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2 バレバレだぞ

 始業式も終わり、今は帰りのホームルームの真っ只中。担任の藤崎翔子が簡潔に事務連絡をしている。


「こらっ、涌井。人が大事な話をしているというのに欠伸(あくび)をするな。真面目に聞け」

「――っ?! す、すんません……」


 藤崎先生が涌井を叱ると、教室中が笑いに包まれた。藤崎先生が教室にいない時は、二岡の影響か嫌な空気が流れているというのに、かと思えばこうして賑やかになったりもする。

 平和なんだかそうじゃないのか分からんクラスだな。


 藤崎先生は呆れたようにため息を吐いてから、事務連絡を再開。


「それでは、事務連絡はこの辺りにして――」


 再開後、五分程度経っただろうか。今日はここで終わりみたいだ。二学期初日だというのに相変わらずの速さに感心してしまう。


「――今から二学期の学級委員を決める」

「えっ?!」


 終わりじゃなかったのかよ?! 帰れると思ってウキウキしてたんだけど!


「なんだ椎名。文句があるのか?」

「いえ……全く」


 つい声を出して反応してしまったのを見られていたのか……名指しでそれを聞いてくるのやめてほしいんだが。というか、結構なクラスメイトが不満に感じてると思いますけど。


 ……クソが。学級委員って年間通してやるんじゃないのかよ。学期毎に変わるとか聞いてないんですけど。


「では男女一名ずつ、立候補する者はいるか?」


 あの事件さえ無ければ二岡が立候補したのだろうが……だとしても立候補者がいようがいなかろうが構わない。どちらにせよ俺は絶対やらんからな? 体育祭クラスリーダーなんかやらされたんだぞ? もう面倒な立場にはなりたくないんだ。


 もうここからは俺には関係ない時間だ。俺抜きで皆さんで議論してください。あ、でも帰りたいから早めにお願いしますね。


 と、他人事のように読書を開始。昨日、陽歌の家で夕飯を食った時に取り返した『幼馴染は超毒舌。そんな彼女に俺はいつしか恋してた』の第三巻。


 やっと続きが読めるぅ!


「ねぇ、あんた……ねぇ、聞いてるの?!」

「ん? どうした? そろそろ新しい学級委員決まったか?」


 十ページ読み進めた時、有紗が話しかけてきた。


「だから、そうじゃなくて……」


 有紗が妙に怯えた顔をしている。何かあったのか?


 と、一度教室を見渡そうとしたその時、理由が分かった。


「椎名よ、みんなが一生懸命学級委員を決めようとしているというのに一人だけ読書とは、良い身分になったものだな」


 不敵な笑みを浮かべた藤崎先生の顔が、俺の左斜め上にあったのだ。


「え、えっとですね……これはちょっとした出来心でして……」

「言い訳をするな。君がいつまで経っても机に伏せないから、集計が取れないじゃないか」

「すんません……」


 つまり、立候補者が複数人いたというわけか。その投票開始を俺が遅らせてしまっていたと。読書なんてしてないで一応ちゃんと話だけは聞いとくんだった……。


「念の為確認するが、君は立候補するつもりはあるのかい?」

「無いですけど」

「それを聞いて安心した。私も、君のような人の話を聞かない不真面目な生徒に、責任ある学級委員をやらせるつもりは始めから無いからね」


 責任ある体育祭クラスリーダーを人に押し付けたのはどこの誰だっつーの。あんただよ藤崎先生。まあ感謝はしてるけど。


「というわけでこれは没収だ」

「あっ、ちょっと?!」

「返してほしければ後で取りにきなさい。それじゃ、仕切り直しだ。全員机に伏せるように」


 クソが……でも自分が悪いから仕方あるまい。


 と、少し反省して机に伏せた。


 そして投票の結果、男子は相沢が、女子は反町姉様が学級委員になりましたとさ。



※※※※※



 没収された本を取り戻す為、俺は今、事務室のソファーに腰掛けている。事務職員の机では、藤崎未来先生がまるで生気を失ったしかばねの様に机に突っ伏している。


 そういえば、いつもこの人しか事務室にいないけど、他の事務職員の人は何してんだろ。

 まさかサボり……? って、そんなはずないか。偶々俺が来る時にいないだけだよな。


「何でそんな死にかけなんすか?」

「逆に聞きたいんだけどさぁ、何で椎名くんがここにいるわけぇ……?」

「没収された本を返してくれってホームルームの後に取りに行ったら、返してやるからここで待ってろって藤崎先生に言われまして」


 手元にあるんだからその場で返してくれればいいものを、めんどくせえ。


「あんまりここの使用目的を勘違いしちゃダメなんだぞ……」


 知らんがな。あなたの姉である藤崎先生に言ってください。俺はここを指定されたから来ただけだ。


「待たせたな」


 事務室のドアがノックされ、藤崎先生が入ってくる。そのまま、藤崎先生は俺の目の前に座って、一瞬ニヤッとした。


 え、何……? そんな顔する人でしたっけ? 俺が知らなかっただけ?


