26 私が守ってあげるから――
「悪いな。りんご飴の屋台まで案内させちゃって」
有紗には咄嗟に目に入った、量が多そうなお好み焼きを売っていた屋台で購入したが、こうも屋台が多いとりんご飴の屋台の場所を探すのも大変だ。
だが、杠葉さんが各屋台の場所を把握しているとの事で、そこまで連れてってもらったのだ。まさかその場所が杠葉神社の下にある車道とは……陽歌の奴め、面倒な注文をしやがって。
「いえ、私もこっちの方にある屋台に用があったので」
と、杠葉さんは購入した物が入った袋を掲げた。中身はベビーカステラ。雪葉さんの分らしい。
「戻りましょうか」
そう言って歩き出す杠葉さんに付いていく。
「えっと……りんご飴が400円で、お好み焼きが600円で、俺の焼きそばが500円。それぞれジュースが300円だから――合計1800円か」
「惜しい、違います。合計2400円です」
「え、マジで……?」
「マジです」
おっかしいな。どこで計算間違いをしたんだか。めちゃくちゃ自信あったのに。
しかも、杠葉さんは惜しいとか言ってくれたけど、大分違うし。
「それで、陽歌が700円で、有紗が……何か面倒いし割り勘で良いや。2400円を三人で割ると、一人800円か」
「へぇ、24÷3、できるようになったんだ。前はできてなかったのに」
「――え?」
俺ってそんなにバカに見えた? 小学生レベルの問題だよ?
とか、そんな事が聞きたいわけではない。
確かに、中学生になる前までの俺だったらできなかった計算だ。
だが、どうしてそれを杠葉さんが知ってる? 杠葉さんが言う、前とはいつの事?
流石の俺でも、このレベルの計算は花櫻学園に転校してからも間違えたりはしていない。
つまりは……あの小四の夏休み以外、考えられない。
思い返せばあの時、俺は夏休みの課題をチラ子の前でやっていて、算数の問題の間違いを指摘されたような気がする。恐らく、それが24÷3の計算だったんだ。
こんなのもう、ほとんど決めつけだ。元々杠葉綾女がチラ子なのではと疑っていたから、より一層そう思えてきてしまう。
「あのさ、お前、チラ――」
「――おやおや? そこにいるのは椎名佑紀くんじゃないか」
つい最近、どこかで聞いたような声が俺の耳に入ってきた。そして、その声の主は俺の名前を口にしている。
こんな大事な時に邪魔するのは誰だと思いつつも、声の聞こえた方に顔を向けると――、
「――っ?!」
「何もそんなに驚かなくても。また近々あんたの前に顔を見せるって言ってあったじゃないか」
この前のヤンキー女だ。いや、実際ヤンキーなのかどうかは知らんけど……見た目は完全にそれだ。
コンビニで遭遇した時と同じ服装をしている。
「えっと……こ、こんばんは」
俺は覚えている。次会った時に忘れていたらしばくと言われた事を。
だからここで知らない人のふりをするわけにもいかず、当たり障りのないように挨拶をする。
……知らないふりして因縁付けられても面倒だしな。
「あんたってモテるんだね」
「何ですか急に」
「女を二人も連れ歩いてると思ったら、今度は別の女かい?」
この女、一体どこから見てやがった。まさか、俺が見張られてるように感じてたのって、有紗じゃなくて――。
「別にモテてるわけじゃないんで。この子も含めて、三人とも友達ですから」
「あんた、良い物持ってるね」
「は?」
「そのりんご飴。あんたって、本当にりんごが好きなんだね」
「いや、これは……」
陽歌に頼まれて買った物だ。それに、別に俺はりんごが特別好きなわけではない。
というか、この流れ……、
「言っときますけど、これは絶対あげませんよ? 俺のじゃないんで」
「ふーん、そっかそっか。内心それも奪っておきたいところだけど、あんたに警戒されたくはないし、目的は果たした事だし今日のところはこれで帰らせてもらうよ」
どうぞご自由にお帰りください。
あ、ちなみに俺は既にテメェを警戒してるからな? 街中で見かけたりしたらソッコーその場を離れるくらいには関わりたくないからな?
