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8 なんだかんだ言って俺は楽しんでいる

 店に入ると店員さんがすぐに席に案内してくれた。

 六人掛けのテーブル席を六つ、クラスの人数は四十二人で参加人数は三十六人。バスケ部が男女ともに練習試合で少し遠出しているようで欠席だ。

 それにしても、それ以外の人は全員参加しているなんてに二岡の統率力はすごいんだなと感心してしまう。


 ちなみに転校してきてからよく話しかけてくれる涌井と臼井はバスケ部に所属しているようで欠席している。どうせ参加するなら彼らともう少し仲良くなれればいいなと思っていたが、それは今回はできないようで少し残念だ。


 さて、どのテーブルに座ろうか。


 正直、全く知らないメンツの中に一人放り込まれるのは避けたい。

 各テーブルを見渡すと既にどの席も人がちらほらと座っている。一番奥の隅のテーブル席には二岡の取り巻き連中の内の四人が座っていた。きっとここに二岡も座るに違いない。俺は二岡の取り巻きの一人として組み込まれたくなんかないのでここだけは避けたい。


 一番手前のテーブル席には既に陽歌が座っていて、あと一人分の席が空いている。


 無難にここにするか。


 そう思ってそのテーブルに向かっていたのだが、まだ名前も知らない生徒に座られてしまった。


 しまった……。どうしよう。


「おーい! 椎名君こっちこっち!」


 誰かに名前を呼ばれた為、声のした方に目を向けると春田が手招きしていた。


「ここ空いてるぞ!」


 その席には相沢も座っていて、まだ席は二人分空いているようだ。せっかく呼んでもらえたことだしあそこのテーブルに座ることにしよう。


「いらっしゃーい!」


 ふわりと束ねられたサイドポニーを揺らしながら春田が元気よく出迎えてくる。


「悪いな呼んでもらって」

「いいってことよ!」


 今日の春田はいつも以上にテンションが高い気がする。いや、そもそも俺が春田のことをよく知らないだけで、このテンションが普通なのかもしれない。

 席に座り通路をチラ見すると、周りを見ながら有紗と杠葉さんが歩いていた。陽歌のいるテーブルは満席で、その他は二岡の取り巻き席以外は一席ずつしか空いていない。


「あ! 姫ちんここ空いてるよ!」


 春田が有紗に声を掛けた。


「あら、ほんとね。でも一人しか座れないわね。どうする綾女、あんたここ座る?」


 何かに気が付いたのか、有紗は遠くに視線を流してからそう言った。


「あ、あの、私がこのテーブルに座ってもいいですか?」


 杠葉さんは一度有紗の方を見てから、座っているメンバーに聞いてきた。断られるとでも思ったのか、その表情はやや不安そうだ。

 ほんの僅かな沈黙の後、相沢が口を開いた。


「全然大丈夫だぞ杠葉。ほら、そこ空いてるし座っちゃえ座っちゃえ」


 先日のように二岡のいないところで杠葉さんと同じテーブルで食を囲むことを気にするのをやめたのか、相沢が空いている俺の隣を指さす。


 クラスメイトなんだし、そもそもそんなこと気にする必要ないのでは? と思っていたが、相沢が考えを改めたのは良いことだ。


「杠葉ちゃんいらっしゃーい!」


 春田もそれに乗じて手招きをしている。

 というかテンション高い。

 杠葉さんは自分が歓迎されていることに驚いたのか大きく目を見開いている。


「いいんじゃない? みんなそう言ってるんだし」


 俺がそう言うと杠葉さんは安心したのか顔の表情が少し緩む。


「よかったわね綾女」


 有紗は杠葉さんの肩にポンっと手を当てると、そのまま別の空いているテーブルに座った。


「あの、みなさんありがとうございます……!」


 杠葉さんは一度頭を下げ、お礼を言ってから席に着く。このくらいのことでなんて律儀なんだろうか。


 食べ放題ということでとりあえず店員さんを呼び、春田が適当に注文する。あまりにすらすら注文するから、慣れたもんだなと感心してしまう。


 程なくして二岡ともう一人の男子がやってきた。たしか、友也(ともや)と呼ばれていたはずだ。名字は知らない。

 へらへらと周囲に謝りながら、一番奥の二岡取り巻きゾーンへと向かっていく。彼の後ろを歩く二岡は俺の座るテーブルの横を通過する一瞬、こちらのテーブルにチラッと視線を流した。


