3 新たな転校生
二学期二日目。今日は朝からとある話題で持ちきりだ。
それは転校生についての話題。
所属クラス、それは昨日事務室で耳にした。性別、それも昨日の話の流れで女の子だと察していた。
だが、その他の特徴に関しては昨日の時点では情報は得ていない。
が、しかし……こうも話題に上がっていると望まずともその他の情報も勝手に耳に入ってしまうものである。
特に、容姿に関しては野郎どもがそこら中で話してるせいで、耳が痛い。
そんなわけで、朝から今の昼休みに至るまでずっと、俺の感情は焦りに支配されている。
その焦りを打ち消したいが為に、チャーハンに意識を注ぐふりをする。
「おいおい、ちゃんとよく噛んで食べろよな。しかも、床にポロポロ落ちてるし。食堂のおばちゃんに迷惑だろ」
そんな俺を見てか、相沢がそんな指摘をしてくる。
やっべ……拾わなきゃ。
と、落とした米粒を拾ってお盆に乗せる。
「いやいや……器に入れろよな」
「食い終わったらな」
じゃなきゃ、落とした米を間違って食いかねんし。
「がははっ、椎名、三秒ルールだから食ってもセーフだぞ」
何が面白いのか、涌井が笑いながらそんな事を言ってくる。やっぱバカだな。
「とっくに三秒経ってるわ。食えるかボケ」
そもそも、仮に三秒以内に拾ってたとしても食えねーけどな。一秒でも無理だわ。
「にしても、凄い盛り上がりだな。同じ転校生なのに、お前の時とは比にならんな」
それも無理はない。
通常だったら、転校生がいたら今みたいに大抵の人が注目こそするだろう。
転校生が女だったら、野郎どもがどうしても気になっちゃうはずだし、その逆も然りだ。
だが、俺の時は事情が違う。当時は究極のイケメン、超人気者だった二岡がいた。
だから、女子は転校生である俺に興味なんて無かったのだ。だから、俺がどんな奴なのかとか、イケメンかどうかチェックしにくる他クラスの女子は皆無。
当時は目立ちたくなかったから何とも思わなかったのだが、今になって考えると切ない話だ。
まあ、チェックしに来られてもイケメンじゃないからあんま意味なんて無かったんだけどね。
「銀髪美少女なんだってな! 食い終わったらチェックしに行こうぜ」
涌井よ、空気読めや……いや、この場合で読めと言うのはあまりに理不尽な話だとは分かっているのだが、できればそれを言わないでほしかった。
特徴、銀髪。それだけで、俺の不安は掻き立てられる。
あのヤンキー女がどうしても脳裏に浮かんできてしまう。
それだけじゃない。浮かぶだけに留まるならマシな方だ。
その転校生こそ奴なのではないのかと、俺の脳が危険信号を発している。絶対に見に行くなと、訴えかけてくる。
その転校生と一緒に事務室にいたらメンタルが粉々になったと未来先生は言っていた。
奴ならそれをいとも簡単にやりかねん。何となくそんな気がする。
……やっぱ転校生って絶対あのヤンキー女だろ。
「俺はパス。それに、臼井にバレたら色々終わるぞ?」
「甘いな椎名。慧に対する俺の想いは本物だ。神に誓って目移りするなんてあり得ない。ってわけで、見に行こうぜ!」
「……悪い、妹から電話が来てたわ。掛け直すと長くなりそうだし、食い終わったら先に戻っててくれ」
渚沙の中学、すなわち俺の母校である中学は携帯の持ち込みは禁止だ。つまり、別に電話なんて掛かって来ていない。
この場を切り抜ける為に真っ先に思い付いた言い訳がこれだっただけ。
食べ終わった自分のお盆を片付けて、ひとまずトイレに向かった。
※※※※※
「はぁ、はぁ、はぁ……」
トイレに着くと、クラスメイトの反町和史が手洗い場の前で鏡を見つめて呼吸を乱していた。蛇口が限界まで捻られているのか、流れる水音がひたすら激しい。
「お、おい、大丈夫か……?」
「ああ、うん、ごめん……大丈夫」
「でも反町、かなり顔色悪いぞ」
どう見ても体調不良そのものだ。とてもじゃないがその言葉を信用はできない。
「ちょっと立ちくらみがしただけだから、心配しないで。ちょっと休めばすぐ治るから」
