7 クラス会の集合時間
この日がやってきてしまった。
通院帰りの電車の中、俺は少し憂鬱な気分になっていた。
今日はクラス会。場所は二岡が予約したらしい焼肉屋で、十八時半から二時間食べ放題コース三千円。
店の前で集合したら迷惑だからという理由で集合場所は駅前、集合時間は十八時十分。
店までは歩いて五分程度だからやや早い気もするが、必ずいる遅れる人を想定してのことだろう。
完璧だ……。完璧すぎるよ二岡。俺はここまで上手く段取りする人を見たことねぇし感動してるよ。
拍手喝采だ! 全く乗り気はしないけどね。
終着を知らせるアナウンスが流れ、扉から出て時間を確認すると、現在の時刻は六時二分。現在地は駅のホーム。
なんとか五分前集合はできそうだ。
改札を潜り外に出ると時計台の前に人だかりが見えた。おそらくあの集団が二年三組の人達だろう。
少し早歩きで近づいていく。
「あっ! 佑くんおっそーい! 遅刻だよ! ち・こ・く!」
俺を見るなり陽歌が駆け寄ってきて、開口一番説教をかましてきた。
ホント意味が分からない……。別に遅刻もしてなければ、むしろ早めに着いてるんだが。
「御影、椎名はちゃんと五分前集合で来てるから全然遅刻じゃないよ。むしろ偉いくらいだ」
陽歌の理不尽な説教を近くで聞いていたのか、二岡がフォローしてくれる。
え? 何こいつやっぱいい奴なの? ちょっと感動。
「そうだぞ陽歌。二岡の言う通りだ。何で遅刻扱いされなきゃなんねーんだよ」
「だってぇー」
陽歌はわざとらしく泣き真似をしてくる。
二岡に指摘されたら流石の陽歌もおとなしくするしかないのだろう。
というよりそんな泣き真似なんてしても騙されねーからな。
「二岡くん、友也が遅れるってー」
二岡はクラスの女子に話しかけられ、そちらの輪の中に入っていく。
流石は人気者、見る見るうちに周りに人が群がっていく。
「佑紀さん! こんばんわ」
後ろを振り向くと、そこには杠葉さんが優しく笑みを浮かべながら立っていた。今日は眼鏡は掛けていないようだ。
うん、やはりこっちもめちゃ可愛い。
「杠葉さん! こんばんわ」
話しかけられてちょっとテンションが上がって、大きめの声で返事をしてしまった。
「腕のぐるぐる、付けてないみたいですけど大丈夫なんですか?」
「腕のぐるぐる……? あぁ、三角巾ね。今日病院行ったらもう着けなくていいって言われてさ。一応まだ右手を使わなくて済むなら極力使わないよう言われたけど」
「そうだったんですか! それはよかったです! 早く良くなると良いですね」
「ありがとう杠葉さん。あともうちょっと頑張るよ」
やはり天使だ。こんなに優しく微笑んでくれ、しかもぐるぐるって表現もいちいち可愛いし。
「あと、その……」
杠葉さんはもじもじしながら何かを言いたそうにしている。何を言われるのだろうか、やや緊張が走ってくる。
「な、何かな……?」
「――か、彼女が出来たって、本当ですか?!」
「……ふぇっ?」
思わず変な声が出てしまった。
だってそんなこと聞かれるなんて思わないじゃん。
「ど、どこ情報……?」
「昨日、陽歌さんと途中まで一緒に帰っていたんですけど、佑紀さんに彼女が出来たって大慌てで帰ってしまいまして……!」
「あいつかっ!」
ふと後ろを振り返ると、陽歌は忍び足で逃げようとしていた。
「おい、待て」
思わずドス黒い声が出た。陽歌は俺の呼び止めを聞くと、こちらに振り返り苦笑いを浮かべた。
俺は怒っている。誤解を解くまで逃がさん。
陽歌の首根っこを掴んで杠葉さんの前まで連れてくる。
「ちょっと! ごめんってぇー!」
「謝罪はいいからとりあえず誤解を解きやがれ!」
「はぁーい。えっとね、昨日のあれは私の勘違いだったんだよ。佑くんの妹がそんな事言うから早とちりしちゃって。ごめんねあやちゃん」
「いえ、陽歌さんが謝る事ではないですよ。私も勘違いをしてしまったみたいで……。ごめんなさい」
何故か杠葉さんが謝ってくる。しかもすごい申し訳なさそうに。
「いや、全然杠葉さんが謝る事じゃないから気にしなくていいよ」
「でもよかったです。安心しました」
杠葉さんは独り言のように呟き、俯きながらもその表情は何故か少し嬉しそうに見えてしまう。
そうであったら良いなという、俺の願望そのものだ。
「ていうか、お前他の人にも言いふらしたりしてねーだろーな」
「人聞きが悪いなぁ。そんな事してないよー。昨日はあやちゃんと別れた後すぐ佑くんの家に駆け込んだから」
「そー、ならいいけど」
他の人間が杠葉さんのように性格が良い保証はない為、彼女ができたなんて噂が転校早々流れたらどんなレッテルを貼られるか分からない。
例えばチャラ男、女たらし等々。
だからその他の人間に勘違いされていないならとりあえず良しとしよう。
「なーに楽しそうに話してんの?」
どこからともなく現れた有紗が、興味深そうに話に入ろうとしてきた。
「残念ながらこの話は既に終わった。もう話すことはない」
「昨日のことだよ有紗ちゃん! 佑くんの彼女が有紗ちゃんだった疑惑の!」
いや言うんかい! てか蒸し返すなや!
「だから! あれは違うって昨日何回も説明したでしょ?! はるちゃんまだ疑ってたの?!」
「違うよぉー。昨日私があやちゃんに話してそのままだったから」
有紗はハッと杠葉さんの方を向く。
「違う! 違うのよ綾女! 誤解! 誤解なのよ!」
有紗は顔を真っ赤にして必死に訴えている。
「わかってますよ有紗さん。もう誤解は解けてますから大丈夫ですよ」
有紗に優しく微笑みかける杠葉さん。うん、尊い。
「綾女ー! わかってくれるのねぇ! 第一、私がこんな奴になびくわけないのよ!」
有紗は俺を指差して喚き散らす。
こんな奴って、俺は一体こいつの中でどれほど評価が低いんだろうな。
流石に最底辺だったらへこんじゃうよ俺だって。
「有紗さん、佑紀さんをこんな奴なんて言ったらダメなんですよ」
「うぇーん! ごめんなさーい!」
杠葉さんは有紗をお叱りになられている。まるで姉と妹のようだ。姉妹だったらきっとこんな感じなんだろう。
もちろん想像なわけだが、我が妹も一度杠葉さんにお説教してもらうべきだと思う。
どうせ俺が言っても聞かねーしな。
気が付けば時刻は十八時二十分になっている。どうやらまだ来ていない人がいるみたいだ。
「俺は友也をここで待ってるからみんなは先にお店に行っててくれ! 相沢、店員さんには、二岡って言えば伝わるはずだから頼めないかな」
二岡はクラスのメンバーに先に店に行くよう促すと同時に、偶然近くにいた相沢に指示を出した。
「わかった。任せとけ」
相沢もそれを承諾し、二岡以外のメンバーは先に焼肉屋に向かうことになった。




