立たしいのは〈八股キープクズ男〉だ。


 自称だが俺はクズではないし、恋なんかしていない俺に八股もクソもないし、加えてキープとは何が言いたい。

 俺如きがキープできるような女の子がいるわけねえだろバカにしてんのか? ああそうだったな、バカにしてるからこんなに悪口列挙できるんだよな……!


 つーか、八股って何やねん……世の中探してもそこまでの男ってそうはいないと思うぞ、俺は。


 陽歌は黒板消しを手に持ち、黙って黒板に書かれた文字を消し始めた。それを見た黒板近くの席のクラスメイト達も、陽歌に続くように消し始める。


「どうしたのよ、こんなとこに突っ立って」

「……ん?」


 この声は多分有紗。そう思って振り返るとやはり有紗。それから綾女も。

 タイミング的に今登校してきたのだろう。

 扉付近で突っ立っていたから邪魔になってたかもな。


「えっと……ちょっとな」


 被害者たる俺が黙って見ているわけにもいかないと、それだけ答えてようやく黒板に書かれた文字を消す為にそちらに動く。


 が、その前に全て消された。まあ、これでひとまず嫌な文字を目にしなくて済む。

 いち早く動いてくれた陽歌に感謝だな。


「ありがとな――」


 礼を言った瞬間、陽歌は手に持っていたらしい白のチョークを片手で折った。


「お、おい、それ、備品。一旦落ち着け、な?」

「……そう、だね。ついカッとなっちゃった。てへっ」


 陽歌は舌を出して悪戯に笑う。だが、俺には分かる。これも長年の付き合いというやつか。

 笑ってこそいるが、今の陽歌はマジで怒っている。

 俺の事で怒ってくれているのを喜んで良いのだろうか。いや、ダメだ。

 俺に対するこんなしょうもない嫌がらせで、陽歌にまで嫌な思いをさせた奴が許せない。


 マジで誰がやりやがったんだと思って室内を見渡すと、教室中の視線が一点に集まっていた。


 そう、まるで何事も無かったかのように静かに読書をしている男、二岡真斗に。


 クラスメイト達は、彼を見てヒソヒソ話をしている。大多数の人が二岡が犯人だと思っているのだろう。


「――ちょ、ちょっと待ってよっ! 真斗は絶対やってないよ?!」


 この嫌な空気の中、曽根が立ち上がって声を上げる。じゃあお前だな? と、つい思ってしまった俺がいた。


 曽根が何を言おうと、クラスメイト達の陰口は収まる気配はない。


「えーっと、何があったのです……?」

「そうそう、全然状況が掴めないんだけど」


 席に荷物を置いた綾女と有紗が駆け寄ってきて尋ねてくる。


「それがな――」

「――椎名?!」


 二人に説明しようとした時、前方の扉から相沢が入ってきた。


「あちゃー、先に消しとくべきだったね」


 その後ろから反町希姉様も入ってきて、相沢にそう言った。


「すまねえ椎名……俺達も気が動転してて、まず先に藤崎先生に報告をと思って……その前に消さなきゃなのに、順序間違えちまった」


 相沢が謝ってくる。が、そもそも相沢が悪いわけでもない。全ては犯人のせいだしな。


「気にすんな。それに、陽歌や他の皆が消してくれたし」


 新学級委員のお二人も、慣れないうちにこんな厄介な問題が発生して大変だな。


「ちょっと皆、そうと決まったわけじゃないのに一方的に決めつけて疑うのは良くないよ。まずは一度、二岡くんの意見も聞かないと」


 と、姉様は陰口を言い続けていたクラスメイト達を注意し、二岡に視線を移した。


 が、二岡は相変わらず興味なさげに読書をしている。というより、本当に興味が無いのだろう。そうで無いならば、俺に対してざまーみろと思ってる程度だと思う。


 どうしてそう思うのか、それは俺の推理では二岡が犯人である可能性は極めて低いからだ。


「有紗ちゃん、ちょっと……」


 陽歌が有紗を連れて教室から出て行った。当然、この二人が犯人なわけがないし自由にしてくれ。


「二岡くん、意見を聞かせてくれるかな?」


 姉様は二岡に向けてそう頼む。すると二岡は、本にしおりを挟んで閉じ、前を向いた。


「俺は何も知らない。って言っても、信じる人はほぼいないと思うが」


 爽やかスマイルの面影も無く、二岡は完全なる真顔で自身の無実を口にした。


 が、クラスメイト達の反応は宜しくない。これが今の二岡の評価そのものである。


 しょうがない。別に庇いたいわけでもないけど、このまま二岡が犯人認定されたら、今後も二岡を隠れ(みの)に真犯人が暗躍する可能性もあるし。その芽くらいは摘んでおこう。