「そ、そうか……でも無理せず、ヤバかったらすぐに誰かに言えよ?」
「分かった。ありがとう椎名」
反町は水を止め、少し重そうな足取りでトイレを出ていく。
それを見届け、用を足してからトイレを出ると、丁度女子トイレから出てきた反町希と目が合った。
「姉様、ついさっき反町がトイレで体調悪そうにしてたから、気に掛けてやってくれ」
「そう……弟が。分かった、教えてくれてありがとう。……でさ、あたしっていつから椎名くんの姉になったんだっけ? 記憶に無いんだけど」
「呼び方の事か? 不満なら姉御に変えるけど」
「わぁ……意味が全く変わってない。やっぱ桁違いのおバカさんだね。花櫻の王じゃなくて花櫻のバカ首席の方が正しいよね」
と、姉様は呆れ顔でそう言った。
「花櫻のバカ首席は正しくないけど、花櫻の王も間違ってるよな。厨二みたいで恥ずかしいからマジやめてほしい」
「案外、その立場が役立つ日が来たりしてね」
「だといいけど」
なりたくもなかったような立場になっているからには、その恩恵くらいはあってもいいはず。まあ、今のところ無いし今後もどうせ無いんだろうけど。
「でも、その前に花櫻の王じゃなくなっちゃったりしてね……なーんて。じゃあ、あたし戻るね」
姉様は苦笑いを浮かべてそう言い、教室の方に向かって歩いていく。
花櫻の王ではなくなるならそれで良い。だってどう考えてもその二つ名は恥ずかしいもん。
そんな事を思いながら、姉様の後を追って教室に向かった。
※※※※※
「やっと終わった……」
たった今、帰りのホームルームが終了し、藤崎先生が教室を出て行った。
日頃から学校というものは一日が長いな、なんて思っているわけだが、今日に限ってはそれどころの話ではなく普段の十倍は長く感じた。それほどまでに、俺は転校生である銀髪の女の子の話題が嫌なのだ。
「まだ終わってないわよ。掃除が残ってるでしょ」
机にへたり込む俺に、有紗が隣から声を掛けてくる。
「サボっていい?」
「構わないわよ。早く家に帰ったら? ……って、私が許可するのも変な話だけど」
良いわけないでしょ! バカなの?! 的な反応が返ってくると思ってたからこれは意外。何の風の吹き回しだよ。
「――椎名くんっ!」
教室後方のドアが勢い良く開き、そこに一斉に注目が集まる。そこにいるのは本堂莉子だ。しかも、俺を呼んでいた。とんでもなく嫌な予感しかしない。
「ちょっと、話があるんだけど……」
本堂はそう言って教室に入ってくる。
「ど、どした……?」
「例の銀髪の子なんだけど、私の隣のクラスに転入してきちゃいましたぁ……」
俺の問いに、本堂は罰が悪そうな顔をした後すぐに、苦笑いを浮かべてそう答えた。
「へ、へぇ……そうなのか」
となると、例の録音を流した犯人が転校生という話になる。そして俺の頭に浮かんでいる人物が転校生なら、その犯人と一致すると。
「……あんた、その女と体育祭で何があったわけ?」
有紗が不意に尋ねてくる。
「あ、いや、それは……って、どうして何かあったって決めつけてるわけ?」
「……そんなの、何となくに決まってるでしょ」
そう答えられても、その何かあった時が体育祭だと決めつけてきているのが気掛かりだ。何となくでそこまで予測できるはずもない。この件に関して何かしらの情報を得ているのは間違いなさそうだ。
けど、だからといって有紗にこれ以上の情報を与えるのも無しだ。何かの間違いで有紗がその転校生に突っ掛かりでもしたらと思うと、面倒な未来が目に浮かぶ。
それにまだ、体育祭で俺が関わりを持ってしまった銀髪ヤンキー女が転校生だと決まったわけではないし。
「そうか、でも悪いな、特に何も無いから」
「へぇ、そう……念の為忠告しておくと、あの手の女に関わるとロクな目に遭わないから、絶対近づいちゃダメよ?」
「はいはい、分かりましたよ」
お前その言い方、野次馬になってその転校生を見に行ったな? いつの間に……俺が教室にいる時間は有紗も同じくずっといた気がするけど、昼休みか?