「おっと、そういや椎名はこの二人とは話したことはあるのか?」


 相沢は自分の隣に座る男女を指差しそう言った。


「あ、いや、無い……、よな?」


 もしかしたら話していたら悪い為、一応確認の意味も込めて聞いてみる。


「うん、今日が初めて話すよね。あたしは反町希(そりまちのぞみ)。杠葉さんとは同じ中学だったの。あんまり喋ったことなかったから、今日は杠葉さんとも仲良くなりたいかな! あ、もちろん椎名君もね!」

「私も! よろしくお願いします!」


 杠葉さんもそう言われて張り切っている。ぜひ頑張っていただきたい。


「僕は反町和史(そりまちかずふみ)。同じく杠葉さんと同じ中学だったよ。よろしく」


 ん……? 二人とも反町?


「佑紀さん、お二人は姉弟なんですよ」

「やっぱ?!」


 単純に同じ名字なだけかとも考えたが、やはり姉弟だったらしい。


「バレちゃったか……!」

「いやぁ、それにしても言われてみるとなんとなく目元が似てるよな」

「ちょっと椎名君、こんな弟と一緒にされたら困るんですけど」

「それはこっちのセリフだよ。こんな妹と一緒にされたくないね」


 俺の発言を口火に、喧嘩が始まってしまった。


「ちょっとふたりとも! こんなとこまで来てやめてよね!」


 春田が仲裁に入ると、両者不満そうな顔をしながらも一応喧嘩は止まった。


「まったく、本当は仲がいいくせに!」

「そんなことないしー!」


 注文した焼き肉が運ばれ、それを杠葉さんと反町希が受け取っていく。


「あの、私焼肉屋さんに来るの初めてで、どうやって焼いていったらいいのかわからないのですが、どなたか教えていただけませんか?」


 杠葉さんは焼肉屋に来たことが無いらしく、焼き方を聞いている。今時珍しいものだ。


「あ、じゃあ杠葉さんちょっと見てて」


 そう言って反町希は焼肉を丁寧に網の上に乗せていく。


「へー、丁寧にやるもんだな。俺だったらテキトーにドバっと入れてたわ」

「ダメダメだね椎名君。そんなんじゃモテないぞ」


 反町希がトングを俺の方に向けて目を細める。


「ふーん。じゃあ俺も参考にさせてもらうわ」

「よーく見てなさい!」


 そんなドヤ顔で言われても、ただ網に乗せて焼いてるだけなんですけどね。ビミョーな焼き加減とかあるんだろうけどさ。


 反町希は手際良く肉をひっくり返し、次々に俺たちの皿に取り分けていく。

 正直普段家族と行っていた時とどう肉の焼き方が違うのかわからないが、真剣に焼く様子につい見入ってしまう。


「どんなもんよ!」

「「「「おおぉー!」」」」


 反町和史以外のメンバーは手をぱちぱちと叩く。ちなみに俺はその場のノリで手を叩いただけだ。よく観察してみたものの、結局何が違うのかさっぱりわからない。


「そんな自信満々に言わなくても、ただ焼いただけじゃん」


 反町和史がボソッと呟く。


「あんたは黙ってて」


 焼いてもらった肉を口に運ぶ。


 うまい! 普段とどう違うのかわかんないけど!


