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あの日交わした約束~転校先の約束少女たち  作者: ぐっさん
第四章 七年越しの約束
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27 夏の思い出

 花火大会も終わり、今はその帰り道。


「ちょっとこのコンビニ寄っていいか?」

「と言いながら、私が答える前からコンビニに入っていく佑くんなのでした。いや、聞いてきた意味……」


 と、陽歌はぶつぶつと文句を垂れながらも、俺の後からコンビニに入ってくる。


「何でライターなんて見てるの? 未成年の喫煙は法律違反なんだけど? いつの間に不良になっちゃったの?」

「ライターの用途はタバコに火を付けるだけじゃないだろ」

「まさか……放火?!」

「どうしても俺を罪人に仕立て上げないと気が済まんのかお前は」


 陽歌の反応に呆れつつ、プッシュ式のライターを手に取り、別のコーナーに移動する。


「なるほどぉ、一人花火か」

「違うわっ、何が楽しくて一人で花火しなきゃならねーんだよ」

「ふーん、じゃあ相手がいるんだ? 有紗ちゃんと約束でもした?」

「そこでなんであいつが出てくるんだよ……そんな約束してねーよ。そうじゃなくて、お前と花火でもしようかと思って」

「――は? 私と……?」


 陽歌はキョトンとした顔で首を傾げた。


「嫌か? だったら買わないけど」

「嫌じゃないけど、何で急に?」

「あ、これにしよ」

「誤魔化した……」


 陽歌の呆れ声を背にレジに並び花火とライターを購入し、コンビニから出る。


「で、結局何で?」

「何が?」

「だから、何で急に私と花火をしようって思ったのか聞いてるの」


 それに答えるのは結構勇気がいると言うか、恥ずかしいから困ってしまう。でも、答えないと永遠に聞いてくるだろう。


「それは……今日は幼馴染と夏の思い出を作りに行ったけど、二人きりじゃなかったし。それにお前、俺にほったらかしにされて泣いてたし、その詫びというか。そ、そりゃ、世界一イケメンな幼馴染と三十分も離れ離れになれば泣きたくなるのも分かるけどさ」


 ……最後に余計な一言を言ってしまったな。今後ネタにされ続けるんだろうな。ちょっと後悔。


「佑くんにしては嬉しい事を言ってくれるなって思ってたんだけどね、途中までは。……はぁ、毎朝鏡の前で俺はイケメンだって言い続けて自分の精神に暗示でも掛けたのかってくらい盛大な勘違いだね。その顔面でイケメンなら、この世の男の半数がイケメンじゃん。ハッ……」


 陽歌はそう言った後、俺の顔を見て鼻で笑った。

 

 でもその言い方なら、顔面世界ランク的には俺は丁度中間ら辺って認識で良いんだよな?


 あ、そういえば以前、渚沙の発案で男性アイドル写真集と俺を見比べてどっちがイケメンか当てる、いわばクソゲーを陽歌がやった時、あるアイドルよりは俺の顔の方がマシだって答えてたな。


 改めて良かった、幼馴染にブサイクヅラって思われてるわけじゃなさそうで。


「何でホッとしてるの? 今、そんな要素あった?」

「俺的にはあったんだよ」

「ふーん。でさ、もう家に着いちゃうんだけど、どこでやるつもり? 庭?」

「おう。うちの庭で良いっしょ」

「近所迷惑にならない?」

「大丈夫だ。右のお隣さんは二日前、左のお隣さんも二週間くらい前のこの時間に花火やってたし」


 だから俺達が今から花火をしても、うるさくし過ぎなければ苦情なんて言ってこないだろう。

 まあ、めっちゃ騒いでもうちのお隣さん達は文句なんて言ってこないと思うけど、マナーとしてうるさくし過ぎない心は必要だ。


「渚沙キレない……? うるせークソボケ共って」

「そういやお隣さん達が花火やってた時、何か俺に当たり散らしてきたっけ」

「ふむふむ、じゃあ渚沙もやりたかったんじゃない? 電気点いてるし、もう帰ってきてるよね? 誘ってあげよっか」

「まあ、お前がそれで良いなら」


 と、玄関の鍵を開けて中に入り、


「おーいなぎたん! なぎたんが大好きな世界一イケメンなお兄ちゃんが帰ってきたぞー!」


 何を思ってしまったのか、本当に自分自身に暗示でも掛けてしまっていたのか、俺は少し調子に乗ってリビング辺りにいるであろう渚沙に声を掛けた。


「……佑くん、下見てみなよ」

「ん? ……あ」


 言われた通りに下に目を向けると、見知らぬ靴やサンダルがいくつかあった。


 もしやこれって、相当ヤバい発言をしてしまったのでは……。


 今更反省しても時すでに遅し。


 リビングの扉が開き、ニッコリと笑う渚沙が玄関に出てきた。

 笑顔とはいえ、その表情は作っているのが丸分かりなほどに硬い。


 リビングの扉の向こうからは、見知らぬ女の子達が顔を覗かせている。確認できるその数、四人。


「お帰り、お兄ちゃん……いや、クソ兄貴。スマホにメッセージ入れといたんだけど、見てねえのか? それとも、見たからわざとあんなわけわかんねえアホみたいな発言しやがったのか? 答えろよ愚兄」