「本堂、教えてくれてありがとな。んじゃ有紗、掃除行くぞ――」
そう言って荷物を手に持って立ち上がると、教室前の廊下に話題の人物が立っていた。
俺が今最も遭遇したくなかったその人物と目が合ってしまい、その拍子、転校生たる銀髪の少女はニヤリと笑った。
この瞬間、俺の中の銀髪の少女と、本堂の言っていた銀髪の少女が一致してしまったのだった。
「……この場合はどうすれば?」
銀髪ヤンキー女を目にしてしまった俺は、思わず有紗にそう聞いてしまう。すると有紗は、険しい表情を浮かべて鞄を手に持った。
「……何の関わりもないあんたに用があるはずないでしょ。ボケッとしてないで行くわよ」
有紗は不機嫌そうにボソッと呟く。
「そ、そうだな……」
教室前方のドアに向かって歩き始めた有紗の後を追う途中、陽歌に腕を掴まれた。
「……あの、離してくれます? 掃除行かなきゃなんだけど」
「サボり常習犯の佑くんにしては真面目な発言だね」
「一回もサボった事ないから。覚えのない汚名を着せるな」
「今後佑くんに与えられる称号だから」
陽歌はそう言ってニヤッと笑うと、掴んでいる俺の腕を強引に引っ張るようにして走り出した。
「――え、ちょい……?!」
どうしてこうなったのか状況が掴めないまま、頭の中だけが混乱している。向かう先は教室後方のドア。その先の廊下には奴が待っている。
終わった……。
意味不明な行動をする幼馴染にされるがままに、廊下に引きずり出されてしまう。
「あれ……?」
奴がいない。陽歌は止まる事なく俺の腕を掴んで廊下を走っている。一度だけ振り返ると、銀髪の少女は教室前方のドアの前に立っていた。つまりは、あのまま陽歌に止められていなかったら――。
そう考えると、心の底から助かったと思えた。
「廊下は走っちゃダメなんだぞ」
「共犯の分際で何言ってるの?」
「俺はお前に無理矢理走らされてるだけなんだけど」
「にしては、凄く軽いんだけどなぁ」
否定はしない。腕を引っ張られているとはいえ、俺自身めっちゃウキウキしながら走っている自覚はあるから。
そのまま昇降口に着くと、ようやく陽歌は腕を離してくれた。
そのまま靴を履き、二人並んで校門まで歩く。
「ところで陽歌よ、何故か自然な流れでここまで来ちゃったけどさ、俺、掃除あるんだけど」
「知ってるよ。あ、ちなみに私の班は無いから」
「なんでここまで連れてきやがった?!」
「は? 昇降口からは自分の意思で付いてきたんじゃん」
そう言われれば間違いではないのだが、俺には掃除をやらねばという明確な意思があったはずだ。なのに教室で俺を捕まえて昇降口まで連れて行き、その意思を薄れさせてきたのはお前ではないか。
「これにてサボり常習犯・椎名佑紀の誕生だね。狙い通りだよ」
「ふざけんなバカ陽歌! そんなくだらねー存在の誕生を計画してんじゃねぇ!」
「そろそろ佑くんにも不名誉な称号が必要なんじゃないかって思いまして。てへっ」
「お前には今まで散々不名誉な称号を与えられてきたと思ってたんだが……」
「それらは私と佑くん、二人だけの間での称号だから他の人にはほとんど通用しないのです」
おう、そうだな。逆に他人にも当たり前のように通用してたら普通に泣くわ。
「もういいわ。んじゃ、掃除行くからテメェは気を付けて帰れよ」
「うん、ばいばい。佑くんも気を付けて掃除に行ってね」
陽歌はそう言い残して帰っていった。
掃除行くだけなのに何に気を付ければ良いんだよ……って、そうだ……例の転校生に遭遇しないように目を光らせつつ掃除場所に向かわなければ……。
掃除場所である理科室に着くと、既に掃除は半分以上終わっており、サボりだと思われていた俺に同じ班の佐藤がお冠だったとさ。




