24 花火大会へ
今日は八月二十九日。花火大会が開催される日だ。
渚沙は既に友達と花火大会に出掛けた。
さてと、俺達もそろそろ行きますか。
と、身支度を整えて陽歌の家に向かう。
今更だが、出発時間とか決めてなかったけど、今の時間で早過ぎるとかないよね?
まぁ、何にせよ遅過ぎるよりはいいか。
陽歌の家のインターホンを鳴らすと、彩歌おばさんが出てきた。
「あら佑紀くん、いらっしゃい」
「こんちわ。陽歌いますよね?」
「ええ、部屋でゴロゴロしてると思うわよ。あ、もしかして一緒に花火大会に行くの?」
「はい」
「陽歌! 佑紀くんが来たわよ! 早く支度して下りてきなさい! ……ごめんね、玄関で待たせるのもあれだし中に入って」
言われた通り中に入り、リビングのソファーに座って陽歌を待つ。
彩歌おばさんは慌ただしく仕事に行く支度をしている。
「陽歌ったら遅いわね……寝てるのかしら」
先程彩歌おばさんが玄関から大声で陽歌を呼んでいたが、彩歌おばさんが支度を終えた今でも一向に下りてこない。
「ちょっと呼んでくるわね」
「あ、俺が呼んできますよ。仕事行かなきゃでしょ?」
「じゃあお願いするわね。お母さんは仕事に行ったって伝えておいて。じゃあ、行ってきます」
そう言い残して彩歌おばさんは仕事に向かった。
それを見届けてから、階段を上がって二階に行き、陽歌の部屋のドアノブに手を掛け、
「おーい陽歌、寝てんのか?」
声を掛けつつ扉を開けると――、
「――え?」
キョトンとした顔の陽歌と目が合った。
……なるほど、これは少しやっちまったみたいだ。
「あのさ、女の子の部屋に入る前って、普通ノックぐらいするよね? してくれてたら、今は入ってくるなって言えてたんですけど。このドヘンタイ」
絶賛浴衣にお着替え中の陽歌が俺の目に映っている。そして当然ながら、毒が飛んできた。
「着替え中って言ってもほとんど完了してるじゃねえか。何も見えたりしてねーよ」
「見えてたら、この程度の注意じゃ済まさなかったから」
「へいへい。んじゃ、下で待ってるから身支度終わったら下りてこいよ」
そう言い残して、上がってきたばかりの階段を下り、これまたさっきまで座っていたソファーに腰掛ける。
しばらく待っていると、ようやく陽歌が下りてきた。
「感想は?」
「え、何の?」
「私、浴衣着てるんですけど」
「いや、毎年見てるし」
しかも同じ浴衣だし、今更感想とか特に無いけど。
「去年は見てないでしょ」
それはそうなのだが……仕方ない、陽歌が感想を求めてるんだ。何か一つくらい言ってやろう。
そう思って陽歌を凝視していると――、
「――可愛い」
「――っ?!」
自然とそんな感想を口にしていた。
それを聞いた陽歌は少し頬を紅潮させ、俺から視線を逸らした。
自分から感想を求めておいて何を照れてやがる。
「その赤い浴衣が」
「私じゃ無いんかいっ……!」
いや、なんかお前が照れてたから付け加えただけで、実際に可愛いのは最初に言った通りお前だよ。
「ふんっ、もう良いよ……ほら、行くよ」
不機嫌になってしまった陽歌の後を追って外に出る。
「おいおい、何怒ってんだよ……」
「え、別に何も怒ってないんだけど。あ、強いて言えば、着替えを覗き見されたのだけは怒ってるけど」
「覗き見じゃなくて普通に見たんだけどな」
「ある意味度胸あるじゃん。まあ、サイテー男に変わりないけど」
「あのな、度胸も何もあれは事故だっつってんだろ。着替えてるって知ってりゃ部屋に入ったりしてねーよ」
それに、そもそも着替えだってほとんど完了してて何も見えなかったわけだし特に問題ないだろ。
「第一、だったらもっと早くから支度しとけよな」
どう考えても俺がお前の家に来てから支度始めたようにしか思えないんですけど? 行く気無かったのか?
「しょうがないじゃん。当然この話は無かった事になると思ってたんだから」
「はあ? なるわけねーだろ」
何言ってんだこいつ。まさか本気で俺が他の女の子から花火大会に誘われるとでも思ってたのか?
「そもそも、もし誘われても断るって言ってあっただろうが」
「それはどうかな?」
「自分で言うのもあれだけど、お前には信用されてると思ってたんだが」
それが蓋を開けてみたら全く信用されてないだなんて……俺達の関係って一体。
「何ショック受けてんの……? ちゃんと信用してるって。でも今回ばかりはいつもと事情が違うから」
「その事情とは」
「別に。誰にも誘われてないなら、もう関係ない話だよ」
何だよ……教えてくれても良いじゃねえか。
「それより、場所はどこにする? 例年通り海岸沿い?」
「今年は神社で良いんじゃね? 杠葉さんが手伝ってるみたいでさ、その様子をちょっと見てみたい気もする」
「えぇ……神社はちょっと……」
と、陽歌は明らかに渋っている。行きたくない理由でもあるのだろうか。
「嫌なら海岸沿いでも良いけど」
「別に嫌ってわけじゃないんだけどさ……」
「いや、どう見ても嫌そうだから」
「だから違うって。良いよ神社でも。でも絶対彼氏ヅラだけはしないでよね」
「別に神社だろうがそうじゃなかろうが彼氏ヅラなんてしないけどな……」
逆に何で神社に行ったら俺が彼氏ヅラすると思ったんだこいつは。
……まぁ、それはどうでも良いけど、俺に彼氏ヅラされるのを嫌がるって、やっぱ俺に対する好意なんて一ミリも無いんだな。
知ってたけど、改めてそれを確認すると何故か切ない。
そういうわけで杠葉神社に向かう俺達。
その道中にある公園や図書館の敷地は完全に花火大会仕様だ。
多くの屋台が設置され、親子連れや友達同士、はたまたカップルのような男女が沢山いた。
今俺達が歩いている歩道も花火を見る為のスポットに向かう人でいっぱいだ。
「なあ陽歌、俺達もカップルに見えてんのかな?」
「だとしたら、その辺にいる男子が暴れ始めるよ? あの程度の顔面で何であんな美少女と……許さん、ぶっ飛ばす、って」
いや、既にさっきから、行き交う同年代くらいの野郎共に俺だけ睨まれてるような気がするんだけど……。
「自分の可愛さをアピールしつつ、どさくさに紛れて俺の容姿を貶すな」
「割とストレートに言ったつもりだったんだけど」
「たまにはイケメンって言ってくれ……」
「顔に関してイケメンって言うのは無理があるよ」
だから、そんなストレートにそれを言うんじゃねえ。
もしかして、俺が自分自身をイケメンじゃないって思ってるのって、こいつのせいなんじゃね?
