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あの日交わした約束~転校先の約束少女たち  作者: ぐっさん
第四章 七年越しの約束
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29 七年越しの約束

 あれから七年、当時と比べるとこの公園も色んな箇所が改修され、より現代的な姿になっている。


 それでも、変わらないところもいくつかある。そのうちの二つが、俺が今向き合っている壁と、その近くにある大木だ。


 俺の右手にはラケットが、左手にはテニスボールが握られている。これは、渚沙にここまで持って来てもらった物だ。


 ブランクは相当長い。上手くできるかな……?


 ボールをバウンドさせて、ラケットを振り抜きボールを叩く。


 やはり微妙な感覚だ。けど問題もない。今の俺にも、そのくらいのコントロールはできる……!


 そう信じて、数回壁にボールを打ち込み――最後、大木にボールが転がるように角度を調整して、ラケットを振り抜いた。


 ……あ、やべ、ちょっとズレた。やり直しか。


 失敗に苦笑しつつ、ボールを拾おうと向かったその時――大木の後ろから人が出てきて、そのボールを拾った。


「一年ぶりに観ましたが、やっぱお上手ですね」

「え、ああうん……ありがとう」


 個人的にはミスっていたのだが、それでも人によっては上手く見えるらしい。

 俺はボールを拾ってくれた少女――杠葉綾女にそう返した。


 そうして、訪れる沈黙。

 激しく緊張してしまう。何を言えばいいのか分からなくなりそうだ。でも、今日終わらせるんだ――。


「――ふぅ、やっと見つけたぞ、チラ子」


 俺は小さく深呼吸してから、目に映る少女のあだ名を口にした。


「はいっ、私があなたの言うチラ子です。が、私自身はチラ子であるのを認めません」

「え……?」


 それは一体、どういう意味だ? チラ子であってチラ子ではないとは、どんな現象だ?


「――私はもう、チラ子ではありませんから」

「あっ――」


 思わず声が出た。でもそれは、納得したという気付きのもの。


 以前、学校の屋上で彼女が語った決意。それが、チラ子という殻からの脱却だったのだと、今になってようやく理解した。


「……そっか、そうだよな」


 彼女のその意思は、七年前から存在していたのだ。

 だって、俺が渡した願いの紙には――【綾女って呼んで】と、そう書かれているのだから。


「お前はホント変わったよ、綾女――」


 これで、七年前の約束は果たされた。長かった。でも、これでようやく、感じていたもやもやが晴れた気もする。


「――い、いいい今何てっ?!」

「はい?」


 どうしてか綾女がめちゃくちゃテンパっている。まさか、違ってた……?


「名前で呼びましたよね私を……?!」

「え、この紙にそう書いてあるけど……」

「そ、それは昔の私が書いたものでしてぇ……! 今の願いは――」

「――【私に気付いてください】だろ?」


 と、紙の反対の面に書かれたもう一つの願いを見せる。

 こちらの方が上手な字で書かれているから、こっちが最新の願いであるのは簡単に分かっていた。


 が、俺が果たしたかったのは七年前の約束。だから今後は名前で呼ばせてもらおう。


 それに、今の彼女の願いもちゃんと叶えられている。何故なら、俺は七年前の少女が杠葉綾女だと気付く事ができたのだから。


「はい、ありがとうございます。私に、気付いてくれて――。そ、それから……陽歌さんや有紗さんばっかりずるいって言いますか……これからは私も是非名前で呼んでくださいっ!」

「もちろんだよ、綾女。そういう約束だしな」


 俺がそう答えると、綾女は嬉しそうに微笑した。


「……それでなのですが、以前話したように私から謝りたい事があります」


 予想通りなら、それは――、


「――七年前、約束を破ってしまい申し訳ありませんでした。ごめんなさい」


 やはりそれが、俺に謝りたい事だったのか。でもそれは、俺も同じだ。


「良いんだ、それについては今日まで知らなかったから」

「――え?」

「俺も七年前の今日、ここに来れなかったんだ。だから約束を破ったのは俺も同じなんだ。……ごめんなさいっ!」


 七年前から去年までの六年間、この為だけにテニスをしてきた。でも、それは挫折に終わり、何の目的もなく半年以上を生きてきた。

 それがこうして今、俺は頭を下げている。


 何を言われても構わない。自己満足と言われればそれが正しい。

 それでもやっと、これで過去との区切りが付いたんだ――。


「ふふっ、そうだったのですね。知りませんでした」


 その反応が返ってきたところで、一度顔を上げる。

 