「唐突だが……椎名、君は御影が好きなのか?」

「――なんすか急に?! ちがっ、違いますけど……?!」

「ほう、しかし君と御影が幼馴染なのは私とて把握しているのだが……違うと言うならこの本のタイトルは何だ?」


 うわあああっ……! だから急にそんな質問をしてきたんですね藤崎先生……! くっそぉ、マジで読書なんかするんじゃなかった……。


「えっとその……ちょっとした興味本位で……」

「なるほど。つまり君は、この本の様な展開に憧れていると」

「だからそうじゃなくてぇ……!」


 憧れも何も、その本の展開ってラブを除いたら割りかし俺と陽歌の日常に似てると言えば似てるし。それが何か面白くて読み続けてるだけの話で。

 ……そりゃ、ヒロインの幼馴染が可愛くてニヤニヤしちゃう時もかなりあるけどさぁ。


 断じて憧れとかではありません!


「というか、そんなの気にしてどうするんですか……?!」

「何となくだが? たまにはこういう話も良いではないか。それに、この話を他の生徒に聞かれたら君が困るかもしれないと思って、教室ではなくこの場所を選んでやったのだ。だからそう焦るでない」


 お気遣いありがとよ……! つーか焦ってないし……焦ってないよね? やっべ、自分でも分からんくなってきた。


「ふむふむ、そういう用途だったらこの部屋の使用を許可しちゃうぞ」


 いつの間に生き返ったんだあんたは。こんなくだらない話の為に、ニヤニヤしながら事務室の使用を許可してんじゃねえよ。


「それにしても椎名くん、おねーさんとの約束を忘れちゃったのかなぁ? 好きな子ができたら報告するって話だったよねぇ?」


 はいはいそんな約束もありましたね。でも、別にできてないんだから報告なんて無理だろうが。


「なんだ未来、あーだこーだとメッセージを送ってきた割に元気そうじゃないか」

「椎名くんの色恋沙汰を前に、落ち込んでる場合じゃないんだぞ」


 だがしかし、現実は非情なり。残念ながら無いんだなぁ、その色恋沙汰が。無念……。


 と、未来先生に代わって俺の気分が沈み始める。


「……で、いつになったら返してくれるんですか?」

「おお、そうだったな。ほら『幼馴染は超毒舌。そんな彼女に俺はいつしか恋してた』だ。確かに返したぞ」

「……はい」


 返してくれたのは良いんだけどさ、わざわざ声に出してタイトルを読まないでもらえますかね? この担任、俺を冷やかして遊んでるのか?


「椎名くん椎名くん、陽歌ちゃんって毒舌なの?」

「ええ、特に俺に対しては」

「じゃあやっぱ好きなんだ。バレバレだぞ」

「だから違うって何度も言ってるんですけど?!」


 はぁ、疲れた。新学期早々ただの地獄だ。有紗の言う通りじゃねえか。


「せっかく陽歌ちゃんを選んだんだから、他の子に目移りしちゃダメだぞ? 例えば、転校生とかに」

「何度言えば分かるん――え、転校生って?」


 もしかして、新しく花櫻に転入してきた子がいるとか?


「もう、言ったそばからそれじゃダメだぞ。……はぁ、今日から二年八組に加わった転入生がいるんだけどね……」


 未来先生のテンションが見るからに下がった。俺がこの場所にやってきた時に逆戻りだ。


「その子と始業式中、この事務室に一緒にいたんだけど、ちょっとクセのある子でおねーさんのメンタルは粉々になったのでしたぁ……」


 そう言って未来先生は崩れるように机に突っ伏した。


「そういうわけで、思い出したら泣けてきた……精神統一が必要だから、二人ともそろそろ出てってほしいんだぞ……」


 どんな目に遭ったんだこの人。俺なんて会えばいつもおもちゃにされてるのに、そんな未来先生をここまで追い詰めるとは……転校生、恐るべし。


 机に伏せたままの未来先生を他所に、事務室を出てそのまま帰宅した。


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