実は世間一般的にはイケメンだったりする可能性は……無いか。生まれてこの方誰かに顔がカッコいいとか言われた記憶無いし。なら陽歌のせいじゃないわ。
「でも大丈夫だよ佑くん。男は顔が全てじゃないのは、花櫻の女の子なら今は重々承知してるはずだから」
「それ、フォローしてるつもり? 俺は顔がイケメンって言われてみたいんだけど。……てかさ、さっきから誰かに見張られてるような気がするんだが」
「ん? 気のせいじゃない? ――あ、分かった! よく見てみなよ、周りにいる男の子達が佑くんを睨んでるよ。何か恨まれるような事でもしたの?」
そっか、それが原因だったのか。じゃあそんな気にしなくてもいいや。
「それってお前、俺とカップルに見えてるの認めてんの?」
「は? 誰も暴れてないからセーフだし。あ、そっかそっか……やっぱドMだね。じゃあ子供の頃みたいに手でも繋いでみる? そしたら暴れ出すかも!」
「野郎共を煽ろうとすんな。しかもそれ、俺に牙が向くだけだし」
そんな面倒は御免だ。睨んでくるだけで止めておいてくれ。
それに、俺は知ってんだからな? 花櫻にある『御影陽歌を守り隊』とかいうわけのわからん連中の存在を。
仮に奇跡的に周りの野郎共に噛み付かれなかったとしても、奴らの誰かがこの場にいたりしたら、手なんか繋げば絶対俺に噛み付いてくるだろうが。
そんな話をしているうちに、杠葉神社の階段前に到着。
どうやらこの近隣は交通規制が敷かれているようで、車は一切走っていない。その代わり、杠葉神社の敷地に入る前から道路には屋台が設置されていた。
もはや車道も歩道も関係無しに人がごった返している状態だ。
石畳みの階段を上がって境内に出ると、普段は静かなのに今日は賑やかだ。
「さてと――ん? ……あれは」
「どうしたの?」
と、陽歌も俺が見ている方に目を向ける。まるで俺達を監視でもしているかのように、鳥居で身を隠しながらこちらを見ている人物。
「やっば……有紗ちゃんじゃん」
「何やってんだあいつ」
「さっき佑くんが言ってた、見張られてる気がするのって……」
まさかお前だったのか……? 有紗。
「こうしちゃいられない……!」
陽歌は取り乱したように慌てて有紗に駆け寄った。何をそんなに焦ってんだ、陽歌は。
その後を追って俺も近づいていく。
「違うの有紗ちゃん……! これには事情があってね……!」
「い、良いの良いの……ほら、私が今の今まで何もしなかったのが悪いんだし」
「そんな事ないよ……」
陽歌による、有紗への謎の釈明が始まった。全く話が理解できない俺は、ただぽけーっと会話を聞いているだけ。
「というわけで佑くん、私帰るから。じゃあね」
「――ちょっと待てぇ! 何マジで帰ろうとしてんだテメェ!」
と、階段を下りようとした陽歌の腕を掴む。
「え、だってそういう流れじゃん?」
「意味分かんねーから。俺はお前と来てんだよ。だから、陽歌が帰るなら俺も帰る」
今日の俺の目的はただ一つ、二年ぶりに幼馴染と夏の思い出を作る事。それは陽歌が提案してきた話でもあり、それが無しになるのだったらここにいる意味も無い。
「そ、それはダメだよ……! 有紗ちゃんが一人になっちゃうじゃん」
「いやいや、他の誰かと一緒に来てるに決まってんじゃん。なぁ有紗?」
そんな俺の問い掛けに、有紗は顔を真っ赤にして黙り込む。
「え……もしかして一人で来てた感じ?」
そう聞き直すと、有紗はこくりと頷いた。
「マジか……」
「だから言ったでしょ、佑くんは帰っちゃダメなんです。ってわけで、早く離して?」
陽歌はニコッと笑ってそう言うが……、
「いやいや、何でだよ。それでもお前が帰る必要とか無いだろうが」
「だってそうしなきゃ私だけ浮くし……」
そんな不満が陽歌の口から漏れた。
だからどうしてそうなるんだ……逆に今、ここで帰りやがったらその方が絶対浮くからな?
「あ、あの……! もし良ければ私も混ぜて……!」
俺達の様子を見かねてか、有紗がそんなお願いをしてきた。これは大いに助かる。
だってこれには、今さっきまであーだこーだ言ってた陽歌も苦笑いを浮かべつつも首を縦に振ったのだから。
二人きりではなくなってしまったが、これで今日の目的は果たせそうだ。