「とってもおいしいです!」


 杠葉さんもご満悦の様だ。


「そういってもらえると嬉しいよ! じゃあ今度はみんなでやってみよう!」

「はい! やってみたいです!」


 杠葉さんはやる気満々で、なぜか相沢や春田も腕をブンブン振って気合を入れている。そうなってしまっては俺も気合を入れないわけにはいかない。


「よっしゃやるか!」


 その後しばらくの間、焼肉焼きうま選手権が繰り広げられたのだった。



 ※※※※※



「結局椎名君が一番下手だったね!」


 春田がバカにしたような目で見てくる。


「はっ? そもそも肉焼くのに上手いも下手もないだろ。というか俺だけ右手使えないハンデありだし」

「負け惜しみかぁ~! みっぐるしいー!」


 う、うぜぇ……。今日のハイテンションも相まって余計にうぜぇ……。


「佑紀さん。大丈夫ですよ! 私も佑紀さんの次に下手でしたから! これから上手になりましょう!」


 杠葉さんが俺を慰めてくれた。だが、その慰めが今はなんだかつらい。

 まだ時間はあるし肉もある為、反町希がどんどん焼いていく。


「でさ、結局どっちが姉? いや、兄? なの?」


 なんとなく気になっていたことを聞いてみた。


「あたしだよあたし!」

「いや、僕だろ!」


 両者一歩も引く様子はない。

 どちらかが嘘を吐いているのだが、もうこの際どっちでもいい気がしてきた。


「希さんがお姉さんですよ」

「杠葉さんー! 本当のことを知らしめてくれてありがとう!」

「いえいえ」

「ほーう。じゃあ反町姉だな」

「いやだから僕だって!」


 諦めず主張する反町弟の肩に、相沢が手をポンっと乗せた。


「もういいだろ。お前、実際弟じゃん」


 これでチェックメイトだな。


「相沢ぁー! それでも僕は認めたくないんだぁー!」

「あんたはいつまでもうるさいわねぇ。まったく」


 反町姉はやれやれといった感じで笑っている。もう、どう見ても反町希が姉である。


 杠葉さんも楽しいのか笑顔を見せている。


 あーだこーだ言っていたが、俺もなんだかんだ今日が楽しくなってきてしまった。

 そう思うと、この会を計画してくれた二岡に感謝の気持ちが出てきてしまう。


 ありがとよ二岡。あれ? やっぱ本当に良い奴なんじゃね?


 俺は単純なのかもしれない。だが、今はそんなことはどうでもいい。

 この雰囲気を思う存分楽しむことにしよう。


「そういえば椎名君、ケガしてなかった? 右腕治ったの?」


 春田が不意に聞いてくる。


「今日病院行ったらもう三角巾は必要ないって。まだ極力右手は使うなって言われてたけど」

「へー! とりあえずよかったじゃん!」

「し、椎名って、右利き、だよね?」


 反町弟が少し聞きづらそうに聞いてくるが、なぜそんなに遠慮がちに聞いてくるのだろう。

 こちらとしては特に聞かれて困ることではないから、少し不思議に思う。


「そうだけど……。よくわかったな。割と左手うまく使えてる自信あったんだけど」

「えー! そうなの?! あんたよく気づいたわね!」

「あたしも全然気が付かなかったよぉ! 杠葉ちゃんは?!」

「私は……、知ってました」

「え? マジか。ホントに自信あったんだけどなぁ」


 杠葉さんも右利きだと気づいていたらしい。

 どうやら左手がうまく使えてるというのは自意識過剰だったみたいだ。


「相沢っちは?」

「俺は小中と同じだから」

「へー! そうだったんだ!」

「にしてもあんたどうして気が付いたのよ」

「椎名のプレー、見たことあったからさ」


 あぁ、そうか。なんとなくわかった。


「テニス部なのか?」

「うん」


 俺がそう聞くと反町弟がコクリと頷く。


「あ! もしかしてあんたが去年テニス部に入部して応援に行った春の団体戦で、衝撃を受けたって言ってたやつ?」

「そうだよ。僕は中学の時は軟式だったからさ、硬式になった途端全然うまくボールを打てなくてさ。でも先輩たちは強くって、僕もこの中でレギュラーになりたいって思ったんだ」