 渚沙にそう言われ、大急ぎでポケットからスマホを取り出し確認すると、


【今日友達がうちに泊まるから】


 とのメッセージが入っていた。


「違うんだ誤解だ渚沙……!」

「ほう、なぎの耳が狂ってたと? んなわけねーだろ。みんな聞いてんだよ、クソ兄貴のきしょい発言を」

「一旦落ち着こう……? な? こんなの俺達にとっちゃ日常茶飯事だろ?」


 そう言いながらも、一番落ち着いていないのは俺なのかもしれない。それほどまでに焦っている。


 気付けば、陽歌は玄関に腰を下ろしてニヤニヤしながら俺を見上げている。楽しんでやがるなこいつ……。


「凄い、渚沙ちゃんがあの椎名佑紀先輩を圧倒してるよ」

「テニスコートから離れたら普通の人なんだね」

「陽歌先輩もいるよ。相変わらず可愛い」


 リビングの扉の向こうからは、渚沙の友達がヒソヒソ話をしている。聞こえてるけど。


「なあ陽歌……なんであいつら俺達を知ってるんだ?」

「渚沙の中学の友達なら、私達が中三の時の一年生って事でしょ」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだな。まあ、俺はこいつらを全く知らないけど。


「私達今から花火をするんだけど、みんなも一緒にやる?」


 と、陽歌が渚沙及びその友人に聞いている。


 ちょっと待ってくれ。本来陽歌と二人でやるつもりだったんだぞ俺は。


 それでも渚沙だけは混ぜてやっても良いかなと思ったが、その友達まで含めるのは俺にも思うところがある。


 が、渚沙の友達に面と向かってお前らはダメだなんて意地の悪い事を言うのは無理があるし、これも陽歌の優しさだと思って、そして兄として納得するしかないか……。


「良いんですか?! ありがとうございます」

「御影先輩と花火ができるなんて夢みたいです」


 はあ……できれば遠慮してほしかった。


 と、落ち込みながら外に出て、花火の準備をした。



※※※※※



「どうしてこうなった……」


 その後の俺はというと、一本も花火を握る事なく、ただ家とコンビニを往復しただけ。


 もはや花火の『は』の字も感じられない。


『お兄ちゃん、ワンセットじゃ足りないから買い足してきて』


 そんな渚沙からの命に始まり、


『どうしてワンセットしか買い足してこないの? もっかい行ってこいバカ兄貴』


 と言われてまたまたコンビニに行き、


『なんでついでにみんなのジュースも買ってこないの? ちょっとは気を利かせろよクソ兄貴』


 と言われて四度目のコンビニに行き、店員さんからまた来たよこいつ的な目をされて……。


 何で俺は家に帰ってきた時にあんな調子に乗ったただいまをしてしまったのかと、心底後悔している。

 あれさえなければ渚沙の命令なんて無視一択だったのに、ホント俺って哀れだな。ただのパシリやんけ。


 俺がジュースを買って戻ってくると、既に花火は一本も無かった。

 せめて一本くらい残しとけや。ぶっとばすぞクソガキ共が。


「あれまぁ……残念だったね佑くん」

「あんなクソガキ共と一晩過ごすとか地獄だし、今日はお前んち泊まるわ」

「面と向かって今晩襲う宣言されるとは思わなかったよ。マジドン引き」

「襲わねえよっ……! わざと解釈を間違えるな」


 こんなくだらない会話をしていると、渚沙にちょんちょんと肩を突かれた。


「はい、お兄ちゃん」

「ん? 何?」


 見ると渚沙が花火を一本握っていた。


「くれんの?」

「要らないなら捨てるけど」

「ちょい待てっ! もらうよ? もらうから、捨てるとかもったいないだろうが」


 と、渚沙から花火を一本受け取ったわけだが、これではどの道一人花火。しかも秒で終わるし。


「実は私もまだ持ってるのでした。パシられて可哀想な佑くんの為に、ほら――」


 陽歌が自分の胸元を漁り始めた。

 み、見え……ない。……じゃなくて、なんてとこに隠してんだお前は。


「はい、佑くん」


 陽歌が花火を二本渡してくる。陽歌の手にも花火が二本握られている。


「……ヘンタイ」

「は?」

「花火に感触が移ったりしてるわけないでしょ」

「誰もそんなの確かめてなかっただろうがっ……!」


 何を言い出すかと思えば……俺はちょっと嬉しくてぼーっとしてただけじゃないか。


「そんな佑くんには――」


 陽歌はまだ生きているろうそくに向かい、花火に火を点けた。


「お仕置きが必要だよね」