俺の前に二度と現れんな。
と、去り行くその背に心の中で吐き捨てた。
「あの人……もしかして――」
「ど、どうかした……?」
「以前、曽根さんが言ってたんです。例の録音を流したのは、銀髪の女の子だと」
「多分偶然でしょ。銀髪の女なんて花櫻にもいるし、そこら辺歩いてればたまに見かけるし」
とはいえ、俺も奴が犯人なんじゃないかと少しだけ思っている。
一学期最終日、俺の靴箱に入ってた本堂莉子からの手紙に書いてあった。自分にあの録音を流させた銀髪の女の子を見かけたと。
そして、ここ最近俺の前に現れるようになったあの銀髪ヤンキー女。
これは本当に偶然なのかと、疑念を持ち始めてしまっている。
「それより、杠葉さん――」
「――あ、ちょっと待ってくださいね。電話が掛かって来ちゃいまして」
そう言って杠葉さんはスマホを耳に押し当て、通話を始めた。
恐らく雪葉さんが相手だろう。
「ごめんなさい佑紀さん。お姉ちゃんに、遅すぎるって怒られてしまいまして。急いで戻らないとなので、何かお話があるなら、また今度にしてもらえますか? 例えば、夏休み最終日とか」
「あ、あぁ、分かった。お勤め、頑張って」
「はい。それでは、失礼します」
雪葉さんは綺麗なお辞儀をしてから、小走りで戻っていく。
過去に区切りを付ける機会を逃したかもしれない。だが大丈夫だ。その区切りも、きっとすぐに付けられるはずだから――。
※※※※※
神楽殿の方に戻ると、陽歌と有紗がベンチに座っているのが見えた。
というか、何故か有紗が陽歌を抱き締めている。
「お、おーい……買ってきたぞ」
見てはいけない瞬間を目撃してしまった気もしたが、ベンチに近付きつつ、恐る恐る声を掛ける。
「――っ?! あ、有紗ちゃんのおっぱいって、ホントおっきいねぇ……!」
「はるちゃん……」
と、俺が戻ってきたにも関わらず、陽歌はより深く有紗の胸に顔を埋めた。その陽歌の頭を、有紗が撫でている。
「いや、あの、だから……俺、戻ってきたんだけど?」
陽歌よ、お前にそこまでの変態チックな趣味があったのは初知りだが、場所を考えたまえ。ここ、今日は人目がめちゃくちゃ多いんだぞ? 神聖なる神社なんだぞ?
「うっさいわねっ……ちょっと黙ってなさい」
有紗よ、お前もお前で全く嫌がってないのな。なら俺もその胸に顔を埋めても良いですか? 良いわけないですよねぇ……だって俺、男だし。
ひとまず陽歌の横に腰を下ろし、横をできるだけ見ないようにして待つ事数分――陽歌の顔がようやく有紗の胸から離れた。
「あー、堪能した! 羨ましい? 羨ましいでしょ? 佑くんもぱふぱふさせてもらえば?」
「アホかお前は。っていうか、俺にヘンタイ言う割に、やっぱお前の方が――え? 陽歌、お前……」
陽歌の目を見て気付いてしまった。まさか、泣いてたのか……?
涙こそ流れていないが、その目は赤く充血している。
「何?」
「いや、何って……その目」
「目? ――っ?!」
鏡があるわけでもないから自分では気付かなかったのだろう。だが、俺に言われて悟ったのか、陽歌は高速で俺から顔を逸らした。
「は、はるちゃんはね、いつまで経ってもあんたが戻ってこないから泣いてたのよ……?!」
「「え?」」
でも、そんな長時間離れてなかったよね?
そりゃあ、変なヤンキーに絡まれたせいでちょっとだけ時間を食ったけどさ……それでも、花火が始まる前までに余裕を持って戻ってきたよね?
「あんた、今日は幼馴染のはるちゃんと夏の思い出を作りに来たんじゃないの? それなのに三十分もほったらかしにされてたら、はるちゃんだって泣きたくなるに決まってるじゃない」
陽歌から聞いたのか、有紗は俺と陽歌が今日ここに来た理由を知っていた。
「そ、そうなのか陽歌……?」
「え、あ、うん……そうかも。ふざけんなよ佑くん。今度三十分も待たせたら、私の銃弾がこの胸を撃ち抜くからね?」
と、陽歌は右手で拳銃のポーズを作り、俺の左胸に押し当てた。
「やれるもんならやってみやがれ。……じゃなくて、すまんかった。次からはもっと急ぐか――っ?!」
――夏の夜空に、花火が打ち上げられた。
バーンッ、というその音は、リアルに陽歌に胸を撃ち抜かれたのかと錯覚しかけるほどに突然に始まった。
「私じゃないよ? 何ビビってるの?」
「ビビってないし。花火の音だって分かってたし」
ま、まあ、正直ちょっとビビっちゃったんだけど、でもすぐに花火だって気付いたからセーフだし。
「大丈夫だよ佑くん。私が守ってあげるから――」
陽歌はそう呟き、花火咲く夜空を見上げて微笑する。
「だからビビってないっつってんだろ」
そんな陽歌に、俺も呟き返した。
きっと今の俺も、陽歌と同じ顔をしてるのだろう。




