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あの日交わした約束~転校先の約束少女たち  作者: ぐっさん
第四章 七年越しの約束
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28 解いた先に

 花火大会から二日の時が経過した。今日は八月三十一日、夏休み最終日。


 やっと謝れる。ようやく過去に区切りを付けられる。


 そんな思いと同時に、もし違っていたら? 当たってたとして、微妙な顔をされてしまったら? という不安も感じてしまう。


 だが、昨日色々と状況を整理してみた。すると、もはや杠葉綾女がチラ子だとしか思えなくなったのも事実。


 花櫻学園に転校する直前に神社で彼女に会った時の、あの驚いたような反応は?

 それは、俺を知っていたからであろう。テニスの試合を毎年観に行っていたというのも俺の試合に違いない。

 そこでこのお守りだ。どうやら手作りらしいお守りだが、渚沙曰く健康祈願。一度だけ渚沙はチラ子が誰か知っている素振りを見せた。このお守りを健康祈願だと言っていたのも踏まえて、それに気付いたのは渚沙がこの家に戻ってきた日。そう、その日は渚沙が杠葉綾女に初めて会った日でもある。


 俺が杠葉神社に初めて行った日の帰り道、有紗にどこにいるか聞かれて図書館ら辺と答えたが、それを有紗から聞いた杠葉さんが真っ先にあの公園に現れたのも、チラ子ならば何ら不思議でもない。


 転校二日目? の朝、昇降口の近くの柱に隠れてこちらの様子を窺っていたのも、今思えばチラ子そのものだ。


 有紗はチラ子を知らないと言っていたが、反応からして知らないはずがないのだ。その反応も、自分がチラ子だからではなく、多分杠葉さんから聞いていたからだろう。

 林間学校で、有紗が俺にチラ子と会えるのを約束してきたのも、俺がチラ子を必ず見つけると約束させてきたのも、有紗が杠葉さんの親友だからこそ全部の辻褄が合っている。


 だが、だったらどうしてチラ子は私だと言ってこない……?


 やっぱり昔の件を怒ってるから? それとも、他に何か理由が?

 実は全部俺の勘違いで、実際はチラ子じゃないから?