「花火をこっちに向けるなっ。危ないだろうが」

「そっちは三本持ってるんだから、攻撃力的には有利でしょ。早くしないと制圧しちゃうよ?」

「制圧って何を……クソ、しょうがないから勝負してやるよ」


 一体何の勝負をしてるのかまったくもって謎だが、持っていた花火全てに完全なるノリで火を点けた。


「ほら、早く昔みたいに股の間に挟んで下品に近づいてきてごらん? 必殺のカウンターをお見舞いしてあげるから」


 やはりそれも覚えてやがったか……ホントしょうもないクソガキだったな、俺って。


「こないならこっちから行くよ。えいっ」

「うわっ、あっぶな……! やったなテメェ……!」

「きゃっ?! 危ないでしょバカ! もう怒ったもんね。必殺――」


 昔の精神そのままに、俺達は一分にも満たないしょうもないバトルを楽しんだのだった。



※※※※※



 先程までの盛り上がりは過ぎ去り、今は打って変わって静かだ。


「言っとくけど、これも勝負なんだからね? 先に消えた方の負け。私が勝ったら、どんな無理なお願いでも一つだけ聞いてもらうから」

「じゃあ俺が勝ったら――」

「――さっきの勝負は私が勝ったから、今回佑くんが勝ったら引き分けになります」


 ……それならもう勝っても負けてもどっちでもいいわ。


 と、バチバチと小さな音を立てて爆ける線香花火を見つめる。


 実はこれも陽歌が二本だけ隠し持っていたのだ。

 結局どんなに回り道をしても、陽歌と二人で花火をするという本来の目的に辿り着いていた。これも陽歌のおかげだ。


「まあでも、今回は私が負けて引き分けになると思うけど」

「なんだそれ。随分と弱気だな」


 陽歌にしては珍しい。俺に対しては常に勝気のくせに。


「私の願いはとっくの昔に叶っちゃってるから。なのにもう一つだなんて、そんなわがままを言うわけにはいかないし」


 陽歌は自分が持つ、爆ける線香花火を見つめながら微笑する。


「――佑くんはさ、もし私がいなくなったらどうする?」


 その微笑みも束の間、陽歌は切なげに火花を見つめる。


「……急に何言ってんだお前。どうするも何も、困るに決まってんだろ?! ほら、俺ってお前がいなきゃ生きていけないし……?!」


 突然の陽歌の質問に動揺してしまった。頭の中が軽いパニックになっていたからか、気付けば俺はそう答えていた。


 だが、冷静に考えてみるとこの回答はかなり恥ずかしく、受け取り方によっては告白とみなされてもおかしくはない。相手が陽歌だから、そうは思われないだろうけど。


「ふふっ、佑くんってマジでハルコンなんだね。安心して? いなくなったりはしないから」

「へいへい……ハルコンだからそれを聞けて超安心しましたよーっと。――あ、落ちた」

「――え?」


 俺の線香花火の光が消えた。陽歌のやつはまだ生きている。


「ふぅ……俺の負けだな。それじゃほれ、お前の願いって? なんでも聞いてやるぞ」

「あ、いや、だからそれは……」


 何だ? そんなに言い辛そうにしちゃって。

 え、もしやもしかして――神展開くる?!


 神様お願いします。何かの間違いで、私と付き合ってって告白されるパターンを僕にください!


「……佑くんは佑くんの願いを叶えてよ」

「――へ?」

「それが私の願い。内容は知らないけど、あるんでしょ? 大切な何かが。それくらい、気付いてるんだからね。私、幼馴染だし」


 陽歌の言う、俺にとっての大切な何かとは一体……?

 いや、考えなくても何となく分かる。恐らくチラ子の件だ。

 俺にとっての大切なそれの中身自体は知らないようだが、やはり察しくらいはついていたのか。


「それは……もうすぐ叶う」

「そっか。なら良かった」


 陽歌はまだ生きている自分の線香花火を嬉しそうに見つめる。

 その様子を眺めていると、ポケットに入ったスマホが震えた。

 渚沙からのメッセージが入っている。


「写真……? ふっ、あいついつの間に。これ見て――」


 みろよと、陽歌にも見せてあげようと思ったのだが、いつの間に線香花火が消えたのか、陽歌がスマホを見て微笑していた。


 そこには俺のスマホに送られてきた写真と同じものが映っている。


 それは先程の俺と陽歌のしょうもないバトルシーン。


 俺達幼馴染の、二人だけのこの夏の思い出だ――。

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