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1 始まる二学期

 本日は九月一日、快晴。何が秋だ。どう考えてもまだ夏だろ、クソ暑いな。


「雲ひとつない空、降り注ぐ眩しい光。新学期初日から清々しい朝だね! これからの学校生活に期待で胸が膨らむよ!」


 長期休暇が終わったら大抵の人は憂鬱になると思うのだが、俺の幼馴染は違うらしくやけに機嫌が良い。

 新学期に期待するのは勝手だが、それ以上胸は膨らまなくていいからな? 推定C、個人的に今がベストなサイズだ。


 そんな(よこしま)な思考をしつつ歩き、校門が近付くと、とある集団が目に入った。


「うげっ……」

「どうしたの?」


 俺の反応を見てか、陽歌がキョトンとした顔で聞いてくる。


「あいつら、お前の親衛隊だろ……?」


 今時普通そんなのいるか? ついそう思ってしまう変な組織『御影陽歌を守り隊』の連中が、綺麗に整列して校門前に立っている。

 こんな朝っぱらから何なんだあいつらは……という疑問は置いといて、このまま陽歌と登校したら俺に理不尽に噛みついてくるのではないかと、少し不安だ。


 普段、俺と陽歌は一緒に登校しているわけではない。偶然家を出るタイミングが同じだったりした時はその限りではないが……それにしても、奴らが朝っぱらから校門前で陽歌様の登校を待っているのを見るのは初だ。

 いや、もちろんそうと決まったわけではないのだが、やはりそれ以外考えられない。


 というより、そもそも陽歌は奴らの存在を認知しているのだろうか。


「そうみたいだね! それで、彼らがどうかした?」


 と、陽歌は変わらず機嫌良さげに答えた。一応、存在は認知していたみたいだ。


「えっと……このまま一緒に行くと喧嘩売られるんじゃないかと……」

「大丈夫だよ。あの人達は、別に私が好きなわけじゃないから、一緒にいたって文句なんて言わないよ、絶対に」

「じゃあ何であいつら、あんなわけわかんねえ組織結成してんだよ」

「知りませーん!」


 陽歌はそう答えてから歩くペースを少し早めた。まあ、大丈夫というならそれを信じるか。そう思って陽歌のペースに合わせる。


「「「御影さん、おはようございます!」」」


 校門までたどり着くと、『御影陽歌を守り隊』の隊員達が一斉に陽歌に挨拶をした。

 え、怖い……日頃から練習でもしてんのかこいつら? 足踏みからお辞儀、それから挨拶まで綺麗に揃ってるんだが……まるで軍隊だな。


「おはよーう! 新学期早々ご苦労様!」


 陽歌が身振りを交えてそう返すと、隊員達は顔を見合わせてどこか驚いているように見える。


 マジで何なんだこいつら……と、つい首を傾げてしまったが、難なく校門を突破。陽歌の言う通り、別に俺に喧嘩を売ってきたりはしなかった。


「ね? 言ったでしょ? それに、忘れちゃったの? 今の立場」

「は? 何だよそれ」

「花櫻の王」

「あっ……」


 言われて思い出すくらいにはくだらない立場。そうだ、今の俺は花櫻の王とかいうふざけた称号を押し付けられているのだ。夏休み、俺を王として扱わない連中としか接してなかったからすっかり忘れていた。


 どの道奴らが俺に文句を言ってくる可能性は低かったわけか。


「クソダサい響き、やっぱ鼻で笑っちゃう。ハッ……」

「うるせぇ、笑うな。俺は花櫻の王になった覚えはないんだよ。……それより、何かあいつら、お前が挨拶返したのに驚いてるように見えたぞ?」

「今までは毎回無視してたからじゃない?」


 ……そりゃ驚きますね。

 奴らがどんな頻度で陽歌への挨拶運動をしてたのか全く知らんけど、毎度反応が返ってこなかったのによくめげずに今まで続けられたな。そのメンタルに心から拍手。


「なのにどうして今日は反応してあげる気になったんだ?」

「ただの気分だよ! ほら、昇降口までよーいどんっ!」


 ……どうした? マジでテンション高いな、今日。そんな嬉しい事でもあったのか? まだ今日は始まったばかりなんだけど……となると、近いうちに良い事でもあるのかな?


 俺はもちろん走らず、歩いて昇降口まで向かった。



※※※※※



「おはよう。今日はいつもより早いのね」


 教室に着くと、隣の席の有紗が挨拶をしてきた。


「新学期初日だからって、まだ寝てるってのに誰かさんがクソ早い時間からインターホン鳴らしまくってきたからな。おかげで朝から渚沙がブチギレで大変だったわ」

「あらら……そうだったの。でもいつも通りっぽくて安心したわ」

「全然いつも通りじゃないから。……ったく、陽歌の奴、初日だからって無駄に張り切りやがって」


 渚沙がキレた相手は陽歌だが、当たり前のように俺にもめちゃくちゃ飛び火したわけで、それはどう考えても陽歌のせい。

 そう思うと無性にムカついてきた。


「なぎちゃんに怒られるのがあんたの日常でしょ」


 ……言われてみればそうではないか。陽歌に責任をなすり付けようとしたが、今朝の出来事があろうがなかろうがどちらにせよ朝っぱらから渚沙が俺にキレてきた可能性は高い。何たる理不尽……。


 それよりも――、


「どうした? 浮かない顔して」

「えっ?! そ、そんな顔してた?」

「二学期始まるのがそんなに嫌なのか? あいつを見習いたまえ。今朝からテンションマックスだぞ」


 と、席の近くのクラスメイトとめちゃくちゃ盛り上がって談笑している陽歌に視線を流す。


「……みたいね」


 そんな陽歌を見ても、有紗のテンションは特に上がらない。


「あ、ちなみに二学期が始まったのは心底嫌よ。だって、ただの地獄でしょう?」

「いや、始まるのは嫌だけど流石に地獄とまでは思ってないから……」


 この世の終わりみたいな顔をするな。二学期も、二、三日経って休みボケが抜ければきっと楽しくなるさ。


「なら、地獄だと思ってないあんたが天国に変えてくれるのかしら?」

「山根屋行きたいなら付き合うぞ」

「誰が食い意地張ってるですって?! ……はぁ、そうじゃなくて……ううん、やっぱ忘れてちょうだい」

「お、おう……?」


 一体何だったんだ? ただ二学期が始まるのが嫌過ぎて地獄、って感じとはまた別の雰囲気だったけど……。

 

 そんな疑問を抱いていると、教室内が静まり返った。


 もう始業の時間か? 藤崎先生でも来たか?


 そう思って教室の前方に目を向けると、特に始業の時間というわけでもなく、藤崎先生が来たわけでもなかった。


 だが、静まり返った理由は一瞬で理解した。


 そう、あの男――二岡真斗が姿を現したのだ。


 教室中からの視線を一身に浴びながら席に着席した元人気者は今、何を思っているのだろうか――。


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