 テーブルのメンバーは真剣な眼差しで話を聞いている。

 急にシリアスな雰囲気になってしまったからか、額から汗が一滴、頬を伝ってきた。


「でも、団体戦の三回戦であたった第一シードの皇東学園はそんな先輩たちより圧倒的に強くってさ。全くもって歯が立たない」


 思い出してきた。

 そういえば、確かに去年の春の団体戦では花櫻学園と対戦した。

 結果は圧勝。当然と言えば当然の結果だ。

 高校生レベルのテニスでは、高校野球のような奇跡なんて起こらないのだから。

 ある程度実力が拮抗していない限り、勝敗はやる前から分かってしまう。


「そんな皇東学園のシングルスには一年生エースが出場していたんだ」

「それって――」

「椎名だな」

「――ええぇぇぇぇっ!」


 相沢の呟きを聞いた春田は大声をあげて立ち上がり、そのせいで他のテーブルのクラスメイト達が一斉にこちらのテーブルに顔を向けてきた。


「おいおい落ち着けよ」


 相沢が春田を座らせると再び各テーブルは雑談に戻ってくれた。


「僕は衝撃を受けたんだ。超全国区の皇東の中でもその頂点の君に。君の方が圧倒的に強いのに、どんなに実力差があっても全力で戦っている君に。椎名に負けた先輩は言ってたよ、最後の相手が椎名でよかったって。全力で戦ってくれて全力で戦えて、これまでの全てを出し切れたって」


 相手との実力差があれば当たり前のように手を抜く奴がいる。当然ながらそれは相手にも伝わっているはずだ。

 普通に人を馬鹿にしている。これまでの人の努力を馬鹿にするようなことは俺には出来なかった。

 ただそれだけ、それだけのことだ――。


「僕はこの春、何とかレギュラーになることができた。でもまだ、たまに相手の学校の強い選手に手を抜かれてるなって感じることがある。だから僕はもっと強くなる。強くなって、君みたいな強い選手と最後に戦って、やり切ったって! そう思って終わりたい」

「そうか。じゃあきっとまだまだだな。もっと練習してもっと強くならなきゃ。そうすれば、反町を舐めてかかる奴もきっといなくなる」

「うん。だから最後に一つだけ言わせてほしい。僕に大きな目標を与えてくれてありがとう」


 大きな目標、人によってはそれは大した目標じゃないだろとか、もっと大きな目標、例えば全国出場とかを目標にしろよって言う人が出てくるのだろう。

 だが、誰一人として反町弟の目標を小さな目標だ、なんて馬鹿にする権利なんてない。

 世の中には何の目的も無く生きている人間なんていくらだっているだろう。

 自分の目標をちゃんと掲げ、更にもう一つ高い目標を掲げた反町弟は立派だと、少なくとも俺は思う。


 そう、目的を見失い、ただふらふら彷徨っている俺の何倍も立派なんだ――。



「うぅー! 泣けるわぁ! いい話ねぇ! 見直したよ椎名っち!」


 春田は感動のあまり涙を流して……いるのだろうか? 

 いや、流してないな。それに、見直したとは……。

 一体これまで俺はどう思われていたのだろう。

 というかしれっと呼び方変わってるし。


「でもさぁ、そんなに強いなら花櫻のテニス部入るんだよね? 遂に花櫻の男テニも全国区かぁ~」

「いや、入らねえぞ」

「えぇー! 何でよ!」


 俺の発言に春田は納得がいかないようだ。


「いや、だって……」

「春田さん、椎名は肩を怪我したんだよ。去年のインターハイ、近くでやったから見に行ったんだ。その時の団体戦準々決勝で……。それからずっと見なかったし、怪我が相当酷いって噂で聞いたりもしたし」