「二岡は嘘は言ってないぞ。まず間違いなく白だ」


 俺が教卓前に立ってそう言うと、室内が一斉に静まり返った。


 ……え、何? そんなに二岡のフォローしたのが意外? 言っとくけど、二岡を隠れ蓑にできなければ今後はこの悪戯も無くなるかもと思っただけで、二岡自体は普通に嫌いだからな?


「あ……えっとだから……二岡は昨日、掃除終わった後真っ先に帰ってたし、今朝だって俺とほぼ同じタイミングで登校してたから、あんなの準備する時間なんか無かったのでは? と思いまして……」


 二岡が犯人ではないと推理した理由を述べる。すると、流石に納得するしかないのか、理不尽に二岡を犯人扱いする声は消えた。ただ、当然二岡に対する態度自体は変わらないが。


「……にしても、結局誰が……」


 姉様がポツリと呟く。それは被害者の俺が一番気になるところ。この教室の中にいる誰かの仕業なのか、それとも別のクラスの人なのか――。


 犯人を探し出すべきかどうか。仮に犯人を見つけたとして、それでどうすればいいのか。


 一つだけ言えるのは、この悪評でモテ期を逃したらマジで許さん。今はそれくらいか。



※※※※※



「今朝の一件だが、心当たりは?」


 昼休み、藤崎先生に呼び出された俺は職員室に足を運んでいた。


「無いです」

「そうか……落ち込んでいるか?」

「あの悪評のせいでモテ期を逃したら犯人を粉々にしよっかなって程度には」

「はぁ……落ち込むところがちょっとズレてるな、君は」


 いやいや、思春期男子にとってこれ以上に重要な事はあんまり無いですから。


「で、君はどうしたい?」

「さっき言った通り、仮にそうなったら犯人を粉々にしますけど」

「それは冗談で言ってると思ってたのだが……これを君に言うのは酷かもしれないが、今回の件はいじめに分類されると私は考えている。然るべき対応が必要だから私の方でも調査は進めていくが、君も今後犯人について何か分かったらその都度報告しなさい」


 え、俺、いじめられてたの? ……って、今更だけどあんなのただのいじめだよな。ちょっとした悪戯にしては度が過ぎる。


「教師って、そういうの見て見ぬふりするのが十八番だと思ってたんですけど。最近ニュースとかSNSでめっちゃ話題になってますよ?」

「奴らは教師の仮面を被ってるだけのただの悪だ。考えうる限りの最悪なシナリオが発生しているにも関わらず隠蔽したくて仕方がないようだが、既に世間には周知の事実。……とはいえ、教育に携わる人間全員が奴らと同じなわけではない。私としては奴らのような悪は極少数だと願いたいが……君はどう思う?」


 どう思うって……これだけ話題になるくらいにはそういった事案が多い世の中なんだから、ぶっちゃけ極少数だとは思えないよね。


「……って、生徒である君に聞くのは違うか」

「これって世間に公表されるんですか? それでネットとかで被害者特定とかされたら嫌なんですけど」

「それは理事長判断になるが……最悪なシナリオにならない限り、君の意思を尊重する判断になるはずだ。それでも保護者へは通達する事になるだろう。もちろん、当事者の名前は伏せてだが」

「ほぉ、ならそれでいいです。というか、俺自身今回の件をそこまで気にしてないんで。……あ、やっぱ嘘、モテ期逃した場合に限り粉々にしてやる」


 これだけは絶対に譲れない。だってそれって俺の青春の一ページを破られたも同義だからな。


「今後君がモテなかった場合、今回の件との因果関係を証明するのも難しそうだけどな……」

「それ、遠回しに俺をディスってません? どの道モテ期なんて来ねーよって」

「それはない。何せ君には既に御影がいるからな」

「だから違うって言ってんだろ……!」


 言葉遣い荒く、ちょっと大きな声で反応してしまった。そのせいか、職員室が一瞬で静かになり、当たり前だが視線が俺に注がれる。


 や、やべ……どうしよ。あ、うわぁ……学年主任がめっちゃ怖い顔してるよ……体育祭の後にこってり絞られて以来苦手なんだよなぁ。


「君も素直じゃないなぁ」


 と、こんな空気にも関わらず藤崎先生はニヤッと笑い俺をおちょくる。だが、そのおかげか室内は元の空気に戻った。


「まだ続けますか……その話」

「いいや、今日はここら辺でやめておこう」


 何その、次二人で話す機会があったらまたこの話するからって言い方は……今日は、じゃなくて永遠にやめてもらえますかね?!