「では、それはお互い様だったとして……それでも、私はいつだって佑紀くんに謝りに行けたはずなんです。それが……私が何も変わってなかったから、できなくてっ……」


 綾女は言葉を絞り出して切なげな表情を浮かべる。


「毎回、観に行っていたんです。佑紀くんが出てるテニスの試合を、観ていたんです」


 それも予想通り。何となくそうなのではと思っていた。


「一度、謝ろうと思った時があったんです。中学の時、私にとって二人目のお友達ができました。その有紗さんと、一緒に試合を観に行った時に――」


 その時の事を、以前有紗が話してくれた。その試合している選手が俺だとは知らなかったようだが、会場に陽歌がいたと言っていたから、間違いなく俺の試合だ。


「……ですが、その時には既に、佑紀くんの隣には別の女の子がいました。とっても楽しそうに笑っていましたね」

「……それ、多分というか絶対陽歌なんだけど」

「ええ、佑紀くんが転校してきてからその事実に気付きました。ですが、当時の私はそれを見て……今更私の出る幕なんてこれっぽっちもないんだって、そう思ってしまったんです」

「な、なんかごめん……」


 こう言われてしまうと、自分でもそれの何がいけなかったのか分からないがつい謝ってしまった。


「いえ、謝られるのは違います。どう考えても、その時勇気が出なかった私がダメなんですから。だから、ごめんなさい」


 もう一度、綾女は頭を下げてくる。きっとこれも、彼女が長年抱えていた悔いなのだろう。


「――いいよ、許すよ」


 だったら、そう言ってあげるのが一番だ。これでようやく、彼女も過去に区切りがつくはず。


「ありがとうございますっ。これでスッキリしました」


 綾女は満面の笑みを浮かべる。真顔でも可愛いが、やはりこっちの方が更に可愛い。

 そんな事より、本当にスッキリしていそうな顔だ。これで、彼女も過去に区切りが付いてくれただろう。


「さてさて、これでようやく大勝負を――」

「え、俺となんか勝負するつもり?」

「いや、でもやっぱまだダメだよねぇ……?」


 綾女は自分の世界にでも入り込んでいるのか、俺の問い掛けに反応せず、考え込むように顎に手を当てている。


「お、おーい……」

「ひゃうっ?! ご、ごめんなさい。ちょっと考え事を……」

「お、おう……で、大勝負とは?」

「ああ、それですか? 考えてみたんですけど、もしかしたらあと一人自分の気持ちを押し殺してる子がいるかもなので、今はまだ始められそうにありませんね」

「そ、そうなのか……」


 だから、俺はその大勝負とやらの内容を聞いたつもりなんだけどな……。


「二人で勝手に始めてその子を置き去りにしてしまっては、勝っても真の勝利とは言えませんから」

「二人って……俺が勝負相手なの?」

「違います」

「そ、そっか……」


 なら勝手にしてくれ。でも喧嘩だけはするなよ?

 俺が参加するわけじゃないなら、もうこの際勝負の内容とかどうでもいいや。


「佑紀くん、改めて、これからもよろしくね」


 差し出された手。これを受け取らないはずがない。


「ああ、こちらこそよろしくな、綾女」


 七年前にできた、友達との握手。

 そうだ、あの日から俺達は友達だ。


 そして、これから先もずっと――友達。


 七年越しの約束が果たされた。

 そんな今でも、俺の中での変わらない想い。


 俺達は果てしなく長い遠回りをし続けた。でも、だからこそ今後は、それを埋めるように歩み寄って生きていけるだろう。

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