 反町弟よ、見てたのか……。


「そっかぁ……。あ、でももうすぐ治りそうなんでしょ?」

「競技復帰するなら、あと五ヶ月くらいは掛かるみたいだな。というか、もうあれから脱臼三回目だし、そのせいで去年のインターハイからテニスしてねーし、それによ……」

「それに?」

「いや、なんでもない……」


 一度言いかけてしまったが、言葉を喉の奥に引っ込め、うっかり口が滑りそうになってしまったことを反省する。


「え? なに? 教えてよ」

「おい春田、もういいだろ。椎名にも子供の頃から色々あったんだよ。そう詮索してやんなや」


 相沢は小学生の頃から俺を知っているし、男子の中では一番仲が良かった。

 テニスをやり続ける理由を話したこともあるから、ある程度の事情は知っている。


「えぇー! 気になる~。でもしょうがないか。話したくなったらいつでも話してね」

「あぁ、うん。その気になったら話すかもな」


 とりあえずそれだけ言ってその場を凌ぐが、もちろんこれからも言うつもりはない。

 思えば杠葉さんはずっと何も言わず真剣に話を聞いていたが、その表情はやや堅い。


「あっ! そう言えばあたし、このテーブルでは弟以外の連絡先知らないかも! みんな交換しようよ!」


 かなりシリアスになっていた場の空気を変えるように、反町姉が提案した。


「おっ! いいねそれ!」


 春田も乗り気らしく、先ほどまでの話題は上手く流れてくれた。


「――れ、連絡先交換……! わ、私もいいんですか?!」


 杠葉さんもさっきまでの堅い表情はどこかへ行ったようで、すごく興奮気味になっている。


「もっちろんだよ!」


 春田も杠葉さんとの連絡先交換を熱望しているらしく、白い歯をむき出しにしている。


「遂に、私のスマホにも有紗さんと陽歌さん以外の同世代の方の連絡先が……」


 杠葉さんは有紗と陽歌以外の同級生の連絡先を知らないらしい。どおりで興奮しているわけだ。


「やっぱそういうわけか」


 相沢が何かを納得した様子でボソッと呟いた。


「ん? どうした相沢?」

「何でもねえ。んじゃ交換すっか」


 相沢の合図でスマホを取り出し、連絡先を交換し合う。


「あとは杠葉さんっと――ん? どうしたの?」


 横を見ると、やけに杠葉さんがソワソワしていた。どうしたのだろうか?


 ――まさかっ?! 俺の連絡先だけいらないとかそうゆうのじゃないよね?!

 杠葉さんのことだし、そうゆうこと悪気なく言ってきそうで怖いんだけど……。ふ、不安だ……。


「——あのっ! 私とも交換していただけるんですか?!」

「……何言ってんの? 当たり前じゃん」

「……よかったぁ」


 杠葉さんはホッと息を吐き、頬を緩ませた。

 意外と表情豊かな子だ。


 先ほどの不安が杞憂だったことに安心し、人知れずそっと息を吐く。


「ていうか、グループのとこから追加すりゃよかっただけじゃね?」


 相沢がそのことに気付いたらしく、杠葉さん以外は口をハッと開けた。


「ん? 何のことですか?」

「あー、杠葉さんは気にしなくていいよ」


 何故なら杠葉さん、いかにも機械音痴っぽいし説明してもわかんなそうだし。


「私だけ仲間外れですか……?」


 今にも泣きだしそうな顔で聞いてくるけど、そういう意味で言ったわけではありません……!


「――いや違うよ?! えっと、このグループに参加してる人、例えば、この人、涌井。こいつのアイコンにタッチすると追加ボタンあるでしょ? これを押すと、ほらこの通り、連絡先をゲットってわけ! だから、さっきわざわざスマホを交換して連絡先を交換したけど、こうすればもっとスムーズに出来たよねって話」


 杠葉さんを仲間外れにしたわけではない。いや、するわけないので必死に説明する。


「おー! 椎名っち、凄い丁寧な説明! さては杠葉っちを機械音痴と見たな?」


 言うなよ! いやそう思ったけどさ。でも言うなよ!

 しかもいつの間にか杠葉さんのこと杠葉っちって呼んでるし。


「なるほど! そうゆうことなんですね! わかりやすくて勉強になります!」


 もうこの子純粋すぎるよ。ちょっと心配になってきちゃう。


「杠葉っちはいい子だなぁ」

「あたしも、杠葉さんにこんな一面があったなんて、今まで知ろうとして来なかったのが馬鹿みたい」

「本当だね。僕もそう思うよ」

「ん……?」


 話の流れについていけてないのか、杠葉さんの頭の上に見えるはずがないはてなマークが、薄っすらと見えそうになった。


「杠葉っちと、仲良くなれて良かったってことだよ」

「私も今日は皆さんとちゃんとお話ししてみて楽しかったです。ありがとうございます」


 確かに、今日の杠葉さんは楽しそうだった。その言葉に偽りはないだろう。


「それと……」


 杠葉さんが不意に耳打ちしてきた。


「これも全部佑紀さんのおかげですね。あなたがいてくれなければ、きっと今日の私はありませんでした。ありがとうございます」


 そう言われると、転校してきた意味もあった気持ちになれる。

 目的は失ったけど、転校してきた意味を自分自身に見出す為にも、もう一度目的を見つける。


 そんな学校生活もこの先ありなのかもしれない。

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