「じゃあ最後に、君から私に何かあるかね?」

「今回の件より、もっと早く対処するべき問題があると思うんですけど」

「意外だな。君が二岡の心配をするなんて」

「まだ中身には触れてないんですが」


 まあ、当たっていると言えば正解だが。でも断じてあいつを心配しているわけではない。


「君が考えているように、その件に関してもいじめに近いものがあるだろう。……もしかして、そのきっかけを作ってしまったと悔いているのかい?」

「あれは、あいつが有紗や綾女にした事が自分に返ってきてるだけですから、それで俺が後悔する理由にはなりませんね」


 ただ、ちょっと見てて気分が良くないだけだ。あからさま過ぎて陰湿とはかけ離れているが、だからこそ目に余るのだ。


「だが、その連鎖はどこかで断ち切らなければならない」

「もう既に俺にも連鎖してきてますけどね」


 俺の予想だが、今回の件はまだ残っているかもしれない二岡の信者――今は隠れ信者となってしまったであろう(やから)の仕業だと思う。

 その最有力候補は曽根紫音。まあ、あいつの場合は隠れ信者とは呼べないが。


「君に対する今回の件は、連鎖したものではなく全くの新しいものだ」

「断言するんですね」

「気にするな、所詮私の推測だ」


 藤崎先生はそう言って俺から目を逸らした。その視線の先にいるのは、二年八組の担任。女教師だ。見栄えの良い自前? の弁当を美味しそうに食べている。まあ、だから何だという話だが。


「何にせよ、二岡の件は心配いらない。その連鎖は、それを引き起こした張本人である彼が断ち切る」


 と言われましても、あいつに関しては全く信用できないんですけど……。


「そう疑うような目をするな。実は夏休みの間、何度か二岡の家に訪問をして今後について話し合った。聞く話だと、父親から相当厳しく叱られたようだが――その時言っていたよ、全てをリセットして一からやり直したい、とね」


 ほお、この人夏休みにそんな仕事をしてたのか。授業も無かったのに大変ですな。


「なんだ、まだ疑っているのか? あのプライドの高い二岡が私に涙まで見せたのだぞ? だから君も信じてやってくれ」

「いや、疑ってたんじゃなくて、藤崎先生もお仕事大変ですねって思ってただけです」


 正直、二岡の想いに対する感想は特に無かったというか、素直に興味ない。


「私が仕事で大変だなと思うのはテスト期間中とその前後の数日だけだぞ? それに、その後の責任は私達が持つと伝えてあっただろう?」


 俺が壊した歯車。それにより、クラスどころか学園としての纏まりすらも消滅した。

 それでも、クラスにおいては一学期最終日での出来事や夏休みのクラス会により少しずつ新しい方向に向かって纏まり始めてる。

 そう思っていたのだが、それすらも無に返す勢いで二岡の復帰はクラスを悪い方向に纏め始めている。新学級委員の二人や綾女、それに地味に曽根が奮闘しているが、それもいつまで精神力が保つかは定かではない。


 だが、俺は今ある事を思い出した。それは体育祭の日の屋上での藤崎先生との会話。

 そこで藤崎先生は口約束のようなものをしてきた。

 それを果たすべく、陰ながら動いていたというわけか。

 だったら今はそれを信じるしかない。だって、二岡の件を俺が何とかしてあげようとは全く思わないし、そもそも自分の事で手一杯。


 何せ、今日の一件――これだけで終わってくれるとは思えないから。


「そうでしたね。んじゃ、俺は戻りますんで。腹減ったし」

「椎名よ、周囲への注意を怠るな。何か、嫌な予感がする」


 去り際、藤崎先生からそんな助言を背に受ける。


「分かってますよー」


 それに対して振り返ったりはせずに右手を上げて反応し、職員室を出ると――、


「――やあ、待ってたよ。長かったね」


 銀髪ヤンキー女が、俺を待ち構えていた。


 えぇ……これは不意打ち過ぎて注意を怠るもクソもないじゃん……?


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