 やはり不安だ。もう自分の中で答えは出ているにも関わらず、あと一歩が踏み出せない。


 もう、夏は終わってしまうのに――。


「なーにお守りを見つめてんの?」


 いつの間にか部屋の扉が開いており、そこから渚沙に声をかけられる。


「別に。ちょっと考え事してただけ」

「あっそ。でもそんな暇あるわけ? もう今日で夏休みは終わりなんだけど、いつになったら答えに辿り着くの?」


 その答えには既に辿り着いている。あとは、この不安を払拭できさえすれば――。


「守りたい約束? 破りたい約束? 今の悩みは、どっちなの?」

「――っ?!」


 そんなの決まってる。今、俺が考えているのは、七年前に守れなかった約束であり、七年越しでも守りたい約束。


 思えば以前、渚沙がこのお守りで何かゴソゴソやってやがったな……もしかしてこのお守りにもチラ子のヒントとかあったりして。


「あ……そういえば雪葉さんが――」


 ご褒美と言って『時が来たら、紐を解いてみなさい』そんな言葉をくれたのを思い出す。


「まさか、その紐って……」


 恐る恐るお守りの紐の結び目に指を掛ける。

 何度も窮地を救ってくれたこのお守りにこんな事をしてしまって良いのだろうかと、心臓がバクバクと激しく脈を打つ。


 だが、この紐を解いた先にこの不安を消す何かがあるに違いない。


 そう信じて、結び目を解く。


 お守りを握る左手の汗が尋常ではない。言うまでもなく、物凄く緊張しているのだ。

 恐る恐るお守りの中を見ると、御札のような物と、半折にされた一枚の小さな紙が入っていた。


 元は一枚の大きな紙だったのだろうか、その紙には破れた跡が確認できる。

 その紙に指を伸ばし、お守りの中から取り出すと――、


「――これって……ふっ、そういう事かよ」


 全ての不安が打ち消された。

 何せこれは、間違いなく俺がチラ子に渡した紙だから。


 学校の宿題のプリントを破って、お前の願いを叶えてやるからこれに書いてこいと渡した紙――。


「やっと見つけたみたいだね、チラ子さんを」

「随分前から再会してたみたいだけどな」


 もう、迷いは一つも無い。後は行動あるのみ。


「行くの?」

「渚沙も来るか?」

「暑いからやだ。結果報告だけよろ」

「そっか、んじゃちょっと行ってくる」


 そう言って俺は家を飛び出した。



※※※※※



 オレンジ色に染まる空を見つめ、ふと思う。家を飛び出したまでは良いのだが、果たしてチラ子はこの場所にいるのだろうか。


 境内を見渡しても、それらしき人影は見当たらない。


 やはり、家を出る前に連絡を入れておくべきだったなと反省する。


 だが、杠葉家はここの近くにあるのだ。今からでもまだ遅くはないはずだ。


「どうしたの? こんな時間に」

「――っ?!」


 スマホでメッセージを打っていると、背後から誰かに声をかけられた。

 びっくりしながら振り返ると、そこには雪葉さんがいた。


「何だ雪葉さんか……心臓止まるかと思った」

「あなたの時間は、ある意味止まったままだけどね」


 確かにそうとも言えるのかもしれない。でも、だからこそ今日、それを動かすんだ。


「妹さんは今どこに?」

「さあ? 毎年この日はどこかに行ってるみたいよ?」

「その場所は?」

「私もそこまでは分からないのよねぇ。でも、今日という日にここに来たわけだし、それならあなた自身の胸の内に聞けばもしかしたら分かるんじゃなくて?」


 俺自身の胸の内……? ――っ?! 


 ……なんだ、そうだったのか。約束を交わしたその場所で、毎年俺が来るのを待っていたのか――。


「雪葉さんは知ってたんですね」

「ごめんね、佑紀くん……七年前、綾女が来なくて怒ったでしょ? それは私のせいなの……だから、ごめんなさい」

「え、はい……?」


 急に頭を下げられても困ってしまう。七年前に来なかった? 何の話だ。行かなかったのは俺の方だぞ。


「あの子が約束を破ったと思ったでしょ? でも、あの子にそんなつもりは無くて……私が原因で行きたくてもいけなかったのよ」


 なるほど、つまりは俺もチラ子も同じだったのか。


 以前、杠葉綾女は俺に謝らなきゃならない事があると言っていた。恐らくそれが雪葉さんが言っている件についてなのだろう。


「思ってませんよ。あの日は俺も行ってないんで」

「――は?」

「いや、その……渚沙が高熱を出しましてですね……でも日中は両親は仕事で家にいなかったから、俺が渚沙の傍を離れるわけにはいかなかったと言いますか……」


 だから俺は熱を出した渚沙に腹が立って、その後しばらくの間当たり散らしていた。当時の俺の精神年齢の低さが際立つ話だ。まあ、多分今もそれなりに低いんだろうけどね……。


「だからお互い、七年間も苦悩してたってわけね」

「それも今日で終わりです」

「場所に心当たりがあるの? 私もこっそり付いてこうかしら」


 この人はアホなのか? こっそり付いて来ようとしてるくせに、それを口に出しちゃ意味ないだろうが。それは、こっそりとは言わないんだよ。


「好きにしてください」


 そう言って杠葉神社の出口である階段の方に向かって歩き出す。


 同時に、スマホを耳に当て電話を掛ける。


『おっすお兄ちゃん、早いねぇ。どうだった?』

「いや、まだ会えてないんだけど、ちょっと頼みがあって」

『一応聞いてあげる』

「助かるよ。それで、その頼みなんだけど――」


 今から渚沙に持って来てほしい物とその場所を伝え、電話を切った。

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